黒魔道士の村の外れに、小さな墓がある。

 明らかに人の手で作られたと思わせるどこかいびつで、しかしどこか暖かなその墓標の前に。

 1人の少女が立っていた。

 年のころは10歳くらいだろうか。質素ながら上質な服に身を包む少女の額には、角がある。

 かつて、二つの星を巻き込んだ大きな戦いがあった。

 少女は、そのとき決戦の地へと赴いた戦士の1人。

 失われた力を持つと言われる召喚士の娘、エーコその人だった。

 

 

 エーコは目の前にある墓を見つめていた。

 否、墓ではなく、その周りに掛けられている三角帽子と言ったほうが良いのだろう。

 石を積み作られた墓の周りにたくさんの棒が立てられ、その上にいくつもの帽子が飾られていた。

 帽子は、この墓に眠る黒魔道士たちのもの。

 エーコはじっとひとつの帽子を見つめている。

 赤い布で飾られた、少しよれた三角帽子。

 エーコは何も言わず帽子を見ているエーコの目は今ではない過去の時間を見ているようだった。

 しばらくして、風が出てきたがエーコはそこから動く事をしなかった。

 だが、ごぅと強い風が吹いた瞬間。エーコの目が見開かれた。

 彼女が今まで見ていた三角帽子が掛けられていた棒から離れて風に乗り飛ばされたからだ。

「待って!」

 帽子を視線で追いながらエーコは足を動かし始めていた。

 風に乗った帽子はふわりと空を舞う。

 村がある方向とは違う方――森の方へ――へ飛ぶ帽子をエーコは必死で追い駆ける。

 あのまま空へ消えたらどうしようと、エーコは不安になりつつも帽子を追う。

 そのうちに、風は止み帽子は高度を下げて大地へ降りてきた。

「良かった」

 ほっと胸を撫で下ろすエーコを尻目に帽子はゆっくりと大地へ着地した。

 帽子めがけて走っていたエーコだったが、帽子の近くに誰かがいる事に気付いた。

 黒いローブを着た、誰か。

 エーコは警戒しながらも帽子に近付く。

 その最中、足元にある帽子に気付いたのか。

 ローブを着た者が上体を曲げて足元にある帽子を手にし、持ち上げた。

 帽子を取るとローブを着た者はエーコに気付いたのか、帽子を取ったままエーコが来るのを待つかのようにそこに佇んでいた。

 警戒を解かぬままエーコは帽子を取った者に近付く。

 昼間とは言え深い森なの視界があまり良くなく相手の姿がはっきりと見えなかったのだが、近付いてくるにつれてだんだんとその姿がハッキリとしてきた。

 黒いローブは確かに黒かったが、しかしなぜか心が安らいだ。

 見ていると心が落ち着く、星と月が瞬く闇。

 夜の黒だと、エーコは感じた。

 エーコが夜を纏う者の傍にさらに近付くと、その存在は女性であることが解った。

 彼女は微笑んで、エーコが来るのを待っていたのだ。

 穏やかなその表情に、エーコは思わず警戒を解きそうになったが、すんでのところで気を引き締めると、女性の2歩前で止まった。

 お互いの顔が確かに解る距離で、二人は対峙する。

 エーコの顔を見て女性は目を丸めたが、すぐに手にある帽子を見ると何を納得したのか、表情を笑みで崩した。

「はい」

 女性は笑顔でエーコに帽子を差し出す。次に驚いたのはエーコの方だった。

「貴女、これを追ってきたんでしょう?」

 驚いたエーコを見て女性はくすくすと喉を震わせた。

「なんで…」

「だって、とても必死に追ってきたのが見えたんだもの。解らないハズがないわ」

 女性は帽子を一瞥する。

「―――とても大切な物なのね」

 帽子を見る女性の目は、なぜか潤んでいるようにも見えた。

 エーコは頷くだけで答える。

「そうよ。それは私たちにとって、凄く大切な物なの」

 だから。

 エーコは帽子を受け取ると、ギュッと胸に抱き締めた。

 その様子を見ていた女性の表情はとても静かで、優しいものだった。

 女性が醸し出すその空気に、エーコは彼女に抱いていた警戒を知らずのうちに解いていた。

 

 

 見知らぬ人なのに、警戒していた人だと言うのに。

 エーコは女性と共に来た道を戻っていた。

 彼女から感じる空気はとても強くも優しく、どうしてか敵だとは思えないのだ。

 女性は夜のローブを纏っているというのに、かなり喋るのが好きらしく、エーコに色々話しかけていた。

 エーコももともとおしゃべりな性質なので、ついつい彼女に返事を返してしまい。

 知らぬうちに二人は楽しく話の花を咲かせていた。

「そう、仲間のお墓参りに」

 帽子の事を聞かれ、エーコは込み上げてくるものを押さえて、簡潔に答えた。

 死んでしまった仲間の形見の帽子が飛んでいってしまい、後を追った事。

 ここに来たのはその彼の墓参りなのだと。

 あの戦いから4年。

 彼が空へと行ってしまってから数年が経っているというのに、なかなか彼の事を上手に話すことができない。

 むしろ、時間が経つにつれて上手く話せなくなっている気さえする。

「毎年一度、皆でここに集まって会いに来るの」

 それでも、エーコは噛み締めるように言葉を繋げていく。

「最初の頃は、どっかの誰かさんが行方不明とか…私もいろいろあってなかなか、できなかったんだけど。今はなんか習慣みたいになってるのよ」

「なるほど」

 女性は静かに頷いて、エーコが抱き締めている帽子を見つめる。

「その帽子の彼は、とっても幸せね。大切な仲間が会いに来てくれるんだから」

「……そう、思う?」

 不安げに瞳を揺らしながらエーコが女性を見上げると、彼女はもちろんと、はっきり答えた。

「ずっと大好きな人たちに想われて、嫌な思いをする人はいないでしょう?」

 きっと、その彼も喜んでるはずよ。

 女性がそう言いきると、エーコは帽子を強く抱き締める。

「それなら、嬉しいな」

 今にも泣きそうで、それでも嬉しそうに微笑むエーコを、女性は何も言わずに見守っていた。

 しばらく二人は何も喋らずに歩いていると。

 帽子を抱き締めたまま、エーコの歩みが止まりそれに倣うように女性も止まる。

「…私、いつもここに来ると思うの」

 ぽつりとエーコの口から音が流れる。

「だんだん彼よりも大きくなって、たくさんの事をあのときよりも解って」

 帽子を持つ指先に力が入る。

「………もっと、もっとたくさん話がしたかった」

 彼の年齢に近づき、彼の年齢を追い越してしまっただろう今。昔を思い返すと、彼がどれだけ過酷であったかを思い知る。

 幼すぎて、よく解らなかったことが多すぎて流してしまった事もたくさんあった。

「いっぱい一緒にいて、傍にいたかった…!」

 彼が何を思い、決意して来たのかをきちんと知りたかった。

 いつも自分が引っ張ってきたようで実のところ、いっしょに歩いてきたのだと、強く思う。

 ぽろりと、エーコの頬から涙が流れ、帽子に落ちた。

 俯き涙を流すエーコへ女性は近付くと、そっと彼女の髪を撫でた。

 何も言わず、その涙が流れきり乾くまで。

 

 

 すんと鼻をすすり、エーコはどこか憮然とした表情で歩いていた。

「失態だわ。なんで初めて会った見ず知らずの人の前で泣くのかしら?」

 情けないったらありゃしないと、荒い足取りで進むエーコを見て女性は必死に笑いを堪える。

 笑う場面ではないのだが、エーコの頬を膨らませる姿を垣間見て、思わず笑いのツボが刺激されてしまったのだ。

 とても、可愛らしいのだと。

「見ず知らずの人だったからよ。知ってる人にはなかなか言えないこともあるわ」

 笑いで声がかすかに震えてしまったが、幸いエーコには気付かれてなさそうだ。

 エーコは仲間を不安にさせないために時折、自分の気持ちを隠してしまうところがある。

 戦いの最中で少しは自分の気持ちに正直にはなっただろうが、さすがに『彼』の事は他の仲間の事を考えると言い出せなかったのだろう。

 あの時から成長した少女は変わらず優しく、少し泣き虫になったかもしれない。

 しかし、その涙はとても愛しいものだ。

 これで少しは、同じ記憶を持つ者たちに『彼』への気持ちが吐き出せれば良い。

 女性がそう願っていると、視界がだんだんと拓けていく。

 黒魔道士の村が近付いてきたのだ。

 さて、どうしようかと、女性がローブの中に手を入れた瞬間。

「そうだわ!」

 いきなりエーコがくるりと女性の方を向くので、女性は心臓が止まるかと思った。

 おもわず固まってしまった女性を見ているようで見ていないのか。

 エーコは帽子を片手で抱えて、もう片方の手を腰に当てた。

「貴女、私に何かして欲しい事は無い?」

「……へ?」

 人間、度肝を抜かれると気の抜けた返事しかできないものだ。

 女性の答えが気に入らなかったのか、エーコはぷうと頬を膨らませた。

「だ、か、ら! エー…じゃない私に何かして欲しい事はないのって聞いてるの!」

 頬を膨らませて腰に手を当てる姿は、おそらく昔と変わってないんだろうなぁと女性は思いつつ、

「…話がよく見えないんだけど」

 とりあえず、どうしてその発想になったのかを聞く。

 すると、エーコの膨らんでいた頬はしおしおと萎れ、代わりに唇を尖らせぷいっと女性から視線を離した。

「ちょっと恥ずかしいところを見せちゃったから、そのお詫び」

「………あぁ」

 なんとなく、エーコの言いたい事が解って、女性は彼女に解らぬように笑う。

 可愛らしい少女の仕草に微笑ましくなった女性はそれならとローブの中にいれた手を引き抜く。

 中身はしっかりとその手に握って。

「それなら、ひとつお願いしてもいいかしら?」

「なに?」

 女性の頼みにエーコは顔を輝かせてこちらに顔を向ける。

 その動作がまた可愛くて女性は笑みを浮かべたまま、エーコの目の前で手を広げる。

 現れたのは、オレンジ色のクリスタル。

 柔らかく、しかし眩しく輝く。

 命のように。

(あれ? これ、どこかで…)

 エーコが女性の手の中で輝くクリスタルを見て、自分の記憶を手繰ろうとした。

 どこかで見たような形なのだ。

 遠い、あの戦いで…。

「これを、ジタンと言う人に渡して欲しいの」

「ジタンに!?」

 しかし、女性の言葉に記憶が霧散して言ってしまった。

 エーコは女性とクリスタルを交互に見て、エーコは女性の顔を覗きこんだ。

「ジタンとはどーゆー関係?」

 じっと上目遣いに睨まれて、女性はぱちぱちと瞬きをする。

 そして、何か解ったのか。あぁと、頬を緩めた。

「ジタンはとっても大切な仲間よ」

 支えて、支えられて、共に戦ってきた。

 清々しい一点の偽りを見出すことができない笑顔をエーコはしばらく見つめていたが、女性から顔を離す。

「わかったわ。ジタンに渡せばいいのね」

 エーコはそっと女性へと手を伸ばす。

 どうやらこの頼みごとでいいようだ。

「ありがとう」

 女性は掌にあるクリスタルをエーコに渡す。

 エーコが自分の手に移ったクリスタルを見るのを見て、女性は小さく頷いた。

「さて、そろそろ行かないと」

「…村には寄らないの?」

 女性の言葉が村には寄らずにどこかへ立ち去る言葉と察したエーコは、女性に視線を向け首を傾げた。

「寄りたいのはやまやまなんだけど…ちょっと急いでるの」

 至極残念そうに女性は答えるが、エーコの腕の中にある帽子を見て表情を和らげた。

「まあ、見たかった物は見れた気がするし。あなたにも会えたしね」

「そう…」

 ちょっと残念な気もしないでもないが、彼女が言うならばしょうがない。

 エーコは寂しそうな表情を一瞬浮かべてから、満開の笑みを咲かせた。

「いろいろアリガト! またどこかで会えると良いわね!」

「……そうね!」

 エーコの笑顔に釣られるように女性もまた楽しげに微笑んでいた。

 

 

 帽子を片手に、村に帰ってくると。

「エーコ!」

 ジタンが墓の前に立っていた。

「ジタン!」

 服の裾を翻して、エーコはジタンに近付く。

「皆は?」

 辺りを見渡して、ジタンしかいないことに首を傾げるエーコを見て、ジタンは頭を掻いた。

「あとから来るってさ。って、エーコ、いままでどこにいたんだ? クロマたちがもう来てるって言うから楽しみにしてたのに、ここに来たらいなかったし、心配したんだぞ?」

 心なしか眉を顰めて怒りの表情を浮かべるジタンにエーコは帽子を差し出した。

「ビビの帽子が風に攫われちゃったのを追ってたの。心配かけてごめんなさい」

 ジタンは帽子を見てから、エーコを見て、彼女の頭を撫でた。

「そっか、どおりでないと思ってたら…。ありがとな。でも、あんまり心配かけさせるなよ」

 撫でられる掌が暖かい。

 今よりも幼かった時の恋心を思い出してエーコはくすぐったい気持ちになった。

「うん」

 ひとしきり撫でてもらったあと、

「あ!」

 エーコは声を上げた。

「うお! なんだ!?」

 いきなりのエーコの声にジタンの体が固まった。

 ご丁寧に尻尾もピンと上に伸びて固まっている。

 しかし、エーコは慌てていたためそれを見る事が叶わなかった。

「そうだ! ジタンに渡す物があったの!」

「……渡す物?」

 体の緊張を解き、腕を組んだジタンにエーコは服のポケットから何かを取り出すとジタンに手渡す。

「帽子を追っている時に会ったお姉さんからジタンにって」

「本当か!?」

 エーコから手渡された物を手の中に仕舞い、ジタンは目を輝かせた。

 相変わらず女好きなんだからと、エーコが呆れていると、

「どんな人だった?」

 興味深々で聞いてくると言い始末。

 ほとほと呆れて、しかしそれがジタンなのだろうと思うと、嫌いになれないから不思議だ。

 エーコは苦笑を浮かべた。

「夜の色をしたローブを着た、旅の人よ。ジタンの事大切な仲間だって言ってたわ」

「大切な仲間?」

 旅の途中で会った誰かだろうか? そう思いながらジタンは渡されたものを見る。

 オレンジに輝く、優しい光のクリスタル。

 息が止まりそうになると言うのは、こう言う事なのだろうか。

「ジタン?」

 息を詰めたジタンをエーコが心配そうに呼ぶ。

 ジタンはしばらくクリスタルを見つめていたが、そっと手で再びそれを包み込んだ。

 こんな事が出来るのは、おそらく彼女だけだろう。

 見知らぬ世界で、出会った仲間たちの1人。

 秩序と混沌の狭間を案内する、彼女。

「エーコ、ありがとう」

 ジタンはエーコを見ると、ニッと歯を見せた。

「大切な仲間の贈り物を届けてくれて」

 彼女はこれからどこへ行くのだろうか。

 今度はきちんと顔が見れるといい。

 ジタンはそう願った。

 

 

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