ゴゥ…。
風が吹きぬけた。
あまりの風の強さに維が目を開けると、
目の前には青い紙を貼り付けたような、人工的な青。
「へ?」
維は思わず目を丸めた。
「ここ何処…ってか何?」
あまりにも現実離れをした空間を前に、維はただ呆然と立ち尽くしている。
しかし、そのままではいけないと脳が叫びを上げたので。
維は高速で混乱している頭をなんとか立て直そうと、記憶を辿り始めた。
「えっと…確か…お昼休みでご飯食べて、時間が余ったから天気も良かったし外に出かけたんだよね。
で、中庭かどっかフラフラしてたら、イッチーがおっきな木に凭れて寝てるの見つけて…それから、イッチーの傍まで近付いて…」
それから先の記憶がない。
維はパチパチと瞬きをした。
「……夢?」
口に出したとたん、スッと何かが維の中に消えて行った。
今自分の目の前にある状況全てが、その言葉で納得したかのように。
「そっか…夢」
夢ならば説明が付く。
この、あまりにも自然的ではない青い空も。
自分が立っている足元も。
今、維はビルの上に立っている。
正確にはビルの壁…側面に立っているのだ。
しかし、そのことに恐怖を抱くこともなく、維は平然とそこに立っている。
夢という理由が彼女の中に確立しているためなのか、あるいはこの世界そのものが常識自体を無視しているせいなのか。
じっさい、維の視界には地面らしきものは自分の足元にあるビルしかなく。
ただ、青い空が広がるばかりである。
「不思議」
夢とはいえ、こんなに不思議な夢を見たのは初めてで。
維はもう一度、周りを見渡した。
あまりにも不自然な青が空を覆っている。
そして、自分の足元以外のビル。
ビルの色も空とは違うが青い色をしていた。
全てが青に包まれた世界。
「青色は好きだけど…ここまで青いと」
かえって怖い。
維が空を魅入るように見詰めていたとき。
「おい、テメェ。どうしてここにいる」
声が、維の耳に入る。
とても馴染んだ声。
しかし、どこか違和感を感じさせる声に、維はバッと声の方を向き。
目を見開いた。
そこに立っているのは、自分が何よりも知っているひと。
しかし、彼は彼ではなかった。
青い世界に一際目立つ、白。
髪も着ている物も、全てが白い。
いや、着ている物は反転していると言った方がいいのだろう。
目の前の彼が着ている物は、維が知るオレンジ色の彼が死神になったときに着ている、あの着物その物なのだ。
彼が着ているのは黒いが、目の前にいる彼が着ているのは白。
彼の着ている黒い部分が白となり、白い部分が黒くなっている。
死覇装の反転色。
それだけでも維は驚いているというのに。
彼の顔を見た瞬間、 維は今度こそ目が飛び出てしまうのではないかと思えてしまうほど、目を張った。
何もかもが彼に似ている彼の目は…。
金と黒に彩られていた。
明らかにヒトの目ではない、金の虹彩と黒の瞳。
彼にあまりに似すぎている顔を持つその人の目は、維に不審な気を向けていた。
下手に動いたら身を切るだろう、強い霊圧を維に与えながら。
しかし、どうしてか。
維は恐れを抱かなかった。
恐れよりも、彼に近付きたいと思った。
誰よりも、彼に近い顔を持つ彼。
否、顔だけではない。
彼の存在そのものが、彼に近いのだ。
まるで、一枚のコインのように、表と裏のコインの柄が違うだけで。
コインその物がひとつであるかのように。
恐れは時に、好奇心に覆される時がある。
今の維はまさしくその状態で。
彼に似ている。
その存在に興味を惹かれた維は彼に近付こうと足を進めようとした、瞬間。
目の前がまるで蜃気楼のようにゆらり、と霞んでいく。
維は目を見開いた。
これは、目覚めの兆候だと、魂が叫ぶ。
「ちょ…待って!!」
一歩も彼に近づけないまま目覚めるのは嫌だとばかりに、維は意地でも足を進めようとする。
しかし、視界は水の中に落ち溶けていくインクの如く、目の前の世界を巻き溶かしていく。
「帰れ、ここはお前の来る場所じゃねぇ」
不意に耳に入ってきた、声に維は足を止めた。
もう目の前は何も見えないはずなのに。
維は確かに聞き、見たのだ。
遥か遠くにいる、白い彼の口が開き、そう言ったのを。
彼の声と、今まで聞こえなかった筈の『音』を聞き、維は確信した。
そうか、ここは…。
「―――――――ッ!!!」
維がその名を叫んだとき、彼女の意識は暗転した。
ふと、維は目を開けた。
ゆっくりと開けた眼差しは、まだ少し朧気だったが、維は自分が何かに凭れている事に気付くと、視線をそこに向けた。
微風に吹かれ、さらさらと音を立てる新緑の木の葉と、鮮やかなオレンジが目に映る。
あまりに不自然な色合いに維はぼんやりと不思議に思ったが、肩と頬に暖かさを感じて。
自分は今、一護の肩に凭れているのだと気付いた。
維は特別に慌てることもなく、一護からそっと離れると彼の方を向いた。
一護は維が凭れ掛かったにも係わらず、健やかに寝息を立てて眠っている。
気配に敏感な筈なのに、こんなにのんびりしてて大丈夫なのかと維は心配になりつつ、今度は木の幹に凭れ、上を向いた。
さらさらと音を立てる葉の間から射す光の色を見て、自分が眠っていたのが少しの間だけだと気付いた。
確認のために、ポケットに入っていたケータイを見ても、昼休みの終わりにはまだ余裕がある。
もう少し、ここでのんびりしてても大丈夫だろう。
維は一人頷いて、もう一度、隣で眠る一護を見つめ。
彼女は、先ほどまで見ていたものを思い出していた。
今、この世界に存在する空の色とはまったく異質の青い紙を貼り付けた様な空。
世界の常識が通用しないかのようなビルの群れ。
そして…。
「白い…一護」
自分の知っている黒崎 一護よりも凶暴で、強い力を持つ者。
強さと戦いを求めているのを、維は確かに《聞いた》。
しかし、最後に聞こえた『音』は。
白い彼の、その奥底にある『音』は確かに。
今ここにいる黒崎 一護そのものだった。
過去に数回、一護から一護ではない『音』を聞いたことを維は思い出した。
彼の『音』を鳴らしているときの一護は強く、少し凶暴性が増していたように感じた。
一護は時折、そのときの自分を恐れている。
もしかしたら、彼がそうなのだろうか?
あの、白い一護は。
だとすれば。
あの青い世界は、一護の心の中だったのだろうか?
維は首を横に振った。
違うと。
自分には確かに人とは違う力がある。
だが、その力は人の心の中に入れるような代物ではない。
《聞こえる》だけでも十分だというのに、人の内側の世界に入れるほど自分は大層な人間ではないし。
なにより、人の心に入れるなど、そんな恐れ多いことはごめんである。
あれは夢だ。
きっと、知らない間にうたた寝てしまい一護に触れてしまったせいで、彼の意識と同調でもしてしまったのだろう。
一護が見ている夢の中に、夢の中の自分は入ってしまったのだろう。
維はそう結論付け、もう一度目を閉じた。
まぶたの裏に、白い彼が映る。
でももし、彼が存在しているというのなら。
一護と区別する為に、維はこう呼ぼうと薄暗いまぶたの裏で思った。
『白崎さん…』
あとがき
維、白崎さんと遭遇編!
どうして維が一護の中にいるもう一人の一護を白崎さんと呼ぶようになったのかという理由の話でした。
一護たちの生き様を出歯亀している私たちは(原作読者)一護の中にいるもう一人の一護を、姿の色から白崎さんとか白とか読んでるけど…。
じっさい、白崎さんが出てても一護の体を使ってるので霊圧の変化云々はあってもみんな白崎さんとは言わないわけで…。
でも白崎さんとどうしても呼びたい! 言わせたい! という願望に逆らうことが出来ず…この話が出来ました。
本当は維と白崎さんとを会話させるつもりだったんですが、それだと何か現実味を帯びてしまうので、一瞬の邂逅という形にしてみました。
とはいえ、維もうすうす感じてるのか、夢という朧気な感じが出なくて残念。
…力量不足とか言っちゃ駄目ですよ(弱気)
タイトルはDream in dreaM とDreaming dreaM
という二つを掛け合わせて見ました。
《夢の中の夢》と《夢見る》いう意味です(かなり意訳ですがι)
アポストロフィがついてるのはDreamingの省略を意識してみたりしてなかったり…。
2007.6.8