桜を貴方と

 

 

 

「そういえば、明日、悟空の誕生日なんだよな」

 久しぶりに静夜が働いている店に来た悟浄と八戒はその言葉を聞いて二人同時に静夜の方を見た。

「明日って…4月5日ですか?」

「そっ、悟空の誕生日」

「でも、悟空って記憶がなかったんじゃ?」

「三蔵と初めて会った日なんだって。4月5日って」

 悟浄の山積みになった灰皿をお盆にのせながら静夜は言う。

「知りませんでした」

 悟空と三蔵に出会って1年近く経つが、悟空の誕生日については今日が初耳だった。

少し呆けている八戒を見て静夜は軽く笑う。

「いいじゃんか、別に。今まで知らなかったほうが当然なんだって」

 俺も直接悟空に聞くまで知らなかったしさ、と静夜は頭を掻いた。

「そうですけど…」

「んで、お前は何かやったのか?」

 渋面している八戒を見ながら悟浄が口を開く。

「俺? ああ、やったよ。お手製のケーキ」

「…お前、料理できるのか?」

「――俺が何処に働いてるか分かって言ってんのか?」

「わりかったって」

 にやっと笑う悟浄を見て静夜は大きくため息を吐くと踵を返してカウンターの方に歩いていった。

女将と何やら話をした後、かけていたエプロンを外して再び悟浄と八戒の席に戻ってくる。

「いいんですか? 仕事の方は?」

「うん。女将さん、しばらく暇だから休んで良いって言ってくれたから」

 八戒に言葉をかけて静夜は席に座った。

「ところでさ…2人に聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか? 改まって」

「その日、暇?」

「「はい?」」

 静夜の突然の言葉に目が丸くなる八戒と悟浄。

「暇っちゃー暇だけどよ。なんで?」

 悟浄は静夜に視線を向けながら新しく咥えた煙草に火を付ながら聞いてくる。

「実はさ…」

 静夜が話そうとしたそのとき、店の戸が開いた。

「あれ? 悟浄と八戒じゃん。久しぶり」

 長い大地の色をした髪を揺らして入ってきたのは悟空だった。

後ろには三蔵が立っている。

静夜は驚いたように入ってきた2人を見つめ、慌てて席を立とうとすると、

「静夜ちゃん、あたしがやるから座ってて」

 女将がにこやかに言ったので、静夜は頭を下げて感謝を表している横をトタトタと悟空が横切っていく。

「2人もこの店に来んの?」

 嬉しそうに悟空が静夜の隣の椅子に腰を下ろしつつ八戒に聞いてくる。

「ええ。時々ですけど」

 八戒が笑いかけながら悟空に答える横では悟浄がニヤニヤと笑いながら三蔵に声をかけていた。

「よ、三蔵様。相変わらずしかめっ面だね」

「殺すぞ」

「殺すんなら店の外でやれよ、三蔵」

 悟浄の放った軽口に三蔵が本気の殺気で応えるのを感じ、静夜が止めにはほど遠い台詞で止めた。

「――三蔵様、いつもので良いですか?」

 そんな微妙に物騒な光景がすでに日常の光景と化しているのか、肝が座っているのか笑いを堪えている女将の声が響く。

「…ああ」

 三蔵が手短に応えた。

「何? いつものって?」

 悟浄が興味津々に聞いてきた。

三蔵は無言を返し、その代わりに静夜が答えた。

「飲茶の大盛セット」

「……あっそ」

 悟浄は煙草を落としそうになった。

それが誰が食べるんだとは聞かない。

誰だか分かるから。

「悟空。貴方、明日誕生日なんですってね。静夜から聞きましたよ」

 静夜の答えに苦笑を浮かべた後で、八戒が悟空に向かって言うと悟空は嬉しそうに頷いた。

「うん! そうなんだ」

「何かプレゼントが必要ですね。悟空は何がほしいですか?」

「え!? 八戒、くれんのか?」

 悟空がパッと嬉しそうに顔を輝かせる。

「当たり前ですよ」

「ホント、スッゲー嬉しい! ありがと八戒!!」

 とても嬉しい申し出に悟空は両腕を組んで少し考えていたが、そのうちに首を横に振った。

「……。思いつかないや」

「え?」

 八戒は驚いて眼を丸めた。

あまり見ない八戒の驚いた顔に悟空は安心させるようにニパッと笑う。

「だって俺、一番ほしいもの静夜に頼んであるもん」

 な、静夜を振り替える悟空を見て彼女は困ったような顔をして、しかし笑顔で頷いた。

悟浄と八戒はどういうことだと互いに顔を見合わせ、三蔵は呆れたように静夜を見つめた。

本当にしたのかと、そういう視線で。

「静夜に頼んだものってなんなワケ?」

 悟浄が聞くと悟空は金色の目を細めた。

「桜!!」

 

 

「この間、寺に行ったときに聞いたんだよ、誕生日プレゼントに何が欲しいってさ」

 大盛飲茶セットを食べている悟空の横で静夜が事の次第を説明し出した。

「そしたら、桜が欲しいって言い出して…」

「なんでですか。桜が欲しいって?」

「前にここに来たときにどこぞの客にでも自慢されたんだろうな」

 静夜はそのときのことを思い出す。

『なあ、静夜、今桜って咲いてんのか?』

『は? そりゃ咲いてるけど。何で急にそんなこと言うんだよ?』

『この間、静夜んトコに飯食いに来たとき誰かが言ってたんだ。花見に行ってきたって。

なあ、今桜咲いてんのか?』

『咲いてるは咲いてるけど…』

『俺も見たい!!』

『…………え?』

「これにはさすがに困ってさ」

 今の時期、桜の盛りなのでここぞとばかりに花見に行く人が多い。

桜が綺麗に見える名所などは花見をするのに1週間待ちという事態も起こっている。

はっきり言って今花見をしようといっても無理なのだ。

「それ、きちんと悟空に言ったんですか?」

「言ったに決まってんだろ」

 八戒を軽く睨む。

『でも、まだ、どっか空いてるかもしれないだろ。俺も見たい!』

『おい、無理言うなよ。今の時期は花見客で一杯でほんとに何処も場所なんてないんだって』

『でも……!!』

 これが三蔵だったらハリセンかまして終わりにしていたことだろう。

しかし、静夜にはそれができず…。

「で、誕生日プレゼントに【それ】をすることになったんですか?」

 八戒の呆れた表情を見て静夜は苦笑した。

「悟空に負けてさ。それに…」

「それに?」

「……誕生日だし、な」

 彼女の表情がどこか寂しいように見えたのは果たして気のせいか。

 

祝ってもらいたいものじゃない?

自分が生まれてきたって事を喜んでもらいたいじゃない?

それは、単に思い過ごしでしかないの?

 

彼女の顔はどこかそう問うているようだった。

「静夜の気持ちは分かりましたけど…」

「桜のことか?」

「はい」

 八戒の言いたい事は静夜も十二分に分かっている。

「今の時期、桜が見れるって所は皆埋まってるからな〜」

 悟浄がつぶやく。

「俺はよせと言ったんだ」

 三蔵は不機嫌そうに言った。

それは結局駄目だったとわかった時の悟空の落胆した顔を見たくないためか。

静夜の困った顔を見たくないためか。

不機嫌に言い放つ三蔵の言葉に、予想外にも静夜はニッと笑って見せた。

「それがさ、見つけたんだ」

「…………えっ? ………えええーー―ー―!!!!!」

 静夜の満足そうな笑みに悟空を除く3人は迷惑極まりない声をあげ、その声は店中に響いていった。

 

 

「三蔵ー! はやくはやく!!」

「うるせーよ、サル」

「八戒たち来てるかもしれないだろ!!」

 嬉しさが弾けそうなほどの笑顔で後ろにいる三蔵に振り返りながら悟空は歩いていた。

――明日、夕日が落ちたら店に集合な。

 

静夜がにっと笑いながら言った言葉が耳から離れなくて。

桜が見れると朝からはしゃいでいた。

三蔵にして見ればうざいにこしたことはないのだが。

「あ!! 静夜ーーー!!」

 ようやく静夜が働いている店が見えてきた。

悟空が桜を見せる人物を見つけると走り出した。

そして、静夜の前に立つ。

「こんばんわ、悟空」

「こんばんわ、静夜」

 2人は顔を見合わせ笑い合う。

「ようやく来たな」

「悟浄!! 八戒も! やっぱ来てたんだ」

「ええ。静夜に一緒に来ないかって言われましたからね」

 悟浄の隣で八戒が笑っていた。

その手にはいい匂いを漂わせているバスケットが。

「お花見ですからね、一杯作ってきちゃいました」

 悟空が目を輝かせてバスケットを見ているのに答える八戒の隣で、呆れたような顔をしたのは三蔵だった。

「こいつ、寺を出る前にも食べてきやがったんだぞ」

「悟空らしくていいじゃん」

 苦笑して静夜。

「ところで、何処に行くんだ? 桜が咲いてる場所見つけたっていってなかったっけ?」

 悟浄が2本目の煙草に火を点けながら聞くと静夜は頷いた。

「ああ。とっておきのところをな。でもこっからかなり距離があるだ。だから…」

「ジープで行くんだよな」

「そういうこと」

 悟浄に頷き返して八戒のほうを向く。

「行きますか?」

「うん」

「分かりました。それじゃあ、ジープ、お願いしますね」

 八戒の肩に乗っかっていたジープはキュウーと鳴いた。

 

 

朧月が黒に染まった空を淡く照らす。

その光の恩恵を受けて光るのは…桜。

風も吹いていないのに落ちていく花びらは全てのものを酔わすほど、美しい。

「…………すげえ」

 目の前の桜を前に悟空がやっとのことで呟く。

「そうだろ、俺もこの桜の夜桜は初めて見たんだけど…予想通りだったな」

 満足そうに笑う静夜に三蔵が声をかける。

「お前、いつこれを見つけた?」

「見つけたのは去年。長安に来てそこらへんぶらぶらしてたとき。あんまり綺麗だったんでしばらく見てたのを思い出したんだ」

 あまりに綺麗でこの桜を見たのは夢だと思い込んでいた。

しかし、悟空が桜が見たいといったときにこの桜がすぐに頭に浮かんで。

「思い出したってのは変だけど…夢じゃなくて実際の桜だってことに気付いて、さ」

 目の前にあるのは美しい枝垂桜。

薄紅の花びらが、ひらひら落ちる。

「どう、悟空?」

 悟空が声を掛けられた先を見ると静夜は微笑んでいた。

名付けられた日に桜が見たい。

そう言ったのは自分だったが、後でそれがとてつもなく難しいと三蔵から聞いた時は彼女に大変なことを頼んでしまったと後悔していた。

しかし、微笑んでいる瑠璃色の瞳の少女はその望みを聞いてくれた。

自分にこんなに美しい桜を見せてくれた。

「……うん!! スッゲー嬉しいよ!! ありがと、静夜!!!」

 言葉では言い表わせない思いが伝わるように悟空はとびっきりの笑顔で答えた。

 

 

 

頭の上には月と桜。

目の前には自分の大切な人たち。

彼らは微笑んでこう言った。

――― Happy Birthday!!

 

 

 

 

 

 

Fin


何がいけなかったって……全部・・・。ハウ!!

静夜「悟空の誕生日。なのに、お前はこんなんしか書けんのか!?」

あううう…反省してるってー!!

静夜「でも、あたし、前のしゃべり方だね」

うん、旅に出る前だからね。へぼくてほんとにごめん。

静夜「ホント。読んでくれた方、ありがとう」

2001.4.4

改稿 2005.11.5

 

 

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