I Wish
月に『祈り』を。
星に『願い』を。
だが、『望み』であるなら、何を見れば良いのだろう。
他に何があるのだろう。
梟の鳴き声が、どこからともなく聞こえてくる。
闇は全ての形を飲み込み、無に帰した。
灯りと言えば、木々の隙間から見える星の瞬きと、高く昇った月だけだ。
ジープを森の中に止め、野宿。
まだ眠る時間ではないため、皆起きている。
「すっげー。」
悟空は空を見上げて感嘆した。
「どれくらいあるんだろ。」
届かないと分かっているが、彼は天に向かって手を伸ばす。
「数えてみりゃいいだろ。」
意地の悪い笑みを浮かべて、悟浄は吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。
「途中で分からなくなるんだよっ。」
「悟空、数えたことあるんですか?」
「ある。」
即答する悟空に、八戒は自然と笑みがこぼれる。
ちなみに悟浄は大爆笑である。
「数えられる数かよっ!大体、星ってのは時間ごとに位置が変わるんだぜ?」
笑われたことで、悟空の顔は紅潮する。
後部座席から八戒に泣きついた。
なだめるように、彼は悟空の腕をポンポンと軽く叩く。
「悟浄、子どもの夢を壊すようなこと言わないで下さい。」
その言葉に反応するように、悟空が顔を上げた。
「八戒まで〜っっ!!」
『子ども』扱いされたのが嫌だったのだろう。
さらに八戒に泣きつく。
「うるせぇッッ!!!」
途端に、今まで黙っていた三蔵が、悟空と悟浄の頭にハリセンを振り落とす。
何で俺まで、と非難じみた声を出しながら、悟浄は頭を抑える。
悟空は、前の座席の背に突っ伏していた。
静かになったことを確認しながら、三蔵は座席に座り直す。
否、静かに『した』であろう。
「でも、子どもの頃ありませんでした?七夕とか、星祭とか。」
八戒が話の転換をする。
星に関する話を持ち出した。
が、何分、彼らの子供時代である。
そんなことをした憶えがない。
「あったことはあったけど、やったことはねぇな。」
悟浄は煙草を取り出してくわえる。
白い煙が天へと昇りだす。
思い出すのは、泣いていたあの人の姿だけ。
時々、他の子どもが羨ましいと思ったこともあった。
面には出さずに、いや、出す前に諦めていたのかもしれない。
八戒の場合は、一年の行事として行われていたが、参加はしなかったのだ。
星に『願い』を託したところで、叶うわけがないと思っていた。
そんな夢物語を信じたことなどなかった。
「俺もだな。寺で祭りやったらありがたみがねぇだろ。」
三蔵は続くようにして答える。
神社ではともかく、俗世間の行事は、寺院では切り離してあるのだ。
まあ、それに興じる輩がいなかったわけではないが。
「どっかの馬鹿じゃない限り、だが。」
ちら、と後部座席を見やる。
「あっ!何だよ、今の目!!」
悟空は三蔵に食って掛かった。
「あれは、町のおばちゃんがくれたから、飾っただけじゃん!」
「何の話です?」
八戒は苦笑しながら、悟空をなだめる。
「あのさ。七夕の日に、町に行ったんだ。」
悟空が出歩くということは、昼間の話だろう。
「そしたら、よく話すおばちゃんが、小さな笹をくれたんだ。」
「笹ねえ。食えっていう意味だったんじゃないの?」
笑いながら、悟浄が茶々をいれる。
「うるせぇっ、エロ河童!!」
ギリギリと取っ組み合いの寸前でケンカを始めつつも、悟空は話を続ける。
「願い事を短冊に書いて、つるすと叶うんだよって。」
「まぁ、そう言いますよね。」
「どうせ、食い物のことばっかり書いたんだろ。」
思いつく限り、悟空の願いはそんなところだと、
悟浄は見当をつけた。
「何だ…あぁ――――っっ!!」
いきなり大声を出す悟空に、八戒と悟浄は驚く。
「悟空?」
「流れ星だっ!」
言った途端に、悟空はジープを降りる。
「見てくる!!」
「え…ちょっと、悟空?!」
慌てて彼を止めようとした八戒だが、その声はすでに届いていない。
「…行っちゃいましたねえ。」
苦笑して、悟空の後姿を見送る。
「で?結局、アイツの願い事ってなんだったんだよ?」
悟浄は話を戻し、三蔵に尋ねた。
そんなに昔の話でもないが、とても遠く思える。
三蔵は思い出しながら、面倒くさそうに口を開いた。
「無い、だそうだ。」
ため息と共に吐き出された言葉に、悟浄は瞬きをする。
「は?」
「それは…。」
八戒も信じられなかったのか、三蔵に聞き返した。
「願い事は無い、そう言ったんだ。」
短冊を手にして、悟空はしばらくそれをじっと眺めていた。
「どうした?」
執務をこなしながら、三蔵は悟空が願い事を書かないことを不審に思う。
「付けてもいいものって、これだけ?」
色とりどりの短冊を指さし、尋ねた。
「いや…?飾りなんかもあったと思うが。」
「じゃあ、それ教えて。」
「短冊は良いのか?」
筆を置き、一休みする。
引き出しから煙草を出し、火をつける。
「だって、無いもん。」
カチ、とライターの蓋が閉じる音だけが、やけに響いた。
くるくると、紙縒りを作りながら、悟空は言う。
「叶えて欲しい願い事なんて、無いよ。」
言っている意味が理解できず、三蔵は悟空の台詞に耳を傾けた。
「『望み』はあるけど、『願い』は無いんだ。」
「…違うのか?」
「全然違うじゃん!」
ムキになって、悟空は叫ぶ。
「だって――――!」
その続きは何だっただろう。
不意に、記憶に霧がかかる。
よく思い出せない。
憶えているのは、飾りだけの、短冊の無い七夕飾り。
それを、自分の机の横に括りつけられた。
文句を言ったところで、悟空が諦めるとは思えなかったので、何も言わなかった。
聞きながら、八戒は天を見上げる。
「月に『祈り』を。星に『願い』を。」
不意に漏らされた言葉に、三蔵と悟浄は彼を見る。
「よく言うじゃないですか。」
にこりと笑うと、視線を合わせた。
「だったら。」
直後に笑みが消え、どこか寂しそうに見えたのは気のせいだっただろうか。
「『望み』は何に託せば良いんでしょう。」
「自分にだろ?」
ガサリと音がして、茂みの中から悟空が現れた。
話に集中していた為、彼がそばにいることに、誰も気付かなかった。
「悟空。」
八戒に名を呼ばれると、ひらりと身軽にジープに飛び乗った。
「どうにも出来ないから『祈る』んだろ?何とかしたいから『願う』んだろ?」
指を折って、一つ一つ紡ぎだされる言葉。
「でもさ。」
その瞳は、真剣な光を含みながら、でも純粋なそれをも含む。
「自分で出来ると思えるから、『望む』んだと思う。」
笑って、そう言う悟空に、三人は言葉を失う。
一番、純粋で何も知らないようでいて、
全てを本能で悟ることが出来る。
それは誰かから教えてもらったのではなく、自分で感じ取ったこと。
これからも、感じ取っていくであろうこと。
いつも大事なことを教えられるのは、彼らなのかも知れない。
―――あぁ、そうだった。
三蔵は思い出す。
悟空があの時、何と言ったのか。
『だって、『願い』は人任せだけど、『望み』は自分でどーにかするじゃん!』
ムキになって叫ばれたのはその台詞。
三蔵はふ、と笑うと口を開く。
「変わらんな、お前は。」
昔から。
変わってはいる。
不変ではない。
だけど、その強さだけは。
心だけは。
変わることはないのだと。
そう、強く思った。
「で。」
悟浄が今までの雰囲気を打ち消すように、口を開く。
「星は見つかったのか?」
「見つかるわけねーじゃん。常識で考えろよ、エロ河童。」
小馬鹿にされ、悟浄は悟空に殴りかかる。
「テメェにだけは言われたかねーんだよ、このバカ猿っっ!!」
八戒と三蔵は我関せずである。
後ろで行われている攻防戦を、何食わぬ顔で無視している。
「どっちもどっち、だな。」
ため息をつき、三蔵は目を閉じる。
この状況下で眠れるかどうかも怪しいものだが。
「全くです。」
笑いながら、どこか安堵したように八戒も同意する。
ゆっくりと、夜は更けていった。
月に『祈り』を。
星に『願い』を。
そして。
いつでも、『望み』は自分の中に。
END
これ読んだとき、思わず泣きそうになりました。
悟空が本当に悟空らしくってすごく好きです。
――『望み』は自分の中に――
この言葉、すっごく気に入りました。
本当にありがとうございます。紅桜さん。