声にならない声、三蔵は良く聞こえるらしい。
坊主だから当然だって悟浄は言うけど、そうじゃないと思う。
聞こうと思えば、誰だって…
焔は墓の前に立っていた。
周りには森の木々が覆い繁り薄暗い。
以前にも来た、場所。
「鈴麗…」
守ることすら出来なかった。
声を聞くことすら出来なかった。
叫んでいたかもしれな心の声を。
ガサッ
草を踏み分ける音、誰かが近くにいる。
身構えてここに来るだろう誰かの気配を感じ取ろうとする。
「あ〜〜!! もうサイッテー! なんでおちんだよ!! ちくしょー!!」
気の高まりが削がれてしまった。
それ程に素っ頓狂な声。
この声の主は…
「何をしているんだ…太真」
「!! 焔!!」
焔の声を聞いて静夜はそちらを振り向き武器に手をかける。
振り向き様に濃紺の髪がふわりとなびいた。
「そんなに警戒することはないだろう」
薄く笑う焔を見て静夜は、とりあえず武器にかけてあった手をはずす。
「警戒するな、という方が無理な話だな。あたしにとってお前は敵なんだから」
「それは俺だって同じことだ。それで何をしてるんだ」
「そういうお前は何だってこんな処にいるんだ」
焔は意味ありげな笑みを浮かべているだけで何も言わない。
言う必要が無いというように。
静夜は顔を顰めたが大きく溜め息を吐くと、
「紅孩児の刺客と戦ってるときに足踏み外して崖からおったんだよ」
決まり悪そうに不機嫌そうに言うと焔の方を見て、そしてその先にある小さな石の塊を見た。
簡単な作りだが、誰が見てもそれが何なのかはわかる。
小さな墓だ。
「…誰の墓なの?」
墓を見つめて静夜は焔に聞いてきた。
焔は静夜の視線を追って再び墓を見る。
問われることを分っていたのか驚きもしなかった。
「…俺は心の声を聞くことが出来なかった」
静夜は突然話し出した焔の方に目を向けてしかし、何も言わなかった。
「傍にいたにもかかわらず、守ることも声を聞くことすら出来なかった。ずっと傍にたいと、言っていたのに…」
墓を見ている色違いの瞳はどこか悲しい。
「…大切な人だったんだ」
きづかわしげに静夜は焔の目を見ていた。
焔は静夜を見る。
静夜に先ほどまでの警戒心は欠片も無くなり、優しい微笑みを浮かべていた。
暖かい微笑みだった。
それが逆に苦しい。
「…ああ…」
「人だったの?」
「いや、天界人だ」
「え? だって…」
瑠璃色の瞳を見開く。
神ならば、永遠に近い時を生きるはずである。
なのに、どうしてここに墓があるのだろう。
静夜の視線に意味を悟ったのか焔は自嘲気味に笑う。
「俺と一緒にいたために天帝に人間に転生させられてしまった」
「!! そんななんで?!」
張り上げた声を出した後焔の片目を見て静夜は息を飲んだ。
金晴眼<きん>の目。
この世で忌み嫌われる、美しい瞳。
「天界では俺は不浄なものだからな。不浄なものが天界の神と交わることは禁じられていたんだ」
天帝の前では成す術も無い。
もう誰とも通じ合えないように闘神太子とさせられた。
不浄なのもには不浄な地位を。
「それでも、俺は彼女に…鈴麗に逢いたかったんだ。随分遅くなったが、彼女の墓を見つけることが出来た」
「――ずっと探してた?」
「ああ」
「だったらその人は…鈴麗さんは幸せね」
焔の自嘲に満ちた表情は弾かれ消えていった。
「この世で一番悲しいことは忘れられる、ということだから。たった一人でもいい、憶えていてくれる人がいればそれ
はとても幸せ。愛する人が忘れないで探して、会いに来てくれることは嬉しいことだとあたしは思う。きっと鈴麗さん
だって…」
優しい笑みを浮かべたまま静夜は焔を見つめる。
その微笑みがある人物と重なる。
『ごめんなさい、焔様…。わたくしが傍にいたにもかかわらず…・』
鈴麗の心に気付けなかったと、苦痛の表情で焔の謝罪をしていた女神。
誰よりも他者を思いやる天女。
神らしかぬ、しかし、最も神に近い存在だった彼女の穏やかな時の表情と静夜の今の表情はとても良く似ていた。
当たり前か…。
焔は薄く笑うと静夜に向き直った。
「本当にそう思うか?」
「ええ。だって自分は愛されているんだって分るから。声が聞こえたって分るから」
「声?」
焔はどこか面食らったように静夜を見た。
静夜はそんな焔の顔を見て軽く笑う。
「貴方に会いたい貴方に会いたいって声は聞こえるもんだよ」
「…俺は何も聞こえなかったが」
静夜は呆れたふうに息を吐く。
「普通はそうなんだよ。聞こえなくって当然。はっきりとした声で聞こえるなんてことは本当にまれなの。でもさ…」
一端言葉を区切り、もう一度言葉を紡ぐ。
「ホントはみんな聞こえるんだ。心の奥底から本当に聴きたいと願えばを聞くことが出来るんだ。自分自身に
自覚が無くてもね。無意識に心と心が引き合う。貴方の声にならない声を鈴麗さんの心が聞く、鈴麗さんの声に
ならない声を貴方の心が聴きとめる。
言葉として聞こえないから、分らない。でもきちんと伝わってる。だから会えたんじゃないの。
引き合ったから、通じ合ったから。あたしは、そう感じるよ」
なんとなくだけど、と笑った後静夜は何かを思い出したように決まり悪そうに舌を出した。
「あ、でも、これはあたしがどうこういう問題じゃないよな。焔はどうなんだよ、鈴麗さんの、お墓だけどさ、会えて
嬉しくなかったのか?」
睨まれるかたちの視線に焔はもう一度薄い笑みを浮かべる。
「嬉しくなかったと言えば嘘になるが。しかし、俺は満足したわけじゃない。俺は俺の目的を果す。魔天経文と
孫悟空を必ず手に入れる。――俺自身のためにな」
「――経文も悟空も渡さない。お前が何を望んでいるか分らないけど、絶対に止めてみせる。あたしがあたしの
ために生きるために…」
静夜がそう宣言したその時けたたましいエンジン音が聞こえてきた。
「静夜!!!!」
森の木々を上手い具合に避けながら来たのは見慣れたジープだった。
静夜の数歩前という所で止まると見慣れて、もう飽きるほど見ている顔が上がる。
「静夜、無事ですか? 怪我は…」
「焔!!!」
八戒の言葉を遮り悟空が静夜の手前にいる人物を見て怒鳴る。
その光景を見て焔はふっと笑うと踵を返す。
「逃げるのかよ! 焔!!」
「今回はお前たちに用はない。次にとっておく」
「次って、オイ!!」
悟空は今にも飛び掛かりそうな勢いだったが何事もなく静夜がジープに向かって歩いてくるのを見て怒気をそがれた。
「いいんですか?」
ジープの前まで来た静夜の向かって八戒が尋ねる。
「いいんじゃない? ここに来たの、別用みたいだったし。近くに是音や紫鴛もいるかもしんないし。それにあたし、
崖からおったから今あんま動きたくないの。だから、行こうぜ」
「…はい。そうですね」
にこっと微笑んで八戒は頷くと静夜が乗った後再びエンジン音が聞こえてきた。
「そういえば、なんで落ちたんですか?」
ジープを走らせながら八戒が問う。
戦いにおいては自分たちよりも経験のある静夜がへまをして崖から落ちるということはなにかがあったということだ。
傍目から見て毒を食らったという様子はない。
八戒の言いたいことがわかったのか静夜は小さいがきちんと聞こえるように答えた。
「……声が……声が聞こえたの」
「声? もしかして焔のか?」
悟空が顔を近づけてきたのを見て苦笑した後静夜はかぶりを振った。
「女の人の声。あの人に伝えてって声を聞いたんだ。あの人に私は幸せだったって誰か伝えてって声を。
あの人って誰って考えてたら落ちたってわけ」
「そうだったんだ……んで伝えられたの、あの人って言う人に」
悟空が興味津々に聞いてきた。
静夜は笑うとかぶりを振った。
「言う必要が無かった。きちんと伝わってた。本人、気付いてなかったみたいだけどな」
聞こえてたから来たんだろ、焔…
静夜はどこか心が幸せで一杯になるのを感じて瞳を閉じた。
焔が森を抜けた所に二つの人影が立っていた。
「よう大将、なんか良いことでもあったか?」
是音が意味ありげな笑みを浮かべて焔に近づく。
それに続くように紫鴛も近づく。
焔自身はいつもの表情をしていたつもりなのだが。
長い付き合いで分ったのだろうか。
「いいこと、か」
青い髪が脳裏に映る。
「太真に会った。相変わらずだったな」
「王夫人にですか? 随分変ったように思いましたが…」
「そうだな…」
でも、心は変ってはいない。
まっすぐで何者にも臆しない強い心。
そして、温かな人の心に安らぎを与える微笑み。
どんなに姿が変ろうと彼女は彼女なのだと分った。
「行くぞ」
青い髪の幻影を振り切るように焔は二人に向かって短く、力強く言った。
是音と紫鴛は軽く頷いて歩き出した。
焔も歩き出そうとして、不意に振り返り森を見る。
リンレイ…
暫く見つめていたが何かを決意し直したような表情を顔に現し焔は歩き出した。
あとがき
悟空「連続2つ出し・・・。」
八戒「天界の話じゃなかったんですか?」
anam「これ天界の話書く前に書いてたやつ。もう少しで幻想魔伝終わっちゃうから。焔の話かいたし…ついでに贈ってしまえってことで」
悟浄「アイズさん、かわいそうじゃねーか」
静夜「そうだよな、一個ならまだ我慢できるけど二個じゃ……」
anam「m(ーー)mごめんなさい。三蔵と悟浄でてないし、焔はなんか偽者チック」
三蔵「全く…。2つとも捨ててくれても良いぞ」
anam「だからごめんっつってるだろうが、お前らーーーーー!!」
↑のとうりです。もう何もいいまい…
2001.9.15