コンコン。

  司書室にノックの音が響く。

  控えめなその音を耳にして、はごめんと目の前に座る人物に声をかけてドアを開けるべく立ち上がった。

  ドアを開けて訪問者を見るやいなや、

  「いらっしゃい、2人とも」

  朱いマントをかすかにたなびかせ、心なしか緊張気味の表情を浮かべる少年と少女には微笑みかけた。 

 

 

花の日 後日談

 

 

「って、何で隊長がいるんだよコラァ」

  司書室に招かれた少年――ナインが第一声に放ったのはその言葉だった。

  無理もない。

  誰もいないと思っていたはずの部屋に見知った先客がいたのだから。

「私が友人と一緒に茶を飲むのがそんなにおかしいか」

  先客――0組の隊長であるクラサメはちらりとナインと彼と一緒に来た少女――クイーンを見て小さくため息を吐いた。

  ちなみに、クラサメの従者であるトンベリもしっかりとクラサメの隣で自分用のカップを器用に持ってナインとクイーンを見つめていた。

「いえ、そう言うわけではないのですが…」

  茶を飲んでいるためか、クラサメの口元を覆い隠すマスクがない。

  見る事が叶わないクラサメの素顔を、横からとは言え見てしまい心なしか動揺しているクイーンを見てはくすくすと笑いながら新しく来た客人にお茶を用意しながら口を

開いた。

「ホントはカヅサとエミナも誘ったんだけど、2人とも用事があるって断られちゃったんだよね」

  昔から時々こう言う時があるんだよね。なんでだろ。

  そうのんびりと、なんでもないように言うを見て、

(……意図的なものを感じるのは、気のせいではないようですね)

  クイーンは心の中で呟いた。

  クラサメとの同期であるカヅサとエミナがなんとかして想い合っているクラサメとの2人を自覚させたくて頑張っているのを薄々とだがクイーンは気付いていた。

  いや、むしろ0組のほとんどが気付いている状態だ。

  気付いていないのはナインくらいなものだろう。

  それだけ友人2人が心を割いていると言うのに、クラサメもも一向に自分たちの気持ちを自覚する気配がない。

  カヅサとエミナが感じているもどかしさを気付いている0組も感じていないわけではない。

  しかし、下手に藪を突いてマルドゥークなぞ出すつもりもない。

  クイーンは何ともないと言った態度でに箱を差し出した。

司書、先日はありがとうございました。遅くなりましたが、受け取って下さい」

「え?」

  茶の用意をしていた手を止めて、はクイーンに差し出された箱を見て、

「わぁ!」

  は破顔した。

  クイーンから差し出された箱は、有名店のクッキーの詰め合わせだった。

「ここのクッキー、美味しいから大好きなんだ。ありがとう」

  箱を受け取り、ニコニコと本当に嬉しそうに笑うを見てクイーンも釣られて柔らかい笑顔を浮かべていた。

「いえ、わたくしたちの方こそ、本当にありがとうございました」

「おう、クッキーマジで上手かったぜ!」

  頭を下げるクイーンとナイン。

  が花の日に0組に贈ったのは、クッキーの詰め合わせだった。

  しかも、市販のモノではなく手作り。

  プレーンやチョコ、マーブルや蜂蜜。

  数種類のクッキーが0組14人分、丁寧にラッピングされていた。

  味も申し分なく手間も掛かっているだろう事は容易に解った。

  そのため、お返しにずいぶんと難航したのは言うまでもない。

「わたくしたちはこう言うのにあまり詳しくないので、レムの意見を参考にしてみたのですが…」

  14人が顔を付き合わせて悩みに悩んだ結果、レムが薦めた近所で有名な店のクッキーを買う事に決めた。

  少し値が張ったが、手間と暇をかけてくれた自分たちに力を菓子てくれている人への贈り物。

  14人は躊躇うことなくお金を出し合って無事に買う事ができたのだ。

  はもう一度箱を見る。

  代表としてやってきたナインとクイーン。

  そして12人の朱の子供たちの顔を脳裏に浮かべて、はもう一度微笑んだ。

「本当に、ありがとう」

 

 

  せっかくだし、一杯だけでも。

  そう言われてソファに座らされたナインとクイーン。

  目の前には今しがた入れられた紅茶が良い香りをした湯気をくゆらせている。

  向かいには自分たちの隊長とその従者がいて少し落ち着かない。

  クラサメは自分たちとが話している間にマスクを付けていて、少し残念だなと思いながらナインはふとの方を見つめた。

  花の日に彼女の髪を飾っていた花はない。

  あの日一日、はずっと花を飾っていた。

  そして、彼女と同じ花をクラサメも1日もっていた。

  とても大事な物のように。

「そーいやカヅサのヤローから聞いたんだけどよ、何で隊長と先生は最初に花を渡してんだ?」

  両手を頭の後ろに乗せて事も無げにナインが問いかけてくると、クラサメとは顔を見合わせ、

「…何でカヅサ?」

「反応するのそこなんですか?」

  2人同時にカヅサの名前に反応したので、思わずクイーンが突っ込む。

  気にすべきところはそこではないだろうに。

いや、確かに、なぜカヅサなのか。

  クイーンも気になりナインへと顔を向けると、

「いや、この間ちょっと手伝い頼まれてよ。そんときに気になったから聞いたんだぞコラァ」

  カヅサの手伝いなぞして大丈夫なのかと思われるが、カヅサは一回実験するとしばらくは実験対象にした者には興味をなくすので普通に接する事ができる。

  ナインは一度被害に遭っているので、カヅサはなにもして来ないと理解した上で手伝いを了承してその時に聞いたのだ。

  花の事が気になったときにたまたま近くにいたのがカヅサだったというのもある。

「で、なんで最初に渡してんだ?」

  改めて問いかけてくるナインに、クラサメとはもう一度顔を見合わせる。

「どうしてクラサメに一番最初に渡すのか、かぁ…。んーっと、候補生時代、一番最初の花の日に最初に渡したのがクラサメだったんだよ。クラサメもそうだったんだよね?」

  の問いかけにクラサメは頷いた。

「でね、クラサメに花を渡したその日一日、凄く良いことばっかりだったんだよ。授業では誉められるし、実技でもいい成績だったし、リフレのケーキは美味しいし。

もう本当に良いこと尽くしでさ」

「私の方も似たようなことがあったな」

「それ以来、花の日には一番最初に渡すって言うのが知らない間に決まってて」

「今に至ると言う事だ」

「……偶然じゃないのかコラァ」

  ナインが突っ込むと、クラサメは柳眉を顰めた。

「私も最初の頃はそう思ったんだが…」

「1回だけ最初に渡せなかった時があったんだけど、その日はもうボロボロでさぁ」

  当時を思い出しているのか、は苦笑を浮かべていた。

「これがほんとにボロボロでさぁ。これ実戦だったら死んでたかもしれないって言うヘマやらかしてね…」

「あの時ほど模擬戦闘でよかったと思ったことはないな」

「ボロボロだったけどね」

「偶然の可能性が高いとはいえ、もう一度試してみようと言う気が起きないくらいの惨事だったな」

  固い表情を浮かべるクラサメと苦笑が解けないを見ると、想像を絶するほど酷かっただろう事が手に取るように解る。

「それ以来、お互い最初に花を渡そうという事を決めたんだったな」

  クラサメの言葉には大きく首を縦に振った。

「あんな思いはもうたくさんだよ。偶然でも何でも良いからクラサメに最初に渡して良い1日過ごしたい」

「それは私も同感だ」

  お互いに同感しあうクラサメとの言葉を聞いて、ナインとクイーンは何ともいえない気分になった。

  それはあれか。

  自分が貰えなかった花の行方が気になって気がそぞろになっていたとか、そういう理由じゃないのか。

 

 

「あの二人、なんでくっついてないんだろーなァ」

  司書室を後にしたナインがぽつりとこんな言葉をこぼした。

  クイーン解るか? という視線をナインから向けられ、クイーンは首を横に振って答えた。

「それが解っていたら、あの2人は今頃しっかりと付き合っているはずです」

 

 

 

 

Fin

 

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あとがき

花の日、後日談。こちらで言う所のホワイトデーです。

なんでクラサメと司書が最初に花を渡し合うのかと言う理由と司書が0組へ贈った物とそのお返しを加えて見ました。

 

2017/03/14