Wish Hasn’t Come True

 

 

 

 

あと、どれ程願えば叶うのだろう。

あと、どれ程祈れば叶うのだろう。

届かない願いを欲しがるほどに、きっと俺達は愚かだから。

 

 

 

ずるずると笹を引き摺りながら、天蓬と捲簾は金蝉の部屋へノックも無しに上がりこんだ。

最も、笹を運んでいたのは捲簾ではあったが。

「何事だ、一体」

 あからさまに不機嫌そうな顔で、部屋の主は悪態をつく。

「厭ですねぇ、俺達が厄介ごと持ち込んだみたいな顔しないで下さいよ」

「違うのか」

「多分、合ってます」

 にこやかに告げる元帥クラスの友人に、金蝉は頭を抱えた。

「七夕しましょう」

「たなばた? 何だソレ、うまいのか?」

 興味津々といった様子で、悟空は天蓬を見上げた。

「うまくはないですよ」

 あははと笑いながら、悟空の頭を撫でる。

捲簾は憔悴しきって、どかりとソファへと座り込んだ。

「ドコから持ってきたんだ、こんなモノ」

「んー?そこらへん」

 何とも言えない曖昧な返事に、一抹の不安が横切るが、ここは考えないことにした。

いつもはある書類の山が見当たらないと言うことは、仕事が終わった直後だったのだろう。

それが偶然であるかどうかは神のみぞ織る、と言いたいところだが、彼ら自身が神族である為、適切であるかは分からない。

とにかく、タイミングが良かったと言うことにしておいて、恐らくは問題ないであろう。

「七夕と言うのは、牽牛と織女というヒト達が、1年に1度だけ逢うのを許された日のことです」

「それが何か関係あるの?」

 不思議そうに首を傾げる幼子に微笑みかけて、彼は首を振る。

「それ自体は関係ないです。逢おうと逢うまいと織ったことではありません」

「ガキに何て言い草だよ…」

 天蓬の言い様に、捲簾は顔を引きつらせた。

まぁ、それなりに長い付き合いなので、言っても無駄だと言うことは百も承知だ。

「で、ソレに乗じて、こっちの願い事もついでに叶えて貰おうという、何とも都合の良い日なんですよ」

 爽やかに言い放つ彼に、金蝉までも顔を引きつらせる。

「何ですか、間違ったことは言ってませんよ」

「まぁ、確かにね」

「夢も希望もないがな」

 それぞれの返答に、悪びれもしない。

ずり落ちてきた眼鏡を戻すと、どこからともなく短冊やら飾りやらを取り出す。

「てなワケで、笹飾り作りましょう」

「笹?」

 己の足元にある笹を指差して、彼は言う。

「短冊に願い事を書いて、この笹に吊るすんです」

 色とりどりの紙をひらひらと見せながら、悟空に手渡した。

 

 

 

大方飾り付けの終わった笹を金蝉の自室の窓際に括りつける。

「何で俺の部屋に…」

「一番広いんですよ、貴方の部屋が」

「お前も見たことあるだろ、こいつの部屋」

 言われて思い出せば、ゴミ屋敷とも近い天蓬の自室。

金蝉は自然と口を噤んだ。

陽も落ちて、星々が煌きだす時刻。

月は遠くに輝き、星の方が手を伸ばせば届きそうだ。

天の川と称される光の大河が、空に大きく架かっている。

「悟空は、何を書いたんです?」

「うーんとね、『うまいものがたくさんくえますように』と、『こんぜんがあんまりおこりませんように』と、それと…」

「別に好きで怒ってんじゃねぇよ」

 一体、誰のせいで怒っているのかと、言外に示していたが、届くかどうかは別の話。

 

 

 

 

「『ずぅっと、みんなといられますように』!」

 

 

 

にこりと微笑って、悟空は言う。

「悟空…?」

「ホントは、願っちゃいけないのかもしれないけど」

 不意に、手放された両腕。

友達だと信じていた少年は、織らない誰かになってしまった。

ソレを引き金に、段々と厭な予感は広がっていく。

何か、とてつもない何かが襲い来る予感が。

不安が走り出せば、留まることを織らない。

厭な予感がじわりじわりと滲むように、心を侵して行く。

「何か、ヘンだよね。皆がいなくなるような気がするなんて」

 あどけなく笑うその表情すら、何故か心を締め付ける。

織らず織らずの内に、これから起こり行くことを感じているのか。

3人は何も言えない。

起こり行くことを、心のどこかで予見しているから。

ソレは確かに、逃れ様の未来だと織っているから。

あと1度、ぜんまいを廻せば、全ての歯車は動き出す。

「大丈夫ですよ、いなくなったりしません」

 微笑んで、天蓬は口を開く。

「そうそ、俺達が何でいなくなるんだよ」

「こいつらは殺しても死なんからな」

 捲簾のセリフに、金蝉は嘲笑も込めて言う。

「あ、ひっでぇ」

 そうして、皆で笑い出す。

 

 

 

 

 

きっと、その死の間際まで、貴方と共にあるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

『ずっと皆といられますように』

 

 

 

 

幼子が願ったのは、皆の願い。

決して叶わぬ、最期の願い。

 

 

 

 

けれど祈ってしまうのは、

 

 

 

 

俺達が何よりも愚かだからなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END




お礼の言葉

紅桜さんから暑中見舞いに頂いた小説です。

同時に頂いたイラストを使わせていただきました。

すでに暑中通り越して残暑だよなって突っ込みはナッシングでスv

外伝は本当に先が暗いので暗くなってしまいがちですが

それでも一緒にいたいという悟空の願いは金蝉たちの願いでもあって。

願わくば、彼らの願いが届きますように…。

紅桜さん、本当にありがとうございました。

2003.8.24

 

 

Back