「アキ、凄い顔してる」

 クスクスと笑う彗雫の声が聞こえてきて、アキは自分が物凄い表情をしていることに気付いた。

 

 

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 アキと龍可と彗雫の三人は現在、ショッピングを楽しんでいる最中だ。

 三人ともデュエリストであるが、そこはやはり年頃の少女でもある。

 いろんな店を巡っている途中、アキが足を止めた。

 急に立ち止まったアキを見て、どうしたのかと彗雫と龍可は顔を見合わせるとアキの視線を追う。

 ショッピングモールの一角に華々しく設置されているバレンタインの文字。

 アキはそれをジッと見つめていたのだ。

 その表情があまりにも真剣でしかしどこか複雑に難しく見えて。

 彗雫は思わず口元に笑みを敷くと、

「アキ、凄い顔してる」

 アキに声を掛けていた。

 

「もうすぐバレンタインだもんね」

 休憩を兼ねて近くのカフェに入ると、彗雫は先ほどのアキの表情を思い出し笑顔でそう切り出した。

 アキは唇を小さく尖らせて頬を膨らませる。

 彗雫の浮かべる笑みがとても楽しそうで、腹立たしいやら恥ずかしいやら少し複雑な気分だ。

「アキさんは、やっぱり遊星にあげるの?」

 拗ねる様な表情を見せるアキを見てますます笑みを深める彗雫の隣で、龍可が兄ばりの爆弾をアキに投げつけてきた。

 普段は大人しく思慮深さを持つ龍可だが、やはり興味のある事柄には積極的になるのか。

 興味津々に瞳を輝かせ爆弾を投げつけつ龍可の言葉を脳に入れて理解した瞬間、アキは顔を真っ赤に染めて絶句してしまった。

 その表情があまりにも可愛くて、彗雫は声を上げて笑ってしまった。

「―――――――え? ちょっと龍可!? 何を言って…!?」

 彗雫の笑い声でようやくアキは我を取り戻すとも龍可を見てもごもごと早口でたてまくし始めた。

「私は別に遊星にチョコとかそんな事は考えて……彗雫! 笑わないでよ!!」

 顔を真っ赤にしてもごもごと口篭るアキは恥ずかしさの怒りを彗雫へと向ける。

 が、真っ赤な顔をして怒るアキを見て恐れると言う感情を抱けるほど彗雫は肝が小さくない。

 アキの怒りを収めるべくなんとか笑い声を立てるのは止めたがそれでも体が震えている。

「あ、アキ…」

 可愛い!

 彗雫はそう言おうとしたが、今のタイミングで言うとアキが怒るのは確かなのでグッと堪えて言うのを耐える。

 その代償か、またしても笑いが込み上げてくる。

「……もう」

 肩を震わせて顔を隠し笑う彗雫を見ていると、なんだか怒っている自分が馬鹿らしくなってきた。

 アキは怒りやら恥ずかしさやら照れくささやらを吐き出すように大きな溜息を吐いた。

 そして、落ち着いた途端にふと、アキの心の奥底から小さな不安が浮かんできた。

「アキさん? どうしたの?」

 急に表情を変えたアキに龍可が心配そうに表情を変えて問いかけてくる。

 アキの雰囲気が変わった事を察知して彗雫も笑うのをやっと止めるとアキを見つめた。

「どうしたの?」

 先ほどの表情とは一転して困ったような顔をするアキに彗雫も声を掛けると、アキは自分の両手の指を絡めた。

「……こう言うの、するの久しぶりだから、どうして良いか解らなくて…」

(…ああ、なるほどね)

 アキの言葉に彗雫は納得した。

 黒薔薇の魔女と恐れられ、他者との関わりを持つことが出来なかったアキ。

 今までが今までだったアキにとって、バレンタインというイベントは久しぶりなのも頷ける。

 久しぶりだというのは、サイコ能力が開花する前までは父親に贈っていた、と言うことだろう。

 しかし、多感な年頃である今やるのとではやはり勝手が違うのも解る。

(あたしたちには当たり前の事でも、アキには間があるって事もあるのよね)

 それが不幸だと彗雫は思ってはいない。

 その間も今のアキを作るのに必要不可欠なモノなのだから。

 アキも当然、かすかな寂しさと悲しさはあるが後悔はしていない。

 しかし、やっていない事をやるというのは少々気恥ずかしく緊張するものだ。

 アキは落ち着くことが出来ないのかそわそわと組み合わせた指を動かしていた。

 聞くべきか、聞かざるべきか。

 迷ったのは一瞬だった。

「彗雫と龍可は…どうするの? その…」

 アキにとってある意味≪初めて≫のバレンタイン。

 どうしようと迷った時に脳裏に浮かんだのが自分の仲間である龍可と彗雫の顔だった。

 彼女たちなら、きっと自分の聞いて欲しい言葉を茶化さずに聞いてくれるはずだ。…爆弾は落としてくれたが。

 龍可と彗雫を信じ、アキが口を開けた。

 照れくささもあって、歯切れはよくなかったがきちんとアキの気持ちは届いたらしい。

「そのことなんだけどさ」

 彗雫がアキの顔を覗き込むように見た。

 彼女の表情は柔らかく、実に楽しいとアキに伝えていた。

「チョコレートケーキ作ろうと思うんだけど、一緒に作らない?」

「ケーキ?」

「そ!」

 首を傾げるアキへ彗雫は首を縦に振って答えた。

 先ほどの表情とは打って変わって口の端を上げて笑う彗雫の表情は、どこかイタズラをしかける子供のようにも見えた。

「あたしたち三人の気持ちってことでケーキ作ってポッポタイムに持ってくの。ケーキなら個々に作って持ってくなんてことしなくてすむし、三人で作ったら、らくちんだし」

「らくちんって…彗雫ったら」

 彗雫の言葉に龍可が呆れてため息を吐く。

 しかし、彗雫にはどこ吹く風のようだ。

「良いじゃない。三人でお菓子作るって言うのもなかったし、良い機会よ。みんなでお菓子作りたいなぁってずっと思ってたんだから」

 にこりと屈託無く笑う彗雫に龍可も確かにを思い直していた。

「…そうね。三人でお菓子作ったこと無かったもんね」

「でしょ? 良い案だと思うんだけど」

 どう?

 小首を傾げ問いかけてくる彗雫に龍可は顔を輝かせて頷いた。

「うん! やろう!」

「……いいの?」

 やる気を出し始めた龍可とは対照的に、アキが不安げに聞いてくる。

 そんなアキの不安は彗雫の笑顔で払拭された。

「当然。あたしたち仲間で友達じゃない。何か問題でもある?」

 にこにこと笑う彗雫は本当に楽しそうだ。

 仲間で友達。

 彗雫の言葉がアキの心を暖かくする。

 こみ上げてくる喜びを何とか噛みしめ、アキは頷いた。

「そうね。頑張って美味しいケーキ、作りましょう」

「早速、材料買いに行かなくちゃ!」

 アキが微笑み頷くのを見て龍可が彗雫の手を引っ張る。

 彗雫は龍可の手を握り返すと、アキを見た。

 行こうかと視線で促され、アキは小さく頷き三人は歩き始めた。

「アキさんはケーキ作ったことある?」

「最近ね。お母さんと一緒に作ったりしてるのよ」

「夫人、料理とか上手そうよね」

「ええ、とっても美味しいわよ。私はまだまだだけど」

「でも親子でそういうの出来るって言うのは、素敵だよね」

「うん。ウチはあんまり両親帰って来ないし…羨ましいな」

「…ありがとう」

「アキもケーキ作れるみたいだし、遊星たちがびっくりするようなケーキ頑張って作るわよー!」

 にぎやかに歩きながら話す三人。

 途中、視線を感じてアキは視線の先を見る。

 視線の送り主は、彗雫だった。

 彗雫は視線を受けたったアキへと顔を近づける。

「彗雫?」

 意図が掴めない彗雫の行動にアキが首を傾げていると、彗雫は口を開いた小さく囁いた。

「あくまでケーキは龍亞とホッポタイムにいる男性陣全員へのバレンタインチョコだからね。ほかに渡したい人がいるなら個別に作って渡すっていうのも手よ?」

 にっこりと笑う彗雫。

 悪意もなにも感じなかったが、だんだんと彼女の言ったことが理解でき、アキは再び顔を赤くした。

「彗雫!」

 

 

 

Fin 

 

 

 

 

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あとがき

バレンタインコーナーを見て難しそうな顔をするアキ。

そして、チョコレートケーキ一緒に作らない? と提案する彗雫が浮かんできたので書いて見た。

最初は『アキの初めてバレンタイン』って感じで書いてたんだけど、サイコ能力が開花するまではお父さんにあげてたんじゃ無いかなぁって事で変更。

結構お父さんっ子だったみたいだし、十六夜夫人と一緒に作ってたら可愛いなぁ。

でも、昔と今では全然状況もなにもかもが変わっている以上、アキにとってはある意味初めてでも合っているのかなぁとも思ったり。

好きな人(…憧れの人でもあるのかな)も出来たしね。

え? 赤毛の男? ………興味なかったと思う。

 

2011/02/10