ふと、目を開ける。

 そして次の瞬間、目前に広がった光景に彼は目を見開いた。

「ここは…」

 確か自分は自室の寝台で眠りに就いた筈だ。

 それなのに、これはどう言う事なのだろう。

 彼は辺りを見渡す。

 小高い丘に立っている自分。

 目前に広がる、波一つ立てていない大きな湖。

 その向こう側には、白亜の城が見える。

 湖の水面がまるで鏡のように城を逆さまに映している様はとても美しい光景であったが、それがさらに彼を困惑させる。

 あの城で自分は眠りに就いた筈だ。

 その日の仕事を終え、夜の帳に包まれて目を閉じたはずだというのに、目の前に広がる光景は一面の青空。

「これは一体…」

 見えざる敵が自分をなにかしらの術に嵌めたのだろうかと彼は辺りの気配を探るが、彼を包む空気に一切の悪意は感じられない。

 むしろ、まるで彼を柔らかく包みこむような気配さえ感じる。

 こうなると、彼の思考の行きつく先はひとつしかない。

「夢、か…。しかし、それにしては…」

 とても現実味があるような。

 ふわり。

 考え込んでいた彼の鼻腔を何かがくすぐった。

 優しい、花の香り。

「これは…」

 彼はこの花の香りを知っている。

 かつて、世界を共に旅した仲間、花咲く大地を夢見た青年の持っていた、花の香り。

 その花の名を口にしようとしたその時、

「ウォーリア!」

 名を、呼ばれた。

 今はもう呼ばれなくなったその名を、ここにはいないはずの声が呼ぶ。

 この事実が脳を駆け巡り、自覚すると同時に彼は弾かれるように声の方を向けば。

 彼女が、いた。

 出会った時と同じ衣装に身を包み、旅の間に良く見せてくれた笑顔を咲かせて、別れたこの場所で自分に駆け寄って来る、彼女が。

 あまりの衝撃に彼は言葉を失っていた。

 その間にも彼女は近付いてくる。

 手に何かを持っているように見えるが、今の彼にはそれが何なのかすら認識するのが難しいほどに混乱している。

 どうして? 何故?

 纏りのない思考で考えていても結論は出るはずもなく。

 彼はとりあえず、失っていた言葉を放とうとした。

 この世で短く、しかし確かに伝わる言葉だ。

……!!」

「ウォーリア!」

 名を呼ばれて、彼女はますます嬉しそうに彼に駆け寄り、

「久しぶり!」

 満面の笑みで彼の目の前で止まった。

 なにもかもが変わらない、彼女が目の前にいた。

 そのことに彼は少し安堵しつつ、ようやく冷静になってきた思考を回して、口を開いた。

、どうして君がここに? それよりもここは…」

「うん、言いたい事は解るんだけど…」

 矢の如く、疑問を口にしようとした彼を彼女はかぶりを振る事で制止させると、手に持っていたものを彼の目の前に差し出す。

「とりあえずこれ、受け取ってくれると嬉しいな」

「―――――これは」

 目前に差し出されたのは、花束だった。

 色鮮やかに咲き誇る花々はとても美しく、そしてそれ以上にどこか光が満ちているようにも見えて、彼は首を傾げた。

 光に満ちる花。これはどう言う事なのだろう。

 そんな彼の内心を見抜いたのか、

「あのね」

 彼女が語り出した。

「私、どうしてもウォーリアに何か贈りたくて…でもなにが良いか全然解らなくてどうしようって思ってたら、いつの間にか自分の部屋じゃない所にいたの。

もうすごく焦ったのなんの! 凄く怖かったし。

でもよくよく見ると見覚えあるなぁとか、私まだここに来るべきじゃないんじゃないかなぁとか思ってたらライトがいてね。

ビックリしてる私を見て、ものスゴく呆れた顔してたのよ。失礼だと思わない?

まあでもね、せっかく会えたこと事だし、ライトに何か贈り物ないかなって聞いたら妥当なところで花束でいいんじゃないかって言うのよ。

適当過ぎない? って聞いたらアイツにはそれで十分だって…あ、解ってると思うけどライトは別に意地悪で言ったんじゃないのよ。

彼女、結構そう言うの考えるの苦手なのよね。あと照れ隠しもあると思うんだ。だから気を悪くしないでね。

私も結局、何も準備出来なかったし。ライトの意見を採用して花束を作ることにしたの」

 流れるような言葉はまるで激流のように彼女の口から出ては留まる事がなかったが、彼は彼女の言葉を止める気はなく、そのまま彼女の言葉に耳を傾けていた。

「でもライトの居た場所、花とか生えてなさそうな場所でさ。

どこかに花が咲いてる場所ないって聞いたらライトがあっちに進めば大丈夫だって言ってくれたから、ライトが示してくれた場所を歩いてたんだけどぜんぜん目的地が見えなくてねぇ。

ライトのいた場所からは出れたのは解ったんだけど、出たら出たで全然解らなくなっちゃって…。

どうしようかなって困ってたら、飛空艇が来たのよ!

私の姿が見えたのかどうか知らないんだけど近くに降りてきて、私に近付いてきたんだけど、誰だと思う? ヴァンだったの!!

ヴァンが自分の飛空艇持ってるのは知ってたけど、あんなに間近で見れるとは思わなくてビックリしたわ。

でね、ヴァンに説明したら途中まで乗せてってくれるっていうからお言葉に甘えて乗せてもらったの。

凄く早かったんだけどヴァン操縦巧いのよね、あまり揺れなかったのよ。

近くの町まで送ってもらったらヴァンは仕事があるみたいでそのまま飛んで行っちゃったんだけど、町に行ったら博士とプリッシュがいてさ。

プリッシュだけならまだ解るけど博士もいて本当に驚いたのなんの!

花束のこと話したら、じゃあこれ使えってくれてプリッシュからリボン貰ったんだ。

ほら、ここについてるリボン。これプリッシュからだから、大事にしてね。

博士はなんか怪しい薬も一緒にとか言うから丁重にお断りさせていただきました。

そうそう、ティーダとユウナにも会ったのよ。

博士たちと別れて歩きだしたんだけど途中で迷って…あの二人がいなかったらもっと迷子になってたかも、不覚だわ。

相変わらず仲が良さそうで見てて微笑ましかったよ。

いつまでの二人が笑っててくれたら嬉しいなぁとか思ってたら目の前に花畑が見えてきて、これが本当にスゴいの。

一面いろんな色で埋め尽くされてて本当に夢の中の花畑みたいだったんだから!

目の前いろんな花があってどれにしようか迷ってたら、ティーダとユウナはなんか用があるみたいでそこで別れちゃったんだけど代わりにジタンとバッツが声をかけてきてくれて

一緒に選ぶことにしたのよ。

もちろんスコールも一緒にいておかしいったらなかったわ。あの3人いつも一緒だったからちょっと和んだんだけどね。

途中でラグナも来てね、なんかもう凄い事になっちゃって。

バッツもラグナも基本ボケメインだからそれをひたすらジタンが突っ込んでて聞いてて楽しかったなぁ。

スコールも時々ボソボソ言ってたからきっと突っ込んでたんだと思うんだけど、もうちょっと心の中のツッコミじゃなくて口に出せばいいのにね。相変わらずなんだから。

ああでもないこうでもないとか色々考えてやっと花を選んだは良いんだけど、凄い量になっちゃって…。

どうやって持って行こうかって話になったんだけど、なんとかなるだろってバッツがいつもの感じで言うからスコールが小言いい始めてジタンが諫めてたのがもうおかしくって。

ラグナ? ラグナはね、連絡してくれてたのよ。

相手はね…なんとティファ!

いつ連絡手段手に入れたんだか解らないんだけど、ティファ経由でクラウドに来てもらうことになったのよ。

暫くしてクラウドが来てくれたからジタンたちと別れてクラウドに花と一緒に連れて言ってもらったんだけど、そういえば花をどうやって包もうかなって問題が発生しちゃったのよ。

花も花を纏めるリボンも合ったんだけど、包み紙どこで準備すれば良いんだろうって思って。

…うん、いきあたりばったりなのは認める、凄く無計画よね。まあそもそも、いきなり始まったようなものだから無計画なのはしょうがないんだけど。

そしたらね、クラウドがティファの店にティナとオニオンナイトが居るから一緒に包むといいって言ってくれたのよ。

思わず、お言葉に甘えちゃった。

オニオンが器用なのは知ってたけど、ティナもスゴく器用だったのよ。

こんなに綺麗に包めたのは二人のおかげだから、いつかどこかで会えたらお礼言ってくれると嬉しいな。

そうそう、ここまで来るのにまだ距離があったからセシルとカインが連れて行ってくれたんだ。

ヴァンの飛空艇もスゴかったけど赤い翼の飛空艇も凄かった! ああいったクラシカルなタイプの飛空艇も良いわよねぇ。

で、送ってもらったは良いんだけど、ウォーリアの場所がどうしても解らなかったの…もうすぐだって感覚で解ってたんだけど、どうしても最後の道が解らなくなっちゃって…。

――――フリオニールがね、ここまで案内してくれたのよ。相変わらずのばら持ってて変わらないなぁって思ったら、新しく咲いたのばらだって言ってた。

フリオニールの夢も少しずつ近付いてるんだなぁって思ったわ」

 留まる事を知らなかった彼女の言葉はここでようやく言葉の流れを緩め止めると、口を閉ざして目を細めた。

「この花束は、私だけのものじゃない。みんなの力がなかったらできなかった。みんなの花束で、みんなが貴方を思ってくれた証なんだよ」

「ああ」

 不思議と彼は理解していた。

 解っている。

 彼等がどんな想いで彼女を導いたのか。

 彼女がどんな想いで彼等と出会ったのか。

 その想いを感じたくて、彼は敢えて彼女の言葉を止めるような事をしなかった。

 彼はようやく、彼女が掲げていた花束に手を伸ばした。

 そっと優しく花束は彼女の手から彼の手に渡される。

 花は小さく揺れ、鮮やかにそしてやはり光に満ちている。

 この光は彼女と仲間たちの想いだ。

「…ありがとう」

 万感の想いを込めて彼女に伝えれば、彼女は頬を染めて幸せそうに笑う。

 そして、彼女は爪先を立てて彼の頬骨の辺りに唇を寄せた。

 暖かな感触はほんの一瞬だったが、彼は目を大きく見開く。

 あの彼女がこんな事をするとは思いもよらなかったのだ。

 しかし、当の彼女は喜びに満ちた表情を浮かべ、彼に微笑みかけていた。

 

「おめでとう、光の戦士よ。貴方たちに会えたことを、私はいつまでも感謝しています。ずっと」

 

 

 

 

 

  彼は目を覚ました。

  そして、目を見開いた。

  つい先程まで自分は目を開けていたのではなかったか。

  それなのに、目を覚ますとはどう言う事なのだろう。

  暫く混乱していたが、周りの様子を認識していくうちに頭が冴えくる。

  ここはコーネリア城の自分の部屋で、自分が今いるのは寝台。

  後頭部に柔らかい枕の感触を感じるので間違いはないだろう。

  そして、今しがた目を覚ましたのだ。

「やはり夢だったか…」

  余りにも現実味が強い夢だったが、あれは夢の他ないだろう。

  彼女が来た事も、彼女が仲間たちの想いを込めた花束を贈ってくれた事も、本来ならありえないことだ。

  夢が終わった事に寂しさを感じると同時にしかし彼の心は満ちていた。

  例え夢でも会えて嬉しくないわけではないのだから。

  彼は一呼吸置いて夢の残滓を心の奥に溶かすと上半身を起こした。

  すると、手に違和感にある事に気付いた。

  何かと思い手の方に視線を向けると、そこには小さな袋が収まっていた。

「これは」

 袋の口を縛るリボンは、夢に出てきた花束を纏めた物と同じ。

 そして、その袋からはかすかに香りが漂ってくる。

 それに気付いた時、彼は手にしていた袋を優しく握り締めるとそっと口元へとそれを運び目を閉じた。

 近くなった袋から漂ってくるのは、彼女が贈ってくれた、花束の花々と同じ香り。

 彼は緩やかに閉じた目を開くと淡く口許に笑みを敷いた。

 手に入れた花束は、この手をすり抜けてしまった。

 しかし、彼女と彼等の想いはここにある。

「……ありがとう」

   1987.12.18

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

FF25周年と言う事で、折角だから何かしたいと思ったもののなかなかネタが浮かばず;

頑張って考えていたら先達が勇者に花束を贈るというシーンが浮かぶ。

が、それだとありきたり過ぎると思って捻ろうと思って出来たのがこれ。

花束は先達だけじゃなくて今までのシリーズみんなの協力で作られたって事に。

ナンバリングは13からのカウントダウンが良いなって考えて色々考えたものの、上手く纏らずごちゃごちゃやっていたら18日は過ぎ挙句の果てに年明けちゃったよ!

orz

でもせっかくの25周年、FFに出会えた幸せは間違いがない。

嬉しい気持ちと感謝を込めてかなりズレてしまいましたが出す事にしました。

FF25年目、本当にFFに会えて幸せです。

いろんなことがこれからもあるでしょうがそれでも過去のFFもこれからのFFも見守って楽しんで行けたらと思います!

FF25周年、おめでとう!!

 

先達の話がかなり長い、まさにマシンガントークの如くですが、書いてて大変でしたが楽しかったです。

しかし読みにくいですな!(オイ)

あと、25周年と言うめでたい事にテンションが上がった先達がついにやらかしました(笑)

このあと元の世界に帰ってきた先達は布団の上でやっちまったと頭を抱えてのた打ち回る事でしょう(笑)

 

2013/01/02