「デンゼル、早く!」
「待てよマリン!!」
エッジのセブンセブンから、二人の子供が飛び出して行った。
はしゃぐ二人の姿を見て、街の人々の表情も明るい。
幼い二人が向かう先は巨大都市と呼ばれたミッドガルにある、教会だった。
星痕症候群を治す、奇跡の泉。
誰が言い出したかは解らないが、その教会は奇跡の泉を今も守っている。
そしてその泉の周りには、花々が咲いていた。
かつて、この教会で花を育てていた女性が大切にしていた花だ。
子供たちは、ときおり教会まで足を運び、花の世話をしている。
マリンとデンゼルもそのうちの子供だ。
当番制ではなく、子供らしく本当に気まぐれなものだが。それでも花は今もその数を増やし、教会の地面を覆おうとしている。
二人は教会に入る。どうやら、自分たちの他には子供はいないようだ。
しかし。
マリンとデンゼルは目を丸めた。
泉の向こう側に誰かがいるのだ。
教会の奥、泉の対岸は少しの足場を残してすぐ壁になっている。
その人はわずかな足場に立ち、壁をジッと見ていた。
いや、壁ではなく、そこに安置されている物を、おそらく見ているのだろう。
壁は少し奥ばっており、そこにひとつの大剣が安置されている。
数年前、マリンとデンゼルを育ててくれている人が使っていたものだ。
今は違う大剣を使用している彼は、使っていた剣をここに置いた。
教会の奥にひっそりと置かれているその剣は、泉と教会…花を守るように鈍く輝いている。
その剣を、誰かが見ている。
黒いマントを羽織った見知らぬ人。
二人は思わずお互いの手を握り締める。
一瞬の恐怖。
だが次に来たのは、それとは真逆のものだった。
恐怖は確かにあった、それと同時に柔らかな感じがしたのだ。
恐れるだけではない、黒い色。
柔らかく安らかな、空のある星をまぶせばたちまち、美しい夜空が広がりそうな。
夜の、色。
二人は顔を見合わせ、ゆっくりと歩き出した。
ぎしぎしと床が鳴る。
その音が聞き届いたのか、夜のマントが翻る。
ふわりと黒がなびき、その人がマリンとデンゼルを見た。
二人の姿を見て目を丸めるその人は、女性だった。
驚く女性にマリンたちは動かしていた足を思わず止めてしまった。
だが、次の瞬間。
ふっと優しく女性が笑顔を見せると、小さく手を振った。
暖かな光が差す教会の力だろうか。
マリンもデンゼルも、女性が纏う黒を恐ろしいとは思えなくなっていた。
二人が泉に近付いてくると同時に、女性も泉に沿って近付いてくる。
マリンとデンゼルが泉のほとりに着くと、女性はその場所で止まった。
そして、にこりと笑った。
「こんにちは」
挨拶をされたらきちんと返すこと。
ティファの教えがしっかりと身に付いている二人は声を揃えた。
「こんにちは」
二人一斉に挨拶をされて女性はうん、と小さく頷いた。
「お姉さん、誰?」
最初に声をかけたのはデンゼルだった。
マリンを守らなくてはいけないと言う強い思いがそうさせたのだろう。
恐ろしいとは思えなくとも見知らぬ人だ。何が起こるか解らない。
少し上目遣いで睨むように見つめるデンゼルに女性は、
「旅行者よ、いろんなところを旅してるの」
人好きしそうな笑みで答えた。
「あなたたちは?」
今度は自分の番と言うばかりに女性が二人に問いかけた。
マリンとデンゼルは顔を見合わせて、今度はマリンが口を開いた。
「私たちはお花の世話をしに来たの」
「なるほど」
辺りを少し見渡してから、女性はもう一度二人を見る。
「もし邪魔じゃなかったら、もう少しここにいても良いかしら?」
女性の申し出に二人は幾度目かの顔を合わせる。
「どうする?」
「うーん…」
「マリンはどう思う?」
「私は悪い人じゃないと思うよ。デンゼルは?」
「わからない」
悪い人には見えないが、しかし良い人とも限らない。
二人は女性を一瞥して、もう一度お互いを見る。
「じゃあ、ここは様子見って事で」
マリンが結論を出す。
彼女はいつも結論を出すのが早い。
「危なくなったらどうするのさ」
デンゼルのもっともな意見が出るが。
「大丈夫。危なくなったらクラウドが助けに来てくれるもん」
絶対の信頼を笑顔にしてマリンが答えればデンゼルも、
「確かに」
すんなりとマリンの意見に賛成した。
それほどまでに二人はクラウドを信じ懐いているのだ。
マリンとデンゼルは女性を見て、こくりと頷いた。
「いいよ」
女性は二人の様子を見て苦笑を浮かべざるを得なかった。
しかし、好意は好意だ。
「ありがとう」
ありがたく彼女は受け取っていた。
「お姉さんは、今までどこに行ってたの?」
花の手入れも終わりに近付き、する事が無くなるとどうしても口数が多くなる。
マリンは花を抜かないように気を付けながら雑草を抜きつつ、女性に声をかけていた。
女性は泉の縁に腰掛け、素足となった足を泉に付けていた。
「南。海がとても綺麗だったわ」
泉の冷たい感触が心地よく、女性は小さく足を動かしている。
「南…ミディール?」
南で海が美しいと言えばミディールしかない。
「温泉には入ったの?」
ミディールは温泉も沸く。
マリンがミディールの名前を口にすると、今度はデンゼルが聞いてくるが、女性は首を横に振った。
「温泉はね、ちょっと無理だったの」
「そうなんだ」
「次に行った時にでも入りたいわねぇ」
くすくすと声を立てて女性が笑う。
「ここには、どうして来たの?」
「んー?」
マリンの問いかけに女性は間延びた声を上げた。
ぱしゃりと足を付けている泉の水が跳ねる。
「ちょっと、見たい物があってね」
女性は目の前にある大剣を見つめる。
花を教会を見守るように立つ大剣。
それを見る女性の目がとても優しい事に、デンゼルは彼女を見て気付いた。
「お姉さんはあの剣を見に来たのか?」
「剣だけじゃないわよ」
女性は上を見上げた。
ボロボロに穴が開いた屋根からは光が差す。
「この教会も見たかったの」
顔を戻すと、デンゼルとマリンに振り返る。
「ここに咲く花も…そうね、ここにある全てが見たかったのよ」
口元を緩めて女性は二人を見た。その表情の穏やかさに二人は驚いたがそれを見て、彼女が嘘を言っている訳ではないのだと悟った。
「ここに、来たかったの?」
マリンが小さく呟くように言うと。
「そう、ここに来たかったんだわ」
目を細めて、女性は近くに咲く花を優しく撫でた。
浮かべる表情はとても穏やかな笑みをしているのに、その目はどこか泣きそうにも見えると二人は思ったが、何も言わずにいた。
花の手入れが終わり二人は帰る準備をする。
女性も泉から足を出し、いつでも歩けるようになっていた。
「お花の手入れ、邪魔しちゃってごめんなさいね。でも凄く楽しかったわ」
見てるだけだったのにね、苦笑いを浮かべる女性に先ほどの面影はない。
しかし、今の表情の方がずっと良いとマリンもデンゼルも思った。
「これからどうするの?」
「もし良かったらウチに来なよ」
最初の警戒心はどこへやら二人はスッカリと女性の雰囲気に飲まれてしまったようだ。
二人の家――セブンスヘヴン――への招待を受け女性はふむと考えたが、すぐに首を横に振った。
「とっても素敵な申し出だけど…ごめん、これから行くところがあるの」
「えー!」
二人の声が合わさるのを聞いて女性はくすくすと笑った。
「本当にごめんね。でももし機会があったら遊びに行くから、そのときはよろしくね?」
片目を瞑る女性に二人は、
「本当?」
と問いかける。
「もちろん!」
満面の笑顔で女性が答えるのでマリンとデンゼルは同じくらいの笑みを返した。
「わかった!」
「エッジに立ち寄ったらちゃんと来てね!」
二人の子供を見て、女性はきちんと頷いた。
「うん。………ああそうだ」
女性は何かを思い出したのか、何かを取り出した。
「これ、クラウドに渡して欲しいの」
取り出した物を二人の目の前に見せる。
ホワイトグリーンの、小さなマテリアだった。
デンゼルにとっては初めて、マリンにとっては懐かしいとさえ思わせる色のマテリアに二人は釘付けになっていたが、ふとこのマテリアの贈り主を思い出して。
二人はバッと、女性を見た。
「クラウド!?」
「お姉さんクラウドを知ってるの!?」
一斉に顔を上げた二人に女性は面食らったが、慌てて話し出す。
「知ってるもなにも有名人だし…えっと、前に一度お世話になってね、そのお礼なの」
世話になったと言うか、世話を焼いたと言うか…少し複雑だが、まあ間違いではないだろう。
しばらく女性をジッと見ていた二人だったが、そのうちに納得したようだ。
クラウドはジェノバ戦役の英雄――本人は不本意だろうが――であるし、彼の仕事はデリバリーである。
多くの人と繋がりがなくてはできない。
マリンとデンゼルは女性がデリバリーを受けた事があるのだと思ったのだろう。
マリンがマテリアを受け取る。
「わかった。クラウドに渡せば良いのね」
淡いグリーンのマテリア。
大きさは違えど、やはり彼女が付けていたものと良く似ている。
花咲く教会に佇んでいる彼女をマリンはマテリアを見て思い出していた。
デンゼルもまた、マテリアを見つめている。
「お願いね…さてと」
マリンにマテリアを渡すと女性は大きく伸びをした。
「そろそろ行くわ」
女性の言葉にデンゼルとマリンは女性へと顔を向けた。
どこか寂しそうな二人の表情に女性はだた朗らかに笑った。
「また、会いましょう」
優しい声に二人は頷いた。
「うん」
「ちゃんとウチに遊びに来てね!」
デンゼルとマリンの言葉に女性は確かに頷くと、
「クラウドによろしく伝えておいて!」
彼女は手を振り、踵を返して歩き出した。
二人は女性の姿が見えなくなるまで、ずっとその姿を見送っていた。
別れの余韻を胸に仕舞い、二人が帰ろうとしたそのとき。
爆音が辺りに響きわたった。
マリンもデンゼルもビックリして辺りを見渡せば、見慣れたバイクが二人に近付いてくる。
「クラウド!」
見れば、それはクラウドのフェンリルだった。
フェンリルは二人の前で止まると、クラウドがゴーグルを外しながら降りてきた。
「どうしたの?」
「なにかあった?」
クラウドがここまで迎えに来てくれるのは珍しい。
何かあったのだろうかと、不安になるマリンとデンゼルに向かってクラウドはかぶりを振った。
「いや、仕事が早く終わったから迎えに来たんだ。…嫌だった?」
「まさか!」
クラウドの最後に投げられた言葉を全力で否定してマリンとデンゼルはお互いにクラウドの片腕にしがみついた。
「ありがとう! クラウド!」
「すっごく嬉しい!」
二人の子供に抱き付かれ、クラウドは小さく笑った。
「良かった。さあ、帰ろう。ティファが待ってる」
「うん! あ、そうだ」
クラウドの言葉に嬉しそうに頷いてからマリンは女性との約束を思い出した。
「クラウド、これ!」
「ん?」
マリンが掌を見せたのでクラウドがその中を見る。
クラウドの息が詰まった。
魔晄の瞳を見開き、マリンの手の中にある物を見つめる。
ホワイトグリーンの、マテリアに似たクリスタル。
異世界での戦いが蘇ってくる。
「これは…どこで?」
やっとの思いで出た言葉に、デンゼルが答えてくれた。
「教会にいたお姉さん、クラウドに渡してくれって」
「夜見たいな綺麗なマントをしたお姉さんで、クラウドによろしくって」
「その人は? まだいるのか?」
クラウドは二人を見るが、二人は首を横に振った。
「ううん、私たちよりも先に出て行っちゃった」
「でも、会いに来てくれるって言ったんだ!」
目を輝かせる二人を見てクラウドはしばらく呆然としていたが、その表情は苦笑へと変わっていった。
こんな事が出来るのは一人かいない。
彼女の姿を脳裏に浮かべて、クラウドはくすりと笑った。
「ウチの子供を懐かせるとは、相変わらずだな」
警戒心を抱かせないのは、彼女の特性なのだろうか?
クラウドが笑っているのに気付いて、マリンとデンゼルは顔を見合わせた。
「クラウド、あのお姉ちゃん誰?」
「クラウドの知り合いなんだろ?」
首を傾げて聞いてくる二人に、クラウドはさてどうしたものかと内心首を捻る。
この夢物語みたいな記憶を、二人は信じてくれるだろうか。
(いや、大丈夫だ)
現に彼女に会ったのだから。
信じる信じないではないのだろう。
クラウドは二人に笑みを見せた。
「知り合いも知り合い。とても大切な仲間さ」
詳しくは家に帰ってから。
クラウドはそう言ってマリンとデンゼルとともに家路についた。