アーク・クレイドルの内部。
遊星ギアが回るその上、中央の柱の根本で彗雫は膝を突き祈るような姿で空を見上げていた。
彼女の目は虚ろだった。
彗雫は今、ここではない場所で行われているデュエルを見ているのだ。
宇宙を駆ける光のサーキット。熱く光る恒星。
その中を遊星とアンチノミーが闘っている。
彼らの姿を彗雫は見つめていた。
彼女が見るべきモノが迷わないように、彗雫の胸にはアステルとオール・シーが抱かれていた。
アーククレイドルの落下を阻止する。
その稼働源である遊星ギアを止めるため、遊星と彗雫、そして遊星にアクセルシンクロを教えたダークグラスを付けた男は遊星ギアへとたどり着いた。
そこで明かされた事実。
ダークグラスの男は、ブルーノだった。
彼はアンチノミーと名乗り、遊星たちを阻む敵として目の前に立ちはだかった。
今までのブルーノの全てが偽りだったのか。
そう問いかけてもブルーノは答えることをせず、遊星はアンチノミーと闘うことを決意した。
彗雫はただ、外から事の成り行きを見守るしかできなくなった。
嫌な予感が心を突き立てる。
彗雫はぎゅっとカードを握りつぶさないように両手を握った。
(二人とも…無事に帰ってきて)
敗者が死に至るという説明をアンチノミーがしていても、彗雫は二人が助かる希望を捨てることは出来ない。
なぜなら、ブルーノがアンチノミーとして立ちふさがったとき、彗雫はなぜか裏切られたと感じることが出来なかったからだ。
当然、信じられなかったという気持ちもあったが、それでも心は冷静だった気がする。
まるで、こうなることが解っていたかのように。
(ここに入って未来なんて一度も見てないのに…。ブルーノに初めて会った時だって、未来を見ようとして弾かれたのに)
遊星とアンチノミーの闘いがまるで必然のように感じたのはなぜだろう。
(でも…)
彗雫は思う。
(どんな理由があっても、アンチノミーがゾーンの為に闘うことがあっても、それでも、やっぱりブルーノは私たちの仲間なんだ)
ブルーノと出会って今までの全てが偽りだとはどうしても思えない。
彗雫自身が、チーム5D'sの仲間たち全員がそうであるように、ブルーノもまた何かを感じていてくれたはずだ。
「だから…」
ゾーンのために闘うアンチノミーではなく、チーム5D'sのブルーノとしての気持ちを聞くためにも。
「帰ってきて、二人で…!」
デュエルの勝敗が決した瞬間、彗雫の視界が一気に黒く塗りつぶされた。
次に彗雫の目に映ったものはアーク・クレイドルの遊星ギアのある場所だった。
「遊星! ブルーノ!」
直前の光景を思い返し彗雫は立ち上がる。
一瞬でも光を遮られてしまった事で彗雫の『目』はこちら側に戻ってきてしまったのだ。
デルタアクセルシンクロによって超新星爆発を起こした結果発生したブラックホールに吸い込まれる二人。
このままではデュエルの勝敗に関係なく二人の命が危ない。
だが、彗雫にはその場に行ける術がない。
グッと彗雫は奥歯を強く噛みしめる。
こう言うときなにもできない自分が悔しい。
できる事はただ、信じて待つことだけだ。
「遊星! ブルーノ! 帰ってきて! 返事をして!」
心の底から叫ぶように言い放った瞬間、彗雫の視界に赤い何かが移り込んできた。
見慣れた赤いDホイール。
弾かれるようにそちらを向けば、
「遊星!」
戻ってくるときにかなりの衝撃を受けたのだろう、Dホイールごと横転し、吹き飛ばされた遊星へと彗雫は急いで駆け寄った。
立ち上がろうとする遊星の傍に近づきそっと支えるように背中に手を当てた。
「遊星、大丈夫?」
背中に触れる暖かさと彗雫の声で遊星はデュエルフィールドから出てきたことを悟る。
ゆっくりと彗雫へと顔を向ければ心配そうな彗雫の表情が目に入った。
遊星は小さく頷いた。
「ああ、大丈夫だ」
彗雫は遊星の言葉にホッと表情を緩める。
「良かった」
次の瞬間、彗雫は不安げに眉をしかめた。
「ブルーノは? 一緒じゃないの?」
この言葉を聞いた瞬間、遊星は急いで辺りを見渡す。
「ブルーノ!?」
しかし、ブルーノの姿はどこにもない。
彼は遊星を助けるため、自らの全てを賭けて遊星をここに戻したのだ。
遊星の尋常ではない様子を見て、彗雫の心はじわじわと不安に染まる。
もしやと言う気持ちを避けるように彗雫もまた遊星同様に辺りを見渡し、それを見つけた。
「遊星」
声を掛けながら彗雫はそれへと早足で近付く。
割れたダークグラスが、そこにあった。
ダークグラスを見た瞬間。彗雫は先ほど見えなくなってしまったモノを見た。
遊星に希望を託すブルーノの姿を。
満ち足りた穏やかな顔で遊星を救い見送り、深い闇へと消えて行った大切な仲間の姿を。
彗雫は彼の名前を口に出そうとして、すんでのところで両手を口に当て言葉を飲み込んだ。
彼の名前ではなく違う音が口から漏れそうになったからだ。
崩れ落ちるように膝が折れる。
自らの口をふさぐ手を強く握り締めながら彗雫は目の前にあるダークグラスを見つめた。
体を強張らせる遊星の気配を背中で感じたが、それでも彗雫は口を開ける事が出来なかった。
ブルーノは、はやりブルーノだった。
機械弄りが大好きで、空気が読めなくて、気遣い屋で、どこか抜けてて、明るくて。いつだって力になってくれた。
大切な仲間だった。
ダークグラスを映す視界がぼやける。
そしてそのまま、彗雫の頬を流れ伝っていった。
自分が言えなかった彼の名前を、遊星が叫ぶ。
悲痛な叫びは、二人がいる空間にただ空しく響いて行った。
遊星も彗雫も何も喋れず、動けずにいた。
どのくらいの時間、そうしていたのだろう。
長いように感じて実際はそこまで長くは無かった筈だ。
自分たちには時間が無い。
自分たちが生きる街を救うため。
信じて待っている仲間たちのため。
そして。
仲間を信じ希望を託した男のために。
いつまでも止まっているわけにはいかない。
彗雫は鼻をすすり、未だにぼやけている視界の中にあるダークグラスへ手を伸ばした。
壊れているダークグラスをそっと手に取り彗雫は両手でそれを優しく抱き締める様に持つ。
「遊星」
「彗雫」
遊星と彗雫の声が同時に響く。
おそらく、思う事は同じだろう。
彗雫は立ち上がると遊星へと振り向く。
遊星の目は赤くなっていたが、輝きは失われていない。
彗雫の目は赤くなっていたが、決意は失われていない。
先に声を出したのは、遊星だった。
「行こう」
ブルーノは託したのだ。
限界を超え無限の可能性を掴み出せるだろうと遊星を信じ、自らの全てを賭けて。
それこそが未来を救える道だと信じて。
遊星を、ジャックをクロウをアキを龍亞を龍可を彗雫を最高の仲間と言ってくれた。
それは逆の事も言えるのだ。
ブルーノは、最高の仲間だ。
彼の託した希望を繋げるためにも。
「うん、行こう」
彗雫は頷くと遊星の近くへと歩み寄る。
「これ、遊星が持ってて」
遊星の前に立ち、彗雫はダークグラスを差し出す。
「これは貴方が持つべき物だと思うから」
ブルーノがいた証を彼に託された遊星が持つ。
何も、間違ってはいない。
彗雫を見て遊星は目を丸めたがすぐに表情を戻し、ダークグラスを受け取った。
「解った。…ありがとう」
首を横に振り無言で彗雫は答える。
静かに返事を返す彼女を見て、遊星は自分のDホイールへと歩き始める。
彗雫も自分のDホイールへと足を向けた。
まだ、割り切れているわけではない。
当たり前だ。大切な仲間を失ってすぐに立ち直れる人間などいない。
それでも、進む。
様々な願いと希望が自分たちの腕に中にあるのだから。
Dホイールのハンドルを取って彗雫はふと思う。
アンチノミーはゾーンをとても大切に思っているように見えた。
おそらく、間違いでは無いだろう。
ゾーンを救ってくれと、アンチノミーは遊星に願ったのだから。
そしてブルーノは遊星をとても大切に思っていた。
遊星の諦めない姿を見てブルーノは遊星に未来の希望を託したのだから。
大切な存在を救うために、大切な存在に希望を託す。
どちらも、好きだから。
なんと言うわがままだろう。
どちらも好きだから、どちらも助けたいなどと。
彗雫は苦笑を浮かべた。
「ブルーノらしいと言えばブルーノらしいのかも知れないけど…だったら、もうちょっとわがままになれば良かったのよ」
ブルーノ自身も助かると言うわがまま。
そうすれば、きっと。
彗雫はかぶりを振った。
今更だ。
「過ぎた時間は何をしても帰ってはこない。だから、進もう」
仲間と共に、
託された希望を繋ぐ
あとがき
145話にもし彗雫がいたらと言う感じで書いてみました。
彗雫は遊星、ブルーノ組と一緒にアーク・クレイドル内を走っておりました。
146話がどこからスタートなのか解らないのですが、とりあえずブルーノから託された希望を繋ぐために歩き出す遊星と彗雫と言うのも書いてみたかった。
大切な仲間を失って立ち止まって泣きたいけど泣く事が出来る時間が無いって言うのが、切ないと思う。
泣けない代わりに託された希望を糧として歩き始める感じになるんでしょうかね? 146話冒頭は。
ブルーノは遊星やチーム5D'sが大好きで彼らのために未来の希望を託した。
その反面、アンチノミーとしてゾーンを救って欲しいとも強く願ってる。
まさに二律背反。でも、その根底にあるのはどっちも好きって言う純粋な気持ち。
敵対している相手同士を両方大好きだから救って欲しいって言うのはかなりわがままだと思う。
…そのわがままを、自分自身にも向けてくれてたらなぁ。
2011/01/28