空を見上げていた彼を見つけたのは、偶然というべきだったのだろうか。
普段からバイトの帰りにポッポハウスの前を通っていたので、偶然と言うにはあまりにも日常と化していた。
だから、もしかしたら、必然だったのかもしれない。
星見
彗雫はいつもと同じように自分のDホイールに乗りバイト先から家に帰る途中だった。
いつもより少し視界が暗かったので、安全運転を心がけて走っていた。
そして、いつもと同じようにポッポハウスの前を通り過ぎようとした時。
ふと、ポッポハウスの屋根を見た。
深い意味は無い、本当になんとなくだった。
しかし、もしかしたら、違和感を感じたのかもしれない。
いつもは誰もいる筈が無い屋根に、誰かがいたのだから。
思わず彗雫は目を丸めDホイールを止めると、屋根に居る人物が誰か見定めようとして、目を凝らした。
屋根に座り、空を見上げているその人物は、彗雫の良く知っている人だった。
再び、彗雫は目を丸めたが、すぐに笑顔を作るとDホイールから降りる。
Dホイールを押しながら、彼の近くへと進んで行った。
「遊星」
下の方から声が聞こえた。
良く聞く声だったので、遊星は空から目を離し下を見る。
彗雫が笑って手を振っていた。
彼女の体と片手でDホイールが支えられているのが見て取れる。
おそらく、バイト帰りなのだろう。
そう予測を付けて、遊星は声をかけた。
「バイトの帰りか?」
「そう。遊星は何してるの?」
彗雫が頷くのを見て、遊星は答えた。
「星を見ているんだ」
「星?」
「ああ」
遊星の言葉に彗雫は口を閉じ、遊星とその後ろに広がる空を見た。
暫く、彗雫は何も喋らずにいたかと思えば、
「遊星」
再び遊星を呼ぶ声が聞こえた。
「なんだ?」
呼ぶ声に遊星が答えると、彗雫はにっこりと笑みを浮かべた。
「そっち、行ってもいい?」
そっち、と言うのはおそらく遊星の今居るところだろう。
遊星は目を見開いたが、すぐに笑い返して頷いた。
「ああ。気を付けて来いよ」
「ありがと!」
彗雫は声を弾ませて、自分のDホイールを止める準備を始めていた。
屋根へ続く梯子を使い、屋根へと向かう。
梯子を登りきり、屋根へと足をかけて最後の一段を登ろうとしたとき、
「ほら」
遊星が彗雫に向けて手を差し伸べてきた。
彗雫は差し出された手に驚いたが、すぐにその手を掴んだ。
「ありがとう」
彗雫の言葉に遊星は笑顔で答え、ぐいと彗雫を引っ張り上げた。
遊星の手を掴んだまま彗雫は屋根に足を付け、空を見上げる。
「うわぁ…!」
目の前の光景に、彗雫は感嘆の声を上げる事しか出来なかった。
空には、今まで見た事が無いほど多くの星々が輝いていた。
「凄いだろう」
「うん」
驚いている表情を浮かべたまま空を見上げている彗雫を見て、遊星は小さくしかし満足そうに笑う。
そして彼もまた、空を見上げる。
遊星も彗雫もお互い何も言わずに空を暫く見上げていた。
「普段は」
満天の星空を見上げながら、彗雫が呟く。
「シティの明かりの方が強くて、ここまでたくさんの星、見れないのよね」
「そうみたいだな。オレも今日空を見上げて驚いた」
遊星もまた空を見上げたまま答える。
「シティは星が良く見えないんだとずっと思っていたんだが、そうでもなかったんだな」
「……まあね。シティ全体の明かりが強いってだけで、別に空が汚染されて見えないってワケじゃないもの」
シティ全体のエネルギーは現在モーメントが賄っている。
遊星粒子の回転運動によって発生するエネルギーはどの発電エネルギーよりもリスクは少ない。
そのため、シティの大気は汚染される事は無く、澄んだ空気で満たされている。
「そうだったな」
シティの仕組みを思い出し、遊星は頷いた。
しかし、そのリスクの少なさゆえにシティはより多くの光を使うようになった。
強い光が多ければ、弱い光は強い光に取り込まれてしまう。
二人が見ている、空に輝く星のように。
「たまにはああいったキャンペーンがあっても良いのかもしれないわね」
彗雫は星空から目を離し、目の前に広がったシティを見つめた。
いつもは光に溢れるネオドミノ・シティはかすかな光のみを残し、柔らかな暗闇に身を静めていた。
永久機関であるモーメントだが、そのエネルギーを少しでも抑えようと言う運動がここ最近、活発になってきている。
シティがほの暗いのは、そのエネルギー抑制のキャンペーンをしているからだ。
年に数回。2、3時間ほど、明かりを消す。
それだけでも、かなりのエネルギーは抑制できるらしい。
シティの人々のエコ思考の拡大もあいまって、シティは今、とても静かだ。
遊星は明かりの少ないシティを見つめていたが、くすくすと笑い声が隣から聞こえてきたので、顔をそちらに向ける。
「彗雫?」
小さく、しかし楽しげに笑う彗雫を見て遊星は首を傾げた。
彗雫の名を呼ぶ遊星の声は訝しげだったのを聞き取ったのか。
笑う声を止めて、しかし笑顔で彗雫は遊星を見た。
「ごめん、でもなんか懐かしくって」
「懐かしい?」
腑に落ちないと言った表情を浮かべる遊星を見て、彗雫は笑みを深めた。
「ほら。前にも似たようなコトしたじゃない。あたしたち」
彗雫は昔を思い出しているのか、目を細め。空を見上げた。
星を見る彗雫の横顔を見て、遊星は昔の記憶が沸き出てくるのを感じていた。
今とは違うカタチ。
隔てられたシティと、サテライト。
大きく積み上げられた、ジャンクの山。
「あの時か」
「思い出した?」
彗雫が目だけで見れば、遊星は頷いていた。
「ああ。懐かしいな」
「でしょ? あの時もこんな感じだったよね」
あのときはジャンクの山だったけど。
星へと視線を戻した彗雫の呟きに、遊星は自分の記憶が違っていなかったことを確信する。
遊星の脳裏に映る、数年前の記憶。
シティから来た少女と共に見た、星の記憶。
足場が悪くジャンクの山を今日みたく彼女を引っ張り上げて登り、見た空。
「サテライトの空があんなに澄んでたなんて知らなかったから、驚いたのなんの」
彗雫は今見上げている星空とともに、かつて見た空を思い出す。
「サテライトもシティと同じだ。モーメントのエネルギーで賄っていたからな」
遊星も再び星を見上げる。
旧サテライトの環境はシティと天と地ほどの差があったが、供給されるエネルギーはシティのモーメントからだった。
そして、シティほど電力供給が無かったため、夜はどうしても明かりが少なくなっていた。
そのため、必然的に星の光が強くなっていた。
決して良い環境とは言えなかったかつてのサテライトが唯一シティに勝っていたのが、星の数だった。
しかし今では、その差も無くなりつつある。
それはとても喜ばしいことだが、少し寂しくも感じる。
だが。
「本当に懐かしいね」
彗雫の声が鼓膜を打つ。
今彼女と見上げている空は、あのときと変わってはいない。
星は今も輝き続け、大地を照らしている。
「そうだな」
だから、遊星は素直に肯定を口にする。
遊星の口調が穏やかなのを聞き、彗雫は頬を緩めた。
思っている事は、きっと彗雫も遊星も変わらない。
「この星空がずっと続けば、嬉しいわね」
「続いていくさ。オレたちがこの空を忘れなければ」
「…うん」
いつか、この時を懐かしいと言えるように。
この空が先の未来まで続くように。
二人は星を見上げていた。
Fin
あとがき
七夕、と言うよりライトダウンキャンペーンにちなんだ話ですね。街の明かりが少なくなれば必然的に星の光の方が強くなって、星が良く見える。
そんな中で星を見る遊星と彗雫、と言うイメージです。
作中のモーメント描写ですが、モーメントで作られるエネルギーは結構クリーンなイメージがあります。
煙も出さなければ、とんでもない副産物を吐き出すわけでもない。
夢の永久機関と言われるくらいなので、コレくらいは普通に出来るんじゃないかと。
あと、サテライトですが。サテライトのイメージ的に重工業地帯をイメージしてる部分もありました。
でも、シティと近いし、煙がシティに行かない可能性はゼロじゃないし…。
と考えて、モーメントのエネルギー供給があってもおかしくは無いなと。
とはいえ、シティと繋がる前はシティ>サテライトだったので、必然的にサテライトへのエネルギーの供給は少なかったのではないかと思い、この形に。
ちなみにポッポハウスの梯子ですが、ホントにあるかどうかは解りません(おい)
イメージです(爆)
ジャックとクロウとブルーノはなにしてるんでしょうかね(他人事か!?)
もしかしたら、遊星と彗雫を見てニヤニヤしてるかもしれない(爆)
遊星と彗雫。お互い忘れてるかもですが、手、繋いだままなので(笑)
ブログ掲載日:2010.7.7
サイト掲載日:2010.12.1