着飾るよりもその微笑みを     後編    

 

 

 

「きゃあ!」

 明蓮は木の根に躓いて転んでしまった。

自分の姉がここにいるという話を聞いてなりふりかまわず来てしまって妖怪に見つかり、逃げて来たというのに。

「どうする、こいつ」

 追いついてきた妖怪が明蓮を見ながら他の妖怪に聞く。

「なかなかの美人だな。可愛がってやるか」

 明蓮は後ずさりしたが背中に木の幹が当たってしまった。

逃げられない!?

妖怪はえげつな笑みを浮かべながら近付いてくる。

「いやーっ!!」

 明蓮が叫んだ瞬間、手を伸ばしてきた妖怪は一瞬にして肉の塊になった。

「いたいけなお嬢さんに何しようってんだ、下衆やろう」

 振り向くと赤い髪の男が錫杖を手に笑いながら言った。

「なんだ、貴様は!」

 妖怪が怒鳴るとカチリ、と銃の音。

「ただの通行人だ」

 その瞬間、大きな銃声と共にもう一人の妖怪が倒れた。

「だいじょうぶか?」

 明蓮が横を向くと金色の目の少年が聞いてきた。

「は、はい…。あの、貴方たちは?」

「ただの通りすがりの旅人ですよ」

 少年の後ろから深緑の瞳の男が出てきた。

「な、なんだこいつら!?」

「仲間を呼べ! こいつらをブッ殺すぞ!!」

 ピィーっと口笛を吹くと木の影から妖怪がぞろぞろと出てきた。

「おーおー、これはこれはこんなに沢山いらして……」

 悟浄が驚いたように周りを見る。

「一人、10人ってところですか」

「えー、そんなのすぐ終わっちまうじゃん、つまんねーの」

 八戒の言葉に悟空は本当につまんなそうに声を上げる。

「なら、やらなくてもいいんだぞ」

 三蔵が慣れた手つきで銃の弾を入れ換えながら言う。

「そんなのもっとつまらないだろ! やるに決まってんじゃん!」

 悟空は襲いかかってくる妖怪を見ながらにっと笑うと嬉しそうに言った。

 

 

「うあっ!!」

 危うく転びそうになる。

足に履いているミュールの所為だ。

「ヒールだから走りにくっ! でも、ここで脱いでほっぽるもの明蓮に悪いし…。あーもうっ!」

 静夜は足元を見る。

すると片足のミュールのヒールは今にも取れそうになっていた。

「……ごめん、明蓮!!」

 静夜は取れかかっているミュールの踵を掴むと力を入れた。

するとヒールは難なく取れた。

静夜はもう片方のヒールも同じように力を入れて取ると再び走り出した。

 

 

「なぁー三蔵、こいつら増えてない?」

 悟浄は隣で息切れをしている三蔵に向かって言った。

もう十人以上は倒しているのに減るどころかますます増えている。

「全く何人にいるんだ……」

 三蔵は不機嫌につぶやくと走って行ってしまった。

「あら無視。ま、別にいいけどもう少しこっちの事も気遣ってくれるといいんだけど……」

「悟浄、後ろ!」

 八戒に言われ後ろを向くと妖怪が悟浄に向かって襲いかかってきた。

「マジかよ、おい!」

 応戦したくとも間合いが取れない。

「チッ、オレとした事が!」

 こいつはまじいかな、思ったその時襲いかかってきた妖怪は血飛沫を上げどうっと倒れた。

「な………」

 わけがわからず唖然としていると、

「情けねーな、お前。三蔵に気ぃ取られてるからだぞ。だから、あたし一人の方が良かったのに…」

 いつもの声がしてその方を向くと悟浄は開いた口がふさがらなかった。

八戒も悟空もそしてあの三蔵までも悟浄と同じ顔となった。

そこにいるのは赤いチャイナドレスを着、手には燕翔刃を持ったあの青眼美人だったから。

 

 

「静夜!」

 明蓮の声で三蔵達は我を取り戻した。

「明蓮、大丈夫か?」

「うん、私は何とかね」

「そっか、ならいいんだ」

 静夜は明蓮に向かって笑うと燕翔刃を構えた。

「……静夜。本当に静夜なんですか?」

 八戒が呆けて言うと静夜はため息を吐いた。

「そっ。まぁ、聞きたい事はたっくさんあるでしょうが、とにかく今は明蓮を助けないとね」

 勇ましい青眼美人は勢いよく飛び出した。

 

 

静夜が入った所為と今までの三蔵達のお陰で妖怪はあっという間に息の根が切れた。

「怪我もなしっと。もう! どうして戦えないお前がここに来るんだ! 俺が戻ってくるまで待てなかったのかよ!」

「ごめ〜ん、あんなに早く見つかるなんて思わなかったのよ〜!」

「だいたい、お前の姉さんは北の方に買い出しに行ったんだろ、どこをどうしたら正反対の南にくるんだよ!」

「あ、そうだっけ?」

「自分で言ったくせして忘れんじゃねーー!!」

 …と、ひとどおりの説教がすむと八戒が口を開いた。

「静夜、どうしてそんな格好をしてるんですか?」

「ああ、これ……。実はな」

 静夜は今までの事を話した後思い出したように明蓮に向き直って頭を下げた。

「あ! ごめん明蓮! 俺、明蓮のミュールの踵取っちまった!」

「えー!?」

 そう叫んで足元を見ると、確かにヒールがない。

それを見て明蓮はシュンと項垂れている静夜を見てクスリと苦笑した。

「うーん。本来なら許してあげないんだけど、今回は私のためだもんね。許してあげる。

助けに来てくれてありがと、静夜」

 

 

 

「んー、やっぱこれが一番。あんな格好はもうこりごりだ!」

 いつもの服に着替え終わり三蔵達が待っているジープの前でそういうと明蓮は残念そうな顔になった。

「あら、残念。静夜はそんじょそこらの女の人よりも絶対綺麗なのに……」

「馬鹿言うな。俺は綺麗でなくったっていいの。この格好が一番気に入ってるんだ」

 静夜は顔をしかめる。

「…ま、いいか。静夜はあ〜んなにイイ男と旅してるんだもんね」

 明蓮は静夜を待っている三蔵達を見て言った。

「そー言うこった」

 静夜はにっと笑った。

「あら、否定しないのね」

「当たり前だろ、ホントの事なんだからさ」

 二人の女性は顔を見合わせ笑った。

「おい、早くしろ。置いてくぞ」

 三蔵は助手席から声をかけた。

「今行くー! じゃあな、また寄ったら声かけるよ」

「うん、ぜったい来てね!」

「おうっ!」

 

 

「まさか、あの人か静夜なんてな…」

 ジープに揺られ悟浄がつぶやいた。

「俺の言った通りだったじゃん!」

 悟空が得意そうに言った。

「あ、悟空分かってたんだ」

「静夜の匂いしたからな」

「そっか……ありがと」

 嬉しそうに静夜は微笑んだ。

「どうして?」

 悟空は目を丸めた。

「だって誰もあたしだって気づかなかっただろ? なんか寂しくてさ……。

なんでだか分からないんだけど…。たぶん」

 静夜は空を見た。

「外見だけであたしが誰だかわかんなくなるほど、あたしは存在薄いのかなって思ったのかもな。

我ながら情けないけど、でも、寂しいって気持ちは本当だったから」

「それだけお前が変わったってことだろ」

 三蔵がつぶやくように言った。

「は? どういうことさ?」

 静夜はジープの前の座席に身を乗り出して三蔵の顔を覗くように見る。

「貴様がどんな格好をしていようが俺達はずぐに見分けれる……が、今回みたいに俺達が思いもしなかった

格好をすれば、見分けることは無理だな」

 静夜はしかめ面をした。

「まあな、確かに今回のは明蓮の服だったからな。あたしじゃぜっっっったいにあんなもん着ねぇもんな〜。

分からなくなるのも無ないか…」

「でも、本当に綺麗でしたよ。また機会があればあの格好をしてくれると、僕としては嬉しいんですが……」

 八戒が本気とも冗談ともつかぬ事を言うので静夜はは〜と重いため息を吐いた。

「なに言ってんだよ。俺は金輪際あんな格好はしたくもない! 

なにが楽しくってあんな動きにくい格好せないかんのだ。ったく」

「オレは結構楽しませてもらえるけどな」

 悟浄がキシシと笑うと静夜はキッと悟浄を睨む。

「冗談! 誰がお前なんかに!」

「じゃあ、ほんとに楽しくなかったのか?」

 突然悟空に聞かれ静夜は思わずたじろいだ。

「……。正直言って楽しくなかったって言うとウソになるんだけど…。でも、もういい! 着たくない!」

「誰もお前にあんな格好しろとは言わん、安心しろ」

 三蔵がうんざりしたように言う。

「なんかそう言われると腹立つんだけど……」

 静夜がぶすっとした顔になると悟浄がにやにや笑いながら口を開いた。

「三蔵は綺麗な静夜だと他の男に持ってかれると思って心配なんだろ。

そう言ってやればいいのに、三ちゃんてば恥ずかしがりやさんなんだから…。…!!」

 そう言った寸前、悟浄の前髪は一房パラリと落ちた。

「てめー三蔵、なにしやがる!」

「うるさい、いっぺん死んでみるか!? ええ!!」

 心なしか顔が赤い三蔵を見て八戒はくすくす笑った。

「確かに、しばらくの間はいつもの静夜の方がいいですね」

「え、なんで?」

 悟空が聞くと、

「だって保護者の機嫌がいつも以上に悪くなるでしょう?」

「あ……」

 悟空は横で暴れている2人を見る、と頷いた。

静夜は息を殺して笑っている。

そんな静夜の顔を見で悟空はぽつりと言った。

「でも、俺は笑ってる静夜が一番いいと思うんだけどな。一番綺麗だと思う」

「僕もそう思いますよ。きっと悟浄も三蔵もそう思ってるに違いませんね」

 八戒は大きく頷いた。

「ん? ねえ、今なんか言った?」

 静夜が笑顔で悟空に聞くと悟空はかぶりを振った。

「な、何でもねえよ。な、八戒」

「ええ。それはそうと、そろそろあの二人を止めませんとね」

「うん、そうだな」

 静夜は笑って頷いた。

 

 

 

その笑顔が君にとって一番綺麗なもの。

泣き顔も悲しい顔もそれはそれで綺麗だと思うときがあるけど、

でも一番なのは海のように広く大きな穏やかさのある青い目が嬉しそうに笑うとき。

その笑顔は僕らを大きく包んで穏やかにする。

どんなに着飾った人がいても、どんなに君が着飾ってるとしても、その笑顔は絶対。

絶対、何者にも負けない、美しい笑顔。

君がいつまでも笑っていられますように。

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

Wordの中を漁っていたら、懐かしいのが出て来て…。

載せてみました。ここのところ最遊記、音沙汰なかったし。

悟浄「だからか、こんなに静夜の口調が変なのも」

はい。だんだん女性らしい口調になって来てるよね。

八戒「まあ今でも駄文は直ってませんけどね」

うわ〜う!!!

 

 

2002.5.4

 

 

 

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