先達の考察 ―物質干渉―
ゴン!
「へぶん!」
大きな衝突音と、大きな奇声――と言っても憚らない声――が同時に聞こえてきた。
その音と声に驚いたクラウド、ティナ、オニオンナイトは一斉に音の方へと顔を向ける。
3人の視線の先には、次元城の城壁に顔面を衝突させている、先達の姿があった。
なんとも言い様の無いその姿にしばし、沈黙が流れる。
「……何、してるの?」
沈黙を最初に破ったのはオニオンナイト。声が少し強張って…その中に多少の呆れも入っているのは間違いないだろう。
オニオンナイトの声が引き金となり、ティナは慌てて音の発信源へと走り寄る。
「大変! 、大丈夫!?」
「…………うん」
本人も驚いているのか、ティナへの返事に少し間があった。
そして、ティナがのそばに来るまで暫く、衝突した壁から顔を離そうとはしなかった。
おそらく、情けなさと恥ずかしさで顔を合わせる事が出来なかったのだろう。
ティナが傍まで来ると、ようやくは壁から顔を離し仲間の方へと顔を向けた。
額と鼻の頭が赤くなっていたが、他には目立った傷も無くホッとティナは息を吐いた。
「大丈夫? ケアルかける?」
小さく笑みを浮かべながら聞いてくるティナに対し、は決まり悪そうに笑い首を横に振った。
「大丈夫。冷やしたほうが良いだろうけど、ケアルをかけるまでは酷くないだろうしね」
「」
ティナとの会話を聞いていたクラウドが、口を開いた。
「ん?」
「敵の気配はするか?」
クラウドのいきなりの問いかけには目を丸めたが、すぐに辺りの気配を調べる。
「――……しないわね、大丈夫。でもなんで?」
首を傾げる額と鼻の赤いを見て、クラウドもまた小さく笑う。
「少し休憩を取ろう。の顔も冷やさなくちゃいけないしな」
そう言うのはなるべく早く対処するに限る。
クラウドの言葉に異を唱える者は、一人も居なかった。
買い物専門のモーグリから買った少しの氷を小さなビニール袋に入れて布で巻き、はそれを顔に当てた。
「……沁みる」
「あれだけ思いっきりぶつかってればね」
の率直な感想に、溜息交じりでオニオンナイトが答えた。
次元城の一番上の広い場所で4人は休憩を取っていた。
は城の壁に背を預けるように座っている。
そんな先達の前にティナが座り、その隣にはオニオンナイトが彼女を守るように座っている。
そして、3人から2、3歩離れたところでクラウドは城の壁に背を預け立っていた。
「めんぼくない」
オニオンナイトの容赦ない一言に苦笑を浮かべるの耳にくすりと、笑う声が聞こえてきた。
は少しだけ眉間に皺を寄せ、笑い声の方へと顔を向ける。
「クラウド…」
の声が少し低めなのは、照れから来る不機嫌さか。
「ごめん。でも…」
いつもより低い声を出すに名を呼ばれ、クラウドは素直に謝ったが、だんだんと笑みが深くなって行く。
「なんだか懐かしいなと思って、つい」
「懐かしい?」
ティナがきょとんと目を丸めて、とオニオンナイトの方を見た。
オニオンナイトも解っていないようで首を横に振って解らないとティナに答える。
は不機嫌な表情のまま過去の事を思い返し、ふと、とある出来事を思い出していた。
「ほら、ずいぶん昔にが壁とかのすり抜けを練習してただろ? それを思い出したんだ」
「………あ」
クラウドの言葉に、ティナとオニオンナイトがハッと声を上げる。
「………そんな事もあったわねぇ、そういえば」
も思い出したのだろう、苦笑を浮かべた。
この世界に召喚されて間も無い頃。
自分の役割を知り、戦士たちを助けるために先達としての機能を確かめていたときだった。
「精神体って言うのは理解してたけど、『すり抜ける感覚』が解らなかったから、どう物をすり抜ければ良いか解らなくて苦労したのよね」
精神体の利点であるはずの物質への不干渉が出来ず精神体なのに物をすり抜けるという練習をしていた事を思い出す。
「あのときは良く壁にぶつかってたわねぇ。懐かしいんだかそうじゃないんだか…」
「ねえ」
苦笑を浮かべて昔を思い出すに、オニオンナイトが声をかけた。
「なに?」
オニオンナイトへと顔を向け小首を傾げるへ少年は、今しがた沸きあがった疑問を口にする。
「練習してたときに聞こうと思っててスッカリ忘れてたんだけど、なんで壁にぶつかるのさ。は先達なんだから、物にぶつかるなんておかしいよね?」
オニオンナイトの言葉に、クラウドとティナはハッとの方を見た。
「そういえば」
「確かに」
すっかり忘れていた。
は大切な仲間であるが、その役割は特殊なものであることを忘れていた。
先達――水先案内人――は遣える神の戦士を助ける役割がある。
そのため、数人の戦士が一人一人離れ離れになっても全員に付いていけるように、先達は存在を固定する肉体を持たず精神体として存在する。
一つの存在として固定されているわけではないので、戦士がバラバラになっても己の姿を分離させてその戦士に付く事が出来るのだ。
存在を固定されない精神体。
それは逆に、固定された存在への干渉も無いと言う事にもなる。
ありとあらゆる物質が先達からすり抜けていく。
先達は物質の干渉を与えない。
つまり、極端な物言いをすればは物に触る事が出来ないのだ。
しかし、先ほどは壁にぶつかった。見事、額と鼻を赤くするほどに思い切りぶつかった。
それはが物質に干渉したと言う事。
先達として、確かにありえないことだとクラウドとティナはを見る。
オニオンナイトもどう言うことかと、心なしか目を輝かせてを見つめている。
三対の視線を集め、は首を捻る。
オニオンナイトの問いかけにどう答えるべきかを考える事数分。
は3人に目を向けて、言葉を出した。
「正直に言えば、私自身にも良く解らないのよねぇ」
苦笑を添えて答えたの言葉に3人は目を丸めた。
「それって、にもどうして壁にぶつかったのか解らないって事?」
ティナの言葉には素直に頷いた。
「そういうこと。ただ…」
「ただ?」
オニオンナイトが話を促す。
「こう言うことかもしれないって言う、仮説が一つ」
「なになに?」
先ほどよりも目を輝かせるオニオンナイトを視界に入れて、は頭の中で言葉を考えつつ口から言葉を出して言った。
「私は先達で、この世界での役割…と言うか仕事を把握してるわけだけど、元々私も皆と同じ別の世界から来てるのよ」
それは解るでしょ? と視線で問えば、3人とも頷いていた。
記憶の欠落があれど、この世界は様々な世界を寄せ集めて出来ている。
それだけは秩序の戦士全員が知っていることだ。
「元の世界では私も一人の人間で、ごくごく普通の生活をしてたわけよ。つまり、精神体ではなく物質体…人間なわけ」
「それが、壁にぶつかるのとどう言う関係があるんだ?」
クラウドが聞いてくる。
「元の世界での意識が残ってるって言うのがたぶん原因なんだと思うのよねぇ。
元の世界では普通に物に触ったりぶつかったりしてたわけだから。それが当たり前の感覚になってるのよ」
「当たり前の、感覚?」
ティナか首を傾げる。
「そう。物に
そう言う感じだから精神体になってもその認識、概念に引き摺られてぶつかったりしているのかもって言う事」
「ええっと…つまり」
の話を聞いてオニオンナイトが腕を組む。
暫くウンウンと唸っていると、ふと顔を上げた。
「つまり、思い込みって事?」
オニオンナイトがへと視線を合わせれば、は素直に頷いた。
「そう言う事。私の脳味噌が『私は物に触れるよ』って思い込んでるから、精神体の体もそれに倣って物質の干渉ができちゃってるんだと思う」
「……できるのか?」
クラウドは信じられないと言った態で聞くと、は困ったように顔を顰めた。
「あくまで仮説だからね、正解じゃない可能性もあるけど…。ただ、思い込みって言うのは侮れないものじゃない?
他の要因がそうでは無いと言っていても、自分はこうであるはずだと思い込んでいれば、その考えを変える事は早々出来ないわけだし」
「だからは時々壁にぶつかったりしちゃうのね」
納得したようにティナがに笑いかける。
は少女の笑顔に苦笑で答えた。
「最近はそうでもなかったから、油断してたのかもしれないわねぇ」
「もともと、なんで壁を通り抜けようとしたのさ?」
ティナの横に座るオニオンナイトが呆れ気味に今回の話になった原因の行動をやっと問いかけた。
しかし呆れながらも彼の表情は、確証を得る事はできなかったが、それでも先達の謎が少し解けた事に満足しているらしくとても嬉しそうだ。
「あー…。敵の気配がしたからちょっと見に行こうと思ってね。なんだかんだやってるウチにどこかに行っちゃったみたいだけど…」
ひたすら苦笑を浮かべ続けると、笑顔を浮かべるティナとオニオンナイトの姿を見て、クラウドは目を閉じた。
が言った通り、凝り固まった自分の概念、自分にとっての当たり前。
それを変えるは確かに簡単ではない。
クラウドはかろうじて残っている過去の記憶を思い出し、小さく笑みを浮かべた。
はふと、そんなクラウドを見てしまった。
彼の記憶がどこまで欠落しているかまでは解らないが、あの様子を見れば昔の事は覚えているのだろう。
クラウドの表情はどこか自嘲染みているように見えたが、はあえてなにも言わず見て見ぬふりをした。
そして、大きく伸びをすると、スクッと立ち上がる。
「さて、私の顔も痛く無くなってきたし、皆の体力もほどほど良くなってきたみたいだし。そろそろ出発しない?」
にこりと、先達は出発の是非を問う。
「そうだね。あまり遅くなると変な空間で休まなくちゃいけなくなるだろうし」
の言葉を受けて次に立ち上がったのがオニオンナイト。
オニオンナイトはティナへと手を差し伸べると少女は笑って少年の手を取った。
「敵の気配もあまりしないし、今のうちに移動しないとね」
オニオンナイトの手に引かれティナも立ち上がる。
立ち上がった3人は顔を見合わせ、クラウドへと視線を向けた。
3人の視線を受けクラウドは目を開けてると、
「行こうか?」
先ほどまで浮かべていた自嘲的な笑みとは違う、優しい笑みを浮かべた。
「オッケー」
「うん」
「ええ」
3人3様の答えを聞き、クラウドは歩き出した。
すぐにクラウドの隣にが立つ。
秩序の神が遣わした、
彼女は一体、どういう世界から来たのだろうか。
ふと沸きあがった疑問をクラウドは口にする事は無く。
「今度はぶつかるなよ」
それだけ言う事にした。
「…わかってるわよー」
なんとも気の抜けた答えをは返し、それを聞いて笑うティナとオニオンナイト。
4人は次元城を後に新たな空間へと足を進めていった。
Fin
あとがき
先達の設定がやっとこさ固まってきたので、その説明。
先達は精神体だけど、一応物に触れないと色々困るのでどうしたら物質に触れるように出来るのか、を考えてこうなりました。
いろいろ利に適ってない屁理屈書いてますが、要は思い込みです。
一度思い込むと早々、簡単にはその考えから離れられませんからねぇ。
誤字無いと思ってて後日読んで見たら誤字発見、とかも思い込みによるものなんじゃないかなぁとか思ったり。
パーティが367なのは趣味だったのですが、思わぬところでクラウドの回想(と言うには短いですが)が出てきてビックリ。
でも思い込みって言うとクラウドにも通じると事があるかもとか思ったので。
彼の場合はジェノバ細胞が一枚噛んでますが。
2010/08/30