夕櫻

 

 

 西の大地に太陽が沈もうとしている。

 青の空に少しの朱が混ざり染め上げる地平線を背に、ひとひら。

 桜が舞う。

「綺麗ね」

 あと数刻で消えていくだろう太陽に照らされひらりひらりと散る桜を見るのは、静夜である。

「ええ、全く。このまま行くと夕日を背景にした桜が見れるかもしれませんね」

 静夜の言葉にののほほんと頷くのは、八戒である。

 彼が上を向くと、そこには満開の桜。

 川沿いに沿うように立っている桜の木々を見つけたのはつい30分ほど前。

 森を抜け切る前の拓けた場所であり、地平線が良く見えた。

「こういうところで花見をするって言うのも悪くないですねぇ」

「そうねぇ…」

 にっこりと笑う八戒に対し、静夜も笑顔を浮かべようとして、失敗した。

 笑顔が苦笑に変わり、静夜は八戒から目を離して、前を見詰めた。

「こういう状況じゃなきゃ、すっごい良い花見だったんだろうけどな」

 溜め息をひとつ吐く静夜の目の前では、なにやら騒いでいる悟空と悟浄がいた。

 二人が持っている手の中には、缶詰が、一つ。

「悟浄ズリィぞ! さっき食べたじゃないか!」

「殆どお前が食っちまっただろうが! よこせ!」

「なんだよ他にもあるだろ!」

「前から目ぇ付けてたんだよ、勝手に食うなバカ猿!」

「バカ言うなエロガッパ!」

「やるかテメェ」

「望むとこ…」

「うるせぇいい加減にしろ!!」

 

 スパーン!

 

 ハリセンの見事な音が辺り一面に響く。

 三蔵のハリセンによって地面の上に潰れたバカ二人を見詰めながら、静夜はもう一度溜め息を吐いた。

 

 

 三蔵たちはここに花見に来たのではない。

 西への旅の途中のほんのちょっとしたアクシデント。

 もうすぐ街にたどり着くと言う時に、ジープが倒れたのだ。

「ジープ、大丈夫か?」

 ハリセンで叩かれた所をさすりながら、ぐったりとしているジープを悟空が心配そうに見詰める。

 揺れる金の眼を見て八戒は緩やかに目を細めると、ジープを撫でながら大丈夫だと言葉を返す。

「ここ最近無理をさせっぱなしでしたからね。今日一晩休ませれば、次の街までは頑張ってくれると思いますよ」

 八戒の淀みの無い言葉に悟空はようやく安心して、ホッと胸を撫で下ろした。

「そっか! 次の町に行ったらたくさん休ませてやるからな、それまでもうちょい頑張れよ」

 優しい悟空の声に、キューと返事を返すジープ。

 そんな微笑ましい二匹を包み込むように桜の木が囲み、花びらが落ちてくる。

 なんとも美しく柔らかい光景に悟浄は手に持っていた缶ビールを傾け、残念そうに呟いた。

「こうイイ感じに桜が咲いてんのに、色気の無い花見だよなぁ」

 ちらりと目線を下に向ければ、地に落ちた花びらと共に保存用の缶詰が転がっている。

「酒の肴が缶詰」

 ぐったりという効果音が聞えてきそうなほど肩を下がらせる悟浄を慰めるように、静夜は笑って彼の肩を叩く。

「買い溜めしてた缶ビールがあったのが、せめてもの救いだな」

 肩を叩かれ顔を上げると、静夜もまた缶ビールを片手に薄く苦笑を唇に乗せていた。

 しかし、眼はとても楽しそうに輝いているのを見てようやく、悟浄はニヤリと笑ってみせた。

「なによ静夜。お前ビール苦手じゃなかったっけ?」

 ビールの苦味がどうにも好かないと、以前静夜自身が口にしていたのを思い出したのだろう悟浄の言葉に静夜は、

「しょうがないだろ? ビールしかないんだし、今日はコレで我慢すんの」

 少し不貞腐れたように頬を軽く膨らませて、それでも悟浄に差し出す自分の缶ビールを引っ込めることはなく。

 差し出された缶ビールの意味を知る悟浄はそれ以上何も言わず。

「そーかい」

 口の端を上げたまま静夜の缶ビールに自分の物をカツンと当てた。

「乾杯」

 

 

 空が青から藍に変わり。

 太陽は地平線に引き込まれるように沈んでいく。

 大地と空が橙に染まっていくのを背景に。

 多くの花を満開に咲かせる桜を、騒ぎながらも三蔵たちは見ていた。

 朱色の太陽が桜を落ちていく花びらを照らしている。

「よくよく考えると…夕方の花見、なんてやったこと無かったよなぁ」

 ポツリと、悟空が呟いた。

「確かに。昼間やるときは夕方あたりで引き上げてしまって片づけで忙しいですし。夜は準備で忙しいですからね」

 悟空の言葉に八戒が頷くと、沈む太陽に照らされる桜を見上げる。

「夕方の花見なんていうモノはヤッパリ珍しいですね。でもコレはコレで趣があって良いと思いますよ」

「確かに」

 悟浄も頷くその隣で、三蔵は何も言ってはこないが、おそらく同じ気持ちなのだろう。

 真っ直ぐに太陽と桜を見詰めていた。

 太陽の光に照らされて、淡い薄紅をより色濃くしている。

 朱色の陽光をその身に宿すかのように。

「なんか、こう…」

 夕日と。

 その日に映える桜を見上げて、悟空が再び口を開けた。

 何かを言おうとして、良い言葉が見つからないのか暫く口の端をキュッと閉めていたが。

「桜、太陽から光を貰ってるみたいだ」

 結局良い表現が見つからなかったのか、はっきりとした声で言われなかった言葉。

 しかし、悟空が何を言いたいのか全員はっきりと解っていた。

 答えたのは、静夜だった。

「解るよ。昼間ももしかしたら太陽から光と貰ってるのかもしれないけれど、空が青いから淡い色の方が目立つんだよな。

こうやって、夕方直接太陽から光を貰っているから、夜にはどこかぼんやり灯っているかのように見えるのかもしれないね」

 昼の桜はただ純粋に可憐で美しく。

 夜の桜は惹き込まれるように妖艶で美しく。

 相対する美しさを作り出しているのが、この夕の桜があってこそと言うのなら、納得してしまうほどに。

 夕日に映る桜もまた、昼と夜とは違う美しさがあった。

「そう考えるとさ、桜ってどんな時でもスッゲー綺麗なんだな」

 悟空は夕日と桜を見上げる。

 沈み行く太陽の最後の輝きをその身に受ける桜はどこか、太陽との別れを惜しんでいるかのように、見えた。

 

 

 日も完全に沈み。

 珍しい夕日の花見も終わり。

 各々が野宿の準備をしている中。

 八戒が実に楽しそうに話し出した。

「明日には街に着きますし。ここの桜の咲き具合からして街の方もイイ感じに桜が咲いてるはずですから、仕切りなおしで花見に行きましょうか」

「お、いいねぇ。今度はきちんとした酒と肴にありつけるな」

 最初に賛同したのは悟浄である。

「なぁなぁ、メシは!? メシ!」

 悟空らしい台詞ではあるが、彼も行く気満々である。

 にこりと八戒は朗らかに笑う。

「大丈夫ですよ。沢山作りますから」

「よっしゃー!」

「三蔵、何かリクエストありますか?」

 諸手を上げて喜ぶ悟空を横目に三蔵に問いかける。

 三蔵はもしかしたら行かないと言うかもしれないのに、ほぼ断定形で聞いてくるのは。

 八戒にとって彼が否定の言葉を取ることは無いと確信しているからである。

 伊達に付き合いが長いわけではない。

 八戒の内心が手に取るように解る三蔵は憎憎しげに八戒を睨むが、彼にはどこ吹く風、ニコニコと笑っている。

 チッと舌打ちをしたあと、暫くして。

「…ケーキ」

 無愛想な声色で出されたモノに八戒はおろか、全員の目が丸くなった。

 全員の突き刺すような視線に耐えられなくなったのか、三蔵はますます全員から視線を遠ざける。

 

 

「そうだな」

 

 

 なんとも言いがたい雰囲気を壊したのは、静夜の嬉しそうな声だった。

「ケーキ、あたしが作るよ。八戒はメシ担当な。すっごい豪勢なの期待してる」

「豪勢っておい静夜」

「お祝いだし、またには良いんじゃねぇの」

 三蔵の言葉の意味を捉え切れていない悟浄に静夜は楽しそうに笑って見せた。

 

 お祝い。

 

 その言葉に八戒と悟浄は一気に理解する。

「そうですね。久々ですし、頑張って作りましょう」

「急にケーキ言い出すから何事かと思ったら…相変わらずだねぇ、三蔵様」

「寄るな鬱陶しい!」

 静夜同様に楽しそうに笑う八戒。

 意味を理解し三蔵をからかい出す悟浄。

 その悟浄を嫌そうに撥ね退ける三蔵。

 悟空はただ一人、未だ意味が解らずに目を瞬かせている。

「お祝い…?」

「悟空、まさか気付いてない?」

 小首を傾げる悟空を見て、静夜は驚いたように自分の弟分を見る。

 静夜を見詰める悟空の眼は答えを見つけていなかった。

 なんとも悟空らしいと、静夜は微笑ましく可笑しく思いながら答えをそっと口にした。

「今日、悟空の誕生日だろ? 一日遅れちゃうけど誕生日のお祝いを花見をついでにしてやろうってこと」

 ヤッパリなんだかんだ言っても三蔵だよな、悟空の事きちんと覚えてる。

 嬉しそうに笑う静夜を見て、悟空は今日が自分の誕生日だと思い出した。

 色々ありすぎて、スッカリ自分でも忘れていた事なのに、三蔵は覚えていてくれたのだ。

 金色の目が夕日に反射するのとは違う輝きで満たされていく。

「ありがとう、静夜!」

 喜びに満ち溢れた言葉を最初に静夜に告げると。

 悟空は未だに命懸けのからかいをしている悟浄と三蔵の元へ駆けて行った。

「さんぞー! ありがとう! 俺、激嬉しい!!」

「!! いきなり突っ込んでくるんじゃねぇよ! このバカ猿が!!」

 

 すぱーん!

 

 本日幾度目かのハリセンの音が桜の中へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 俺もいっかい夕日の桜が見たい!

 いいですね、頃合いを見計らって行ってみましょうか。

 じゃあその前に良い穴場か場所見つけておかないといけないな。

 八戒と静夜はメシ係りだし、俺が行くか。

 お願いしますね悟浄。

 三蔵は?

 三蔵はむやみに動き回らせるとアレだから、宿で大人しく待機しててもらった方がよくない?

 さんせー。

 右に同じですね。

 ……お前ら、そんなに殺されたいか。

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

 

7周年きねーーーーーーん!!

パン!(発砲)

ぐふ!

三蔵「死んだか?」

悟空「生きてる…」

悟浄「急所当たってもなお生きてるか」

八戒「相変わらずしぶといですね」

 

(流血の再生をしつつ)えー、こんなコントも久しぶりに。

今回は『夕櫻』、読んでいただいてありがとうございました。

八戒「今回は久しぶりに僕たちですね」

うん、やっぱり私のいろんな意味での原点そのイチだからね。

悟空「で、今回は何で夕日と桜?」

昔書いたネタで夜桜の話があったでしょ? だから今回は違う時間帯の桜の話を書きたかったのね。

悟空「昼間の書けばよかったじゃん」

昼間は外伝にあてちゃったんです。今回はキッチリ書き切ってみせるのでゴメン勘弁して。

悟空「…嘘つくなよ?」

四月馬鹿はもうとっくの昔に終わってるから大丈夫。

八戒「管理人の場合は企画倒れの方が怖いですけどね」

…言わないでι

悟浄「とはいえ、プロットとちょっと幾つか箇所が違うな」

うん、最初夕日に照らされる桜を『燃えてる』ようだって表現しようと思ったんだけど。

昔自分で撮ってきた(上手く撮れなかったけど)夕刻時の桜を見てて、燃えるようとはヤッパリ言い難くて。

でもなんか陽光を溜め込んでるみたいなイメージが湧いてきて。

悟浄「だからコレ?」

そゆこと。で、悟空の誕生日の話になるわけ、と。

悟空「最初は入れないつもりだったんだろ?」

でも、ヤッパリ悟空の誕生日久しぶりに祝いたかったし、一日遅らせちゃったけど…おめでとう悟空。

悟空「おう! でも誕生日話のキッカケが三蔵だったのにはビックリした」

本当は静夜か八戒だったんだけどね…三蔵全然喋ってなかったしここは一発被保護者に! と思って。

悟浄「で、あのケーキ発言と」

自分で書いてておわーとか思ったけど、インパクトは大事。

色んなところで三蔵に締めてもらいたかったって言うのもあるんだけど…ヤッパリ可笑しいよね!

…って三蔵様お願いですからこめかみに銃を当てるのはやめてくださ、お願いしま(パン!)

 

三蔵「死んだか? 今度こそ」

悟空「…生きてる」

三蔵(溜め息)

八戒「まあ何はともあれ」

悟浄「ここまで読んでくれてほんっとーにありがとな!」

 

2008.4.5

 

 

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