幼い子供たちの笑い声が野に響く。

 空は青く、大地は緑に包まれ、どこまでも広い。

 この大地がかつて死に満ちていたなど、誰が信じようか。

「ねえねえ、これどうかな?」

「うん! すごくきれい!!」

「ママ、喜んでくれるかな?」

「きっとよろこぶよ!!」

「もー! ママの分だけじゃなくて、ディーンとカタリーナの赤ちゃんの分も作らないといけないんだよ?」

「わかってるよー」

 つたない手で野に咲く花々を摘んでは花飾りや花冠を子供たちは作っていく。

 色とりどりの花が美しく変わっていく。

 大切な者たちへと贈る、花々。

 中には作るのに飽きて野を駆ける子供もいたが、それでも各々伸びやかに遊ぶ姿は平和に象徴とも言えるはずだ。

 

 ふわりと、風が吹いた。

 それに釣られるように、子供の1人が手にしていた花の束から目を離す。

「ん?」

 子供の視線の向こう側に、ひとつの影が映った。

 黒い影だ。

 子供はびくりと体を震わせたが、誰にも言わずにジッと黒い影を見つめている。

 もしモンスターであった場合、下手に騒ぐのはいけないと子供ながらに知っていたからだ。

 目を凝らして、影を見つめていると影がだんだんと姿を作っていく。

 黒い影は、黒のローブを纏った女性になった。

 子供はホッと体の緊張を抜く。

 見知らぬ人であったが、なぜか悪い人ではないと思ったのだ。

「どうしたの?」

 手を止めていた子供に気付いたのか、違う子供が声を掛けると影を見ていた子供は女性へと指をさした。

「誰か来たみたい」

 子供たちは一斉に指差された方を見る。

「だれだろう?」

「知らないね」

「悪い人?」

「そんな感じはしないよ?」

「私もそう思う!」

「でも、お洋服、まっくろだよ?」

「うん。でも、あのお洋服の黒、きらいじゃないよ」

 だんだん近付いてくるにつれて、女性が纏っている黒の色が明確になってきた。

 黒は黒だが、どこか落ち着く優しい色。

「夜のお空の色だ!」

「うん!」

 女性の黒のローブを表現を思いついて子供たちがはしゃいでいる間にも女性は近付いてくる。

 お互いの姿がわかるくらいまで近付いてくると、女性も子供たちに気付いたのか、驚いたように目を丸めていた。

 しかし、すぐににっこりと笑うと、子供たちに近付いて来た。

 女性の笑顔の優しさに、子供たちの本能は完全に彼女が悪い者ではないと確信していた。

「こんにちは」

 最初に声をかけたのは女性の方だった。

「こんにちはー!」

 子供たちは一斉に返事を返す。

 元気よく返事を返してきた子供たちを見て女性は楽しげに表情を崩すと、子供たちの前でしゃがみこんだ。

 視線が子供たちと一緒になる。

「何をしてるの?」

 穏やかに声を掛けられ、子供たちは顔を見合すと手にしていた花を女性の目前に掲げる。

「これ、作ってたんだ!」

「…花冠?」

「うん!!」

 至近距離で差し出されて驚いている女性は目を瞬かせながら聞くと、子供たちは嬉しそうに頷いた。

「ママにあげるの!」

「赤ちゃんにもあげるのよ!」

 楽しそうに話しかける子供たちを見て、女性は首を傾げる。

「ママ? 子供が生まれたの??」

 子供たちは一斉に首を横に振った。見事な連帯である。

「ううん! ママは赤ちゃん産んでないの!」

「産んだのはカタリーナ!」

 カタリーナ。

 赤ん坊を産んだ母親の名前を聞いて女性はハッと何かを悟ったような表情をした。

「あなたたち、モブリズのティナの子供たち?」

 女性の問いかけに子供たちは一瞬黙ったが、すぐにどっと色めき立った。

「おねえちゃん、ティナママを知ってるの!?」

「ママのお友達!?」

「でも、いままでウチに来てくれたママのお友達の中で、この人見なかったよ?」

「でもママの名前知ってたよ?」

「そうだよ! だからママのお友達なんだよ!!」

「でもぉ」

 きゃーきゃー言い合う子供たちだったが、結論が出なかったので、

「おねえちゃん! だれ!?」

 これまた声を揃えて聞いてきた。

 子供の大合唱の質問に女性はしばらく呆然としていたが、そのうちにくすくすと笑い出した。

「おねえちゃん?」

 首を傾げる子供たちを見て女性は笑いながら言葉を発した。

「あなたたちのママの事は知ってるわ。でも、私は遠くに住んでいるからあまりティナママに会えないの」

「そうなんだ」

「じゃあ、ママの友達?」

「そうねぇ…」

 女性はしばらく頭を捻ったあとで頷いた。

「ティナママが私を友達だと思ってくれているなら、私は嬉しいな」

 にこにこと笑う女性を見て、子供たちは顔を見合わせると、頷き合うと女性の方を見る。

「じゃあ、うちにおいでよ!」

「ティナママに会えばきっとわかるよ!」

 いきなりの子供たちの誘いに女性は面食らったが、すぐに小さく笑い首を横に振った。

「ごめんね。私、すぐに行かなくちゃいけないところがあるんだ」

「えー!」

 子供たちの残念そうな声が上がる。

「本当にごめんね。…そうだ、その代わりと言ってはなんだけど」

 女性はローブの中を漁り、何かを取り出した。

「これを、ティナに渡してくれないかしら?」

 彼女の掌から出てきたものを子供たちは一斉に見つめる。

 赤い、なにかの結晶だった。

 見る者からすれば、魔石のかけらにも似た不思議な結晶。

「これ、なあに?」

 子供の1人が結晶を見ながら女性に問いかける。

「これはね、クリスタルって言うのよ」

「クリスタル?」

「そう」

 女性に声は柔らかく、表情もまた穏やかだった。

「ティナが私を覚えていてくれたら、きっと色々教えてくれるはずよ…持って行ってくれる?」

 子供たちはいまひとたび顔を見合わせると、女性を見て一斉に頷いた。

「いいよ!」

「ありがとう」

 子供たちの元気な答えを聞いて女性の頬は緩み、近くにいた子供にクリスタルを渡した。

「お願いね」

「うん!」

「あー! いいなぁ! 僕も持ちたい!」

「私も!」

「駄目! 私がママに渡すの!」

「ずるいー!」

「こらこらー、そんなに暴れるとクリスタル無くなるからねー」

 クリスタルの可愛らしい奪い合いを開始した子供たちだったが、女性の言葉でぴたりと動きが止まる。

 思わず噴き出しそうになるが、何とか耐えて女性は近くにいる子供たち数人の頭を撫でた。

「よろしくね」

「うん!」

「なくさないでママに渡すからね!」

「ありがとう」

 女性は最後に微笑むと立ち上がった。

「それじゃあ、私そろそろ行かなくちゃいけないから」

「わかったー!」

「元気でね!」

「いつかママに会いに来てねー!」

 手を振る子供たちに手を振り返して、女性は夜色のローブを翻しながら歩き出していた。

 彼女の姿が見えなくなるまで、子供たちはその姿を見送っていた。

 

 

「ただいまー!」

「ティナママ! ただいまー!」

 子供たちの声が聞こえてきて、ティナは外に出る。

「お帰り、みんな!」

 ティナの姿を見て、子供たちは一斉にティナへと駆け寄る。

「見て見てママ! これ作ってきたんだよ!」

 子供のひとりが差し出したのは大きな花冠。

「ママにあげる!」

「わぁ、ありがとう。とっても綺麗ね」

 花冠を手にしティナは嬉しそうに笑った。

「あとね、これは赤ちゃんに!」

 小さい花飾りを差し出してきた子供からそれを受け取る。

「これもとっても綺麗にできてるわね」

「赤ちゃん、よろこぶかな?」

 子供の言葉にティナは強く頷いた。

「大丈夫よ、こんなに綺麗なんですもの。カタリーナも喜ぶわ」

 ティナの言葉に子供たちは嬉しそうに手を叩き合う。

 和気藹々とした子供たちの姿を見てティナも嬉しそうに微笑んでいると、

「あ、ママ」

 ティナに子供が近付いてくる。

「どうしたの?」

 子供の視線に合わせるべく、しゃがみこんで小首を傾げると子供は小さな手を差し出してきた。

 ギュッと大切に握り締められた手を見てティナはますます首を傾げる。

「これ、ママにって」

「ん?」

 子供の誰かが何か花飾り以外の贈り物を作ってくれたのだろうか?

 ティナは自分も手を差し出し、子供からそれを受け取る事にした。

 子供の手からティナの手へ、それが移った瞬間。

 ティナは息が止まりそうになった。

「これ……!」

「クリスタルって言うんだって!」

 子供のはしゃぐ声にティナは心の中でしか頷くことができなかった。

 懐かしい、と言うべきなのだろうか。

 遠い異世界での戦い。

 夢のように消えていきそうでいかない、記憶。

「……誰が持ってきたの?」

 震える声を押さえながらティナが聞く。

「夜の色をしたローブを着てたおねえさん!」

「ティナママのお友達だって言ってたよ!」

「ちがうよ! ティナママが友達だって思ってくれたらうれしいって言ってたんだよ!」

 子供たちが次々に答えて行く中、ティナは1人の存在を思い出していた。

 異世界で一緒に戦ってくれた、女の子。

「あのおねえちゃん、ママのともだち?」

 ティナにとって、大切な別の世界の…。

 子供の問いかけに、ティナは涙が出てきそうになる目をギュッと閉じ小さく俯いた。

 手渡された、クリスタル。

 彼女が来てくれた。

 そのことがとても嬉しくて、涙が溢れてくる。

 しかし、今は涙を流すときではない。

 ティナは涙を笑顔に変えて顔を上げる。

「―――ええ。ママにとって、とても大切な…大切なお友達よ」

 さあ、子供たちに何から話そうか。

 夢のような戦いからか。それとも彼女の事からか。

 子供たちに囲まれて、ティナはそっとクリスタルを胸に抱き締めていた。

 

 

 

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