黒の世界。
自分の姿も、何も見えない世界。
そんな世界にひとつ、遠くから光が見える。
青くて白い光。
夜空に浮かぶ、若く熱い星。
小さいけれど、とても眩しい。
私は、その星を目指す。
遠くて、近付けないかもしれない。
でも、何故だろう。
あの星に辿り着かなければいけない。
辿り着きたい。
そう思った。
「けーな?」
名を呼ばれ、彗雫は慌てて知らぬうちに俯いていた顔を上げる。
一体、自分は今まで何をしていたのか、それすら一瞬解らなくなっていて。
彗雫は慌てて目だけで辺りを見渡す。
目の前には心配そうな表情で自分を見つめる弟分の龍亞の顔。
彼の隣には妹分の龍可が龍亞同様に心配そうに自分を見ている。
二人の前にはテーブルがあり、その上にはカードがあった。
彗雫は自分の手にカードを持っていた事を思い出した。
そして、自分の前にも自分のデッキがある事も。
目の前の二人と一緒にデッキを組みながら他愛も無い話をしていた事を、彗雫はようやく理解した。
「けーな、どうしたの?」
呆然としていた彗雫を見て、不安げに小首を傾げて聞いてくる龍亞。
いつの間に思考の海に身を漂わせていたのか。
心の中で自分自身に呆れてつつ、彗雫は苦笑を浮かべた。
「…ボーっとしてた?」
「うん」
苦笑のまま心なしおどけたように聞けば、龍亞はシッカリと首を縦に振って見せてくれた。
「けーな、最近ずっとそんな感じだよな。龍可もそう思うだろ?」
龍亞は自分の隣に座る妹を見ると、彼女も頷いていた。
「最近ずっと心ここに非ずって感じ。どうしたの、彗雫? 何か良くない事でもあった?」
不安げに彗雫を見つけてくる二人に、彗雫はどう言ったものかと一瞬考えて、小さく頷いた。
はぐらかすのも悪くないだろうが、それでは心配してくれる二人に申し訳が無い。
それに。
話せば何かが解るかもしれない。
「良くないコトは無いから大丈夫よ。…ただ」
「ただ?」
龍亞と龍可が同時に首を傾げる。
そのあまりにも合いすぎるタイミングがツボに嵌って彗雫は噴出しそうになった。
しかし、なんとか耐えると彗雫は口を開いた。
「ちょっと夢見がね」
彼女の表情が少しだけ楽しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
双子は奇しくも同じタイミングで彗雫の表情を見て、そう思った。
「青い星の、夢?」
彗雫の話を聞いたあと。
龍亞がたどたどしく聞くと、彗雫はすんなりと頷く。
「正確には青白い光だけどね、なんとなく星って思ったから星で良いと思う」
クスッと笑うと、今度は龍可が切り出してきた。
「暗い世界に青白い星があって、彗雫は星を見つけて…それを目指して歩いているの?」
「そう。最初は戸惑って突っ立ってただけだったんだけどね。その光が気になってしょうがなかったから歩き出したの」
脳裏に青白い星を思い浮かべながら彗雫は微笑む。
「最初に見たときよりも、あたしが歩いてせいか大きくなってきてる。近付いてきてるって事なんだろうけど」
青白い星は彗雫を待つかの如く、いっさい動くことがない。
彗雫が近付けば近付くほど、光は大きくなる。
「いつから見るようになったの?」
不思議な夢に、龍亞の目が輝いていている様に見えるのは、気のせいでは無いだろう。
キラキラと目を光らせる龍亞を見て、思わず彗雫は破顔した。
「つい最近…か、な」
龍亞の表情に釣られる様に笑っていた彗雫の表情が沈んでいくのを見て、龍亞と龍可の目が丸くなる。
何を思い出したのか、二人から視線を逸らして何処か悲しげな表情に変わる彗雫を見て二人は互いの顔を見合わせた。
「彗雫?」
互いの顔を見て首を傾げた二人は彗雫へと視線を戻し、小さく声をかけた。
彗雫は二人に顔を向け直すと、薄く笑った。
「ジャックと…デュエルした時から、かな」
一年前、突如シティに現れた男。
白いDホイールを操り、比類なき強さで他者を圧倒させた男。
今では、知らぬ者など居ない…デュエルキング。
彗雫にとっては、懐かしい記憶の存在だった。
「そういえば…彗雫この間、ジャックと闘ったのよね」
「あん時のけーな、凄かったよなぁ」
彗雫がジャックを見た時、彼女の表情はまさに驚愕と言って良いほどの驚きようで。
チャレンジャーとしてジャックとのライディングデュエルをする権利を得るため。
彗雫は今まで以上にデュエルに力を入れていた。
何をしてでも会わなくてはならないと、彗雫の心が叫んでいたような、そんな風に感じてしまうほど。
ジャックへと彗雫は辿り付こうとしていた。
龍可と龍亞がその時を思い出しているのか。
またしても二人して同じタイミングで首を傾げるのを見て、彗雫はクスリと笑った。
「ジャックとはちょっとあってね。どうしても闘いたかったのよ」
なんとかジャックとの決闘まで漕ぎ付けたが、結果は惨敗。
かなり粘ったが、はやり彼は強かった。
どうして。
彗雫の脳裏に昔の自分が声を荒げる。
相手はジャックその人。
結局彼は何も言わずに彗雫に背を向けしまったが、その日から彼女は夢を見るようになった。
夜空に浮かぶ、青く白い星を。
「それ、予知夢みたいなものじゃないの?」
ふと、龍可が言葉を告げた。
「何度も同じ夢を見て、それが繋がってるなら…。何かを彗雫に伝えようとしてるんだと思うんだけど」
「え!? それって悪い事??」
夢で何かを伝える事を悪い予感とでも思ったのだろうか。
龍亞が慌てて龍可に詰め寄る。
「わからないわよ。でも…」
顔を近づけられたため思わず龍亞の顔を押しのけながら不安そうに彗雫を見る龍可に。彗雫はシッカリと言葉を口にした。
「予知夢、に近いんだろうけど。ちょっと違う気がするの。…なんていうか未来の暗示なんじゃないかなって」
「暗示?」
龍可から顔を離し妹の手から逃れると龍亞は目を大きくした。
「私の力の事は、知ってるでしょ?」
龍亞は頷いた。
「見えないけど…」
「見えるものを見る力」
龍亞の言葉を引き継ぐ様に龍可も声を出す。
見る事は叶わない、しかし確かにそこにあるものを見る力。
物心付いた時から自分の中にあった、人とは違う目を持つ存在。
限定された条件でしか使う事が出来ない、彗雫の力。
彗雫は頷いた。
「たぶん、それに近いんだと思う」
あの夢は未来を暗示しているのだろう。
他者の未来しか見ることが出来ない力を、自分自身の未来を見せるために。
彗雫の力は夢の形で自分自身の未来を見せているのだ。
「夢自体に意味があるんじゃない…。あの星の許に付いたら、そこにはきっと何かがあるんだと思う」
おそらく、自分の未来を暗示させる何か。
「だから、最後まで歩いてみようと思ってるけどね」
にこっと笑う彗雫に対し、双子の表情は少し暗い。
「…悪い、事じゃない?」
小さく、不安そうに呟く龍亞の声に彗雫は大丈夫だと、龍亞と龍可の頭を優しく撫でた。
「悪い事じゃないわ、絶対に。だってあの星の光は、優しいもの」
それから一年。
その間に彗雫は幾度も星を目指し歩いていった。
光が近くなってくる。
とても長い道のりだったが、もうすぐそれも終わるだろうと彗雫は確信していた。
真っ直ぐに、迷いなく彗雫は足を進める。
光は、何かの形をしていた。
あれは。
「竜…?」
青い光に身を纏う、白い竜。
白い翼を広げ、何かを包み込むように浮かぶその姿を見て、彗雫の目が見る見るうちに見開いていく。
足の速さが段々と早くなっていく。
あの竜を、自分は知っている。
「…なんで」
出てくる声は震えていて、自分でも動揺していることが解った。
しかし、口に出さずにはいらせない。
「スター・ダスト…」
脳裏に記憶が映る。
懐かしく、忘れられない記憶。
知らぬ間に、彗雫は走っていた。
「どうして、スター・ダスト…!」
どうしてお前が私の夢に。
彗雫の震える高い声が届いたのか。
星屑の竜は顔を上げて彗雫を見つめた。
二対の目が合う。
足を止めると、彗雫はジッと竜の目を見る。
ふと、竜は彗雫に何かを示すかのように首を下にさげた。
何かを伝えようとする竜の意思に沿い、彗雫は下を見た。
悲鳴が上がりそうになる。
竜が守るように翼で囲うその中には、懐かしい人が倒れていた。
彗雫はその名を叫ぶ。
「遊星!!」
その名を声に出していたのだろうか。
彗雫は目を覚ましていた。
混乱する脳内と何とか落ち着かせて、彗雫は上半身を上げる。
「どうして…」
呆然としたまま彗雫は髪を掻き上げる。
ふと、胸の奥から何かが湧き出てくる。
「遊星、もしかして」
湧き出てくる物に言葉を与えようとした時、電話のベルが鳴った。
ハッと顔を上げると、彗雫は急いで電話を取る。
テレビ画面に映ったのは、寝巻き姿の龍亞だった。
幼い二人だけが住んでいるのだから、何かあった時は自分に連絡するように。
そう言い付けていたのを思い出しながら、彗雫は龍亞の言葉を聴いていた。
『けーな! 大変なんだ!! ウチの前に人が!!』
ああ、やはりそうなのか。
彗雫は龍亞の気付かれないようにかすかに目を細めた。
「解った、すぐに行くからその人を家の中に入れていて」
龍亞との電話を切り、彗雫は急いで支度をする。
「…遊星」
彼は、来たのだ。
故郷を離れた男と、その男が持つ星屑の竜に会うために。
青白い星は、竜となり。
今まさに羽撃たこうとしていた。
Fin
あとがき
遊星と、オリキャラ彗雫の出会い。
と言っても実際はまだ出会ってませんが(笑)
出会う前に何かしらの予兆を…って感じです。
元々何を思ってこうなったのかスッカリ忘れてるのですが(醗酵寸前だったんだ)
遠くで光るスターダストを目指して、闇の世界を歩く彗雫が脳裏に映ったのでそこから色々。
スターダストの下には遊星がいて、スターダストは彼を守ってます。
彗雫の力と、遊星とジャックの顔見知りのワケは後々。
2008.11.27
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