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「あ、海馬君」
日が沈む時刻に、一紗は意外な人物を見つけた。
「? ああ、湊堀か。こんな時間にどうした?」
見つけた方も一紗に気付いて、声をかける。
彼にしては誰かに声をかけるなど珍しいと一瞬思ったが、今は放課後も放課後。
誰もいなくなった教室に舞い戻ってくる方が当然不思議なのだ。
「私はちょっと忘れ物をしちゃって…。海馬君はレポートを出しに来たの?」
苦笑を浮かべてから、一紗は小首を傾げて海馬の手元を見る。
ノートパソコンの近くには明らかに学校に出すのだろう、レポートの束が積み重なっていた。
一紗の視線に気付き、海馬はトンとレポートに手を置いた。
「ああ。ようやく学校に来る暇が出来てな。折角だから言って来いと…」
「モクバ君に言われたのね?」
一紗が笑みを浮かべて問えば、海馬は決まり悪そうに表情をしかめて頷いた。
その姿に相変わらず弟に甘いと思いながらも、ここでからかってはいけないと一紗はその事には触れず。
「お疲れ様」
と声をかけるだけにした。
海馬は一紗の言葉に一瞬だけ表情を和らげたかと思えば、椅子を引い立ち上がり教室のドアの方へと歩いていく。
レポートを出しに行くのだろうと悟った一紗は、
「あ、待って!」
慌てて海馬を呼び止める。
「なんだ?」
ドアの前で一紗に振り返る海馬を見て、彼女は急いで鞄から一つの可愛い柄の袋を取り出し、海馬に近づいた。
「海馬君。手を出して」
「なに?」
「いいから」
突然の一紗の言葉に海馬は顔を顰めるが、一紗の真っ直ぐな視線に負けたのか右手を差し出す。
拒否されるかもしれないと不安だった一紗は、ほっと胸を撫で下ろして海馬の手にころころと何かを手渡した。
「湊堀」
手渡されたものを見て海馬は肩の力が抜けるようだった。
「貴様はこんなものをオレに渡すためにわざわざオレを呼び止めたのか」
海馬の手には色とりどりのキャンディー。
思わず睨んでしまった海馬だが、一紗にはどうとでもなかったようでただ笑っている。
「だって、海馬君。なんだか疲れて見えたんだもの」
「なに?」
器用に肩眉を上げる海馬に一紗は笑みを絶やさない。
「疲れたときには甘いもの、でしょう? もし本当にいらなかったら、モクバ君にでも渡してくれて良いから」
「湊堀…」
「あ、そろそろ帰らなくちゃ」
海馬が一紗の名を呼んだのに気付かなかったのか彼女は慌てて自分の机から忘れたものを取り出すと、
急いで海馬のドアとは別のドアへと向かう。
一紗はドアの前で一度止まると海馬の方を見た。
「それじゃあ、海馬君。またね」
にこっと微笑んで一紗はドアから教室を出て行った。
あまりに掴み所が無かった一紗の行動に海馬は暫く呆けていたが、少しして我を取り戻すと手の中にあるキャンディーを見つめた。
自分はあまり甘いものを食べないと解っていての彼女の行動にどう反応して良いのか解らなかったが。
「……フン」
海馬はそのまま鞄にキャンディーをしまうと、一紗同様に教室を出て行った。
Fin
あとがき
拍手ありがとうございました!
遊戯王で一紗&海馬でした。
キャンディーの行方は、皆様のお好きなように(笑)
2006.2.21