―ジャック・アトラスの場合―

 

 

 

シティの中央広場はいつもと変わらず多くの人々が行き来している。

 その中で、ひときわ目立つ人陰があった。

 広場の中心に位置する噴水の傍に立つ人物。

 白いコートをたなびかせる長身は目立つ。

 そうでなくとも、彼は多くの人々に顔を知られているので余計に目立つ。

 道行く人々も気になってしょうがないのか、ちらちらとその人物に視線を向けている。

 人々の視線を受けつつ、彼の表情は険しかった。

 ジロジロ見られているのが気に入らないのではない。

 視線は今までが今までだったので慣れているし、今の彼はそんなことを気にしている余裕はなかったのだ。

 苛立たし気に指を組んでいる腕の上で叩いていると、

「ジャック! おまたせ!」

 自分の名前を呼ぶ声が耳に入ってきて、ジャックは声の方を見る。

 いろいろな意味で自分が世話になった女性とはまた別の黒い髪がさらさらと揺れているのが見えた。

 ジャックに向かって走って来ている彼女を確認して、ジャックは顔を顰めて口を開けた。

「遅いぞ! 彗雫!」

 かなりの大声を出したせいか、周りの通行人がビクリと肩を震わせる。

 しかし、言われた当の本人はあまり気にするでもなくジャックの一歩前までやって来る。

「ごめんごめん。まさかあんなに混んでるとは思わなくって」

 文句を言うジャックに彗雫は軽い調子で謝ると、

「はい、ジャック」

 手にしていた物をジャックに差し出した。

 プラスチックの蓋が付いた紙カップには近所にあるコーヒーショップのゴロが描かれていた。

「お疲れさま」

 にこにこと笑顔でカップを差し出されるとイライラしていたことがバカらしく思えてきて、ジャックは溜息を吐きつつ、受け取った。

 混んでいると言う彗雫の言葉が嘘でないのも解っている。そもそも彼女はそんな下らない事で嘘は吐かない。

 いつまでも些細な事で怒っているなど、ジャックの性格からして出来るはずもないのだ。

 そこがまた彼の長所でもある。

「構わん。オレも楽しいからな」

 カップを受け取りジャックは笑みを浮かべる。

 彗雫はジャックを待たせてしまった事に罪悪感を感じていたのだが、彼の笑みを見てホッと胸を撫で下ろした。

「そう? それなら良いけど」

 一つになったカップを両手で包み込む彗雫を見てジャックは頷いた。

「不定期だが、長く続いていると言うのもあるんだろうな。オレ向きの仕事には間違いないようだ」

「店長も子供たちも喜んでるもんね」

 ジャックは彗雫がバイトをしているカード屋の仕事をしている。

 仕事と言っても不定期で、店側から頼まれたら行くといったものだが、それでも今までで一番長く続いている。

 もちろん、その間にもいろいろ職を探しているのも現状だが。

「それにしても、今日は偏りすぎのデッキが多かったな」

 そう言うとジャックは手にあるカップに口を付けた。

 コーヒーの香りが口に広がる。

 ブルー・アイズ・マウンテンよりは味が落ちるが、そこそこ美味いとジャックが思っている隣で、彗雫は苦笑を浮かべた。

「モンスターカードだけって偏りは良くあるけど、まさか魔法と罠だけって言うのは久しぶりに見たわ」

 緑とピンクのカードしか見つけられなかった時の衝撃と言ったら…。

 乾いた笑みを浮かべる彗雫にジャックはコーヒーをもう一口分だけ飲むとぽつりと呟いた。

「オレは好きではないが、バーンを得意とするデュエリストの素質があるかもしれないと思ったぞ」

「それにしては魔法も罠もバーンとして組まれてなかったのがね。絵柄で気に入った物を片っ端から入れてみましたって言うのがモロ解りだったからなぁ」

 個性溢れるデッキは大歓迎だが、決闘者を名乗る以上はやはり闘えるデッキが望ましい。

 溜息を吐く彗雫を視線だけで見ながらジャックはコーヒーを再び飲む。

「みんなが持っているのとは違う感じにしたいと言っていたが…独創性があるのは悪いことじゃない」

「でもあれじゃ、事故って手も足も出ずに終わるわよ」

「初心者には良くあることだとは言え…確かにあれは酷かったな」

「どういうデッキにしたいか考えてからもう一度組みなさいってアドバイスしたけど…さて、今度はどういうデッキで来るか…」

 楽しみでもあり怖くもあると言った態で彗雫は言うと、両手に持っていたカップを片手に持ち変えて、ようやく飲み出した。

 しかし、中身を口に入れた瞬間、

「ちっ!」

 小さく悲鳴を上げると、とっさにカップを口から離した。

 顔を顰めてかすかに舌先を外に出す彗雫を見て、ジャックは思わず溜息を吐いた。

「またか」

 ジャックの声を聞き彗雫がジャックを見ると、彼は呆れたように彗雫を見ていた。

「彗雫、これで何度目だ?」

 彗雫は熱いものが苦手だ。

 しょちゅう熱い物を口に入れては舌を火傷する。

 彗雫自身は気を付けているため熱い物には早々手を出さないが、それでも火傷をする事は多い。

 ジャックのヴァイオレットの瞳にはからかいの光も見えて、彗雫はムッと口をへの字に曲げる。

「なによ…ってちょっとジャック!」

 彗雫が口を開いた瞬間、ジャックが彗雫の手にあったカップをするりと奪う。

 そして、彗雫が止める暇もなく彗雫が飲んでいたカップに口を付けた。

 ジャックの喉が小さく動く。

「…なんだ、全然ぬるいじゃないか」

 唖然と目を見開く彗雫とは対照的に実に冷静にジャックは今し方飲んだ物の感想を呟くと、彗雫を見てにやりと笑った。

「おまえは本当に猫舌だなぁ、彗雫」

 意地悪く笑うジャックの顔を見て、彗雫はだんだんと表情を険しくしていく。

「煮えたぎったスープを平然とした顔で飲めるアンタに言われたくないわ………ん」

 彗雫はジャックへと手を差し出す。

 カップを返せ。

 と言う意思表示を受け、ジャックは喉を震わせて笑いながら彗雫にカップを返す。

 ジャックはどんなに熱い物でも平気で口に入れる。

 猫舌じゃなくてもコレは火傷をするだろうと言った物まで冷ますことなく平気で口に入れて平気な顔で食べるのだ。

 彗雫は初めてそれを見た時、本当に信じられない物を見るようにジャックを見ていた。と後に遊星の口から語られている。

 取られないように両手でしっかりとカップを持つと、彗雫はジャックにこう言い放った。

「ジャックの方こそ、その舌どうなってるのよ」

 ジト目の上目遣いと言う珍しい彗雫の姿を見てジャックは目を丸めたが、すぐさまに得意げに口の端を上げた。

「さあな、だが別に困らんぞ。少なくともお前や遊星よりはな」

「……羨ましいもんだわ」

 ほぼしたり顔のジャックの笑みに彗雫は溜息を吐き、素直に自分の気持ちも吐き出す事にした。

「猫舌じゃないって、どんな感じなのかしらね」

「オレは猫舌じゃないから解らないな。まあ、放っておけば熱い物でも冷める。それまでゆっくり飲めば良いさ」

「そうね。それしかないもんね」

「まあ慌てずに飲め。おまえが一杯飲み終えるまでなら、オレも待てるからな」

 あまり予想していなかった言葉に彗雫はジャックを見上げる。

 ジャックは穏やかな表情で彗雫を見つめていた。

「うん。…ありがと」

 ジャックの表情に釣られるように彗雫も柔らかく笑みを返した。

 頷いた彗雫の隣でジャックは再びコーヒーを飲み始める。

 彗雫ももう一度飲もうとしたが、ギュッと少しだけ強く手に捨ているカップを握る。

 返してもらったカップはまだまだ熱い。

 どうやら飲めるのは当分先のようだ。

 

 

Fin

 

 

 

 

 

Back


あとがき

彗雫は猫舌です。

熱いはすぐに飲めません。

ジャックは熱いの平気。と言うウチ設定です。

なんとなくジャックは熱いの平気そう。しかもかなり熱いのでも平気で行けそうが気がする。

コレ熱くて食えねぇよ、ってのでも平気で食べて皆を驚かせる、そんなジャック良いと思う。

 

 

2011/01/22