Fireworks

 

 

ぱちぱちと、小さな火花が何度も何度も繰り返し飛び散る。

まぁるく紅い球は、まるで熱をもったガラス球の様だ。

夕焼けと同じ色をしたソレは、暫く火花を散らし、ぽとりと地に落ちる。

激しく。 美しく。 そして、儚い。

ヒトはソレを見て、何を思うのだろう。

 

 

 

 

ジィジィと、蝉が喧しく鳴いている。

ジリジリと日差しが大地に降り注ぐ。

窓も何もかも締め切られた、クーラーの効いた部屋。

三蔵は1人、仕事をこなしていた。

悟空はこの暑い中、外に遊びに行っているようだ。

一度、硯に筆を置き、息をつく。

引き出しから煙草を取り出して、くわえた。

「静かだな…。」

 

 

―――バタンッッ!!

 

 

 

「三蔵、三蔵!!蝉捕まえたー!!」

 見れば悟空の手の中で、セミが羽根をばたつかせていた。

「喧しい!!」

 取り出したハリセンをブーメランのように投げつける。

悟空の額にヒットすると、クルクルと孤を描いて三蔵の手の中に戻る。

「ってぇー!!」

 額を抑えて、蹲る。

「何すんだよッッ!!」

「煩くしたお前が悪い。」

 フゥ、と白い煙を吐く。

「それに、煩い虫は好かん。」

「煩くなかったらいいのかよ?」

「虫けら自体、好かんな。」

 にべも無く言い放つ。

悟空は口を尖らせて、そっぽを向く。

「自分は仕事の虫のくせして…。」

「…何か言ったか…?」

「べっつにー。」

 捕まえた蝉を窓から放す。

ジジ、と羽音が微かに聞える。

パタン、と窓を閉めた。

そんなだったら、と呟く。

「…どうせ、今夜のことも忘れてるんだろ?」

 三蔵は灰皿に煙草を押し付け、筆を取る。

サラサラと字を認め、仕事を再開した。

じっとこちらの返事を待っている悟空。

ため息を吐いて、三蔵は口を開く。

「忘れてねぇよ。」

 途端、ぱぁっと明るくなる表情。

「ただし。」

 忠告する。

「お前が、夜まで俺の仕事を邪魔しなければ、の話だがな。」

 悟空は何度も何度も頷いて、部屋を出る扉へと向かう。

「絶対、だからなっ!!

「お前もな。」

 騒々しい足音を廊下で響かせながら、悟空は自室へと戻っていった。

 

 

 

 

声をかけるよりも先に開かれる扉。

「いらっしゃい。」

「何で分かった?」

「八戒、スゲー!」

「何となく。」

 八戒は微笑むと、彼らを家の中に招き入れる。

中では悟浄が窓際に寄りかかり、団扇で煽いでいた。

「よ。」

 軽く手をあげて、挨拶する。

暑いのか、髪は1つに結い上げられている。

「悟浄。クーラー買おうって言ってるじゃないですか。」

「別に必要ないモン買わなくてもいいだろー?」

 八戒は苦笑して悟空と共に、キッチンへと足を向ける。

流しでは、桶盥に氷が浮かべられて、その中に西瓜が冷やされていた。

「うまそう!」

「えぇ。悟浄と2人じゃ腐ってしまいますからね。」

 

 

 

 

 

今夜の約束。

それは、この西瓜だった。

大きな西瓜を貰う予定だったのだが、2人では食べきれないので、 三蔵と悟空を誘ったというわけだ。

そう言った理由で、三蔵は夜までに仕事をこなして、間に合わせた。

行きたいと思わなければ、いくら悟空が駄々をこねたからとて、 こんなクーラーも無いところに、三蔵が赴くことは無いだろう。

「すみません、三蔵。」

 振り向いて、窓の傍のソファにかけている最高僧に向かって謝罪する。

「別に。ソコの猿が煩かっただけだ。」

 煙草に火をつけながら、背もたれに寄りかかった。

八戒は冷蔵庫から、アイス珈琲のボトルを取り出し、グラスに注ぐ。

笑いをこらえている悟空に気付き、八戒は苦笑する。

「お疲れ様です。」

「…何のことだ。」

「いいえ、別に?」

 憮然と言い返す彼に、アイス珈琲を差し出した。

グラスを掴んで、一気に流し込む。

「おかわりは?」

「頼む。」

「八戒、俺もちょーだい。」

「はいはい。」

 窓際に立っている悟浄も催促する。

グラスをもう1つ持ってきて、それに注ぐ。

悟浄に手渡すと、短い感謝の言葉が返って来た。

「八戒、俺も俺も。」

「コレとオレンジどっちがいいですか?」

「オレンジー!」

「じゃあ、ちょっと待ってくださいね。」

 もう一度キッチンへ向かう。

「そうだ。」

 悟浄を見て、八戒は口を開く。

「悟浄、外に長台出してください。」

「んー?…あぁ、そうだな。」

 一瞬考えて、了解、と手をあげる。

そのまま、外へと出て行った。

オレンジをグラスに入れてもらい、受け取る悟空。

「外?」

「外で食べた方が涼しいでしょう?」

 八戒はビニールシートをテーブルに敷き、西瓜を氷水から引き上げる。

「だいぶ冷えましたね。」

 悟空に差し出すと、彼もそ、と触れてすぐに引っ込めた。

「冷たっ!」

 きゃはは、と楽しそうに笑う。

三蔵は、そんな様子をため息をついて傍観する。

「用意できたぞー。」

 外から声がかかり、八戒は返事をした。

「じゃあ、切りましょうか。」

 

 

 

西瓜を食べた後、悟浄は何かを大量に持ち出してきた。

「悟浄、何ソレ?」

「花火だよ、花火。」

「ハナビ?」

 呆れた様子で、ため息をつく。

「何だ、花火も織らねぇの?」

 ちら、と保護者を盗み見れば、素織らぬ顔で無視された。

「こうやって、だな。」

 にや、と笑い、悟浄は1つの花火に火を点ける。

「あ。」

 言って、八戒は即座に避難する。

三蔵は両足を上げて、長台の上に胡座をかいた。

悟空だけ、クエスチョンマークを浮かべて、悟浄を見ている。

放り投げられた花火は、物凄い勢いで回転し、火花を散らした。

「うわっ!!」

 足元に来たソレに、悟空は飛び上がって避難する。

すぐ上にあった枝に乗った。

「何だよ、コレ?!」

「ネズミ花火だよ。ヒトに投げちゃいけないんだぞー。」

「今、俺狙ってたし!!」

 木の上から、非難する声が降ってきた。

ぎゃはは、と悟浄は腹を抱えて笑い、八戒は苦笑している。

喧しいというように、三蔵はシカトを決め込んでいる。

「こっちの方が、普通なんですよ。」

 細い花火に火を点ける。

ぱちぱちと、色とりどりの光が円筒から飛び散った。

「わ…ぁ…綺麗…。」

 見下ろして、悟空は呟いた。

「打ち上げタイプもありますからね。」

 そう言って、皆に花火を手渡す。

ひょい、と木の上から飛び降りて、花火を受け取った。

幾つもの光が夜闇に浮かび上がった。

 

 

 

「あ。」

 

 

 

 

 悟空は小さく呟いた。

「悟空、どうしました?」

「俺、コレ織ってるかも。」

 細い紙縒りの様な花火を掴んで、彼はじぃ、と見つめる。

「ぱちぱち、ってするんでしょ?」

「えぇ。線香花火って言うんですよ。」

 悟空は手をひらひらとさせて、説明を試みた。

「うん、やっぱり織ってる。」

 

 

 

 

 

けれど、それはきっと遠い記憶。 微かにしか残っていない、月夜の記憶。

 

 

 

 

 

 

「けど…。」

 確か、誰かが言った。 ヒトの人生のようだと。 儚く散るのは桜のようだと。

「織らないままでいいや。」

へら、と微笑って、悟空はそれをぎゅ、と握った。

「…そろそろ、線香花火やりましょうか。」

 悟浄と三蔵に呼びかけ、振り返る。

「あぁ。」

「線香花火は締めにやるもんだからな。」

 2人は頷いて、持っていた花火をバケツに突っ込む。

「あ、三蔵。それ途中…。」

「織らんな。」

「あっそ。」

 

 

 

 

シュ。

 

 

 

 

線香花火の先に、火が灯された。

シュウゥと炎のような火花が噴き出て、段々と先が丸みを帯びて行く。

座り込んで、悟空はその様子をじっと眺める。

「悟空。」

 三蔵は花火を持たずに、長台にかけて煙草を吸っていた。

そろそろ飽きてきたのだろう。

「ソレを見て、お前は何を思う?」

「え?」

 笑みを浮かべたまま、その表情は凍る。

 

 

 

 

 

『儚い生命の灯火のよう…。』

 

 

 

 

一瞬、掠める誰かの台詞。

でもソレは、誰かの思い。

自分自身の思いではない。

 

 

 

 

 

 

「俺は…。」

 

 

 

ジジ…ジジジ。

 

 

 

そう言われて、何を思った?

 

 

 

「儚いとか、そんなんじゃなくて…。」

 

 

 

ぱちぱちぱち。

 

 

 

激しく飛び散る閃光を見て。

 

 

 

 

綺麗だと思った。 だって、ソレはまるで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きようとする、ヒトの生命に見えたんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱちぱちぱち。

 

 

ぽとり。

 

 

暗闇の中消えていく閃光。

 

 

漆黒は何もかもを覆うけれど、ヒトの思いまでは隠せない。

 

 

 

 

 

「俺は…きっと。」

 

 

 

 

 

 地面にぺとりと座り込んで、蹲る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一緒にいきたかったんだろうね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悟浄は、ふと、足元にあるものに気付く。

ひょいと取上げ、確かめた。

視線だけで八戒と会話して、2人頷く。

三蔵を見たけれど、顎でやれ、と指図するだけだった。

 

 

 

 

「悟空!」

 

 

 

 

 

悟浄に呼ばれて、顔を上げる。

夥しい数の火花が、立てられた円筒から噴き上がった。

ただただ驚いて、目を見開く。

「『電光石火』。」

 花火のパッケージを見ていた八戒が口を開く。

「え?」

「まさに、相応しい言葉だと思いません?」

 

 

 

 

 

幾つもの、数え切れないほどの。

 

 

 

 

 

ヒトの生き方それぞれに。

 

 

 

 

 

 

 

にこり、と微笑み、花火に視線を戻す。

八戒の言わんとしていることを理解し、悟空は、ゆっくりと微笑んだ。

「ん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らはきっと、終わりを織っていた。

 

 

 

 

だから、そう見えた。

 

 

 

 

俺は終わりを織らなかった。

 

 

 

 

 

だから、そう見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は織らずにいたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織ることを畏れたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、俺は思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつか、『名も織らぬ誰か』も、そんな風に見えるといいなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 


お礼

紅桜さんから頂いた暑中見舞い!!!

男4人で夕涼み!!!

……サビシイね。

悟浄「言うな」

三蔵は新技出てたし。

悟空「あのハリセンブーメラン激痛かったんだぜ!!!」

ハリセンブーメラン…命名だな。

三蔵「付けるな」

八戒「はいはい。皆さん、そんなところにいないでこっちに来て西瓜を食べてください」

悟空「は〜〜い」(悟空、三蔵、悟浄、歩いていく)

 

悟空は、《生きる》ことを選んだ。

彼らは、《逝きる》ことを選んだんだね。

でも、もう大丈夫。

彼らも、《今》をきちんと《生きてる》よ。

 

悟空「おお〜〜い管理人!! 早くしないと食っちゃうぜ!!」

アア!!! そんな殺生な!!!!(笑)

 

 

2002.7.25

 

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