クラサメが初めて彼女を知ったのは、演習の時だった。

 演習はスノージャイアントの討伐。

 各クラスから希望者を募り集まった候補生はかなりの実力者揃いだったが、凶暴化したスノージャイアントにかなりの苦戦を強いられていた。

 魔法では駄目だと判断したクラサメが刀を出した瞬間、視界の端に影が通り過ぎたと当時に強い打撃音が聞こえてきた。

 驚いて振り返ると、藍色のマント―2組の候補生が木の根本にぐったりと倒れているのが見えた。

 前衛でスノージャイアントを牽制していた2組の1人がジャイアントの攻撃を受けて吹き飛ばされ、あの木に背中を強打したのだろう。

 スノージャイアントの力は知っていたつもりだったが、まさかあそこまでとは。

 クラサメが周りを見渡すと、他の候補生たちは2組の候補生を見て動揺し恐怖が生まれたのだろう、動くことができない様子を見て歯をかんだ。

(候補生が、なんてザマだ…!)

 スノージャイアントの動きを警戒しつつ2組候補生の回復を行うべく体を動かそうとしたクラサメは次の瞬間、目を丸めた。

 橙色のマントがクラサメの視界を覆う。

 橙色のマント、4組の候補生だ。

 スカートを翻して4組の候補生は倒れた2組の候補生へ走っていく。

 何の躊躇いもなくスノージャイアントに背を向けるその姿は他の候補生を信じているといっても過言ではない。

 クラサメは橙色のマントを見送り今一度、周りを見る。

 相変わらず動揺が収まらない候補生たち。武官と1組2組の一部はなんとか集中しているがそれでも苦戦を強いられている。

 クラサメは今度こそ武器を手に持ち、スノージャイアントへと駆けだしていた。

 4組の候補生の信頼に応えるために。

 

 

Come Across

 

「あ」

 本を手に取ろうとしたは小さく響いてきた声に手の動きを止めた。

 静寂に近いざわめきに包まれているクリスタリウムに響く声は思いの外大きく、しかも声は自分の方に向けられているように感じては弾かれたように声の方を見ると目を丸めた。

 紫色のマントの男子候補生が驚いた顔でこちらを見ていたのだ。

 菫色の髪に翠玉の目。3組の証である紫色のマント。

 は彼を知っている。

 この間の演習で一緒になった候補生だ。

 3組に所属するに相応しい高い魔力を持ちながら、2組に引けを取らない剣技を見せスノージャイアントに太刀を浴びせていた。

 その姿を見ては素直に凄いと思っていたが、彼と一言も言葉を交わすことなく演習が終わり、それまでだと思っていた。

 そんな彼が目の前にいて驚いた顔をしている。

 どう言う事かと、は目を丸めてまま首を傾げていた。 

 クラサメは目を丸めて自分を見る橙色のマントの女子候補生を見て、思わず声を上げてしまった事に内心で舌打ちをする。

 あの時の彼女に会えるとは思ってもみなかったのだ。

 同じ魔導院にいる候補生同士だが、候補生の数は多い。

 クラスによってはカリキュラムも違うので余程の事がなければ他クラスの候補生との繋がりはほぼ無いといっても過言ではない。

 それなのに、会えてしまった。

 その事に驚き思わず声を上げてしまったが、出た声は思いの外大きく、案の定と言うべきか彼女が驚いた顔でこちらに振り向いてしまった。

(どうしよう…)

 クラサメの心を占めるのはこの気持ちだけだった。

 急に声をかけてしまった、相手はほぼ初対面の候補生。しかも女子だ。

 どう切り出せばいいか解らなくなり、クラサメは途方に暮れた。

 で声をかけてきた目の前の男子候補生を驚いてしばらく見ていたが、ふと自分の指先の感覚を思い出す。

(もしかして)

 は指に掛けていた本を取り出すと、

「はい」

 目の前の候補生に差し出した。

「え?」

 彼女の行動にクラサメは驚いた。

 なぜ本を差し出すのか、クラサメには解らなかったからだ。

 ますます驚いてクラサメは目を丸めて彼女を見ると、彼女はにこりと笑って見せた。

「この本、借りたかったんでしょ?」

 ああ、なるほど。

 彼女は自分がこの本を借りたかったのに先に彼女が借りようとしていたのでそれを止めようと声をかけたのだと思ったのか。

 彼の予想通り、は彼が声をかけたのは借りたかった本を取られ掛けて無意識のうちに制止の声をかけたものだと思っていた。

 それ以外に、他のクラスの候補生が別のクラス、しかも初対面の相手に声をかけることなどないからだ。

「私は一回読んでるから、どうぞ?」

 にこりと微笑んでいる彼女を見て、クラサメは一瞬考えた後に頷いた。

 そういうことにしておこうと決めた。

「ありがとう」

 彼女に声をかけて本を受け取ろうとクラサメは手を伸ばしたが、本を受け取る瞬間、本のタイトルが目に入り手の動きを止めた。

(この本は…)

「どうしたの?」

 受け取ろうとした手が止まる男子候補生を見てはもう一度小首を傾げた。

 どこか彼の表情が困っているように見えたのだ。

 静寂のざわめきが、二人に耳に入ること数秒。

 クラサメは意を決して口を開いた。

「悪い。間違えた」

 彼女が差し出した本は防御魔法理論に関するものだった。

 クラサメが所属する3組も当然防御魔法は学ぶ。

 しかし、彼女が差し出したタイトルはまだクラサメが学んでいない部分の本だった。

 そのまま借りて行っても良かったのだが、まだ学んでいない分野の本を持ち帰り何かの拍子にクラスメイトに見つかった場合を想像しクラサメは内心でかぶりを激しく振った。

(冗談じゃない!)

 絶対にからかいのネタにされる。

 それならば、ここで素直に否定しておいた方が身のためと言うものだ。

 そもそも、本を借りるというシチュエーション自体が間違っているが、そうと決めたのなら貫くしかない。

 しかし、これは、かなり恥ずかしい。

(どうすればいいんだ)

 クラサメの目の前で本を差し出している彼女は再び目を丸めているので余計に居た堪れない。

(頼む、何か言ってくれ…!)

 心の悲鳴を上げている彼の心境など知る由もないは丸めた目を2、3回瞬かせた後、

「そう?」

 差し出していた本を引き、胸に抱きかかえた。

 引いて行く本を見てクラサメは胸を撫で下ろす。

「ホントに悪い」

 様々な気持ちを込めて彼女に謝ると彼女は首を横に振った。

「いいよ。ここらへん似たようなタイトルが続くし、間違えちゃうよね」

 私も良くやるんだ、と苦笑を浮かべてすぐさま、彼女はそうだと顔を輝かせた。

「ねえ、今防御魔法どこまでやってる?」

「え?」

 急に問いかけられ、クラサメは驚きつつもするりと今やっている部分を説明する。

「ええっと、そこだと……」

 すると彼女はクラサメから視線を外し、体を本棚へと向け本の背表紙を指先でなぞっていく。

「あ、あったあった」

 片手で今しがた借りた本を抱え、彼女は見つけた本を取り出すとクラサメに差し出した。

「その項目だと、この本が一番解りやすいよ。あとは…」

 彼女の口から2、3冊の本のタイトルが出る。

「ここらへんもオススメかな」 

「解った。すまないな」

「ううん」

 彼女から本を受け取りながらクラサメが小さく苦笑いを浮かべると彼女はふるふると首を横に振った。

「でもビックリした。他のクラスもここまでやってるんだと思ってたから」

 は片手で抱えた本を軽く持ち上げる。

 候補生は1年で履修する項目が決まっている。

 そのため、他のクラスも自分たちのクラス同様に進んでいるものだと思ってしまったのがいけなかった。

「よく良く考えると、同じな筈ないんだよね。ウチは回復やサポートが専門だからそっちを先に重点的にやるのが当たり前だもんね」

「そうだな。俺のクラスは攻撃が専門だからどうしても火、冷気、雷がメインで防御は後になりがちだ」

「ゴメンね、困らせちゃって」

「いや、きちんと確認しなかった俺も悪いし…それに」

 眉を下げるに彼は小さくかぶりを振った。

「アンタのお陰で良い本が見つかったからな。感謝してる」

 彼の言葉に嘘は感じられない。

 はホッと息を吐き、

「良かった」

 小さく笑った。

 

 

「そういえば、ここまでしておいて自己紹介がまだだったね。私は。見て解ると思うけど4組所属の候補生です」

 

「俺はクラサメ・スサヤ。見て解ると思うが3組所属だ」

 ようやく相手の名前が解り、は嬉しそうに破顔した。

「クラサメだね。もしかしたら合同演習で会うかもしれないから、これからもよろしくね」

「俺の方こそ、よろしく頼む。アンタは腕が良いみたいだから頼りにしてる」

 クラサメの言葉には目を丸めた。

「そう?」

 腕が良いと言われて嬉しくないはずがない。

 しかし、クラサメが何故そう思うのかがには解らず首を傾げる。

 その姿を見てクラサメは慌てて口を開いた。

「いや、この間の演習の時、2組の候補生に真っ先に駆け寄っただろ」

「あ、見てたんだ」

 クラサメの言葉の発端を理解してはぽんと小さく言葉を放つ。

「回復に行こうと思って。そしたら俺より先にアンタが走って行ったから驚いたんだ」

「驚いた? なんで?」

「なんでって…」

 小首を傾げるはクラサメの言葉の意味を理解出来なかった。

「だって、ああ言う場合…だけじゃないけど基本的に最初の処置が肝心でしょ。あの候補生背中打ってたからもしかしたら後頭部も強打してた可能性もあったし。なにより」

「なにより?」

「誰かが怪我したら真っ先に飛んで行って治すのが4組の仕事だもん。私は当たり前の事をしただけだし、私だけじゃなくて他の皆もすぐに動けてたと思うよ。

私が最初に駆け出したってだけの話。悔しいけど私よりも腕の良い友達は沢山いるしね」

 だから、負けないように頑張ってるけどね。

 にんまりと笑うの言葉にクラサメは目を見開く。

 あの状況で当たり前の事が出来た候補生は一体どれだけいただろうか。

 それを目の前の彼女は当たり前の事、として走り出していたのだ。

「やっぱり、アンタは凄いよ」

 クラサメの呟くような声にはそうかなぁと訝しげに顔を顰める。

「私はクラサメの方が凄いと思ったけどなぁ」

「え?」

「だって、スノージャイアントに斬りかかってたじゃん。1組にも2組にも引けを取らないでさ。私、まだまだあそこまでできないから凄いと思ったんだよ」

「……見てたのか?」

「うん、2組の人が大丈夫だったから、そう言えばどうなったかなぁって思って」

 凄かったよぉ。

 そう言ってにこにこ笑うに対して、クラサメは心がむず痒くなるのを感じた。

 彼女の言葉は何の含みもない、純粋にクラサメを凄いと思っている。

 候補生として、あれくらいできて当然だと思っているクラサメだが、掛け値無しの純粋な笑顔で賞賛されて嬉しくないはずがない。

「……ありがとう」

 小さく、ポツリと呟いた言葉は確かに届いていた。

「うん。私の方こそ、褒めてくれてありがとう」

  は微笑むとクラサメに手を差し出す。

「改めて、これからもよろしくね」

 クラサメは差し出された手を掴んだ。

「ああ。よろしくな」

 

 

 これが、10年近くの付き合いになる最初の出会い。

 

 

Fin

 

 

 

 

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あとがき

候補生クラサメと候補生時代の司書の出会いを書いてみました。

最初、別のクラスのこの二人をどうで会わせようと考えていたんですが、漫画で演習があったのでそれを参考にしました。

同じ演習に参加して普段なら顔も知らずに解散してそのままと言うのをほんの少しの偶然が存在を気に掛けるきっかけとなり。

二回目の偶然が二人を引き合わせたという感じにしたかったんですが、難しいね!(オイ)

ちなみにクラサメは漫画掲載開始前のちょっと中二入ってる感じです(笑)

だからちょっと上から目線な感じにして見ました…出来てない気がするけど。

司書の方は素直に見たまま感じたまま話しています。

候補生のカリキュラムに関しては捏造です(爆)

編入の事があるし1年単位で決まってそうな気がしますが、後から入ってくる候補生の事を考えるとワケが解らなくなりますね;

 

2012/06/08