大切な人だったの。
誰よりも愛していたの。
だから、嘘を吐くの。
本当に愛していたから。
「別れましょう」
「なんで?」
「アナタが嫌いになったから」
これが最初の嘘。
そして、これが最後の嘘になるんだわ。
最後の嘘
「本当にこれで良かったのかよ?」
白いリノリウムの床、白い壁、白いカーテン。
何もかもが真っ白の世界の中一点の色とりどりの花。
悟空が生けてくれた花。
が悟空のほうを向くと彼はどこか悲しそうな顔をしていた。
「なあ、。これで良かったのかよ?」
今にも泣きそうな顔をして聞いてくる金の瞳。
は頷いた。
「いいの。これで良かったの」
ゆっくりと微笑めば、悟空は目に涙を溜めていた。
泣き顔を見られたくなかったのか俯いて、でも震える声で言うのだ。
「バカだよ、。本当にバカだ」
そうね、私は馬鹿かもしれないわね。
でも…愛する人の為なら、馬鹿になっても良いなって思ってしまうのは、もうきっと正気じゃないせいね。
何で好きになったのかなって、解らない。
でも、きっと一生のうちで見つけられる確率が低い…運命の人…っていう表現が正しいかどうかは解らないけどたぶん、そんな感じの人だった。
赤い髪が好き、赤い瞳が好き。
傍にいられただけで本当に幸せだったけど…。
でも、もう遅いから。
私は嘘を吐いたの。
「本当に、彼をここまで愛しているのなら、彼だって本望でしょうに」
翡翠の瞳がどこか呆れたように、でもやるせなさそうに輝く。
ああ、悟空と同じ瞳だ。
は心が締め付けられたが、それでも笑う。
「だからこそ、なのよ。八戒」
死んだ人間の幻想は一人だけで充分でしょう。
そして、それは私じゃないわ。
「…貴女は本望でしょうが。でも、彼はきっと貴女を忘れませんよ」
「でも、悪夢にもならないわ」
そして、忘れていくの。
夢にも出てこない死んだ人間なんて、いつか忘れてくれといっているようなものだから。
「だから、嬉しいの」
彼が私を忘れてくれることが。
だって…
「愛しているもの」
八戒がどこか泣いているように見えた。
私の命は蝋燭よりも短かったんですって。
それを知ったとき、笑ってしまったけど。
怖くなかった。
それよりも、どうしようって気持ちの方が大きかった。
私の愛する人。
彼はきっと私を忘れない。
きっと覚えてしまう。
悲しい記憶を残してしまう。
だから、私は。
彼に強く生きて欲しくて…
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとはな」
「悟空にも言われちゃったわ」
「ふん、あいつに言われちゃオシマイだな」
「まあ、どうせもうオシマイだし、良いんじゃない?」
煙草が折れる。
…ゴメンなさい。
勿体無いことさせちゃったわね。
「…忘れねぇよ」
「三蔵?」
が三蔵のほうを向けば彼はどこか遥かを見ながら彼女を見つめていた。
「どんなに悲しい記憶だって、それが本当に大切なものなら、絶対に忘れねぇんだよ。それなのにお前は自分からそれを捨てやがって」
…泣いてるの?
「あいつは。今でもを……」
三蔵の言葉を遮るようには、首を振った。
解っている。
だから、言わないで。
もし、それを言ってしまったら…
最後の嘘を吐けなくなってしまう。
だから、言わないで。
「別れましょう」
「なんで?」
「アナタが嫌いになったから」
本当にどうして好きになったのかしら?
女癖が悪くて、煙草だってよく吸うし。
賭け事が好きで夜な夜な博打をしに行くし。
夫にしたくない男の代名詞じゃない。
なのに。
そうしてそんなに優しいの。
そうしてそんなに強いの。
どうしてそんなに……
私を愛してくれるの?
「元気そうだな」
久しぶりに見た赤い髪。
赤い瞳。
なんだ、全然変わってないわね。
「そっちこそ。元気そうね」
「ああ」
他の三人と違って貴方は笑ってくれるのね。
それが嬉しい。
今はもう、友人だけど。
それでも嬉しい。
「なあ、」
「なに?」
「…俺、まだお前のこと好きなんだけど」
そうなの?
………凄く嬉しい。
でも、もう私にはそれを言う時間が無いわ。
だから…
「お前はどうなんだよ? 別れようって言ったけど、俺のことまだ好きなんじゃないの?」
冗談じみた口調だけど、目が真剣ね。
本当に私を愛してくれているのね。
私も愛してるわ。
本当はね。
でも、もう時間切れ。
あなた元気そうだって言うけど、私は。
今日、死ぬの。
だから、言うわ。
「嫌いよ。アナタのこと」
アナタには強く生きて欲しい。
だから。
「女ったらしで博打好きで」
きっと誰もが私のこと、情けない女と言うのでしょうね。
なんて自分勝手な女と罵るでしょうね。
そんなの、怖くないわ。
「だから、私はアナタが嫌い」
愛する人が私の過去に記憶に縋って生きる姿を見たくない。
そうならないかもしれないけど、でも、もし私だったらきっとそうしてしまう。
それくらいに愛しているの。
だから。
「嫌いよ、悟浄のことなんか」
嘘を吐くの。
これが、最後の嘘。
「泣かないんですか?」
「あ?」
火葬場から昇る煙を眺めながら悟浄は煙草を吸っていた。
その隣に八戒が立つ。
「悟空なんかわんわん泣いてますよ」
「あいつは子供だからな」
「僕もちょっと泣きましたよ。あの三蔵だって」
「そりゃ見たかったな〜、あの生臭坊主の泣きっ面」
飄々と答える悟浄に八戒はもう一度問う。
「泣かないんですか?」
「…………泣けねぇよ」
声が震えている。
「悟浄?」
泣いているのかと彼を見れば、彼は泣いていなかった。
ただ、煙草を吸いながら、昇る煙を見ているだけ。
「泣けねぇよ。泣いちまったら、アイツが泣くだろ?」
だから泣かねぇ。
それを聞いて八戒ははっと悟浄を見る。
「悟浄、貴方…」
「は嘘が下手なんだぜ」
それなのに、一生懸命に虚勢を張って嘘を吐く。
俺のために。
「嫌い嫌いって言ってるくせに…何でだろうな、愛してるって聞こえたんだ」
だからさ。
「乗ってやったんだよ、アイツの最後の嘘に」
それでお前が幸せに天に昇れるのなら。
俺は喜んでその嘘を受け止めよう。
「全く、アナタたちは…」
お互いを愛しすぎて、自分の気持ちを殺してしまうなんて。
「本当に最後の最後まで不器用なんですね」
「器用ビンボータイプなんで」
悟浄はニヤッと笑うと煙草を消して歩きだす。
そして、もう彼は振り返ることがなかった。
嘘を吐くの。
「嫌いよ、悟浄のことなんか」
最後の嘘を吐いたわ。
そしたら、彼も言ったの。
「そうか。奇遇だな、実を言うと俺もホントはお前が嫌いだよ」
でも、どうしてだろう?
どうして、その嫌いが…
「愛してる」
に聞こえたのだろう。
嘘を吐きました。
愛している人に。
本当に愛している人に。
最後に吐いた嘘は…
どうしてだろう。
「嫌い」
と言ったはずなのに。
こう言ってしまったような気がしたの。
愛してる
Fin
あとがき
私的夢100のお題、14「最後の嘘」でした。
………泣いてしまいました。
自分の作品なのに、泣いてしまったよ!!
悟浄「こんなへぼ駄文で泣くなよ」
ハウ、悟浄!!
そういえば、初だよね三蔵一行のドリームって。
悟浄「そうだぜ。しかもなんだ? 初めて書いたドリーム同様また悲恋かよ?」
最遊記ってこうなる運命?
本当は海馬君にでもやってもらおうかと思ったんだけど…高校生でこれは重いだろうってことで。
悟浄「意味不明だけどな」
………まあね。認めるよ。
でも、こんなにサクサク書けたのは久しぶりかも(製作時間約2時間)
悟浄「じゃあ、そのちょーしでガンバレよ、駄文書き」
…………言うな(怒)
悟浄「。最後まで読んでくれてありがとよ。いつか、お互いに嘘を吐かないようになれれば、いいな」
2003.6.11