スコールが風邪を引いた。

 

 

 

 コテージが浅く早い呼吸で充満している。

 吐き出されている息も心なしか熱そうに感じるのは、目の前で眠っている少年の顔が赤いせいだろうか。

「これでも、昨日よりはマシになったのよね」

 目の前で眠っているスコールを見つめ、は一人ごちた。

 昨日は本当に見て居てこちらまで辛くなるほどスコールは高熱を出し、魘されていたのだ。

 峠を越えたのか、まだ呼吸と顔は赤いがそれでも少し落ち着いた様子で眠っているスコールを見て、はホッと息を吐きながら彼の額へを手を伸ばす。

 スコールの額には、熱冷ましの冷却ジェルシートが張られていた。熱でスコールが倒れたとき、モグネットで注文したものだ。

 てっきり、氷嚢だろうと思っていたの予想を大きく上回った現代的な―の感覚でだが―商品を見て。

 モグネット、恐るべし。

 そう思ったとか思わなかったとか。

 スコールの熱を取っているシートに手をやると、シートはどうやら限界だったようで生温くなっている。

 眠っている少年を起こさないようにそっとシートを取り、新しいものに変えたその時。

 新鮮な空気をいつでも入れ込めるようにと、開けたままのコテージの出入り口から、バッツが顔を覗かせた。

「バッツ」

 はスコールをちらりと見てから立ち上がり、コテージの外に出てバッツを見ると、彼は小さい袋をふたつ手にしていた。

「これ…」

 袋を見て再びが見上げると、バッツは頷いて袋をに差し出した。

「こっちが解熱剤で、こっちが咳止め…咳はまだ酷くないだろうけど、もしも用に」

「ありがとう、バッツ。無理言ってごめんね」

 ひとつずつ袋を手渡していくバッツには礼を口に出すと、バッツは苦笑を浮かべた。

「いいよ。おれも役に立てて嬉しいし」

 薬師サマサマだな、とバッツは元の世界でマスターしたジョブの名を口にしたのを見て、は小さく笑った。

「ホントにありがと」

 はバッツが調合した薬を大切に抱えると、

、バッツ」

 少し離れた所で火の番をしていたジタンが駆け寄ってきた。

「スコール、どう?」

 ジタンがを見ると、は首を縦に振った。

「昨日よりは落ち着いてる。このまま安静にしておけば2、3日で回復すると思うよ」

「そっか」

 安堵したように肩を下ろすと、ジタンは両手を頭の後ろへと置く。

「それにしてもあのスコールが風邪、ねぇ」

「あ、おれも思った。あいつ結構体調管理とかシッカリしてそうなのにな」

「スコールも人の子だったんだよなぁ」

「うんうん」

 ジタンとバッツの会話を聞き、は苦笑を浮かべた。

 聞き様によっては酷いと思われそうだが、スコールが大丈夫そうだと知ったからこその軽口だと、は解っている。

 昨日は本当に心配でたまらないと言った感じで、同様二人も碌に眠ってはいないのだ。

、悪いな。ずっとスコールの看病させてて」

「辛かったらいつでも言ってくれよ。オレたちもスコールのこと気になるし」

 現にこうして、にも心配そうに声をかけるのだから、二人は本当に仲間思いだとつくづく思う。

 もっとも、それは目の前にいる二人に限った話ではない。

「いまのところは大丈夫」

 は笑って二人に返した。

「そうかぁ?」

 訝しげなジタンの表情には頷く。

「大丈夫だって。バッツたちに風邪移すわけにもいかないしね」

 仮にスコールの風邪がバッツやジタンに移ってしまったとなったら、あの外見に似合わず繊細な少年は絶対に気に病むのだ。

 なるべく、そう言う事態にはさせたくない。

 風邪などの病原菌は繁殖しやすい場所を求めて生物の体へと入っていく。

 しかし、は肉体を持たない精神体。

 巣食うべき器を持たないへ入ってくる事は絶対とは言い切れないが、無いだろう。

 他にも感染源はあるが、それでも通常の人間よりはおそらく移り難い体をしているは、スコールや仲間たちのために看病に精を出している。

 戦士たちのサポート、と言う役目以上に自身が力になりたいと思っているから。

「私だけじゃ対処できない事態になったら、遠慮なく呼ばせてもらうから。そのときはお願いね」

 にっこりと口の端を上げるを見てバッツとジタンはお互いの顔を見合わせると、こちらもまた良い笑顔をに浮かべ返す。

「おう!」

「まかされた!」

 笑う二人を見て、もまた嬉しそうに笑っていた。

 

 

 ふわりと意識が浮上する感覚に釣られるように、瞼を開ける。

 まるで鉛が乗っているように重い瞼を開けると、視界はぼんやりと霞んでいた。

 しかし、近くに誰かがいる気配を感じて、スコールは視線だけを気配の方へと向けると。

 霞んでぼやけている視界に、懐かしい面影が映った気がした。

「スコール?」

 汗を拭こうとタオルを片手にスコールを覗きこんだは、目を開いているスコールを見て目を丸めた。

 いったい、いつの間に目を覚ましたのか。

「スコール、体調はどう?」

 熱で朦朧としているだろうスコールには答える事はできないだろうと思いつつも、は声をかける。

「どこか痛かったり、辛くない?」

 声が届いているのかいないのか、スコールは重たげに瞼を瞬かせるだけだった。

 その様子には軽く指を顎に乗せる。

「うーん……。一応起きたみたいだし、何か飲み物か持ってきた方が良いかな。バッツたちにも起きたって伝えた方が良いもんね」

 は素早く丁寧にスコールの汗を拭くと、タオルを持っていない方の出て彼の髪を撫でた。

「ちょっと、バッツたちに声かけてくる。すぐ戻ってくるから」

 スコールに声をかけて、が立とうとした瞬間。

 ガクリ。

 強い力に引っ張られて、に体のバランスが崩れた。

 突然の事に意表を付かれたが、このままではスコールの上へと転んでしまう。

 なんとか体勢を立て直し、転ぶ事を無事に回避したは何事かと、引っ張られた方を見る。

 視線の先は、自分の片手首を掴む熱い手。

「………スコール?」

 掴んでいる手を視線で追えば、の手を掴んでいる者の正体がすぐに解った。

 スコールがの手を掴んでいるのだ。

 目は熱で虚ろなまま、しかし強い力での動きを止めているスコール。

「どうしたの?」

 手を掴まれたままでは身動きが取れず、は再び眠っているスコールの隣に座る。

 座ったを見て、スコールは小さく口を開けた。

「………いで」

「え?」

 小さく開かれた口から出た言葉を聞き取れず、は首を傾げた。

「ごめん。聞こえなかった。何、スコール?」

 聞き取りやすいようにスコールに顔を近づけようとするより先に、スコールが動いていた。

「スコール!?」

 予想もしていなかったスコールの行動にはただ驚くほかなかったが、次に出てきたスコールの言葉に大きく目を見開いていた。

「いかないで、おねえちゃん」

 それは、幼い少年の記憶。

 

 

 

「スコール!?」

 悲鳴に近いの驚愕した声はコテージの外にも十分に聞こえていた。

 の声を聞きつけたバッツとジタンはお互いの顔を見合わせ頷き合うと、とスコールのいるコテージへと駆け出していた。

 スコールの身に何かあったのだろうか。二人は急いでコテージへと入って行く。

!」

「どうした! ………ん?」

 慌ててコテージへと入ってきた二人を待っていたものは。

 の腰に腕を回して抱き付いているスコールと、それを驚いたように見つめて座っているだった。

 呆然としたようには自分の腰に抱き付いている少年の頭を見下ろしていたが、バッツとジタンが入ってきた事を悟ると二人に顔を向けると。

 たいそう困った笑みを浮かべた。

「バッツ、ジタンごめん。スコール剥がすの手伝ってくれる?」

 なんかスコールまた寝ちゃったみたいで、意識がないみたいなのよ。

 苦笑で二人に助けを求めてきたの言葉に、バッツとジタンは快く頷き引き受けた。

 スコールに近づくと彼の顔はどこか穏やかに見えて、剥がすのは少し憚れたが、とスコール双方の事を考え。

 二人はの腰からスコールの腕を外す。

「って、なんか凄いガッチリ抱き付いてるな」

「おいスコール、頼むからもう少し力緩めてくれ、が動けなくて困ってるから…!」

 何とかとスコールを離す事に成功し、スコールを再び眠っていた場所へと戻す。

 ひと一人分の上半身の重みから開放されて、はホッと息を吐く。

「ありがとう、二人とも」

 スコールの枕元と足が平行になるように正座をしたの感謝に、バッツは片手を横に振り、ジタンは首を横に振った。

「いや、たいした事じゃなくてよかったよ」

「なんか凄い声だったから何事かと思ったんだぜ」

「だって…」

 いきなり起き上がったと思ったらあの状態である。

 驚くなと言う方が無理だ。

 それをバッツたちに説明しようと口を開いたとき、

 何かがの服を引っ張った。

 さすがに二度目となると驚かなくなると言うのか、予想が付くものなのか。

 は引っ張られた方に視線を向ける。

 スコールの指がギュッとの服を掴んでいた。

 指先だけだと言うのにものすごい力だと感心したの耳に、言葉が飛び込んできた。

「いかないで……。どこにもいっちゃやだ……おねえちゃん」

 声は小さくとも、ハッキリとの耳に届いた、スコールの言葉。

 もちろん、聞こえていたのはだけではなく、バッツとジタンにもしっかりと耳に入っていた。

 だからこそ、バッツとジタンは驚いた顔でお互いを見た。

 あのスコールが、なんと幼くつたない言葉を喋るのだろう。

 想像にもしていなかった事に二人はただ驚くだけであったが、ふわりと空気が動くのを感じて、二人は今一度スコールを見ると。

 がスコールの髪を撫でていた。

「大丈夫、大丈夫だよスコール。私は、どこにも行かないよ」

 優しく、慈愛に満ちた声に聞こえた。

 愛おしいと表情全てで微笑む横顔と、スコールの髪を撫でる指の柔らかさを見て。

 バッツとジタンはしばし無言になり、何を思ったかハッと我に戻るような表情をして、奇しくも同じタイミングで二人同時に首を振った。

 羨ましいだなんて、いやまさか!!

 の行動に懐かしいもの感じ、それを振り払っていると、ジタンがふと何かに気付いた。

「スコールってお姉さんいるのか?」

「…そういえば、そうだよな」

 バッツも懐かしい何かを振り払うように首を傾げた。

「おれ、スコールは一人っ子って感じがしてたんだけど」

 どういうこったい? とバッツがに視線を向けるが、はバッツを見て苦笑を浮かべるしかできなかった。

「私に聞いてどうすんのよ」

「あーうん、そうなんだけどさ」

 頭を掻きながら唸るバッツをは苦笑したまま見つめる。

 スコールは確かに一人っ子だ。

 しかし、成長してまでも影響を与える存在あねは、確かにいたのだ。

 知っていても、は口には出せない。

 この世界で知ったところで、何もできる事は無いのだから。

 そのことが悲しくもあり、救いでもあるような気がして。は複雑な気分になった。

「何か思い出したってこと?」

 とバッツの話を聞きつつ、スコールの顔を覗きこみながらジタンが呟く。

 バッツたちを含め、この世界に召喚された者は程度の差はあれど、記憶が欠落している。

 熱を出した際に何かを思い出したとしてもおかしくは無い。

 ジタンの問いかけには首を捻った。

「うーん、多分一過性のものだと思うのよねぇ。思い出してはいるけど熱の影響だから、本人の意思とは関係ないだろうし」

 はスコールの顔を見つめた。

「むしろ熱で記憶が混合してるって感じなのかもね。そうじゃなきゃ、スコールがこんなに幼い感じで喋るわけないもの」

「…確かに」

「だよなぁ」

 普段のスコールを知っているバッツとジタンはの言葉に素直に頷いた。

 頷く二人を見ては小さく笑うと、スコールへと視線を戻す。

 17歳のスコールの姿をしているが、ここにいるスコールはもしかしたら『独りで生きていく』という、悲痛な決意をした幼い少年なのかもしれない。

 はスコールの頭をひと撫ですると、バッツとジタンへと顔を向けた。

「バッツ、ジタン」

 名前を呼ばれてバッツとジタンが小首を傾げる。

 は人差し指を一本、唇の前で立てた。

「今日の事、風邪が治ったスコールに言っちゃ駄目だからね?」

 バッツとジタンはの言葉に目を丸めて、しばらくしてから頷いた。

「解った」

「オレたちの秘密だな」

 いくら自分が引き起こした事とは言え、意識のない自分の与り知らぬところで出来たネタでからかわれるなど、不本意にもほどがある。

 バッツもジタンももし自分が同じような事をされれば、腹を立てるに決まっているのだ。

 の言葉の意味をシッカリと悟り、二人はにんまりと笑った。

 笑う二人を見ても釣られて笑う。

 さすが、なかなか聡い二人だ。

「お願いね」

「おう!」

 バッツとジタンは同時に声を出すと、二人して立ち上がる。

「さすがにいつまでもいるとの苦労が水の泡になりそうだから、おれたち外に出るよ」

「晩飯の準備もしなくちゃいけないしな」

 立ち上がった二人を見上げても立ち上がろうとするが、スコールの指が未だにの服を掴んでいた。

「…スコール」

 呆れて良いのかどうして良いのか、どうとでも取れる複雑な表情を浮かべるをバッツたちは笑って受け止めた。

「いいじゃないか」

「そうそう」

「………もう、しょうがないなぁ」

 病人だもんね。

 高低差がありながらも3人は顔を見合わせて、各々の気持ちの赴くままに笑った。

「また何かあったら呼ぶから」

「りょーかい!」

も無理するなよ?」

 3人3様の言葉をかけ合い、バッツとジタンはコテージから出て行った。

 残ったのは、と眠っているスコールのみ。

 二人を見送り、はスコールの様子を見る。

 顔は未だに赤く息も荒いが、表情はどこか穏やかだ。

「………おねえちゃん」

 服を掴まれたまま、スコールの口から出る名前はとは違う者の名前。

 は困ったように表情を崩す。

「私はエルオーネじゃないんだけどねぇ」

 しかし、言葉とは裏腹に、崩れた表情の後に出てきたのは微笑みだった。

「ゆっくりお休み、スコール」

 懐かしい記憶と共に、束の間の休息を。

 

 

 

 

Fin

 

 

 

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あとがき

メインがスコールのはずなのに、メインがロクに喋っていないと言う事実(爆)

バッツとジタンがメインに見えないことを祈る(おい)

ふと、スコールが風邪を引き熱で記憶が混同して先達を「おねえちゃん」と呼び腰に抱き付くというシーンがバッと浮かび上がり。

これはオイシイ! と脳内で話を組み立てる。

書きたかったシーンは、幼い頃に意識逆行しているスコール。

薬の調合ができるバッツ。

精神体なため風邪が移らない先達。

先達の表情を見てスコールが羨ましくなるバッツとジタン。

私はエルじゃないんだよとぼやく先達。

本当はバッツに薬師の格好をさせようかと思ったんだけど、普段の格好がすっぴんなので『!ちょうごう』のアビ付いてる状態で良いやとか思いすっぴんのままに。

先達は精神体なので風邪が移らないと言う感じにしたかったんだど別に体に入らなくても病原体は移動できるよなとか思い、ちょいと変更。

しかし、ある程度は組み込めたので満足(おい)

異説世界の肉体(器?)は特殊なので実際風邪引くかは解りませんが、怪我したりもするし、当人たちが自分の肉体だと思えば風邪も引きそうな気がします(思い込みって侮れないですよ)

2009/09/25