道行く人々が振り返る。
その先には赤いチャイナドレスを着た女性が歩いているからだ。
若い男が話し掛けようとするが女性のまっすぐな瞳は生半可な気持ちの者を引き寄せない。
「明蓮のやろー」
思わずつぶやく。
彼女の言う通り、道行く人が自分を見る。
普段の格好をしていればこんな事は、まずない。
当然である。彼女は女性らしくしたことがない。
あの四人と出会い『俺』を『あたし』にしただけで他は何も変えていない。
そのままで十分だったから。
だから、こうも注目されると変な気分になる。
「でも、あたしはあたし」
そう思い静夜はいつも通り胸を張って堂々と歩いていた。
「ま、誰も話し掛けてこないからいっか」
話し掛けようとしてくる感じの男が沢山いる気配を感じるが誰も話しかけてこないので静夜は無視している。
「にしても変な感じだな、やっぱ」
静夜は足元を見た。
彼女の足にはヒールのミュールがある。
明蓮が絶対似合うと言って突き出した物だ。
普段の視線よりいくらか高い視界に少なからず戸惑いながら歩く。
「歩きにきーな」
履いたことのない靴に思わず愚痴が零れた。
「そこの美人なおねーさん」
不意に声をかけられ、静夜は思わす立ち止まった。
この声は……まさか。
聞き覚えのある声。否、聞き覚えではない。この声の主は自分が良く知っている男。
恐る恐る振り返ると思った通り。
赤い髪と真紅の瞳。
言わなくても分かる。沙 悟浄だ。
今宵を共にする女性を探しながら悟浄は街を歩いていた。
「この街にはオレ好みの女はいねぇのかよ。ったく」
『イイ女』と言われていそうな女はいるにはいるが、どうも声をかける気にはならない。
「あ〜あ……ん?」
ふと目を向けた先に一人の女性が歩いているのが目に付いた。
真紅のチャイナドレス。黒に近い青髪は後ろで上品に編み込まれていて、肌は透けるように白い。
綺麗に上がっている長い睫。唇はグロスだけだが見事な薄紅。
そして何より印象深いのが何者にも臆していないまっすぐな瑠璃色の瞳。
思わず咥えていた煙草を落としてしまう、それほどまでに美しい女性。
男が幾人か声をかけようとしている気配はするが、彼女の瞳の強さに臆して誰も声をかけてはいないようだ。
「なら、オレが頂いちまおうか」
ようやく獲物を見つけて悟浄はにっと笑うと青眼美人のところへと歩いていった。
何で悟浄が……。
静夜は唖然として目の前の男を見る。
「お嬢さん、一人?」
普通の女ならすぐにでも魅了してしまいそうな低い男の声で悟浄は言った。
「そうだけど、それが何か?」
我に戻って静夜は言う。
あたしだって気づかないのかよ、おい!
悟浄はなにがあっても自分は口説かないと言い張っていた。
「だってお前を口説いても意味ねーし」
とか言ってたくせに。
しかし、今間違いなく悟浄は静夜を口説いている。
ただ、服が違って軽く化粧をしいているだけなのに…。
「いや、オレも一人でさ、もし良かったら一緒に食事でも……」
「いや」
とっさに言われ悟浄は唖然とした。
今までこんなに早く断られたことがないからだ。
でも、こんな美人を簡単に見つけることはそうない。
どうしてもモノにしたい、悟浄はそう思い諦めずに声をかける。
「いや、そんなこと言わずに……」
「ヤなものは嫌。あたしに構わないで」
服装の所為かいつもの口調が出てこない。
ここで「俺に構うんじゃねーよ、このエロガッパ!」と言えば悟浄も己が口説いているのが静夜だと分かるはずだ。
しかし、出てくる言葉は明らかに女の言葉で…どうしようもない。
「そうゆう訳にはいかないぜ。お嬢さんみたいな美人、そうお目にかかれないしな」
自分のペースを取り戻した悟浄は静夜の手首を掴んだ。
思ってた以上の力強さに静夜は一瞬の恐怖を感じた。
「いやだって言ってるだろ! この……」
スッパーーン!!!
言い終わらないうちに悟浄の頭に強烈な一発が降ってきた。
手首を掴んでいた悟浄の手が離れ、静夜はとっさに自分の手首を自分の手で掴んだ。
「いってーな、なにすんだ……!」
悟浄は後ろを振り向くとそこには、三蔵がハリセンを持って仁王立ちしていた。
「ゲッ」
「貴様は嫌がっている女をいつも無理矢理連れ込もうとしているのか?」
三蔵はかなり機嫌が悪いらしくこめかみに青筋が立っている。
よほど嫌な気分の上に悟浄のこれである、銃を撃たれなかっただけでも幸運だ。
「大丈夫ですか?」
八戒が静夜に話し掛けてきた。
「え、ええ。あたしはなんとも……」
「すみません。あの男は美人に弱くって。いつもはもう少し穏やかに女性に接してるんですが…。
許してやってくれませんか?」
どうやら八戒も目の前の美女が静夜だと言うことに気づいていない。
彼なら気づくと思ったのに、静夜は少し悲しくなった。
青い髪も瞳も変わらない、ただ外見が違うだけ。
どうして気づいてくれないのだろう。
「行くぞ、悟浄」
三蔵が言う。
「オ、オレも行くのか?」
名残惜しそうに静夜を見ながら悟浄が不機嫌に言うと三蔵は小銃を彼の額に突き付けた。
「当然だ、貴様ばかり楽をしてるんじゃない」
三蔵は踵を返し歩いて行く。
「あ、待てよ三蔵」
悟空が急いで三蔵の後を追う。
「行きますよ、悟浄」
「へいへい、わかりましたよ」
八戒に言われ渋々頷いて悟浄は八戒と共に静夜から離れて行った。
四人の姿が見えなくなるまで、静夜はただ立っていた。
「……もうそろそろ服、乾いてるかな?」
心に何か淋しいものを感じて静夜は明蓮の家を目指して歩き出した。
「なぁ、あの人さ、静夜じゃなかった?」
悟空の突然の言葉に三蔵達は一斉に悟空の方を向いた。
「おいサル、何馬鹿なこと言ってんだよ。あんな美人が静夜なわけないだろが」
悟浄が呆れて言うと悟空はむっとした顔になる。
「だって、静夜の匂いがしたんだ。絶対あの人は静夜だって」
「でも静夜、あんな服持ってましたっけ?」
八戒が首を傾げる。
「うっ、それはそうだけどさ…。…三蔵は、三蔵はどう思う?」
言葉に詰まって悟空は三蔵に助けを求めた。
三蔵は煙草に火をつけ、ふうっと紫煙を吐き出すとつぶやいた。
「……サルの言う通りかもしれんな」
「え、今なんて?」
八戒が聞こうとすると三蔵は「別に」と言って黙ってしまった。
「それ、どういうこと!?」
静夜は男の襟を掴んだ。
「だ、だから、明蓮は南の廃虚にいったんだって」
静夜が明蓮の家に帰ってきた時、彼女の姿はなく、どうしたのかと思って近くにいた通行人の男に聞いたところ、
明蓮は妖怪が住み処としている南の廃虚に行ってしまったという。
「あいつ、姉貴の帰りが遅いって心配してたところに村のやつが廃虚に姉らしき人を見たって聞いた瞬間いても
立ってもいられなっていう風に飛び出して行ったんだ」
「もう、あいつは!!」
静夜は男の襟を離すと走り出した。
このまま行くのは癪だが家には鍵が掛かっていて中に入れない。
「無事でいろよ、明蓮…!」
「あ、あの人」
悟空が後ろを向くとあの青眼美人が深刻な形相で走ってくるのが見えた。
「どうした?」
三蔵が声をかけると静夜は立ち止まって呼吸を整える。
「あたしの友人が南にある廃虚に行っちゃって。
あそこ、妖怪がいるからって誰も近付かないって言われるらしいのに……」
「それで、助けに行こうと?」
八戒が聞くと静夜は頷いた。
「でも、お嬢さんじゃ無理だぜ。俺たちが代わりに行ってきてやるよ」
「別にいいわ。あたしだって戦えるんだから」
悟浄の申し出を静夜は断る。
「無理はいけません。相手は妖怪です。さっきの悟浄の事もありますし、ここは僕たちに任してくれませんか?」
「でも!」
「その格好でどうやって戦うんだ? ここは俺たちに任せてお前は戻ってろ」
静夜の抗議の声は三蔵によって遮られた。
その台詞はもっともで、何も言えなかった。
「行くぞ」
三蔵に促され悟空達は頷くと南に向って歩き出した。
「…でも、明蓮はあたしの友達なんだ。あたしが行かなきゃ」
三蔵達に気づかれない様に静夜もまた歩き出した。