「どれ?」

「それ」

「これ?」

「あー、ちがう。あと二冊右」

「……これ?」

「そう!」

 

 人の賑わう大通りから少し離れた場所にある、少し古ぼけた本屋。

 新書から年季の入った本、専門的なものまであるその本屋のとある本棚の前で、とある会話がなされている。

 日焼けを避けているため薄暗い店の中に居ても、ひときわ目立つショートと三つ編の金の髪がふたつ。

 エドワードとのエルリック姉弟であった。

 

 

「まったく、人が宿でのんびりしてる時にいきなり大慌て飛んできて、『助けてくれ!』って叫ぶから何事かと思ったら…」

 荷物番係じゃなかったの、と呟きながらエドワードが欲しいと言った本を取ってくれる姉を見て、弟はえへーと決まり悪そうに笑った。

「や、だってこんなに一気に読みたい文献が見つかるなんて思わなかったから」

「しかも、背の届かない場所ばっかりにね」

 がエドワードに本屋まで連れて来させられたのには大きな理由がある。

 エドワードが欲しい本全てが、弟の手の届かない本棚にあったのだ。

「誰が本棚にも背が届かないほどのドチ……」

 身長の事を話に出され、エドワードがいつものように怒鳴ろうとした瞬間、

「うるさい」

 

 ゴン。

 

 はエドワードの頭に向かって、手にしている本を重力のまま傾けて落とす。

 流石に角ではなかったが、かなりの厚さのある本の表紙での衝撃は大きかった。

 思わず叫ぶのを止めてしまったエドワード。

 流石、兄弟最年長と言うべきか。

 慣れた動作でエドワードを黙らせることに成功したはにんまりと満足げに笑い、エドワードの腕の中に本を置く。

 エドワードの腕の中には、すでに数冊の本が抱きかかえられていた。

「って、アルはどうしたの? こういうときのためにアルフォンスが居るんじゃないの?」

 末っ子の姿がないことにが怪訝な表情を浮かべると、エドワードは気まずそうに顔を背けた。

「別行動。こっちの方が効率良いと思って………すいませんお姉さま全然効率良くありませんでした」

 ちらりと視線で見たの表情が余程素晴らしかったのか、エドワードは滝の様な大汗を掻いて素直に謝った。

 恐怖に引き攣られた弟の顔を見て、はもう、と溜め息を吐く。

「アンタたちがそれで効率が良いと思ったんなら、しょうがないわね。

今度からは別行動するかもしれないって時はあたしにも声かけなさい。ついてくから」

 呆れながらも許してくれた姉に、エドワードはホッと胸を撫で下ろしながら、

「サンキュ、姉貴」

 心からの感謝を口にした。

 それを聞き、は嬉しそうに笑ったあと、目の前にある本棚を見上げる。

 本棚狭しと並べられている本の背表紙。

「それにしても、凄い本ね。これぜーんぶ錬金術関連?」

 横目でエドワードを見ると、弟は頷いた。

 の口から出るのは、感嘆の吐息だけだった。

「この中から自分の欲しいのを選ぶの…」

 自分にはさっぱり解らないタイトルばかりである。

 エルリック家に拾われて来てから、も幾ばくかの本は読んでいたが。

 それでも下手をするとその読書量は人並み以下であったかもしれない。

 本を読むより、外に出て体を動かしていた時間の方が長かった。

 時には弟たちと、時には一人で。

 野を駆け丘を駆けていた。

 そう言った理由では錬金術には碌に触れる事無くここまで来た。

 興味はあったが、そもそも才能がなかったのだろう。

 錬金術関連の初心者向けの初歩的な本を読んでも、全く持ってチンプンカンプンだったし。

 弟たちに初歩の基礎を教えてもらったにも拘らず、コツを掴む事も出来ず何かを錬成することは出来なかった。

 おかげで錬金術の知識は全くの皆無に等しいが、色んなところを駆けていた甲斐もあって。

 腕っ節は兄弟一なので、きっとこれで良かったのだとは思う。

 錬金術が使えない代わりに得た力で、弟たちを守れるのだから。

「姉貴?」

 物思いにふけってしまっていたを我に戻したのは、弟の声。

 ハッとしてエドワードを見れば、心配そうな顔。

 

「さて、まだ本欲しいんでしょ? 取ったげるから教えてちょうだい」

「おう! 次の本は…」

 顔を輝かせて本を選び出すエドワードを横顔を見て、も本棚に視線を戻した。

 

 

「どれ?」

「それ」

「これ?」

「違う、あと三冊左」

「…これ?」

「……違う、一冊戻って」

「あー、もうどれも一緒に見える!」

「………ヤッパリ」

「…………エド、アンタこうなるって思ったからあたしの事連れてかなかったの?」

「……………や、そういうワケじゃ…」

「………………エドワード君、お姉ちゃんの目ぇ見て言ってごらん?」

 

 

 

 

 

 

Fin

 


あとがき

 

久しぶりの鋼夢!

エドワードとでした!

高いところの本が届かないエドワードが自分よりも背の高い姉に本を取ってもらうと言うイメージが脳裏に浮かびまして。

書いてみました。

本当に、たわいもないお話ですが、ほのぼのしてて個人的には久しぶりの夢にしては良い出来だと思っています。

は本当に錬金術の知識がほぼ皆無です。

等価交換の原則とか質量保存の法則とか、そういうのは解っていますが才能がなかったのも加えて。

錬金術に関しては完全に弟たち任せです。

その分体を動かしていたので、体力は兄弟一となったのでした。

 

 

2007.10.11

 

 

BACK