ルーネスは慣れた足取りでほの暗い道を進んでいく。
四つのクリスタルに導かれ闇の氾濫との戦いから、数年。
ルーネスを含め、他の仲間たちはそれぞれの道を進んでいる。
アルクゥは知識と経験を得るためサロニアへ。
レフィアは父の後を継ぐためにカスズで修行をして。
イングズは変わらずサスーンで仕事をしている。
ルーネスは、双子の兄と共に世界を旅していた。
平和になった世界を、ゆっくりと見て見たくなったのだ。
自分と仲間たちが、多くの人の力を借りて得た平和な世界を。
久しぶりにウルへと帰ってきたルーネスは家族に挨拶を済ませて、ここに来ていた。
クリスタルが祀られている、洞窟に。
「あー、あとでなんか言われるかなぁ?」
洞窟を歩きながらルーネスは小さくぼやく。
久しぶりに帰ってきた元悪ガキの旅の話を聞きたかったのだろう。
村人がルーネスたちの所へ大勢やってきたのだ。
旅の話を聞かせるのはルーネスも好きだが、旅から帰ってきてすぐはきつい。
疲れてのんびりしたいのにそんな面倒事はごめんだと、ルーネスは兄を残して逃げ出していた。
非難気味に自分の名前を呼ぶ双子の兄の声を思い出し、ルーネスは頭を掻いた。
「絶対になんか言われる…」
頭の回転が早く、機転の利く双子の兄にルーネスは口で勝てた事が一度もない。
拳ならば分があるが、兄はそれを理解しているのだろう。手を上げずに口で攻撃してくるからますます厄介だ。
言い負かされて憮然とした表情を浮かべるのを「ふふん」と小気味よさげに笑う兄を脳裏に浮かべて、ルーネスはげっそりと言う表現が似合う苦い表情を浮かべた。
「ったく、アルクゥと同じで知識大好きなのに…なんでアルクゥみたな感じじゃないんだよ」
争いごとが嫌いな穏やかな幼馴染を思い出しながらぶつぶつと、どう兄の小言に対抗するかと頭を捻っていれば、目の前が開けてきた。
ちなみに。
アルクゥはルーネスの兄ほど口が達者ではないが、ここぞと言うときに痛い一言をくりだす事をルーネスは失念していた。
目の前が開け、今までほの暗かった視界が明るくなる。
目的の場所に着いたと、ルーネスは一度足を止めて視線を上へと上げた。
ルーネスの前には、光り輝くクリスタル。
初めて見た時よりも光に満ちるそれは今も世界の安定を支えている。
ルーネスはクリスタルに近づくために止めていた足を再び動かし始める。
クリスタルがだんだん近づいていくにつれて、ルーネスは首を傾げた。
誰かが、クリスタルの許にいる。
ルーネスは今さらだがと思いつつも気配を消し、その人物に近づいていく。
敵意を感じない辺り、おそらく人型のモンスターではないが警戒しないにこした事はない。
おそらく女性だろう、黒いローブを纏っている者。
しかしその黒はとても柔らかい感じがして、不快な感じがしない。
まるですべてを静かに包み込む夜だと、ルーネスが思っていると。
夜を纏った女性がルーネスへを顔を向けた。
ぎくり。
ルーネスは思わず足を止めるが、夜の者はルーネスの顔を見て、笑った。
「こんにちは」
朗らかに笑い、声を掛けてくる女性を見て。ルーネスの緊張は一気に解けた。
まだ油断ならない筈なのに、彼女の笑顔を見た瞬間に敵ではないと心のどこかで解ってしまったのだ。
警戒を解いて、ルーネスは女性に近づくと声を掛けた。
「あんた、誰?」
至極もっともな問いかけに、女性は笑ったまま答えた。
「私? …そうねぇ、旅人ってところかしら?」
曖昧な表現が少し引っかかったが、ルーネスは気にせずに言葉を続けた。
「なんでこんなところにいるんだ?」
女性は何かを考える仕草をした後、小さく頷いた。
「この近くを歩いてたら、穴に落ちちゃって」
「―――――――あー」
身に覚えがあるルーネスは気の抜けた声を出すほか無かった。
ルーネスの声に、くすくすと笑った。
なぜか、ルーネスがこの声を上げたのか解っていたように、楽しげに。
「いくら探しても出口が見つからないから、道なりに歩いてたのよ。そしたら、ここに出たってわけ」
女性はルーネスからクリスタルへと視線を変えた。
「綺麗ね…」
「だろ?」
女性の言葉にルーネスもクリスタルを見上げる。
二人はクリスタルを見上げる。
「こうして実際に目で見れるなんて…これからがちょっと楽しみかも」
「ん? 何か言った?」
小さく呟かれた女性の声が聞き取れずルーネスが女性を見るが、彼女はルーネスを見て首を横に振った。
「なんでも。………ところで少年」
「なに?」
ルーネスが小首を傾げると、
「ここの出口、知ってる?」
女性は神妙な表情でルーネスに聞いてきた。
この洞窟は一方通行で、途中の穴に落ちないとここには来れないようになっている。
しかしそれは言い変えると、来た道には戻れないと言う事だ。
来た道に戻れない以上、出口を探すしかない。
初めてここに来たとき、オレもちょっと焦ったもんなぁ。
ルーネスは女性を見て、首を縦に振った。
「知ってるよ、こっち」
女性に声をかけてルーネスは歩き出す。
クリスタルが安置されている祭壇の後ろに、それはあるのだ。
「ワープ装置…こういう感じなのねぇ」
光に包まれた魔方陣を見て女性がその正体をすぐさま見抜く。
「…あんた、ホントに何者?」
一発でワープ装置だと見抜くとは、魔道士ならいざ知らず一介の人間がすぐに解るものではないはずだ。
ワープ装置に入りながらルーネスが驚きに目を丸めていると、ルーネスと共に装置に入ってきた女性はうふふと笑って、簡潔に答えた。
「旅人よ、ただのね」
瞬間、魔方陣が光った。
「ありがとう、少年。助かったわ」
ウル村のはずれに二人は立っていた。
女性は微笑んでルーネスに礼を言われ、彼は頭を掻いた。
「いや……」
どうにも照れくさい。
ルーネスの仕草を見て、女性はくすくすと笑うとあっ声を上げた。
「そうだ、忘れるところだった」
女性はローブの中に手を入れて何かを探し始めた。
急な女性の行動にルーネスは驚いているうちに目的の物を見つけたようだ。
女性は手に何かを握って、ルーネスに微笑みかけた。
「これ、――――に渡して欲しいの」
彼女の口から出た名前にルーネスの目が大きく見開かれる。
「おい! なんでアイツの名前、知ってるんだ!?」
女性から出た名前は、ルーネスの双子の兄の名前。
「あんた、本当に…」
「お願いね!」
ルーネスの言葉を遮り、女性は彼の掌にある物を握らせて数歩、後ろに下がった。
「おい!」
わけが解らないと、ルーネスは女性に近付こうとしたそのとき。
強い風が吹いた。
風に阻まれルーネスが思わず立ち止まった瞬間、
「本当にありがとう、ルーネス。貴方と世界にクリスタルの加護があらんことを」
風の音の中で確かに聞こえてきた女性の声。
兄に続き、自分の名を呼んだ女性を見ようとルーネスは風が止むと同時に顔を上げた。
しかしそこには、誰の姿も無かった。
ルーネスの目の前には広い草原が広がり、風がそよぐだけだった。
「…………何なんだよ、一体」
今までさまざまな体験をして来たルーネスだったが、こんな体験は初めてだ。
まるで妖精の悪戯にでもあったような、なんとも現実味の無い感覚にルーネスは握っていた手を開く。
女性から渡された、兄への届け物。
ルーネスは手を開き、中身を見る。
「……クリスタル?」
小さなクリスタルが、ルーネスの手にあった。
緑のクリスタルは陽の光に照らされ、美しく輝く。
「綺麗だ」
思わずルーネスの口から言葉がこぼれると、
「ルーネス!」
背中から怒気を含んだ声が聞こえてきて、呆けていたルーネスの感覚が一気に呼び戻された。
聞き覚えがありすぎる声にルーネスが恐る恐る振り返ると、案の定と言うべきか、双子の兄が立っていた。
「……よっ! 話は終わったのか?」
こめかみに青筋を立てながら近付いてくる兄にルーネスは努めて明るく声を掛けるが、そんな事では機嫌が治る筈もなく。
双子の兄はどんどん近付いてくる。
「お前のおかげで凄く時間が掛かったけどね…」
「あー……はははははは」
にっこりと、ものすごくイイ笑顔を浮かべる兄を見て、ルーネスはもう笑うしかない。
これは完全に怒っている。自分が悪いとは言え、何とかして回避したい。
ふと、手にある物の事を思い出した。
「なあ」
「なに? 言い訳なら聞かないよ?」
怒り心頭と言った雰囲気の兄に思わず引け腰になるが、負けるのはごめんだとルーネスも腹に力を入れて兄を正面から見る。
「これ、お前にって」
先ほど渡されたものを差し出す。
「なに?」
いきなりのルーネスの行動に兄は怪訝な表情を浮かべたが、しばらく考えたあと差し出されたルーネスの手に自分の手を近付ける。
ルーネスは、そっと手渡されたものを兄に渡す。
すると。
掌に降りてきたクリスタルを見て、彼の表情が見る見るうちに変わっていく。
驚いているような、懐かしむような、信じられないと言ったような。
とても複雑な表情の兄にルーネスはどう言って言いか解らなかった。
「これ…どこで?」
クリスタルを握り締め胸に抱く兄に、ルーネスはこう答えた。
「クリスタルの祭壇のところで女の人に会ったんだ。それをお前にって」
「そう……」
とても大事に大切に、渡されたクリスタルを握る兄を見て、ルーネスはとある事を思い出した。
闇の氾濫との戦いが終わって少しした時、兄は不思議な夢を見たと言っていた。
こことは違う世界での戦い。
双子のルーネス以外には誰にも詳しく話さなかった、彼の見た夢。
「会いに来たのかもな…遠い違う世界から」
ルーネスの言葉に彼は苦笑を浮かべた。
「それだったら、僕に直接会いに来れば良いのに…」
「照れくさかったんだろ?」
「彼女はそんな性格じゃないよ、きっと僕に会う前に時間が無くなったんだ。変なところで抜けてる感じだったからね」
彼の答えを聞いて、ルーネスは首を傾げた。
「誰か来たのか、解ったのか?」
「もちろん。こんなことできる人、一人しか知らないよ」
そう言った、彼の顔はとても嬉しそうで楽しそうだった。