―――――――――――――血の色!
――――――――――――――――なんて赤い血の色!
――――――――――――――――――――――――あの女と同じ!
ああ、泣いている。
俺のせいでカアサンが泣いている。
笑ってほしいのに…
泣かないでほしいのに…
俺がいるからカアサンは泣くんだ。
俺が死ぬことでカアサンが笑うのなら…
この命なんかいらない。
そう思って眼を閉じる。
目を再び開ければ、俺のじゃない血溜まりが目の前にあって。
その向こうには兄貴がいて。
泣いている。
ああ、俺は死ななかったんだ。
死ねなかったんだ
カアサンのために消えるはずだったこの命は今でも燃えていて。
苦しかった
俺があの時死ねば、
あの時殺されていれば
カアサンは笑ってくれたのに。
そう思った瞬間
誰かが髪を撫でていた。
赤い血の色をした髪を…
優しく、本当に優しく撫でていた。
大丈夫だとでも言うように
もう苦しまなくても良いと言うように
罪人の罪を赦しているかのように
暖かい優しい手が
俺の赤い髪を撫でていた。
その感触は
涙が出るほど嬉しかったんだ
悟浄は目を開けて上体を起こす。
そして暫くボーっと天井を見上げるとベッドから起き上がった。
「…なんだかなぁ」
久しぶりに見た。
自分を振った唯一の女<ひと>。
その人に殺されるはずだった自分。
しかし、殺されたのは……
どうしようもなく悲しい思いにさらされたときに触れられた優しい手。
「……三年前だったよな」
自分の赤が赦されるとかそういう代物ではないと一蹴された後の自分の誕生日。
まるで赦されるのを許さないとでも言うように夢に出てきたアノトキの光景。
それを見た自分を慰める…癒すかのように触れられた手。
赤い髪を愛しそうにゆっくりと撫でている手を、久しぶりに思い出したように感じた。
あれも夢の続きだったのだろうか?
悟浄は暫く考えていたが大きく溜息をつくと着替えて下の階へと降りて行った。
ちらりと見たカレンダーの日付は11月9日だった。
旅をしているからそんなに豪華ではない、しかし温かみのある言葉を投げかけられた。
「おめでとう」
静夜がにっと笑って言う。
「おめでとうございます」
八戒はにこりと笑う。
三蔵はちらりと悟浄を一瞥し、新聞に目を戻した。
「これで悟浄もまた年寄りになったな」
悟空がニシシと笑っていつもの口調で言ってくる。
それに悟浄はにやりと笑い応戦する。
売られたケンカは買う主義だ。
「大人の男の色気が増したって言えよ。お子様ザル」
「お子様じゃねーよ!」
「俺よりも4つ下のクセにどこがお子様じゃないって?」
ホレホレ言って見ろと顔を覗き込む。
悟空は悟浄を睨むと食って掛かった。
「年はカンケーないだろ! このジジガッパ!」
「ジジィだと? ふざけるなよコザルちゃんv」
「ムキー!!」
「…てめぇら、ウゼェ!!!!!!」
ブチンと何かが切れる音がしたかと思えば三蔵がハリセンを出して悟空と悟浄の頭を殴っていた。
「「イテーーーーー!!」」
「…ああ、始まっちゃいましたね」
八戒が全然困って無い笑顔でほのぼのと言った。
「誰の誕生日だろうと、こればっかはね〜」
静夜がからからと楽しそうに目の前で繰り広げられている死闘を見ている。
もはや、誰も助けようとはしない。
2分後、とうとう逃げ切れなくなり本当に命の危険に悟空と悟浄がさらされたとき、ようやく止めにかかる。
「はいはい、そこまでにしておきましょうね」
「三蔵、弾の無駄だからもう良いだろ?」
八戒が悟浄たちを助け、静夜が三蔵を宥める。
2人に懸かればすぐに大人しくなる3人。
これで無視しようならば怖いのだ…特に八戒が。
静夜はボロボロにばった悟浄を見て笑う。
「せっかくの誕生日なのに。災難だな」
と悟浄に近付くと彼の赤い髪を撫でた。
罪を赦さんとする優しい手
悟浄は目を見開いて静夜を見た。
当の静夜は急に顔を上げた悟浄に驚いているようだ。
瑠璃の眼が大きくなっている。
「どうした?」
髪から手を離し顔を覗き込んでくる静夜。
自分とは対照的な色の眼に悟浄は我を取り戻して薄く笑った。
「いや、何でもねぇよ。―――ただ」
「ただ?」
静夜は首を傾げる。
悟浄は静夜に向かってにっと笑うとどこか嬉しそうに言ったのだ。
「俺を過去の夢から救ってくれた天女の手に似てたなって思っただけ」
3年前。
悟浄の誕生日に悟浄のウチへ行ってパーティーを開いた。
って言っても飲み会みたいなものになったのはお約束って言えばお約束だけどね。
皆でワイワイ楽しんでそのまま泊まる事になった。
朝方、なんでか目の醒めたあたしは水を飲みに台所に行こうとした時だった。
「……母さん」
苦しそうに呟く悟浄の声を聞いたような気がしたんだ。
他の連中を踏まないように悟浄の傍まで来ると、
彼は悲しそうに、苦しそうにうなされていた。
それを見てあたしは彼が何の夢を見ているか解った。
彼に関する赤い髪にまつわる悲しい過去のことは聞いたことがある。
たぶん、誕生日だからなのだろう、見てしまっているのだ。
罪人の証の色ではないと一蹴されたのに。
彼の心はそれを赦してはいなかったのだろうか。
いや、もう心に染み付いてしまったんだろうな。
…もう、苦しむ必要など、どこにも無いのに。
貴方のお母さんだってきっと、貴方を愛したかったんだと思う。
でもそれ以上に自分を捨てた男が憎かったのだろう。
〔母〕ではなく〔女〕を選んでしまった人。
他人のコトながらあたしは悲しくなった。
せっかく生まれた日なのに、
自分の存在を否定する、
そんな夢を、見るなんてな。
あたしは悟浄の頭を撫でた。
短く切った髪はあれから少し伸びてて梳くうとサラサラと赤い髪が流れた。
こんなにも綺麗な髪なのにね。
こんなにも人の命のように燃える色をしているのにね。
綺麗な命の色。
どうかこの日だけは彼を罪夢にうなされないように
自分の誕生を祝えるように
彼がほしがったものではないけど、
それに近い物を
あたしがおくってみよう。
絶対、本物の方がイイに決まってるけど。
でも…せめて今だけは。
あたしに彼の〔母親〕をやらしてください。
カタチには決して残らない
あたしの誕生日の贈り物。
静夜は悟浄の顔を見てへぇ〜と気のない言葉を返す。
そんな彼女に悟浄は呆れた表情を浮かべた。
「おいおい、なんだよ。もうちょっと感激してくれても良いんじゃない?」
「だってあたし天女じゃないし」
「そりゃ見れば解るって」
にーっと笑う悟浄に静夜は小さく息をついた。
「よかったじゃん」
静夜は言葉とは裏腹の綺麗な笑顔を浮かべた。
「天女に命色の髪を触ってもらえるなんて」
悟浄は静夜の顔を驚いたように見る。
綺麗な微笑みから勝気に口の端を上げた静夜を見て悟浄もにっと笑い返した。
「そうだな」
「悟浄、静夜。何してるんですか、早く行きますよ」
八戒が声を掛ける。
「そうだよ、これから旨いもん食いに行くんだからな! 早く早く!!」
「うるせぇ…少しは大人しくしろ、悟空」
2人に向かって大声を上げて手を降る悟空のとなりで不機嫌そうに顔を顰める三蔵。
静夜は3人に向かって頷くと走り出した。
途中、悟浄のほうを向く。
「行こうぜ! 悟浄!」
天女とは程遠い、しかし限りなく近いように思わせる笑顔の静夜を見て悟浄は頷いた。
「ああ」
命色の君
誕生日おめでとう
HAPPY BIRTHDAY For GOZYOU
あとがき
…白状します。
悟浄の誕生日思い出したのは一昨日です。
八戒「相変わらずですね管理人」
悟空「でも今日じゃなくて良かったな」
八戒「今日じゃなくてもネタを思いつかなくてきちんと書き終えなければ同じことでしたけどね」
三蔵「珍しく、書き終えたな。今日中に」
…現在9日の午前1時25分です。
悟浄の誕生日って時に話が浮かんできてさ。
静夜が悟浄の頭撫でるって話。
ただ、悟浄の夢をどう判断するかが困った。
だってあれって悪夢とは言いがたかったからさ。
久しぶりに創作語を作ってみたり?
まあ、出来上がったんだからイイジャン。
悟浄「ホントにな、お前にこんなに早く仕事が出来るとは思わなかったぜ」
…そうですか(笑)
まあ、お誕生日おめでとうね、悟浄。
悟浄「……ああ」
2002.11.9.