風が吹いてくる。

激しくもなく、心地よいと感じる風。

桜の花びらを運んでくる風。

風に運ばれる薄紅の花びらを映えさせる青空。

こんな日に部屋にいるって、もったいないわ。

だから、外に出ましょう。

大好きな貴方たちと一緒に。

 

 

 

 

Breeze

 

 

 

 

「こんにちは」

「太姉ちゃん!!」

  天蓬の部屋に入ってきた天女を見て悟空は顔を輝かせ抱きついた。

青い髪はさらさら流れ、空色の瞳は嬉しそうに揺れる。

 

 

 

天宮に住む、天界最高位の女神、西王母の末娘、太真王夫人。

 

 

 

「いらっしゃい、太真」

「こんにちは、天蓬様」

  本を読んでいた天蓬は顔を上げて太真を見るとにこっと笑った。

太真もそれに返すように微笑むと辺りを見渡す。

そして抱き付いている悟空に視線を落した。

「悟空、金蝉様と捲廉様はいらっしゃらないの?」

「金蝉、まだ仕事残ってんだって、だから遅くなるってゆってた。ケン兄ちゃんはショウシュウっていうのが、かかったから来るの遅れるって」

「またですの? ここのところ多いですわね」

  心配そうに太真は呟く。

天蓬は本を閉じながら苦笑して、

「心配、ですか?」

「ええ…でも今は下界の方も不穏な動きはないようですし、大丈夫だとは思うのですが」

「そうですね。さしづめ、今日はくだらない話なんかで終わりそうな感じですね」

「わたくしもそう思いますわ」

  太真がいつもの柔らかい笑みに戻ったと同時に、悟空は戸の方向いて声を出す。

「金蝉!!」

  悟空は太真から離れると今度は金蝉に飛びつく。

倒れそうになるのをなんとか堪えるのを見て太真は声をかける。

「こんにちは、金蝉様」

「ああ…」

  笑顔の太真にいつも通りの仏頂面で返す。

「後は捲廉様だけですわね」

  太真が戸の方を向くと同時に戸が開く。

「ワリー遅くなった」

  言葉とは反対にゆっくり部屋に入ってきたのは西方軍大将の捲廉大将だった。

「お、みんな集まってやがるな」

「金蝉様も今さっき来たことろなんですのよ」

  太真が捲廉にそう言うと面白そうに金蝉を見た。

「へー、しっかり仕事してんじゃん」

「どっかのバカザルが邪魔さえしなけりゃもう少し早く終わってるんだかな」

「ひでー金蝉、俺ここんところ大人しくしてんじゃん!」

「太真が来ない来ないって机の前で騒いでんのはどこのどいつだ!」

「まあまあ、金蝉様、落ち着いてくださいな」

  こめかみに青筋を浮かべて悟空を怒鳴り出す金蝉に太真は止めに入る。

全てを包み込むような笑みで近寄られて怒りを継続できるものがいるだろうか、いや、いない。

金蝉も例外ではなく怒気が静まっていった。

「――それで、今日はどうするんですか?」

  落ち着いたのを見計らい天蓬は声をかける。

「あ、それなんですが…」

  太真が4人を見回すと笑顔になって、

「今日はこんなに良い天気ですから外に出てみませんか? 風もそんなに強くありませんから桜の散り具合も良いでしょうし」

「どこに行くんだ?」

  興味津々に聞いてきた悟空を見て、笑顔のまま言葉を紡ぐ。

「わたくしが箜篌を練習している桜の木に行こうと思っているんですが…。 よろしいですか?」

「!! うん!!! 俺はいいよ、あそこ大好きだし!」

「僕も構いませんよ」

「あそこの桜は天界一って聞いたことあるからな、興味あるぜ」

「別に構わん」

  悟空と天蓬がにこっと笑い、捲廉はにっと笑う。

金蝉は興味なさそうに言うが、嫌ではなさそうだから。

承諾されたことを喜んで、太真は頷く。

「それじゃあ、行きましょう」

 

風だけじゃ、つまらない。

桜だけじゃ、息が詰まってしまう。

青空だけじゃ、淋しくなる。

1人だけじゃ、悲しい。

だから、風と桜と青空が見える場所へ貴方たちと…

 

「相変わらず、凄いよな、ここって」

「そうですわね、わたくしもそう思いますもの。でも悟空、貴方ここに来たの一回だけではなかったかしら?」

「うん。そうなんだけど、でもすっごくはっきり覚えてるんだ。だって激綺麗じゃん、ここ」

  大きな桜の根元、太真達は座って桜を見ていた。

天界でもっとも桜が多く咲く桜森の一番奥。

ここには大きな桜の木が一本立っている。

すぐ周りには桜が立っているが、この桜だけ特別だというように立つ。

一本というのはどこか淋しいような気もするが、その代わりに上を見上げると空の青が花びらに邪魔されずに広がっているのだ。

薄紅が青空によって綺麗に映えている。

「でも、一番スゲーのは蟠桃園を通り抜けたことだな」

「そうですね〜」

  捲廉の呆れたような口調に天蓬も頷く。

それを見て笑い出したのは、太真。

「確かにそうですわね。でもここに来るのには蟠桃園を通り抜けるのが一番早いんです」

「西王母には怒られないのか?」

  桜を見上げていた金蝉が太真に向かって聞くと頷く。

「桃を盗むわけではありませんもの。土地神も何も言いませんし」

「そうだな…」

  紫暗の瞳を女神に向けてもう一度桜の木を見上げる。

つられるようにして桜を見上げたとき、何かを思い出して太真は悟空の方を向いた。

「あ、そう言えば…。悟空、わたくしお菓子持ってきたんですけど、食べます?」

「え? 太姉ちゃんのお菓子!? うん、食べる!!」

  嬉しそうに顔を綻ばせ太真から手渡された包みを開ける。

甘い良い香りが風に乗ってながされる。

悟空は早速菓子を手にとって食べ始めた。

「お味の方は、どうですか?」

「うん!すっごく美味いよ! ありがとう太姉ちゃん」

「こらサル、一人で食ってんじゃねぇよ! 俺にもわたせ!」

「あ!! ケン兄ちゃん、そんなにもってくなよ!」

  菓子の取り合いを始めた2人を他所に太真はもう一つの包みを金蝉に差し出した。

「…もう一つ、あったのか?」

「はい。こうなることは予測出来ましたから。…嫌でしたか?」

「……いや、別に」

  どこか不安そうに見つめられて金蝉は決まり悪そうに顔を顰めると包みを受け取る。

甘い香りがもう一度風に重なる。

「いつも大変じゃないですか、僕たちに会いに来るたびに作ってくるんですから」

「そんなことありませんわ。毎日作っていますから作るのが早くなっているんです。本当に覚えが早い、と緑衣天女が驚いてましたけど…」

  ふわっと暖かい笑みを天蓬に向けて空を見上げる。

風に乗った桜の花弁は空に流れる。

太真の瞳のような青色の空が花弁を映えさせることを忘れない。

「――こういうのも、良いですわね」

  大好きなものがあって、大好きな人たちがいる。

それは何と幸福なことだろう。

心が暖かくなって優しくなれる。

全てに感謝したくなるような気持ちが溢れてくる。

「そうですね…」

「そうだな」

  太真の呟きに天蓬も金蝉もつられるように桜を見上げた。

その近くでは、相変わらず悟空と捲廉が騒いではいたが。

 

「太姉ちゃん!!」

「は、はい! なんですか?」

  突然、悟空が太真の顔を覗き込んだ。

太真は目を丸めるのと逆に悟空の金の目はくるくる楽しそうに回っていた。

「箜篌、弾いて! 持ってきたんだろ」

「え…? ど、どうしてですの?」

「だってここ、練習する所なんだろ? だから練習するのかなって思ったから。違った?」

  太真は暫く目を瞬かせていたが、

「持ってきたには持ってきていますが…わたくしの音、下手ですよ」

「下手じゃないよ! 太姉ちゃんに始めて会ったとき、箜篌の音すっげー綺麗だったから俺来たんだもん。

絶対変じゃない! ――だから弾いてよ。……駄目?」

  上目遣いに太真を見上げる金の瞳はゆらゆら揺れていた。

大好きな金晴眼の瞳が悲しそうに揺れているのを見て太真は苦笑に似た笑顔を見せた。

「分りましたわ。でも、本当によろしいんですのね、悟空」

「うん!!」

  さっきまでの悲しい表情はどこへやら。

桜に負けないほどの暖かい笑顔を浮かべた悟空を見ると、太真は近くに置いてあった箜篌を持つ。

 

さあぁと風が吹いて青い髪を揺らした。

弦を弾く音が響き始めた。

どこか聞く者のの心を暖かくする、綺麗な優しい音色。

桜と風が太真を包んだ、かと思えばすぐに青空へと舞い飛ぶ。

その光景は、まるで幻のように儚いようで美しい。

初めて会った時のようだと悟空は嬉しそうに目を細めて聞いていた。

他の3人も悟空と同じように、どこか心地よさそうに聞き入っている。

そんな彼らを見て太真は瞳を幸せそうに揺らして微笑んだ。

そよ風が箜篌の音色を桜に、空に運ぶ。

彼らが感じている幸せを分けるかのように。

この幸せが続いていくことを祈るように。

 

 

大好きなものを携えて、これを見て喜んでくれる貴方たちと生きていたい。

《今》が消えてしまっても、いつか、もう一度出会って。

貴方たちと肩を並べて歩いていこう。

その時……

今みたいなそよ風が吹いていることを願って。

 

あとがき…。

アイズさん〜〜!! すんません!!(;_;) もう何かいてんだかワカンナイし。

短いし〜〜〜!!/(@ロ@)/

「anam様、落ち着いてください……って無理ですわね。アイズさま、anam様が混乱しているのでわたくし太真が代わって挨拶しますわ。

えっと…まずわたくしが話中の弾いている楽器は箜篌(こうこう)と言います。くご、とも呼ばれますわ。ハープみたいなものだと思って頂け

れば十分だと思います」

――あと、太真はお菓子作りが趣味なんだよね。王夫人なのにさ。

「あら、王夫人であろうと金蝉様たちが喜んでくださっているんですから…」

いいよ、ってか文句言ってないんだけど。

「言ってるように聞こえたのはわたくしだけかしら?」

…ごめん、軽率だったかも。

「分っていますわ。ところで今回はほのぼのでしたわね」

うん金蝉とラヴにしようと思ったんだけどなんかこっちの方が良いかな〜ってさ。

これでも良いかな?

「アイズさま次第ですわ」

だよね、…ラヴは次回の課題だね。

「また送るんですの。懲りずに…? アイズさま、ご迷惑じゃないかしら…」

あとがき長いですが、駄文です! もらってっくれてありがとう! アイズさん!!

 


天界編を送ると息巻いて書いたもの。

どうして私は他人のことを考えずに…(TT)

でも、天界編はどうしてか、最後がもの悲しくなってしまうんだろう…

なぜ?

 

 

2001.9.15

 

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