Just Wanted Believe

 

 

 

 

―――だから全然ヘーキ!

 

 

 

響く、自分の声。

何がどう平気だったのかは覚えていない。

誰かが心配していて――むしろ怒っていた気さえする――、

誰かが笑っていて――だが焚き付けていた気もする――、

誰かが喜んでいて――と言うよりも面白がっていた気がする――、

俺の傍にいてくれたんだ。

 

 

 

突如響く水音。

次いで響く低い怒号。

「っの、莫迦猿ッッ!!」

 がこ、と鈍い音がして、蹲る幼子がひとり。

肩で息をしながら、本気で怒っている青年がひとり。

「まぁまぁ、金蝉」

「保護者サンは大変ねぇ。でも子どもは元気でいてこそ、だぜ?」

「お前らも見てたんなら止めろ!!」

 傍で眺めていた捲簾と天蓬にも怒声を浴びせ、金蝉は叫ぶ。

それもそのはず。

ココは観世音菩薩がおわす館の中庭。

天上界の何処でも見られる桜が咲き乱れ、

庭を通る水路にはそれはもう優雅に花びらが浮かぶのだ。

紅い橋がそれらを跨ぎ、水路に沈められた小石には光を帯びた流れが模様を描く。

庭の中心に位置する池には、透き通った天上の魚が鰭を揺らめかせていた。

そして、その中に飛び込んだのは他の誰でもない悟空と名付けられた幼子。

蒼くなったのは保護者である金蝉童子。

どう足掻いても、彼の責任になるのは目に見えていた。

まぁ尤も、菩薩の御君がそれに激怒するかと問われても、笑い飛ばすに一票だ。

精々、からかうネタにされるだけだろう。

それが厭なのではあるが。

「だって」

「なぁ?」

 捲簾らは顔を合わせ、声を揃えて言い放った。

「「そっちの方が面白そうだし」」

「貴様ら…ッ」

 潔いくらいに他人事だと言い切る彼らに怒りが込み上げる。

だがココで腹を立てても、彼らには何の効力も無いことを織っている。

織ってはいる、が。

「全員そこに直れぇッッ!!」

「うわぁッッ!金蝉がキレた―――ッッ!!?」

 その辺りは別問題らしい。

「大体、何でお前はじっと大人しくしておけねぇんだ、この莫迦猿!!」

「じっとしててもつまんないだろー!」

「貴方の運動不足を解消して差し上げようと言う悟空の思いやりですよ」

「不自然なくらい棒読みで言ってんじゃねぇよ!」

「実際、お前立ったままで全屈して床に手届かねぇだろ?」

「関係あるか畜生!!」

 立て続けに大声を出した所為か、金蝉はその場に力無く座り込む。

肺活量無いのに叫ぶから、と聞こえた気がしないでもない。

ぎろりと睨んで顔を上げれば、どこ吹く風と素知らぬ顔をされた。

「だって、折角綺麗なのに勿体無いじゃん」

 池の魚を眺め、悟空はつまらなさそうに口を尖らせる。

水面には空が映り、吸い込まれてしまいそうだ。

「アレは見て愛でるものだ」

 呆れて嘆息する彼に、ちぇ、と頬を膨らませた。

「ココは綺麗過ぎて窮屈だ」

 え、と漏らす暇も無く、悟空は口を開く。

 

 

 

「風も、木々も、大地も。皆が嬉しそうなのに、一緒に喜んじゃダメなんてヘンだよ」

 

 

 

廻る季節を身体で感じて、手を伸ばせば触れられた。

神の住まう天上の都は美しいけれど、1枚何かに隔てられた気分になる。

何処か、余所余所しい。

呆けた顔をしてこちらを見やる大人達に、悟空は恐る恐る尋ねた。

「…俺、またヘンなこと言った?」

 天蓬は、いいえ、と首を振る。

「当たり前のことを言ったんですよ」

 なるほどなぁ、と呟く捲簾は苦笑していた。

金蝉はむすりと黙り込んでいたし、天蓬に至っては曖昧に笑みを浮かべるだけだった。

「悟空はココが嫌いですか?」

「うーん、とね。金蝉とケン兄ちゃんと天ちゃんがいるから好きだよ」

「こりゃまた、明快な答えで」

 捲簾は乱暴に悟空の頭を撫で付ける。

バランスを崩しそうになって、彼の腕に思わずしがみついた。

「そうだよ。だから全然ヘーキ!」

 それが言いえて妙だと織っていたから、

彼らは幼子らしい発想だと笑うこともしなかった。

居場所とは『場所』ではなく、『心の拠所』を指すのだと織っていたから。

 

 

 

―――例え、地上から離れてしまっても

 

 

 

悟空が捲簾の肩に飛び乗る。

ずしりと重みがのしかかるが、そこは踏ん張ってみた。

彼に支え切れないほどではない。

 

 

 

 

「俺、皆のこと好きだもん」

 

 

 

何の躊躇いも迷いも無く、悟空は笑う。

だから平気なのだと、無邪気に微笑む。

 

 

 

 

それが、いつか失われゆくものだと織りもしないで。

 

 

 

 

己が愚かさも忘れ、名も織らぬ想いに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

End

 

 

 

あとがき。

…少し涼しすぎた気がしないでもない。心とか。

 


お礼状

2005年度『Cherry Blossom』プレゼンツ暑中見舞い企画から奪取して来ました(笑)

外伝…天界編でスv

やっぱりちょっと切ない雰囲気が漂ってしまう運命なんでしょう外伝ですが、それでもどこか凄くほのぼのとしていて素敵です。

金蝉の体力の無さをからかう天ちゃんと捲廉に愛を感じつつ(笑)、チビ悟空の本当にどこまでも素直な心に胸を打たれます。

自然に何の躊躇いもなく触れて一体となろうとするチビ悟空の姿はまさしく大地に愛されて生まれた子どもなんだと実感します。

どこまでも純粋で真実を見る悟空は、本当に澄んだ目を持った子なんですね。

紅桜さん、素敵な暑中見舞いをありがとうございます!!

 

2005.8.3

 

 

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