コーネリアの国はまさに祝賀ムード一色と言っても過言ではなかった。

 人々は笑顔でコーネリアの繁栄を謳い、家々には花か飾られていた。

 家々だけでもない、道にも国旗が飾られていたりしていて、もう本当に何があったんだと言わんばかりだ。

 初めてこの地に足を踏み入れたとき、ぽかんと開いた口がしばらく閉じることができなかった。

 予想していたよりもテンションが高いこの国は一体、今なにが起こっているんだと。

 とりあえず、中に入らねば事が進まないのでとりあえず中に入るが、やぱり祝賀ムードをかもし出している。

 最初は戸惑っていたが、そのうちに雰囲気に飲まれ、こちらのテンションも地味にだが確実に上がっていた。

 本当に人々が笑顔でこれはこれで悪くはないのだと思う。

 しかし祝賀ムードと一言で言っても、なにがそんなにおめでたいのか良く解らない。

 とりあえず、傍にいた人に話しかける事にした。

 すると。

「ああ、あんた旅の人かい! 運が良いねぇ! セーラ姫の婚儀が決まったんだよ!」

 こんな答えが返ってきて、目が丸くなるのを止められなかった。

 話はさらに続く。

「なんでもセーラ姫の相手はあのガーランド様が目をかけていた戦士の1人で、たいそう腕が立つ方らしい」

「しかもイイ男と言う話だ!」

 1人の人に話しかけていたと言うのに段々と人が集まってくるのはなぜだ。

 しかもみなテンションがハイになっているのか、必要ない事まで言ってきてくれる。

「セーラ姫もかなり好いておられるみたいでなぁ」

「いやぁ仲睦まじいご夫婦になりそうだ!」

「これでコーネリアはますますの安寧がもたらされるな!」

「コーネリア万歳!」

「コーネリアに栄光あれ!」

 喜び騒ぐ人々から何とか逃げて、状況を整理する。

「なるほど、セーラ姫が結婚するのね」

 確かにこれはおめでたい。そして、下世話だが相手も気になる。

 ガーランドが目をかけていたと言う事は、実力も相当だろう。

 しかもイイ男…おそらく見目の話だろう。セーラ姫と並んで見劣りしないとなると、確かにイイ男だろう。

 ふと、脳裏にとある戦士の姿が思い浮かぶ。

「あー…」

 思わず納得してしまった。

 自分から見ても、確かに彼はイイ男だ。目つきは悪いが。

 しかし同時に困った事になった。

「どうしようかなぁ」

 最後になったこれをどうやって渡そうか。

 セーラ姫の婿の地位を手に入れたら、婚儀が終わるまではおそらく城からは出れないだろう。

 たとえ、彼がセーラ姫の相手でなくともこの状況では城には早々入れない。

 おめでたいが警戒はいつになく強くなっているはずだ。

 国の者ならいざ知らず、『旅人』の自分では下手をすると牢屋にぶち込まれかねない。

 とはいえ、早々都合よく城下の巡回はしてくれないだろう。

 彼ならばおそらくガーランドと共にセーラ姫や国王を守っている筈だ。

「ホント、どうしようかなぁ…」

 他のところ見たく、誰かに頼んだ方がいいかもしれない。

 とりあえず、城に行き門番に渡してくれるように頼もう。

 怪しまれそうだが、そこら辺はなんとするしかない。

 だが、そこまで考えて新たな難問にぶつかった。

「………名前知らないじゃん」

 思わず両手両膝を付きそうになるが何とか耐える。

 そうだ、彼の名前は最後まで知らぬままだったのだ。

 記憶を失っていた彼の名は誰にも知られることなくここまできた。

「これじゃあ、門番に渡してもらうのも無理だわ」

 名前が解らない人間宛にどうやって言伝を頼めよう。

 頭が重くなって来た。

「こうなったらセーラ姫のお相手にって言うしか…。とりあえず、やるだけやって見ないと始まらないわよね!」

 俯きそうになる頭をなんとか上にあげて、一歩踏み出そうとした瞬間。

「待て!」

 強く腕を掴まれた。

 しかし、腕を捕まれた強さよりも耳に入ってきた声に目を見開いた。

 まさか。

 掴まれた腕をそのままに急いで振り返れば、目の前には彼がいた。

 あの独特の兜ではなかったし鎧も違ったがそれでも、彼だと解った。

 互いの顔が視界に入り、相手もまた目を見開いている。

 思わず彼の名前を口に出そうとして、すぐに我に戻った彼が首を横に振るのを見て、何とか留まる。

 確かに、人が多くいる町中で騒ぐのは良くない。

 渡したい物も、話さなくてはいけない事もある。

「こっちへ」

 掴んでいた手を離し、彼は人通りが少ない裏路地へと入っていく。

 当然、彼の後を追った。

 しばらく歩いたあと、彼はぴたりと歩くのを止めて振り返ってきた。

 ここでようやく、彼の名を口にする。

「ウォーリア、久しぶりね。会えて良かったぁ」

 心から安堵の息を吐くと、彼は未だに少し驚いているようだったが、さすがと言うべきか。

「ああ。久しぶりだな。

 彼もまた表情を和らげ、己の名を呼んでくれた。

 

 

「どうしてここに?」

「これはこっちのセリフ、セーラ姫はどうしたのよ?」

 ウォーリアの質問に悪いとは思いつつ、は質問を返した。

「彼女、結婚するんでしょう? こんなところにいていいの?」

「――――ああ」

 の言いたい事が解ったのか、ウォーリアは頷いた。

「大丈夫だ。彼女の傍にはガーランドが付いているし、私の他の仲間も付いている」

 さすがにガーランドとウォーリアだけでは手が回らないので、ウォーリアの仲間がローテーションで警護をしているらしい。

 その間にウォーリアは城下の巡回をしているのだそうだ。

 それを聞いて、

(ああそっか、ローテーション…)

 この時代でもそれくらいはできるわよね、と思いっきり失念していた事には少し凹んだ。

 なんでこんな事忘れてたんだろうと考えてすぐにその原因を思い出す。

「…ん? ちょっと待って」

「なんだ?」

「セーラ姫の結婚相手ってウォーリアじゃないの?」

 このときのウォーリアの顔は見物だったと、は後々まで思った。

 あの彼が、あのウォーリア・オブ・ライトが。

 キツネに摘まれたような顔をしたなんて。

「なぜ、私が?」

 本当に驚いている。

「え? 違うの?」

 しかし、も負けていない。

「だって町の人の話し聞いたらそうかなぁって…」

 はウォーリアにセーラ姫の相手の話を聞かせる。

 すると。

 ウォーリアはこれまた珍しく、溜息を吐き、

「それは私ではなく、私の仲間の1人だ」

 こう答えた。

ならば知っているだろうが、私たちは4人で輪廻を止めこの時間軸に帰って来た。セーラ姫と結婚するのはそのうちの1人だ。私ではない」

 さらりと歪みのない答えを出してくれたウォーリアを見て、はただ一言。

「……なるほど」

 と呟くしかなかった。

「第一、町の者の話を聞いてなぜ私になるんだ? 私はあんなに優れた人間ではない」

「そんなわけないでしょーが!」

 思わず叫ぶ。

 確かに、とんだ勘違いであったが、しかし自分は悪くないと思う。

 だって、ああ言われたら彼しか思いつかないではないか。

 は4人の光の戦士を知っているが、ウォーリアしか人となりを知らないのだから。

 真っ直ぐで、迷っても己が道を突き進む、光の戦士。

「だから、私が勘違いしてもしょうがないの! 解る?」

「……

「なに!?」

 気が立っているため、自分が何を言っているのか解っていないのだろう。

 ウォーリアは溜息を吐かずにはいられない。

 がウォーリアをどう思っているか、解ってしまった。

 の気持ちは嬉しいが、どこかこそばゆい。

 しかし、にそれを言えば、今度は何を言われるか予測ができない。

「いや、なんでもない」

 だから、あえてなにも言わずに黙る事を選んだ。

 ウォーリアの行動を見て、解ってくれたのだと勘違いしたは少し違和感を感じながらも肩の力を抜いた。

「まあでも、元気そうでなによりだわ」

 はにかんでウォーリアを見るに、彼も小さく笑って頷いた。

「君も元気そうで何よりだ。ところで」

「ん?」

 今度は自分が問う番だとウォーリアは口を開いた。

「なぜ、君はここにいるんだ?」

「………あ!」

 一瞬の間を置いて、が叫んだ。

「いけない! 忘れるところだった」

 は慌てて服を漁ると、

「これ、ウォーリアに」

 軽く何かを握った拳を突き出してきた。

 ウォーリアがかすかに首を捻るとは掌を見せるように拳を開く。

 彼女の手から現れたのは、光。

 淡い青く輝く、小さな光。

「これは…」

 ウォーリアが呟いたと同時に彼の腰につけてあったポーチが光る。

 まさかと、ポーチを開ければ、そこには今も大切にしているクリスタルが輝きを発していた。

「共鳴しているのか?」

 ウォーリアがクリスタルを光に近付けると、光はふわりと浮き上がりクリスタルの周りを何周かして。

 ふわりと、クリスタルの中へ消えていった。

、どういうことだ?」

 ウォーリアがクリスタルを片手に尋ねると、さてなにから話したものかと、は頭を捻る。

「まああれね。強いて言うならコスモスのお使い?」

「コスモスが?」

 懐かしい、女神の名をしたにウォーリアは驚いた。

 だが、には何も不思議な事ではなかったらしい。

「ウォーリアのところだけじゃなくて、他の皆の世界にも行ってたのよ。でウォーリアみたいに色々渡してたの」

 でもね、とは苦笑を浮かべた。

「直接皆に会うと最初からやり直しって言う、ワケの解らない盟約させられちゃってねぇ。ホント苦労したわぁ」

 神様って言うのはヤッパリ解らないね、とぼやきつつ。

 は苦笑から小さな笑みを浮かべた。

「でもまあ、お陰で皆の世界にいけたんだから、むしろ私のためだったのかもしれないなって思う」

「君の?」

「そう。先達として戦士たちを支えてきた私への贈り物だったのかもって。…とはいえ、条件がかなり厳しいのが難点だったけどね」

 最後にはくすくすと声を立てて笑うを見て、ふとウォーリアはある事を思い出した。

「私で、最後か?」

 は今、自分と顔を合わせている。

 顔を合わせやらやり直しだと言うのに、これは良いのかと聞けば、は頷いた。

「ウォーリアで最後よ。最後の人とは顔合わせても良いの」

「なぜだ?」

「さあ? でも、ここまで来て誰にも会わないのは詰まらなくなるからって思ったんじゃない?」

 ヤッパリ神様は解らない。と笑うはあの戦いから変わっていない。

 彼女のこの姿を見れた事に、ウォーリアは感謝した。

 

 ふっ。

 の体が光り始めた。

「そろそろ時間みたいね」

 自分の体を見ては呟く。

「これからどこへ?」

 ウォーリアは不安気に聞くと、は実にアッサリと答えてくれた。

「私の世界に帰るのよ。大丈夫、いなくなるわけじゃないんだから」

 は笑った。

「世界が違っても私たちは生きていける。もしかしたらひょっこり顔を見せるかもしれないわね。そのときは、またよろしく!」

 その言葉にウォーリアは目を閉じて、すぐに開くと、頷いた。

「ああ、待っている」

 ウォーリアの答えには頬を緩ませた。

「ありがと。…あ、そうだ」

 体がだんだんと透けて行くなかではおそらく最後だろう会話を切り出した。

「せっかくだし。ウォーリアの名前、教えてよ。ずっと知らなかったから気になってたのよねぇ」

 笑いながら聞くメイにウォーリアも確かにと思い、今にも消えそうなに自らの名を明かした。

 その名には目を丸めると破願した。

「ウォーリアらしいわね、教えてくれて、ありがとう」

 貴方に光の祝福があらんことを。

 その言葉を最後には光の粒となって消えていった。

 残ったのはウォーリアとその手に輝くクリスタルだけ。

 だが、ウォーリアの心はどこまでも澄んでいた。

「私の方こそ、君が来てくれた事を感謝する。

 君にも光の祝福があらんことを。

 クリスタルを胸に抱き、ウォーリアは強く願った。

 

 

 

旅の終わり