ふらリ、ふらりと。
おぼつかない足で進んで行く。
目前には、ただ闇がずっと続いている。
途切れる事がない闇は自らをも包み込み、自分がすでにどこまで歩いているか解らなくなっていた。
闇の誘惑。
抗えない誘惑に負け、闇の方へと進んでしまった事を悔やむ事さえ今はできない。
思考を奪われただ歩くだけ。
大丈夫だと、この先にも光はあるのだと信じて進んでいた思いすらとうに無く。
このまま永遠に闇を彷徨わんとしていた。
一歩一歩ずつ闇の奥へと入り込む、止める者はいないとさえ思われた瞬間。
「待て!」
腕を強く掴まれた。
掴まれた痛みが感覚を、自我を覚醒させる。
ピクリと無気力だった腕に力が入ったのを見て、再び声が掛かる。
「起きろ、君はこんな闇に囚われるほどに弱いのか。――――!」
「!」
「しっかりしろ!」
奥の誰かに名を呼ばれ、うつろな瞳に輝きが戻ってきた。
「―――………あ」
声が出る。
意識が戻ってくる。
俯いていた顔を上げ、後ろを振り返る。
そこには、仲間がいた。
「みん…な?」
首を傾げる姿に仲間たちは一斉に声をかけた。
「そうだ!」
「そうだよ!」
「しっかり!」
「大丈夫か!」
仲間の声が耳に入ってくる。
大きく目を瞬かせれば、目には完全に輝きが戻っていた。
「みんな!!」
ハッキリと、仲間を呼べば誰かが抱き付いて来た。
「! 良かった! 本当に、良かった」
柔らかい少女の震える声。
は申し訳なりつつ、小さくつぶやいた。
「ごめん、心配かけてごめんね、ティナ」
ぽんとティナの肩を叩いて、その向こうにいる仲間たちを見た。
「みんなも、ごめん。本当に」
「まったくだ」
「ホントっスよ。もうちょいシッカリしてくれよな」
の謝る言葉にフリオニールとティーダが頷く。
「お前はもうちょっとまともだと思ってたが」
「まともって言うか、ウッカリだよな! 気を付けてくれよー!」
「お前が言うな」
「スコールも人のこと言えないと思うけどな」
「何だと…」
「あーもー、なんでお前等がケンカするんだよ」
スコールとバッツの間に入るジタン。
「でも本当に間に合って良かった」
「ったく、いつも僕には説教みたいなこと言ってたのに、自分がこうじゃ人のこと言えないじゃん」
「あまり感心できないけど、無事で何よりだ。体はなんともないか?」
胸を撫で下ろすセシルと頬を膨らませるオニオンナイト、体の心配をしてくれるクラウド。
本当に申し訳ないと思うが、自分が悪いのだし心配してくれているからこその痛い言葉なのだとも解っているので、はそれを心して受け取った。
そして、腕を掴む強い力。
は視線を巡らせると、そこにはウォーリア・オブ・ライトがいた。
「ウォーリア、私はもう大丈夫。だから手、離してくれないかな?」
しかし、ウォーリアからの返事は無い。
「本当にごめん。私が軽はずみだったのは反省してる。だから…」
返事は無い。むしろなぜか掴む手が強くなっているのは気のせいか。
「ウォーリア、ホント腕痛いから離して…」
「……無事で」
「ウォーリア?」
やっと声が聞けたかと思いは改めてウォーリアを見ると彼は悲痛な面持ちをたたえていた。
初めて見るそんな彼の表情には胸を衝かれた。
「無事で、本当に良かった」
小さく呟くような声はの耳にしっかりと入った。
ウォーリアの手がメイの腕から離れて行くのと同時に、は俯いてしまった。
本当に、心配をかけてしまったのだと思わずにはいられない。
「……ごめんなさい」
の言葉に仲間たちは顔を見合わせると、ほっと安堵に表情を緩めた。
その後しばらく突っつかれていただが、気になる事があったので尋ねてみた。
「ねえ、なんでここが解ったの?」
「これのお陰」
セシルがにある物を見せた。
「それ!」
は目を見開く。
セシルが持っているのは、クリスタルだった。
しかも、自分が各世界で渡した物。
目を丸めて唖然としているに続いてバッツが口を開いた。
「なんかさ、いきなり光り出したんだよ。凄い光だったからなんだろうと思って手に取ったら…」
「頭の中に闇の中をふらつくが見えてさ」
バッツの次にジタンが先を引き継いだ。
「もうあのときは心臓が止まるかと思ったぜ」
なにせ、生気もなにも感じさせなかったのだから。
と言う存在を知っていた仲間たちは、あそこまで虚ろな彼女を見て、本当に驚き心配したのだ。
「を助けないとって思ったんだけど、どうして良いのか解らなくて」
「クリスタルに願ったんだよ、を助けたいって」
「そしたらクリスタルが輝いて、俺たちはここに来ていたんだ」
ティナとオニオンナイトが顔を見合わせ、クラウドが頷いて話す。
「皆と再会できて嬉しかったんだけど、とりあえずが先だって事になってさ。慌てて探したんだぜ」
「を含めて、俺たちは全員揃うからな」
ティーダが身振り手振りで話し、フリオニールが嬉しい言葉を紡いでくれた。
聞けば聞くほどに、自分のあほさ加減が浮き彫りになるようではもう縮こまるしかない。
だが、気になる事はもうひとつあった。
「それにしても、どうやって私を見つけてくれたの?」
この闇の中、人ひとりを見つけるのはかなり困難だ。
皆、クリスタルを手にしていたが、光が導くにも限界がある。
下手をすれば仲間同士が離れる事態にすらなりかねなかったと言うのに、仲間たちは確かにを見つけたのだ。
頭を捻るに答えてくれたのは、スコールだった。
「その服さ」
「服?」
スコールの言葉には自分の衣装を見る。
黒い、衣装。
「って、これ黒いじゃない」
闇と混ざってますます見分けが付かなかったのではないか? と考えていると。
「その黒はただの闇ではない」
静かにウォーリアが言った。
「確かに黒く、闇の色と似ている。だがその色はただの闇ではない」
ウォーリアはの目を見た。
「その闇は夜の色だ」
星と月を抱き締め、朝を産み夕を受け入れる夜。
見えぬ恐怖を持ち、見えぬゆえに安らぎを与える夜。
「ここを覆う闇とはまた違う闇を纏っていたからこそ、私たちは君を見つける事ができた」
ウォーリアの言葉には改めて自分の服を見る。
夜の服。
この旅を始めた時に着ていたものだが、まさか意味があったとは。
「コスモス、ありがとう」
とんでもない事になってしまったが、それでも仲間にまた会えた。
小さく微笑んで、は姿が見えぬ秩序の神に感謝を告げた。
「これからどうする?」
スコールが仲間たちに向かって聞く。
もちろん、答えはみな同じだが、一応確認である。
「そりゃここから出るっス!」
「だよね」
皆一同に頷くと、を見た。
「ん?」
なぜこちらを見るのか解らなかったが、ウォーリアが答えを教えてくれた。
「、君に案内を頼む」
「……ふぉ!?」
あまりの出来事に奇声が出てしまった。
「え、ちょっと待って? 私ここで迷子になったのよ? 迷子にさせるの? 迷子に道案内させていいの?」
混乱しつつある頭で何とか言葉を吐き出すだったが、世の中は少し非情なのかもしれない。
「だって、は先達だろ?」
いや、確かにそうだが。そうだったが。
「でも…」
「大丈夫」
言いよどむにティナが笑った。
「なら、きっとできるよ」
「いやでもさ」
「つかオレたち、に案内してもらわないと出れないんだけど?」
「は!?」
ジタンの衝撃的発言には思わず声を荒げる。
どういうことだと目を皿にするしか出来ないにフリオニールが答える。
「クリスタルに導かれてきたは良いんだが、俺たちもここ初めてだからな。道がわからないんだ」
「さっきからクリスタル、うんともすんとも言わないんだよなぁ」
クリスタルを振っていたバッツが正論を言ったフリオニールの援護をする。
ここまで来て仕事を放棄するのか、導きの光よ。
と、は眩暈を起こしたが、仲間たちはを見つめている。
その視線は期待と確信が映されている。
ならば、大丈夫だと。
ここまで信じてくれているのは嬉しいし、先達としての仕事をするのも良い。
だが、さて。どうしたものか。
はしばらく考えた末に、ひとつの提案を思いついた。
「解った、やってみるけどその前に!」
は手を差し出した。
「皆のクリスタル、いったん貸して欲しいの」
暗闇の中、仲間を導く。それには光が必要だ。
自分がこうなってしまったのも、おそらく自分の中の輝きが少なかったからだろう。
だけど今は違う。
「でも、クリスタルはなにも光を示していない」
「うん。でも大丈夫だと思うんだ」
セシルの不安を隠せない言葉にはハッキリと言い放った。
10人もの仲間の輝きがある。
だから、今度は大丈夫な筈だ。
「先達最後の大仕事だろうから、しっかりやりたい。だからお願い。みんな、力を貸して」
真っ直ぐに仲間を見つめるは彼等が知っているだった。
「わかった」
最初に頷いたのはウォーリアだった。
彼は自分のクリスタルをに預ける。
そう言えば、彼だけがあの世界で得たクリスタルのままだったなと思っている間に。
他の仲間たちもの手にクリスタルを預けていく。
10のクリスタルがの手の中に集まる。
すると、いままで沈黙を保っていた光が溢れてきたではないか。
光は一筋の道となり、を仲間を導く。
「行こう」
誰とも解らぬ声だったが、皆歩き出していた。
「闇の向こうには、なにがあるのだろうな?」
「とりあえず、 皆の世界じゃない?」
歩きながらウォーリアとは話をしていた。
「なんか、私が皆を送ってるのか、私が皆に送られてるのか。解らなくなってきた」
くすくすと笑いながらが言うと穏やかな声が、耳に入ってきた。
「おそらく、そのどちらもだろう」
がウォーリアを見上げれば彼は笑っていた。
「君が私たちを見送り、私たちが君を見送る。悪い事じゃない」
「そうね」
11人はやはり人数が多い。
にぎやかなその光景はとても懐かしく、は目を細めた。
「ちょっとやらかしちゃったけど…でもこれはこれですごく嬉しいな」
久しぶりに仲間たちと顔を合わせ言葉を交わせたのだ、これ以上嬉しい事はない。
「これが私にとってのクリスタル、だったのかもね」
今この瞬間はとても輝かしく、とても美しいのだから。
楽しく歩き続けていくこと、どれくらいだっただろう。
気付けば、目の前には11の門がそびえ立っていた。
「ここが終点ね」
がそう言うと彼女の手の中にあった10のクリスタルは各々の持ち主の許へと飛んでいった。
それを見届けて、はおそらく自分の世界へ通じるだろう門の前へ立つ。
別れを惜しむ声が聞こえてくる。別れはいつだって辛い。
だが。
「みんな!」
各々が自分たちの世界への門の前に立ったときが声を上げた。
全員がを見る。
はとびきりの笑顔を咲かせた。
「ここまで送ってくれて、ありがとう! 運が良ければまた会えるから! だから!」
『元気で!!』
に合わせて10人全員が声を出す。
そして、ほぼ同時に門を開けていた。