暗く輝く蜘蛛の痣。

 それに呼応するように赤く光る遊星の痣。

 慌てて出て行く遊星をあたしは追った。

 嫌な予感がしてならなかったから。

 あの暗い色は、危険。

 そして、遠くからでも感じた、あの禍々しさ。

 彼は、敵だ。

 そう思いながら、あたしはそっと隣で走る遊星を見た。

 真っ直ぐに相手を見詰めている彼の横顔を見て、私の脳裏に何かが映った。

 幽かだけど、感じる。

 遊星。

 貴方は…。

 

 

 

 

 

 

 氷結のフィッツジェラルドの効果で罠が使えずにダイレクトアタックを受けた遊星の体が私の目の前に飛んでくる。

「遊星!!」

 あたしはたまらず遊星へ手を伸ばそうとした。

 でも、目の前にそびえる暗い炎に遮られる。

 遊星は炎に背を打ちつけそのまま崩れ落ちた。

 立体駐車場で始まったこの決闘は、始まった時からこのあたりの空気を息苦しいモノへと変化させている。

 相手の禍々しさも近くに寄れば寄るほど大きく感じるのは、間違いじゃない。

 あたしと遊星と隔てるこの壁も、普通じゃ考えられない。

 この決闘は、異様過ぎる。

 

 ある特殊な環境で行なわれる決闘は互いの体と精神を傷付け、敗者には死に等しい事柄が起きる。

 最悪の場合には、死さえも容易ではない。

 闇のゲーム…この場合は闇のデュエルだろう。

 相手もそう言っていた。

 話には聞いていたけれど、自分…ううん遊星の身に起こるなんて思ってもなかった。

 おそらくこの炎は闇のデュエルをするための場なのだろう。

 あたしは遊星の名前を叫びながら炎に手を触れた。

 熱くも無ければ、冷たくも無い。

 ただ、異様な力と禍々しさを感じさせる。

 …これは結界だ。

 勝敗が決まるまで、決して逃げられぬ闇のゲーム。

 遊星は何とか立ち上がると自分のカードを信じて、ドローした。

 大丈夫。

 この決闘は、遊星が勝つ。

 あたしには解る。

 だけど。

 無駄だと解りながら、あたしは両手で結界を押してみた。

 結界はビクともしない。

 ただ、フィッツジェラルドの氷の攻撃を受けた結界の冷たさだけが、あたしの掌を伝うだけだった。

 

 

 相手の装備魔法による効果でロードランナーを貫通したフィッツジェラルドの攻撃を受け、遊星は結界に背中を打ちつけそのまま座り込んで

しまった。

 ロードランナーは自らの効果のため、破壊されることが無かったのは幸いしたが、遊星が受けたダメージは大きい。

「遊星!」

 バン!

 あたしの両手が結界を叩く。

 出ている声だって悲鳴に近い。

 大丈夫? だなんて聞くこと自体意味がないくらいに遊星の体は傷付いている。

 今すぐにこの結果が破れるというのなら代わりたい。

 彼の代わりに闘いたい。

 決闘は終わるまで他者は決して入り込めない絶対なモノであるのは解ってる。

 あたしだって決闘者の端くれだ、途中で水を差す事がどんなに決闘者にとって屈辱的なのかは解ってる。

 遊星が勝つのも解ってる。

 でも、だからって遊星の傷付く姿を見て平然となんてしていられない!

「しっかりして、遊星!!」

 彼の背中がすぐ目の前にあるのに、その背さえ支えることが出来ない。

 傍にいるのに何も出来ない!

「遊星!」

 名前しか呼ぶ事が出来ない!

 そんな無力な自分が悔しくて堪らなくて、ズルズルと地面に膝を付いた。

 悔しい、傷付いているのに、支えになれないなんて!

「大丈夫だ…」

 結界に額を押し付けて項垂れていたあたしの耳に、遊星の声が入ってきた。

 優しい声に顔を上げると、遊星は首を少し後ろに向けて、あたしを見ていた。

 あたしが地面に膝を付いたせいか、いつも少し見上げてでしか見れない彼の視線が同じ高さに見える。

 結界に凭れている様な体勢になっているからなのか、あたしを見る遊星の顔は背中越しで、半分も見えないけど。

 あたしを見る片方の目は何時もと変わらない意志の強さと、あたしを安心させるためか少し優しく輝いていた。

 その時間は多分一瞬。

 遊星はすぐにボロボロの体で立ち上がって、ダークシグナーと対峙した。

 相手は自分の勝利を確信しているかのようだったけど、生憎その勝利は妄想で終わるだろう。

 あたしの予感はさっきから全然変わってない。

 どんなに危機的な状況であっても、私は確信してる。

 この決闘、遊星が勝つ。

 彼のカードたちは遊星の傍にずっと居てくれているから。

 でも、その勝利の代償は、決して軽い物ではない。

「遊星…」

 彼の体が、少しでも辛くないように。

 今のあたしに出来るのは、祈るくらいしかなかった。

 

 

 決闘は遊星の勝利で終わった。

 遊星の方も、思ってたよりダメージが少なそうでホッと胸を撫で下ろしているうちに、結界が解かれる。

 それと同時に、さっきから嫌と言うほど感じていた禍々しさが消えていた。

 撤退した?

 逃げたんじゃない、これは…。

 倒せなくても構わないと言うような、そんな残り香を確かに感じた。

 カーリーと名乗る記者が遊星と相手に話しかけているその隙に、相手のデッキから漂っていた禍々しい気配も消えてしまった。

 遊星が相手のデッキを調べる頃には、もう何も残されていなかった。

「無駄よ、遊星」

 あたしの言葉に遊星にはあたしに顔を向ける。

 あたしは首を横に振った。

 そのデッキにはもう、何も残っていない。

 相手の決闘者に纏ってた空気も、もう何も。

 

 相手も何かに操られていただけで、何も覚えていないと言う。

 何も無い事が解った以上、もうここにいられない。

 セキュリティも近付いて来ているから、早くここから逃げないと。

 カーリーが何か言ってるけど、それを無視してあたしは遊星を顔を合わせる。

 彼は頷いて立体駐車場から下へ飛び降りた。

 相変わらず運動神経良いよね、遊星。

 先に降りた遊星は何を思ったのか、あたしに手を差し伸べていた。

 …これは、受け止めてやるっていう意味なんだろうな。

 折角の申し出だけど、あたしはそれを敢えて無視して飛び降りる。

 あたしだってこれでも決闘者…ライディングデュエルをするDホイーラーだもの。

 ある程度の体力はあるのよ。

 それに……。

 恥ずかしいじゃない。

 驚いた顔の遊星がだんだん近くなる。

 遊星ほど綺麗には決められなかったけど、なんとか無事に着地すると遊星へ笑顔を見せた。

「急ぎましょ!」

「……ああ」

 大丈夫だと解ったのだろう遊星はここから去るべく走り出すとあたしもその後を追う。

「大丈夫か?」

 隣に来たあたしに遊星が声をかけてくれた。

「大丈夫! あたしより遊星の方が心配。皆の所に帰る前にちょっと治療させてね」

「オレはだい…」

「させてね?」

 有無は言わせない。

 にっこりと笑うあたしに遊星は一瞬苦い顔をしたが、

「解った」

 そう言ってくれたのでホッとした。

 そして、ダークシグナーと戦う前に感じたモノが次第に大きくなっていたのを実感する。

 星は、帰るのだ。

 

 皆の所へ帰ってくると、遊星は氷室さんと言葉を交わした後、部屋に戻っていった。

 あれだけ過酷な決闘をしたんだから、きちんと休むのは当然なんだけど遊星は、無茶をしすぎるから。

 正直ちゃんと休んでくれてホッとした。

 小さく胸を撫で下ろすと、あたしも借りている部屋に戻った。

 部屋には龍亞と龍可が一つのベッドで寄り添うように眠っている。

 何か良くない気配を感じているのだろうか、龍可の表情が眠っているのに硬い。

 いつも能天気な龍亞でさえ、龍可に引きずられているのか、眉間に皺を寄せている。

 二人の頭をそれぞれ撫でながら、あたしは脳裏に浮かんでいるモノを反芻する。

 星が、帰る姿。

 遊星は、おそらくサテライトに行くのだろう。

 ラリーたちに不吉な予感はしていないが、それは今現在の話。

 先の事は解らない。

 雑賀さんとの連絡もあれ以来取れてない以上、赤い竜が見せたサテライトの未来の事を考えれば、おのずと解る。

 彼は、ここを去る。

 仲間を、守るために。

 撫でていた頭から手を離し、ギュッと手を握り締める。

 一緒に行きたい。

 何が出来るかなんて、遊星の力になれるかなんて、そんなことは解らないけど。

 下手をすれば足手纏いにすらなる可能性だってある、解ってる。

 あたしの力じゃきっと微々たるものにもならないだろう事も、解ってる。

 でも、一緒に行きたい。

 行って、支えになりたい。

 でも…。

 あたしは龍亞と龍可を見つめた。

 遊星と一緒に行ってしまえば、この子達を守る人が少なくなってしまう。

 氷室さんは確かに強いし、頼りになる人だ。

 でも、この闘いに深く巻き込んではいけない。

 龍亞も龍可も幼いながらに強い。

 でも、この二人に闇のゲームをさせるわけにはいかない、させたくない。

 それに、

「ジャック…」

 禍々しき闇は、彼にも忍び寄る。

 怪我さえなければ、大丈夫だと胸を張って言えるのに。 

 あたしは、ドアを見つめた。

 その先には遊星がいる。

 …今、あたしがするべき最善は。

 

 

 ラリーたちのことを心配した遊星は雑賀さんとの連絡を試みていた。

 でも、やっぱり連絡は取れなかった。

 彼は、サテライトに戻ることを決心した。

 タイミングが良いと言うかなんと言うか。

 セキュリティが来たのを見て、遊星は皆に見送られるような形で部屋を出た。

 心配そうな皆の視線を背に受けて、遊星はここを出て行く。

「遊星」

 皆、一歩も動けなかったけど、でもどうしても言いたくて、あたしは彼の後を追って階段の踊場で遊星を引き止めた。

「彗雫」

 体を向けて真っ直ぐにあたしを見る遊星に、あたしは腕を伸ばした。

 痣のある右腕を掴んでそっと掲げる。

 遊星はあたしがしたい事を理解したのだろう、黙って好きなようにやらせてくれた。

 ありがとうと心の中で感謝しつつ、遊星の指を額に当てて、両手で痣を包むように持つ。

「気を付けて」

 遊星の腕を抱きしめながら小さく呟いた。

 情けないことに声が震えてて、弱気な自分が凄く嫌になる。

 送り出す人間が、こんなんでどうすんのよ。

 自分の弱さが悔しくて小さく震えていると。

 ぽん。

 遊星の左手があたしの頭を撫でてくれた。

 ぽんぽんと優しく叩く様にして撫でるその手の暖かさに思わず泣きそうになるのをグッと堪える。

 今生の別れじゃないんだから、泣くな! 彗雫!

「龍可たちを、頼む」

 口から、指先から遊星の声があたしの体に伝わってきた。

 あたしは確かに、はっきりと首を縦に振った。

「ラリーたちによろしくね」

「ああ」

「無理しないでね」

「…ああ」

 無茶な注文だと承知で言えば、案の定遊星の歯切れが悪くなる。

「怪我、しないでね」

「……ああ」

 嘘でも良いからしないとハッキリ言えば良いのに、変なところで遊星は仲間に嘘が吐けない。

 そこが彼らしくて、微笑ましいんだけど。

「――――――もうっ!」

 でもヤッパリ呆れて、あたしは遊星の腕を放して、遊星の体から離れる。

「嘘でも良いから約束する! でもって嘘のまま終わらないように努力する! 解った!?」

 ずいっと遊星を見ると、彼は一瞬ポカンと目を丸めて、そのうち薄く笑いながら頷いた。

「解った」

 素直に頷く遊星を見て、ふと大丈夫だと思った。

 ああ、大丈夫。

 あたしは、確信してやっと心から笑うことができた。

「なら良いわ」

 ようやく笑ったあたしを見て遊星もさっきより笑みを深くしてくれた。

「お前も、気を付けろ」

「解ってる。無理はしないし遊星を不安になんてさせないから」

 遊星の腕がそっと伸びてくる。

 ぽん。

 最後にもう一度頭を撫でてから、遊星はあたしに背を向けた。

「行ってくる」

 その言葉に返す言葉は、一つしかない。

「行ってらっしゃい」

 もう一度会える、その未来を信じて。

 

 

 遊星の姿が見えなくなる。

 セキュリティも、彼を連れていなくなってしまった。

 ギュッと、あたしは自分の胸上の服を掴む。

 大丈夫だと確信してる。

 でも、心配なのは心配。

 だから願う。

 

 

 星よ、遊星を…彼を見守り給え

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

遊戯王5D's 28話を見て唐突に思いついた話。

原因はおそらく、結界に凭れ掛かった前髪の乱れた遊星にときめいたからに違いない(爆)

結界越しに遊星を必死で心配する誰かが欲しかったのと、必死に結界を両手でで叩くオリキャラが浮かんできたのも原因。

ダークシグナー戦をオリキャラ・彗雫視点で。

彗雫のプロフも無い状態でいきなりアップです(笑)

 

 

2008.10.14

 

 

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