異様な空気だ。
セシルは素直にそう思った。
彼の視線はセシル自身が立っている場所から少し離れた所を向いている。
そこには武器や防具等の売り買いを扱うショップ担当のモーグリと水先案内人であるの姿があった。
異様な空気はそこから流れてきている。
つい先程まで、和やかな空気を醸し出していたと言うのに一体何があったのだろう。
少し心配になって、セシルは二人――この場合は一人と一匹の方が良いのだろうか――に近付いていった。
一人と一匹に近付いていくと、遠くからでは見えなかった姿が見えてくる。
彼らはお互いの間に素材を置いて話している。
そして異様と思えていた空気も実は、真剣な緊張感のある空気だという事を肌で感じることが出来た。
(素材が間に置いてあるって事は、トレードの交渉かな?)
集中している彼らの邪魔にならぬよう、出来るだけ気配を消してセシルはのんびりとした歩みで近付いていく。
「キミたちはお得意様だから何とかしてあげたい気持ちはやまやまクポけど……」
「やっぱり…」
「一応……けど」
「けど?」
「………下がってしまうクポよ?」
「ですよねー」
近付いていく度にモーグリとの会話が聞こえてくる。
大きな溜め息を吐いては肩を下げると、モーグリも申し訳なさそうに項垂れる。
それに気付いたが慌てて顔を上げて声をかけると、モーグリの表情がパッと明るくなった。
どうやら話がついたようだ。
「もちろんだクポ! たくさん見て行って欲しいクポ!」
「ありがとう」
彼らを取り巻いていた空気が、元に戻っていた。
「またよろしく頼むクポー!」
小さな手を振りながらモーグリが帰っていく。
モーグリに手を振り返しながらは買った武器などを見る。
「お疲れ様」
セシルはに近付くと、優しく声をかけた。
ビクリ!
の肩が上がった、と思ったら物凄い勢いで彼女はセシルに振り返った。
「セシル! やだ! いつの間に!! ビックリしたじゃない!!」
目を大きく丸めてセシルを見るに、セシルはごめんと小さく謝った。
「結構集中してたみたいだったから、邪魔しちゃ悪いと思って気配を消してたんだ。別に驚かせるつもりはなかったんだけど…ごめん」
苦笑を浮かべたセシルを見ては落ち着きを取り戻すために息を吐いた。
「気遣いは嬉しいけど、私にしてみれば本当にいきなりで驚いたんだから。今度からそういう気遣いはなし。良いわね?」
ジッと、上目遣いで睨まれてセシルは笑って頷いた。
「解ったよ」
セシルの答えには嬉しそうににっこりと笑った。
「ありがとう」
「ところで、何の話をしてたんだい? 素材が置いてあったからトレードのことだとは思ってたんだけど」
小首を傾げて聞いてきたセシルに、はちょっとバツの悪そうな顔をした。
「武器に使う素材が一つだけ足りなかったのよ。で、ちょっとオマケしてもらえない? みたいな感じで交渉してたの」
どうやら素材の数が足りないのを何とかしてもらおうと言う交渉をしていたようだ。
強力な武器防具はギルだけではなく、その材料となる素材も必要となる。
素材と引き換えにその素材で作られた武器を買うのだ。
武器防具によって素材も様々で、数もそれなりに必要な場合が多い。
「流石に一個だけなら何とかなるかなぁって思ってたんだけど…」
「ダメだったんだね?」
セシルが聞けばはシッカリと首を縦に振っていた。
「やっぱりズルは良くないって事よね。素材不足で作られた武器も一応あったんだけど、強度と性能が下がるって言われたわ」
何かを作るために必要な過程や数を切ってしまった後に起こる結末は、どこの世界でもあまり変わらない。
足りない分、どこかで綻びが生まれてきてしまう。
「まあ、普通に考えてもそうなるだろうね」
何気なく言ったセシルの一言が胸に刺さったらしい。
は咽喉を息で詰まらせた。
「うっ…。私だって無理だろうなぁって頭では解ってたのよ。でも……」
はあ。
「あのモーグリに悪い事しちゃったな。あと皆にも…」
小さく溜め息を吐き軽く下を向いたをセシルは何も言わずに見つめている。
「武器も防具も皆の命を預ける大切なものなんだから、大事な所で手を抜いちゃいけないのは、きちんと解ってたのに…。
…でも素材を集めてきてくれるのは他でもない皆だし…皆にあんまり負担掛けたくないのも事実だし」
はあ。
もう一度の口から息が洩れる。
「私がもうちょっと手伝えれば良いんだけどなぁ…」
ポツリと零れ落ちるメイの言葉にセシルは笑みを浮かべた。
水先案内人だからか、戦闘能力があってもなかなか素材やライズを集めることが出来ない。
もともとサポートメインの役割なのだからしょうがないのかもしれないが、それでもやるせなさはあるのだろう。
仲間のために、色々悩み考えるへセシルは手を伸ばした。
の口から、またしても溜め息が出て来そうになった瞬間。
ぽふん。
セシルの手がの頭の上に乗った。
いきなりの事では溜め息を吐こうとした事を忘れ、目を丸めた。
ぽんぽん。
軽く優しくセシルがの頭を撫でる。
「セ、セシル?」
が視線だけを動かしてセシルを見ると、彼はとても優しく微笑んでいた。
「は良い子だね」
良い子、良い子と髪を撫でる手つきには目を瞬かせるだけしか出来ない。
しかし、その手つきの優しさが心地よくなっては目を閉じた。
「私は、そんなに良い子じゃあないけどね」
「そんなことないよ」
苦笑を浮かべるの言葉をセシルは即座に否定する。
「モーグリに無理を言って悪い事をしたって思ったし、僕らにも悪いと思った。でもその原因は僕らのためだったじゃないか」
セシルはの頭をもう一度撫でる。
「僕らのことを思って自分が力不足だって思ってしまうほど、僕らを大切にしてくれる。十分良い子だよ」
ぽんぽんぽん。
目を閉じたことで更に強く感じるセシルの優しい手つきと暖かさ。
「ありがとうセシル」
は目を開けて微笑んだ。
「素材、私も頑張るけど皆にも頑張ってもらわないと」
ひとしきりセシルに撫でられた後、は自分を奮え上がられるように強く言い放った。
「皆には負担がかかるけど、でも皆の命を守る為だし。頑張らなきゃ。セシルもよろしくね」
グッと両手を合わせて強く意握り締めながらセシルを見るに、彼は笑って頷いた。
「解ってる。一緒に頑張ろう」
セシルの答えに、は目を細めた。
「本当に、ありがとセシル。なんか慰めてもらっちゃった気分」
苦笑を浮かべるを見て、セシルがかぶりを振った。
「僕たちは仲間だ。仲間が困ってたり落ち込んでたら支え合うのが当たり前だろう? それに」
セシルはにこりと笑った。
「はティナとは違う意味で、どこか放っておけないところがあるからね」
「…それって私がどこか抜けてるって言いたいの?」
ムッとが唇を尖らせる。
その表情がどこか幼く感じてセシルの笑みがますます深くなる。
「そうじゃないけど…なんて言うのかな。しっかりしてて頼りにしてるところもあるけど目が離せないって言うか…。
妹がいたらこんな感じかなって思うよ」
「妹って…」
セシルにそう言われるのは悪い気がしない。だが。
「でもそれは、私がどこか危なっかしいって言ってるようなもんじゃない。失礼しちゃうわ、私だってきちんとしてる…あっ!」
セシルの言葉にムッとしたまま反論していただったが、急に何かを思い出したのか声を上げた。
「どうしたんだい?」
「いっけない! ショップに売るものがあったんだった! セシルごめん、先に戻ってるわ」
セシルの問いかけに早口で答えると、はセシルから離れていった。
全速力で自分たちの野営地に戻っていくの後姿を、セシルは暫く呆然と見ていたが。
そのうちにクスクスと声を立てて笑い出した。
「ほら」
確かにはしっかりしている。
仲間を身心共に支え、自分の気持ちも強く持っていて、いつだって真っ直ぐだ。
しかしそれと平行して、どこか抜けているというかズレていると言うか。
普段しっかりしている分、この落差は大きい。
「やっぱり、目が離せないじゃないか」
大層楽しげな笑みを浮かべて、セシルは一人頷いた。
Fin
あとがき
他のキャラが先達の事をどう思ってるんだろうと考えた時に、
「セシルはなんか妹みたいに思ってそう」
って考えたのは始まり。
セシルは先達を妹みたいな感覚で見てると良いなぁて思って思いついた。
なんというか、しっかり者の妹と気の優しいお兄ちゃんみたいな組み合わせ。
セシルは弟だけど、面倒見が良かったり優しいから良いお兄さんにもなれると思うんだ。
先達はお姉さんぶってるって言うか長女気質って言うかのイメージで書いてるんだけど、セシルはそれ以上に包容力があるイメージ。
先達をお姉さんより妹として接してるのがしっくりくる。
ほのぼの兄妹みたいな感じが出てると良いんだけど…出てない気がする(笑)
頭ポンされるのは良いですよね!
タイトルの意味は『妹のような彼女』です。
2009.4.3.