花の日

 

 

「花の日と言うのはですね。その昔、愛を知らなかった聖・ブランフォードが愛を知った日であり、

その喜びと感謝を教えてくれた者たちへと伝えたことから始まったと言われています」

 クリスタリウムの奥にある扉のひとつ。

 その向こうからトレイのとうとうと流れるような声が聞こえてきた。

 クリスタリウムはお喋りをする所ではないと言うのを足繁く通っているトレイは重々承知である。

 しかし、彼が今いるこの部屋は特別な場所なのだ。

 だからこそ、トレイはいつものように薀蓄を炸裂させていた。

「花の日と呼ばれているのも、聖・ブランフォードが感謝を伝える為に花を渡したからです。

今もそれに倣い花の日には花を渡す習慣がありますが、花以外の物も贈ったりしていますよ。

渡す相手も様々で、別に恋人同士だけというわけではなく日ごろから感謝している方や友人や家族に贈るパターンもあります。

そもそも聖・ブランフォードが最初に見つけた愛が母性と言うこともあり、元々は家族への感謝がメインだったとも言われていますね」

 珍しく誰にも遮られることなく言い切れたことが嬉しかったのか、トレイは満足気に、嬉しそうに顔を緩めていた。

 そんなトレイに小さく拍手を送るのは、だった。

「凄いね、トレイ」

「えーでもぉ、花の日の事なんてみんな知ってるんだから凄いも何もないと思うなぁ〜」

 拍手しているにツッコミを入れるかのようにシンクが小首を傾げる。

 その手には、クリスタリウムで厳禁とされている飲み物の入ったマグカップがあった。

 の感心しているポイントが解らない感じのシンクには小さく笑って答えた。

「違う違う、感心してるのは噛まないであそこまでスラスラ言える事に関してだよ」

「ああ、なるほどぉ」

 確かにトレイの蘊蓄は長いが途中で彼自身が噛むことはない。

 そう考えると、確かに凄いかもしれない。

 ふむふむと納得しているシンクを見ては微笑むと、

「飲み物のおかわり欲しい人いる? ポットのお湯入れ直してくるから、欲しいなら今のうちに注いじゃうけど」

「お願いします」

「オレも願いします」

「私も」

「わたしも欲しい〜」

 の提案に4つの声が答えた。

 

 トレイたちが今いるこの部屋は、クリスタリウム内にある歴代の司書たちが使っていた部屋だ。

 クリスタリウムであってクリスタリウムでないこの場所は、司書の憩いの場所でもある。

 現司書であるの私室となって久しい部屋にはテーブルとソファが設置され、現在テーブルの上にはカップやマグカップがテーブルを飾り立てている。

 そしてソファには、トレイとシンクだけでなくもう二人、朱いマントの候補生が座っていた。

「シンクたちは花の日は何をしているの?」

 テーブルを挟んでシンクの向かい側に座っているレムが問いかけると、シンクはいつもどおりののんびりとした口調で答えた。

「ええっとねぇ、わたしたちは毎年マザーに花を贈ってるんだぁ。マザーいつもありがとうって」

 なるほど、シンクたちらしいとは思った。

「ドクター以外には渡さないの?」

 小首を傾げるレムに、トレイが答えた。

「そうですね。子供同士でのやりとりはやったことがないですね」

「そんなことしなくても、みんな大好きだって解ってるしねぇ〜」

 のほほんと言うシンクの言葉にトレイは少し照れくさそうに薄く笑って頷いていた。

「まあ、そういうことです。それに前の日はナインの誕生日なのでその準備で忙しくなるということもありますし」

「ナイン、誕生日近いのか」

 トレイの向かいに座っていたマキナが知らなかったと目を見開いた。

「ええ。今年もささやかですが誕生会をやろうと思っています」

 きょうだい当然として育ってきたアレシアの子供たちは、今でもきょうだいの誕生日を皆で祝っている。

「マキナんもレムっちも参加してねぇ」

 シンクの嬉しそうな笑顔にレムも嬉しそうに笑顔で答えた。

「もちろんだよ。他のみんなのも参加してるんだから今回もしっかり手伝わせて貰うね。ね、マキナ」

「ああ」

 レムとマキナは顔を見合わせて微笑み合う。

 なんとも良い雰囲気を醸し出す二人に爆弾を落とすのは、シンクだった。

「そういえばぁ、マキナんとレムっちは花の日には何か渡すの〜?」

 シンクに他意はない。

 ただいつも仲睦まじい二人だからこそ、こういう日は何かするのだろうと思って言ったのだ。

「シンク…」

 あまりにもストレートな問いかけにトレイがどこか呆れて溜め息混じりでシンクの名前を呼ぶ中、マキナとレムは一瞬目を丸めた。

 驚いているマキナとレムの表情を見て微笑ましさで噴き出しそうになる顔を何とか抑えながら、はそっとポットを片手に部屋から出ていた。

 が部屋を出て行ったことにも気付かないほどに驚いて、顔を見合わせるマキナとレム。

 互いの顔が自分に視界に入るのを認識すると、二人は小さく笑い合い、シンクへと顔を向けた。

「ここで再会してから、毎年花を渡しあってるんだ。だから今年もそうするつもり」

 レムがまさしく花が咲き誇るような笑顔を浮かべる。

「今年は0組のみんなにも渡さないといけないな…」

「そうだね。いっぱいお世話になったし。何かお礼をしたいよね」

 マキナの言葉にレムが頷くと、

「え!? 何かくれるの!?」

 シンクがテーブルの上に身を乗り出し二人にずいと近寄った。

 近くなったシンクの表情は期待一杯といった態で、マキナとレムは胸のあたりがぽっと暖かくなった気がした。

 妹がいたらこんな風になるのだろうか。

 奇しくも二人は同じ事を考えていた。

「何が良い?」

「えっとね〜」

 暖かくなった胸の内をそのまま表情に浮かべて微笑むレムと顎に人指し指を当てて考え始めたシンク。

 そのシンクの朱いマントを軽く引き、きちんとソファに座れと行動で彼女に話しかけながら、トレイはマキナを見て笑った。

「それなら私たちもマキナとレムに何か贈らなければなりませんね」

「いや、こっちが贈りたいってだけなんだから」

「なおさらですよ。マキナとレムにはこの1年、凄くお世話になりましたから」

 目を見開いてかぶりを振るマキナに、これは当然の事だと言うようにトレイはいつもと同じようにはっきりとした口調で語りかける。

 マキナとレムが朱のマントを纏うようになってもうすぐ1年。

 この1年の間に、アレシアときょうだいだけだった世界は大きく姿を変え、色々なモノを学んできた。

 特にマキナとレムは、自分たちの小さな世界から外の世界への足がかりを与えてくれた大切な仲間なのだ。

 花の日は、そう言う感謝を告げる日でもある。

 トレイの気持ちが伝わったのか。

 マキナは嬉しさでむず痒そうに口元を歪めてから、嬉しそうに笑った。

「解った。楽しみにしてるよ」

「こちらこそ」

 がポットを片手に帰って来た時にはすでにマキナとレムの話は終わっていて、話が0組の事になっていた。

 シンクはレムたちの贈り物を純粋に喜び、トレイは嬉しそうながらも苦笑を浮かべて話をしていた。

 マキナとレムに視線を移せば、お互いの頬がほんのりと赤い。

 恥ずかしさで話を変えたのだろうと、気付いたのはトレイとだった。

(ううん、青春してるなぁ)

 は相変わらずのマキナとレムを見て小さく微笑んでいた。

 

ししょーは、たいちょーに花渡すの?」

 新しく飲み物を注いでもらい、それを両手で持ちながら、シンクの興味の矛先はへと移る。

「シンク。毎回思いますが、その表現ですと司書ではなく違う意味に聞こえます」

「え〜でもぉ〜、ししょーはししょーじゃん」

「ですから…」

 トレイの注意にシンクはいつものペースで反論し、トレイは慣れている事とは言え半ば脱力しながら再び注意を促す。

 殆ど漫才のような二人のやり取りには笑いを噛み殺しながら、シンクの問いかけに答える事にした。

「うん。毎年渡してるからね。でもクラサメだけじゃないよ」

 噛み殺せなかった笑みが微笑むような表情となっての顔を彩る。

「カヅサにもエミナにも渡すし、クリスタリウムに来てる子にも毎年花じゃないけど渡してるんだよ」

「去年は一口サイズのチョコレートでしたね」

「食べ物の方が嬉しいかなって」

 レムが去年を思い浮かべて言えば、はあっけらかんとした感じで答えてきた。

「………そういえば」

 そこまで言ってふと、の中から何かが湧きあがってきた。

「マキナとレム以外の0組は魔導院での花の日、初めてなんだよね。0組一括になっちゃうけど、何か贈ろうか」

 がシンクとトレイの方へ顔を向け小さく首を傾ける。

「いいのですか?」

「いいの!?」

 トレイとシンクが声を合わせた。

 シンクの方は期待に胸を膨らませてどこか興奮気味な口調だったが、は驚くこともなく頷いた。

「うん。でも何か来るかは当日までのお楽しみね」

「うわ〜楽しみだねトレイ!」

「ええ」

 本当に嬉しそうなシンク。

 トレイもいつもよりも表情が緩く、楽しみにしているのが伝わる。

 さて、何を贈ろうか。

 は笑顔の内で14人の朱の子供たちの喜ぶ姿を思い描いていた。

 

 

 

 たちが朱の候補生たちと語らっている部屋とはまた違う場所。

 同じクリスタリウム内でも、入り口に位置する秘密の部屋。

 本棚の向こうに隠してあるカヅサの城に、2人の客人が招かれていた。

「そういえば、もうじき花の日だね」

 コーヒーを客人へと渡しながらカヅサはふと思い出した事を口にすると、客人は俯き気味だった顔を上げてカヅサを見上げた。

「もうそんな時期か」

「時が経つのは早いねぇ。――はい、トンベリ君の分だよ」

 客人の隣に座るもう一人の小さな客人へとカヅサはこぶりのカップを手渡す。

 包丁とランタンを仕舞い両手でカップを受取ると、そのまま飲み始める。

 カヅサは他人だろうが知人だろうが友人だろうが候補生だろうが院長だろうが容赦なく実験に使うような男だが、そうでない時もある。

 今日は『そうでない時』だと解っていたので、何の警戒もなくカップに口を付けた。

 野生の本能は、まだまだ衰えていないらしい。

 なにより、主である男の気配がいつもよりも緩やかであると言う事も安心を増長させていた。

 カヅサと従者の行動を垣間見つつコーヒーを受取った客人はマスクを外し、近くの机に置く。

「クラサメ君は今年も君に贈るんだろう?」

 客人の名前を呼びながら、カヅサはコーヒーを啜る。

 カップを片手にカヅサを見れば、彼の目はどこかからかってやろうと言う光が見えてクラサメは内心首を傾げた。

 どうしてそんな目をしての名前を出すのか、クラサメには理解出来ない。

「当たり前だろう。だけじゃない、お前やエミナやトンベリにもきちんと渡すつもりだが…」

 一瞬、間が空いた。

 そして、カヅサはガクリと肩を落とし、その間は終わりを告げた。

「………ああ。やっぱり今年も駄目そうだよ、エミナ君」

 なぜ、ここにはいない友人の名前を呟いて遠い目をする。

 ますますもってカヅサの行動が意味不明すぎてクラサメは首を傾げる。

 カヅサの行動はいつだってクラサメの理解の範疇を斜め上に突き抜けていくが、この時期は特にそれが酷い気がする。

 トンベリを見れば、優秀な従者もなぜか、溜息を吐かんばかりの雰囲気を醸し出している。

「いったい何なんだ…」

「いいんだよクラサメ君、気にしないで」

「そうか」

「――――うん」

 少し引っかかるが、気にするなと言うのならあまり気にしない方が良いだろう。そう思い直して、クラサメはコーヒーを飲む。

「なんかもう一生このままかも、とか思い始めてて覚悟できてるから」

 小さく、本当に小さく呟いたカヅサの呟きは、ぺたりとカヅサの指先に触れてきた感触が受取っていた。

 そっと、触れた感覚の方を見れば、カップを机の上に置いたトンベリが慰めるようにとんとんとカヅサの指先を優しく叩いていた。

「ありがとう、トンベリ君。君も苦労するね」

 溜息を吐きそうな表情のカヅサを見てトンベリはただ小さく頷いていた。

 そんな二人の苦労してます。みたいな空気を感じることがクラサメはできなかった。

 彼の思考は別の方向へと深く沈んでいたからだ。

「0組には…何を贈ろうか」

 この1年頑張ってきた自分が受け持つ候補生たちへの贈り物を考え初めていたクラサメだった。

「おそらくドクターの子供たちは魔導院での花の日は初めてだろうしな」

 さて、どうするか。

 14人の生徒たちの顔を想い浮かべながら、クラサメは表情を緩めていた。

 

 

「そういえば、クラサメには何か贈らないの?」

 0組への贈り物を考えていたは思い出したように口を開いていた。

 クラサメは0組の担当であり、この1年苦楽を共にしてきたはずだ。

 最初は反発もあっただろうが、それでも中々どうして良いコンビネーションを作り上げてきた0組。

 何もしないわけではないだろう。

 そう思い、聞いてみれば。

「もちろん、隊長にも渡すよぉ〜」

「隊長にも色々お世話になりましたからね」

「今、0組皆でいろいろ考えているところなんだ」

「ちゃんと、トンベリにも贈る予定なんですよ」

 シンクとトレイ、マキナとレムはそう答え、4人は顔を見合わせてにんまりとした笑顔を浮かべた。

 いたずらっ子の表情を浮かべているように見えるのは、気のせいではないだろう。

 何をするのかは解らないが、彼等の表情を見れば、悪い事にはならないと解る。

 いたずらっ子の表情は照れ隠しであるだろうし、きちんと笑顔の中には感謝の気持ちが読み取れた。

 しっかりと、クラサメと0組の子供たちの間には信頼関係が結ばれているのを感じて、は自分の事のように嬉しくなる。

 しかし、一応釘は刺しておこう。

「氷漬けにされないよう、ほどほどに」

「はーい」

 よい子の返事を返す子供たちの表情は、まさしく子供そのもの。

 はますます嬉しくなり、その気持ちを笑顔を言う表情にして露わにした。

 

 

 

To Be Continue

 

 

 

 

Back


あとがき

本編の様で本編ではない感じとなりました。

ゲーム本編だと開放戦が水の月の上旬。

そして、万魔殿の登場が空の月。

どうしても次の水の月には0組がないワケで。

orz

『もし…』とは違うけどそれに近い感じだと思っていただければ。

6億の輪廻の中に、あったかなかったか…。

 

バレンタインにちなんだ話を書きたいと思ったけど、オリエンスに果たしてバレンタインの概念はあるのかどうか。

と考えた時に浮かんできたのが、この『花の日』と言う考え。

バレンタインでもあり、母の日父の日でもあるとかそんな感じの日です。

トレイと言う薀蓄が好きなキャラがいてくれたお陰で、捏造設定がキャラの口から語る事が出来る。

本当にありがたいです(オイ)

マキレムの部分は正直カットしようかと思ったんですが、ナインの誕生日がバレンタイン前日じゃないですか。

それをネタにしようとか、0組の仲良さそうな風景も良いよねとか思って詰め込みました。

個人的にマキレムはレムの方がマキナへの恋愛感情が強いんじゃないかなぁとか思っている今日この頃。

閑話休題。

カヅサは変態だけど、分を弁えてると言うか空気の読める変態だと思います。

変態と言うか変わり者と言うか、そんな感じ。

 

2012/02/06