幸せであれ、幸せであれ。

すべてが微笑むことの出来るように。

幸せであれ、幸せであれ。

大切な貴方たちと一緒に…。

 

 

幸せ

 

 

「ナタクには会えないんですの?」

 目の前の侍女を前に1人の天女は首をかしげた。

「面会謝絶と言ってもあれから随分経ちますわ。もう怪我だって治りかけているはずでしょう?」

「は、はあ…」

「それなら、なぜさっきの少年を入れてさし上げなかったのですか?」

「そ、それは…」

 妙にまごまごしている侍女に天女は分からないように、しかし大きく息を吐く。

「…もう良いです。面会謝絶というのなら、わたくしも入れませんものね。失礼いたします」

「た、太真王夫人様……」

 弱りきった声を背中で聞きながら太真はすぐさまその場を離れた。

牛魔王討伐から帰ってきたナタクを見舞いに天帝の城まで足を運んできた。

そして、ナタクの部屋の前で、李塔天の侍女と自分の大切な友人の1人である悟空が話しているのを聞いたのだ。

彼女は悟空には面会謝絶であえないと言っていたのに。

自分が来てみれば、どうぞといわんばかりに道を開けようとした。

それがどこか気に入らなかった。

「確かにわたくしは王夫人であるけれど」

 どこか腑に落ちない気分で足を進める。

「王夫人様ではないですか?」

「えっ? …あ」

 後ろから声がかかってそちらに振り返ると太真はぺこりとお辞儀をした。

「こんにちわ、紫鴛様」

「今日はどの御用で、こちらに?」

「ええ…。ナタクに会いに来たのですが…」

「ナタク太子にですか?」

「ええ。でも,先の戦いで随分と怪我をしていらっしゃったみたいで。会えませんでしたわ」

「そうですか」

 どこか沈んだ顔で紫鴛は答えた。

紫鴛の表情を見て、急いでそれでいて冷静に言葉をつむぐ。

「でも、ナタクは強いから。きっと大丈夫だと、わたくしは思っています」

「私も貴女と同じですよ。王夫人様」

「紫鴛様。貴方はナタクのことを分かっていらっしゃいますわ。これはわたくしの我儘ですが、これからもナタクの傍にいてください」

 笑顔で心からの言葉。

紫鴛は太真の笑顔に頷いた。

「…はい」

 紫鴛が答えたそのとき、

「よう、紫鴛。王夫人様と何話してんだ?」

「是音様」

 肩に魔シンガンをかついで歩いてきたのは是音だった。

ぺこりと頭を下げた太真を見て苦笑した。

「おいおい、仮にも王夫人なんだからいちいち下々の連中に頭下げなくてもいいんだぜ」

「あら、わたくしはしたいから頭を下げるんですわ。嫌ならやりません」

「はは…。相変わらずだな」

「是音様も」

「ところで、是音。貴方また下界に降りてましたね」

 もう一歩でほのぼのになりそうだった空気を紫鴛が止めた。

「いいじゃねぇか、別に悪いことなんざしてねぇんだからよ」

「下界に下りたのですか?」

 太真が是音の顔を覗き込んだ。

どこか期待を膨らませたような太真の表情に是音は苦笑を浮かべた。

「ああ。今はまだ仕事が残ってて話ができねぇが、また暇になったら下界の話をしてやるよ」

 彼女の言いたいことなどお見通し、という感じて是音はにっと笑う。

太真はその笑みを見てにこっと笑った。

是音や紫鴛はよく、下界のことを話してくれる。

太真は2人から下の世界の事を聞くのが好きだった。

行った事のない世界の話を聞くのはなんだか楽しくて、幸せな気持ちになるから。

「それでは」

「じゃあな」

 後ろから兵士の声が聞こえると、2人は太真に頭を下げ後ろのほうへと歩いていった。

太真はしばらく2人の歩いて行ったほうを見ていたが、

「太真、こんなとこで何やってんだ?」

「捲廉様」

 急に声を掛けられて吃驚したように振り返ると、腰に酒ビンを下げて笑っている捲廉が立っていた。

どうやら、太真の驚いた顔を見て笑っているようだ。

これに気づいて太真は頬を少し膨らます。

「酷いですわ。人の顔を見て笑うなんて」

「ああ。わりわり」

「謝るときはもっと真面目な顔をするものですわよ」

「真面目じゃん」

「…笑っていらっしゃる顔では説得力に欠けてますわ」

「あ、やっぱ笑ってる?」

「…もう」

 呆れて何も言えないとばかりに肩を落とした後、苦笑した。

「これから、天蓬様のお部屋に?」

「ああ。おまえも行くだろ?」

「はい」

 

 

天蓬は何時もの如く、自室で本を読んでいた。

このままトリップしていそうなものなのに、コンコンとドアを叩く音で本から目を離す。

「あ、太真。いらっしゃい」

「こんにちわ。天蓬様。…悟空と金蝉様はまだ来ていらっしゃらないのですね」

「ええ。そろそろ来ると思いますが」

 あたりを見廻した太真を見て本を机に置きながら答えた。

と、同時にトタトタと威勢のいい音が回廊から響いてきた。

バン、とこれまた威勢のいい音で入ってきた物体はそのまま太真の腰に抱きつく。

「太姉ちゃん!!」

「こんにちは、悟空」

 もうすっかり悟空に抱き付かれることが定番になっている彼女は悟空に向かってふわっと笑みを浮かべた。

悟空もつられてにこっと笑う。

「すっかり定番の光景ですねぇ。ねぇ、金蝉?」

「…そうだな」

 息を切らして天蓬の横に立ったのは悟空を追って走ってきたのだろう金蝉だった。

「相変わらず、体力ないのね。お父さん」

「……コロスぞ」

「息切らせながら言っても、ぜんぜん怖くないんですけど」

「…………」

「捲廉、止めて下さいよ。金蝉怒らせるの」

 だんだん怒りの気が大きくなっていく金蝉を見て天蓬が捲廉をたしなめる。

その前では太真から離れた悟空が楽しそうに話をしていた。

「太姉ちゃん、今日は何作ってきたの?」

「今日は、サブレというものを作ってきました」

「わーい!!」

 よほど嬉しいのか悟空は両手を上げて喜ぶ。

太真はそのときの悟空の顔を見ると幸せになる。

そしてその後、自分が作ってきたものを食べてくれるほかの3人を見るのも。

天蓬の視線に気付いてそちらに向く。

「サブレですか?」

「はい。今日はいろいろ忙しくて。もっと手の込んだものを作ってこようと思ったんですが」

「蟠桃会、ですか?」

「ええ、その準備で」

「それなら、わざわざ作ってこなくても…」

「そうお思いになられるのも、最もだと思いますわ。でも……」

 太真は本当に嬉しそうに包みを開ける悟空を見て微笑んだ。

「あの笑顔を見ると、幸せになるんです。あの笑顔を見たくて、きっと」

「……そうですね」

 太真の視線の先にいる笑顔の悟空を見て頷く。

「折角、太真の作ってくれたサブレがあることですし、食べますか?」

「あ、そーえば、さっき回廊通ってたら、桜がいい具合に咲いてたぜ。茶でも持ってあそこで食おうぜ」

「俺もさっき見た! スッゲー綺麗だったやつな。俺、さんせい!! 金蝉は?」

「別に何処でもかまわん」

「それじゃあ、そこに行きましょう」

太真は悟空の手を引いて歩き出した。

 

桜の下のささやかなお茶会が終わり日が傾いてきたころ、太真は天宮に向けて足を運んでいた。

ふと何かの香りが花を掠めた。

近くに花でもあるのだろうか、太真はその香りのするほうに歩き出した。

 

行き着いたところは一面に黄色い花が咲き誇る場所。

風に揺られてまるで花自体が動いているように見えた。

「相変わらず、ここは花がよく咲きますわね」

 姉たちに連れられてよく遊びにきていた場所。

黄色い花は決して強くはないがそれでも、自分がここにいると分かって貰えるように香りを放つ。

「太真王夫人?」

 声がかかった、しかも不意にだ。

太真が慌てて後ろを向くと、色違いの瞳が可笑しそうに輝いていた。

青みがかった翠と、金の瞳。

「焔様…」

 大きく息を吐いて太真はこわばらせていた肩を下ろす。

「気配を消して近づくなんて酷いですわ」

「王夫人であろうものが1人でこんなところにいるんでな。気になって来てみた」

「声を掛けてくださればよかったのに」

「声をかけたが、答えてくれなかったのは、おまえのほうだ」

「え、そうでしたの。申し訳ございません」

 軽く頭を下げた太真に焔は苦笑した。

彼女は自分が毛嫌いしている神とはどこか違う。

下界の人間の言葉を借りるとこれは天然というのだろうか。

しかし、不快には思わない何かがあって焔は彼女と話すのが嫌いではなかった。

だから、いろいろ話すことが出来る。

「太真」

「はい?」

「幸せとは、どんなものだ?」

「え?」

 風がなり、黄色の花を舞わした。

 

「えっ…と…。どうしてそんなことを仰るのですか?」

 鈴麗と何かあったのか?と心配そうに聞いてきた天女を見て焔はかぶりを振った。

「いや、鈴麗とはいつもどおりだ。ただ、彼女がいつも言っている言葉を思い出してな」

「言葉?」

「私は幸せだと、あいつは何時も言っている。だが、俺には分からないんだ。幸せとは、一体なんなのかとな」

 彼女と出会って、確かにどこか救われたような気はする。これが幸せというものなのか?

今まで、薄暗い闇の中で誰にも触れず、誰にも思われなかった彼にはどうやら、当たり前に感じられるようなことでも

感じられないのだろう。

太真は顎に手を当てて考える。

難しいのだ。幸せというのは、感じる者1人1人で異なってくる。

同じ事をされて幸せだと思う者もいれば、不幸せだと感じる者もいる。

ふと頭を掠めたのは4人の後姿。

「…これは、わたくしの、考えですけど…」

 ポツリと言葉を紡ぎ出す。

「生きてて良かったと思うことが、幸せだと思うのです。この世に生まれてきて良かったと、思うことが幸せだと」

 言葉を探しながら、ゆっくりと話す太真を焔は黙って見つめている。

「たとえば、誰かのために何か…贈り物をしたときに喜んでくれたり、辛い時に誰かが黙って傍にいて話を聞いてく 

れたりするとき。そんなときに、ふと心に何かが降りてくるんです。暖かくて優しくて時には泣きたくなる位に膨れ上

がって、でもどこか掴めない、はっきりとはしない気持ちだけど確かに感じる思い。それが幸せなんだと、わたくしは

思います」

 言い終わってから太真は困ったような顔を見せた。

「…ごめんなさい。何を言っているのか、わたくしにも解らなくなってしまいましたわ」

 それでも、と太真は微笑む。

「わたくしは、今、とっても幸せですわ」

 優しい人たちがいる。不安は見え隠れするが、それでも幸せだと、そう思えるのはきっと…

 

 

〈彼ら〉がいるから…

 

 

大切な人たちがいるから。だから、幸せだ。

太真の思いが分かったのだろうか、焔は微笑んで踵を返す。

「お前に聞いたのは間違いだったようだ」

「どういう意味ですの? それは」

 怪訝そうに太真は首をかしげる。

「お前の言っていることが、支離滅裂に聞こえたものでな」

 可笑しそうに言っているのを感じて太真は眉を眉間に寄せたがすぐに笑顔になる。

「答えは自分の中にあるものですわ。そして、それを見つけるのは貴方自身。

他人に聞く前に自分で探してくださいな」

 思わなかった反撃に焔は唖然として太真に振り返ったがそのうちに何時もの皮肉を含んだ笑みを浮かべると消えていった。

黄色い花たちの中に残された太真は空を見上げた。

星が綺麗に輝いていた。

もしかしたら…

幸せは、何時も傍にあるのではないかと。

そして、それを掴むのは、自分たち自身だと。

満天の星の中、そう思った。

 

 

 

Fin


焔じゃないけど、ホントに支離滅裂。あうあう・・・

太真「anam様、これはあんまりですわ」

あうあう〜〜〜(T_T)みじめ〜〜〜。

でも幸せって難しいとおもうよ、うん。

太真「それを題材に使用なんて、文才がないのによくやりましたわね。その度胸だけは、誉めてあげますわ」

太真…続さんに似てきた? (出典、違うけど)

2001.4.21

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