暗く厚い雲が天上を覆う。

 日の光を、青い空を滅多に見ることが出来ない巨大都市。

 都市の中心に聳(そび)え立つ巨大なビル。

 そのビルの中からは空を見上げていた。

 時は四月。

 季節は春という穏やかで柔らかい雰囲気とはかけ離れた空を見上げて、思わず溜め息が出る。

 しょうがないと思いつつも、本来の春の暖かさを知っている身としてはあまりにも風情が無さ過ぎると、もう一度溜め息を吐こうとしたその時。

!」

 自分の名前を呼ぶその声を一言で表すとしたら、まさしく陽気。

 一切の陰りさえ見えない彼の声へ、は顔を向ける。

 クセと言うには跳び過ぎの黒い髪を持つ彼はぶんぶんと勢い良く手を振っている。

 その顔は喜色満面。

 振っている手が犬の尻尾のように見えてしまうのも致し方ないかもしれないと、思わず思わせてしまうかのような、明るい笑顔。

 も手を振って、彼の名前を呼んだ。

「ザックス」

 

 ザックスが近付いてくると、は彼が何かを手にしている事に気付いた。

 肩に担がれるようにしてザックスが運んでくるそれが近付いてくる度、確りとした形をの目に映していく。

 ザックスの持って来たものが何か解った時、は思わず目を丸めた。

、久しぶり。今休憩中?」

 色々な事が自分たちの周りで起こり、ザックスもその事に追われたりミッション等の関係で二人は顔を見合す機会が減っていた。

 久しぶりに会えた友人にザックスは嬉しそうに声を弾ませると、声の振動が肩に響いてくるのか。

 ザックスの肩に担がれたそれが震える。

「まあね。暫く忙しかったから…。ザックスも元気そうで何より。ところでザックス、それ」

 も嬉しそうに笑顔を返すと、指をザックスの肩に指す。

 彼の肩にあるもの。

 二本の枝に咲いている花。

 ふるりと今にも落ちてきそうな、淡い薄紅の破片。

 ザックスはの指差す方に視線だけを向けて、

「ああ、これ? ウータイで見つけてきた」

 微かに揺らして見せた。

 かさりと、花と枝が掠れる。

 幸いな事に花びらは落ちてこなかった。

 は花びらが落ちてこなかったことにホッと安堵しザックスを見上げた。

「盗んできたの?」

 彼に向ける視線がどこか訝しげで疑わしげなものに見えたのか。

 ザックスは慌ててかぶりを振った。

 もちろん、花に髪が当たらないように丁寧に動かして。

「人聞き悪い事言うなよな! ちょっと枝を折っただけだっての。ただっぴろい所にたくさん咲いてたから、少し貰って来てもバレないよなって。

すっごい綺麗だからたちにも見せようって思ったんだけど…ヤッパリまずかったか?」

 手折って持って来てしまった後だというのに、いまさらながらに不安そうに花を見るザックスに呆れて、は溜め息を吐いた。

「もう、いまさら不安になってどうすんの。大丈夫よザックス。花盗人は罪にならないって言うから」

「花盗人?」 

 初めて聞いた言葉にザックスは首を傾げてを見た。

 なにそれなにそれ、と本人は気付いていないかもしれないが目を輝かせて興味を示しているその様はまるで犬のようで。

 (これだから子犬って言われちゃうのよね。まあ、そこが良いところでもあるんだけど)

 良くも悪くも真っ直ぐな友人には呆れながらも微笑ましく思いつつ言葉の意味を教えていく。

「そういう言葉があるの。花を手折って持ってきちゃう人。

花が綺麗だから起こってしまう事だから、花が美しいのが罪であってそれを持って来てしまう人は罪にはならないって事」

「へえぇ、そんな言葉があったんだな。でも盗人は盗人だよな?」

 一瞬言葉の意味が解って顔を輝かせたザックスだったが、次の瞬間再び首を傾げる。

 ザックスの言葉にも思わず頷いた。

「私も良く解るわその気持ち。結局盗んできたって事じゃない。どういう理屈なんだかって、思ってたけど…。

その花見てるとなんとなく解る感じがする。ザックスも言ってたけど綺麗だもんね…ってザックス」

 何を思い出したのか。

 花を見ていたがザックスの名前を呼ぶ。

「ん?」

 ザックスがを見ると今度はが首を小さくだが傾げていた。

「戦争が終わった後なのに、何でわざわざウータイに?」

 神羅にとっても、ソルジャーにとっても。

 戦争の傷痕が癒えない場所へ何故わざわざ。

 言葉だけではなく目で問いかけるにザックスは苦笑を浮かべ、困ったように頭を掻いた。

「最近ウータイんところのガキにちょっかいかけられててさ、その関係……かな?」

 そういえば、ザックスはウータイ遠征の時とある少女に出会い、何かしら色々後を追い掛け回されているらしい。

 十に満たない少女らしいから実害は無いとは思うが、子供のバイタリティは凄いだろう。

 面倒見の良い目の前の友はおそらく、大変な目にあっているに違いない。

 しかし、その中身はどこか微笑ましいものであるに違いないとは確信していた。

 彼女とザックスの行動を脳裏に予想し浮かべながらは笑った。

「仲良いのね」

 本心を言えば、ザックスは溜め息を吐いて肩を下ろした。

「言わないでくれ、なんか色々思い出して疲れる。それより!」

 ウータイ娘の事を振り払うためか、ザックスはようやく肩にあった花をそこから離す。

 ふわり。

 花が>とザックスの間で止まった。

 淡い薄紅が先程よりもに近くなり、花の形がはっきりと彼女の視界に入る。

「桜ね」

 目を細め、が花の名を呼ぶ声はザックスにとって初めて聞く響きの言葉だった。

「桜って言うのか、この花」

「……ちょっと、ザックス。知らないで持って来たの?」

 素直な気持ちを口に出して言うと、は花から目を離しなんとも言いようの無い視線をザックスに向けた。

 微かに痛みを感じるの視線に、ザックスは少し頬を膨らませて言葉を返す。

「しょうがないだろ? 花の名前なんて俺が知ってる方が怖いじゃんか」

「……まあね、知らない方がザックスしいっちゃ、らしいんだけど」

 痛みを感じさせる視線から一変。

 気の抜けた笑顔を見せるにザックスはさらに言葉を続けた。

「それにその…桜? ウータイ周辺にしか咲かない花みたいでコッチの人間は知ってる人殆どいないんだぜ」

「そうなの?」

 どうやらにはこっちの方が初耳らしい。

 ザックスから視線を離すと桜に目を向ける。

「通りで見ないと思った…って言っても、ミッドガルじゃ花が咲く場所なんて殆どないようなもんだけどね。あの教会以外咲いてる場所なんてないし」

 の脳裏にはあの光差す教会とその光の下咲く花と、その花を大切に育てている彼女が映っているに違いない。

 ザックスも同じ光景を脳裏に浮かべていると、ポツリとの口から声が洩れる。

「ゴンガガにも咲いてなかったんだ」

 桜を見ながら言うにザックスはコクリと頷いた。

「ああ。だから初めて見た時、すっげぇビックリしたのなんのって」

 風が吹いていようが止んでいようが。

 満開の花びらを散らすその姿。

 盛大に群れを成し咲き散る花に、ザックスは思わず足を止め。

 次の瞬間にはその花の許へと向かっていた。

「薄いピンクの花なんて初めて見たからさ。今まで見てきたピンクって結構ドぎつかったりしたから。

でも、不思議と見てて愛着が湧いたって言うか嫌いじゃないって言うか」

「エアリスに似てると思った?」

「そうそう。だからかな、違和感無かったの………って、ちょ! おま!」

 のポロリと出た言葉にザックスは深く頷きながら喋っていたが、自分が何を言わされていたのかを理解しザックスは声を荒げる。

 頬は少しだけ桜より濃い、薄紅色である。

 そのせいか、を睨む目は険しいのに恐ろしいとは思わない。

 はスラムの教会で花の世話をするもう一人の友人の姿を思い浮かべながら頷いた。

「淡いピンクだし、雰囲気は似てるよね。エアリスにぴったり!」

 彼女が桜の花を持ったらさぞ似合う事だろう。

〜」

 うっとりと桜の花を持つエアリスを想像していたのか、ホワンとしていたを現実に引き戻したのは、どこか情けないザックスの声だった。

 それ以上言ってくれるなという言葉ではないザックスの姿に、なによとはジト目で答える。

「いいじゃない。ザックスだってエアリスに似合うからって手折ってきたんでしょう? どうせ後でエアリスにあげるんだから今更じゃない」

 思わず、から視線を離すザックス。

「まあ、そりゃそうだけど」

 どうにも照れ臭いらしい。

 女の子好きな彼の純情に、その心を貰える彼女に、は両方を羨ましく微笑ましく思いながら、それでも表情は変えずニヤニヤと笑う。

「中てられるのゴメンだし、私は一緒に行かないから後でエアリスの感想聞かせてよね。…ってザックス」

「なに?」

 ニヤニヤ笑う顔が止まり、急に自分の名前を呼ぶにザックスはに視線を戻す。

 ザックスの手には二本の桜の枝。

「もう一本はどうするの?」

 聞いてくるに、ザックスは一つの手に持っていた二本の枝のうちの一本をもう片方の手へと移して。

「やる」

 に差し出した。

 目前に近付いた桜の花びらには思わず目を丸めたが。

「エアリスにもだけど、にも見せたくてって、言っただろ?」

 お前ってどこか抜けてるよなぁ、とおかしそうに言うザックスと桜の枝。

 そういえば、最初にそう言っていた気がする。

 スッカリ忘れていた。

はあんまりミッドガルから出れないからな。またにはこう言うのも悪くないだろ?」

 にんまりと笑う、陽気な花盗人。

 ザックスの優しく明るい笑顔で贈られた桜の枝。

 純粋に嬉しくて、楽しくて。

「 ありがとう」

 友が贈ってくれた花を受け取り、は微笑んだ。

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

Flower Thief、読んでいただきありがとうございます!

ザックスとヒロインの友情夢でした。

彼女はエアリスも大好きです(笑)

コンセプトは陽気な花盗人(笑)

とりあえず、初めて見る桜をエアリスとヒロインに見せたくて手折ってきたザックスというのが書きたかっただけという。

この場合は私有地ではなかったのでこの言葉が適応されるのか、ちょっと不安ですが(でも勝手に手折ってきちゃいけませんよね)

ウータイに桜が咲いているかどうかはちょっと記憶が怪しいのですがι

ってかウータイは中華のイメージの方が強い気がするんですが…忍者もあるし。

……和中折衷?(言い難い)

最後に。

ゲームクリアして早数ヶ月…。

口調が不安定、ごめんザックス(爆)

 

 

 

2008.4.16

 

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