The Festival Of Star Vega
「合宿?」
手塚は顧問である竜崎に問い返した。
「あぁ。どうせ夏休みに部活もあることだし、どうせなら、と思ってな。」
「しかも、レギュラー陣だけ、ですか?」
重ねて問う。
「他の奴らと同じでは、満足できる奴らじゃなかろう?」
に、と笑みを浮かべて、手塚に日程表を渡す。
頷きながら、それを受け取った。
「分かりました。伝えておきます。」
「頼んだよ。」
そうして、テニス部強化合宿は決行されたのだった。
手にしていたストップウォッチを振り回しながら、 日野三 優姫は口を尖らせていた。
「せっかくの夏休みなのにぃ。」
隣で記録しながら、乾はため息をつく。
「マネージャーなんだから仕方ないだろう。」
「そうですけど…。」
目の前を、レギュラー陣が走り抜ける。
「ラスト一周!」
パシ、とストップウォッチを手の中に戻し、乾にタイムを報せる。
「53秒。」
「よし。」
頷いて、呼びかけた。
「50秒までにゴールしなかったら、特製乾…。」
そこまで言って、彼らのペースが急速に上がる。
「色んな意味で効果ありますね、ソレ。」
「まぁね。姫も飲んでみる?」
「遠慮しときますv」
「残念だ。」
無敵のはずの《姫の微笑》も、この時ばかりは引きつっていた。
夜。
漸く、昼間の蒸し暑さも和らぎ、時折涼しい風が吹いてくる。
顧問の竜崎と、優姫は宿直室に。
男子部員は一階の教室を使って寝泊りしていた。
因みに、風呂は近くの銭湯へと繰り出す。
当然、というか必然と言うか、全員窓際に寄って、涼風を求めていた。
「…何か音がしません?」
ぽつり、とリョーマが呟く。
「なぁに言ってんだよ、おチビちゃんはっ!」
笑い飛ばして、菊丸は彼の頭をグシャグシャに撫でる。
憮然としたまま、リョーマは後ろを振り向く。
「いや、本当に何か聞えるぞ。」
大石までも、続いて訴える。
皆の視線は、暗い廊下へと投げられる。
誰もいないはずの廊下から、奇妙な音が聞えるのだ。
…ザ…ザザ…ガコン…
その音は、繰り返し繰り返し、同じ調子でこの教室へと近付いていた。
「何だろうね。」
「さぁな。」
不二と手塚は怖がりもしないが、一部は何となく顔が青ざめている。
しかし、手塚は一瞬ハッとして、顔を上げる。
「まさか…。」
「え?!何スか、部長?!」
桃城が青ざめた顔で、手塚に問い返す。
しかし、彼は廊下に続くドアを見つめたまま、口を開かない。
室内は静まり返り、廊下をただ見やるだけ。
その奇妙な音は、教室の前まで来ると、途端に止んだ。
次いで、勢い良く開け放たれる扉。
「やっほーv」
見ると、優姫がそこに立っていた。
「やっぱりか。」
予想していたのか、手塚はため息をつく。
「何だ、姫かぁ〜。」
河村が脱力して、その場に座り込む。
「驚かすな。」
「何だ、海堂ビビってたのか?」
からかい混じりに桃城が、海堂を嘲笑う。
「何だと?!」
「もぉ、やめてよねっ!」
見かねて優姫が止めに入る。
「でもさ、さっきの音は何だったの?」
菊丸は優姫に尋ねた。
「へ?音?」
きょとんと彼女は首を傾げる。
ふと、思いついたようにぽん、と手を打った。
「あぁ!」
ひょい、と肩から何かを降ろす。
「コレのこと?」
見やれば、彼女の後ろには一本の竹が置かれている。
「結構長かったから、引き摺ってきたんだけど。」
時々、ぶつけて来たと笑いながら頭を掻く。
「で、何の真似なの?姫。」
リョーマは窓枠から飛び降りて、竹の傍に座り込む。
「七夕しようと思って。」
「…夏休み突入してるけど?」
「だって、7月7日は学校だったでしょ?仕切り直しっ!」
肩から下げていたショルダーバックから、色とりどりの短冊を取り出す。
「てなワケで!今から皆に短冊書いてもらうからね。」
「え゛ぇ〜ッッ!!」
全員が全員、不満そうな声を上げた。
「この歳になって?」
「そんなに老けてないでしょ、桃ちゃん。」
「と言ってもなぁ。」
「何か、文句でも?」
教室にいる者を見渡して、優姫はにっこりと微笑んだ。
「アリマセン。」
皆が短冊を書いている間に、優姫は1人で黙々と飾り付けをしていた。
しかしそれも終わり、暇になったのか、彼らに問い掛ける。
「ねぇ、皆の願い事って何?」
桃城はリョーマの短冊を覗き込んで、爆笑する。
「『世界一』って、願い事かよ?!」
「そういう先輩だって何スか、コレ。」
いつのまにか、桃城の短冊を手にしている。
「『彼女が出来ますように』。」
聞いて、一同は笑い出す。
「切実だなぁ。」
菊丸はしみじみと頷く。
「菊丸、お前は?」
窓から足を放り出していた菊丸を見上げて、大石は尋ねる。
「俺?『姉ちゃんに負けないぞ』!」
「…それも切実だぞ。」
「んじゃ、お前は?」
「『文武両道』。」
苦笑して、彼らはあぁ、と頷く。
真面目なイメージのある大石らしい願い事だ。
「海堂は?」
河村が、海堂に話題をふる。
自分に来ると思っていなかった彼は一瞬目を見開いた。
しばしの沈黙の後、ポツリと呟く。
「……『もっと強くなりたい』。」
海堂が言うとは思っていなかった面々も、ほんの少しだけ驚いたようだった。
優姫は優しく笑うと、びっと彼を指さす。
「『強く』なろうね。」
「…言われなくても。」
大石は苦笑して、河村に問う。
「タカさんは?」
「まぁ、『親父のあとを継いでも恥ずかしくない職人になりたい』かな?」
「じゃあさ、乾さんは?」
優姫はひたすら沈黙を守っている彼に話し掛けた。
「今のところは…『乾汁の改良……。」
「しなくていい!!」
全員からの突っ込みに、乾は残念そうにため息をつく。
「まだ最後まで言ってないのに。」
「聞きたくねぇよっっ!!」
菊丸が非難染みた声を上げる。
「ブッチョは?」
「『温故知新と見え、それを成す』。」
「…えーと…?」
だらだらと汗を流し、皆はクエスチョンマークを浮かべる。
「古いやり方に囚われず、新しいモノを取り入れる。そうあるものと出会い、己がそうあるように、という意味だ。」
「スミマセン、分かりません。」
説明さえも理解できず、姫は涙を流す。
にこり、と笑い、不二が挙手した。
「俺はね…。」
「聞きたくないっス。」
一同が即座に声を合わせて、彼の台詞を遮る。
「心外だなぁ。」
「お前の願い事は心臓に悪いんだよっ。」
大石までもが彼に苦情を申し立てる。
「ただ、『全土制圧』と書こうとしただけじゃないか。」
「…お前の場合、冗談に聞えないんだよ。」
げんなりとした様子で、彼らは脱力した。
「だから、『世界征服』に留めておいたよ。」
はっきり言って、規模が拡大している。
だが、それを咎めることの出来る者がこの場にいるはずもなく。
――――ここに魔王がいる…!!
皆、ただただ、口を閉ざすしかなかった。
皆の短冊をつるして、一階の土間に飾りつけ。
勿論、力仕事は彼らに押し付けた優姫であった。
「でもさ、アレだよね。」
「何が?」
リョーマは七夕飾りを見上げたまま、彼女に問う。
「願い事とは言うけれど、結局は『志し』じゃない?」
笹の葉を一枚千切って、裏返したり、折り曲げたりと、指でもてあそぶ。
「『なれますように』。『なりたい』。目標を短冊に書き留めるんだよね。」
「まぁ、ね。」
「それはやっぱり、イイコトだよね?」
後ろから、クスクスと笑い声が聞える。
振り向けば、不二が立っていた。
「姫は良い子だね。」
「何かそれって、莫迦にしてない?不二セン。」
「誉めてるんだよ?」
心外だとばかりに、苦笑する。
「あぁ、ホラ。」
す、と空を指差す。
「天の川だ。」
皆、不二につられるように、空を見上げ、感嘆の声を上げた。
そこには、何千、何万の星が鏤められている。
街の明かりで、それよりも多くの星の煌きは失われてはいるけれど。
「牽牛と織女は、どんなこと、話すんだろうね。」
優姫が小さく言った。
「たった一夜に、一番伝えたいことを、言葉にするのかな。」
菊丸は、そんな優姫を見て、茶化した。
「姫ってば、意外とオトメなんだな〜。」
「なッ!!」
顔を紅くして、彼女は頬を膨らませる。
「もうっ!西瓜冷えただろうから、用意してくる!!」
パタパタと足音を立てて、校舎内に消えていく。
桃城はふと何かを思いついたように、彼らに提案した。
「なぁ…。」
「でぇッ?!本気かよ、桃!!」
不満の声を上げたのは菊丸。
「いいんじゃないかな。」
「俺も構わないよ。」
「俺もいいと思う。」
「たまにはいいかもしれん。」
同意の声は、上から不二、大石、河村、乾。
同意の方が多かった為、菊丸は不承不承頷いた。
「手塚は?」
不二が問い掛けると、目を伏せて不とも可とも取れる返事。
「好きにしろ。」
リョーマと海堂はあまり乗り気ではないらしい。
「こっ恥ずかしい。」
「誰が言うか。」
「越前。海堂。」
不二は2人を手招きで呼び寄せると、小声で言った。
「先輩が言うっていってるのに、言わない気じゃないだろうね?」
それは、いつもの笑みを浮かべたもので。
とても落ち着いた、いつも通りの声音で。
けれども。
何故か、背筋が一瞬で凍る錯覚を起こした。
「OKみたいだよ。」
「KOの間違いじゃないのか?」
乾は少し離れた場所にいる後輩2人を見やる。
「あはは、上手いね。」
気にする様子もなく、不二は笑みを浮かべた。
彼だけは敵に回してはならないようだ。
しばらくして、再び廊下から足音が聞えてくる。
「おまたせー!」
大きな桶盥に西瓜を切り分けて、それを掲げる。
きょと、と教室を見回す。
「何?皆、そんなに西瓜が待ちきれなかった?」
全員、優姫に視線を投げていた。 笑いながら、それを机に置く。
「姫!」
桃城が呼びかる。 返事をして、顔を上げる。
「いつも、ありがと!」
声を合わせた、皆からのカンシャの言葉。
「この夜には一番伝えたいことを、なんでしょ?」
不二が首を傾げて微笑む。
「うんっ!」
普段では伝えられない想いを、言葉にして。
七夕の夜には、ちょっとだけ素直になろう。
ちょっとだけ、何かを変えていこう。
END
お礼
紅桜さんの暑中見舞いです!!
姫が出てるよ!! 姫が!!!!
不二「嬉しそうだね」
そりゃもう!! 紅桜さんの優姫は可愛い!!!
本当にありがとうございます!!!
リョーマ「聞きたいことがあるんだけど?」
なに?
リョーマ「姫センパイは、一体なんのお願いを書いたの?」
そういえばそうだよね?(優姫の方を見る)
優姫「えへへ……今はナイショってことで」(にこっ)
2002.7.25