朝起きたとき、三蔵はまだ夢を見ているのではないかと思った。
キッチンで料理をしているのは、八戒。これはいつもの朝の風景である。
悟浄は毎度のことで朝帰りをしたらしく、寝室からでも十分に聞こえる騒音の後、部屋の戻っていったらしく、
今は部屋で寝ている。
悟空は、まだ起きてくる時間ではないから起きてはいない。
どう見てもいつもの光景だ。
しかし、これは…。
自分が座るべきところに座り、新聞を読んでいるこの人物は。
「よう、起きたのか、三蔵」
三蔵に視線に気付いて振り返った人物は、不敵な笑みを浮かべた。
観世音菩薩、三蔵達兄弟の住んでいる家の隣に住んでいる住人だ。
時折、うちに夕食をせび、三蔵をからかい去っていく人物である意味、焔と同じくらい面倒な存在かもしれない。
だが、今は夕食の時間ではなく、朝食の時間だ。
なんでいるんだ。
ウンザリした表情を隠したつもりだが、観世音にはわかったらしい、
「何でいるんだっておもってんだろ」
「…なんでわかった」
「俺にわかんねーことなんてねーよ」
不敵な笑みは観世音の普段の笑みである。
さすがに、俺は神様だからな、とは言わなかったが、そこは三蔵より長く生きている観世音の経験からくるものなのだろう。
「八戒、何でこいつがいるんだ?」
亀の甲より、年の功。さすがに頭の回転は八戒と並ぶくらいに回る三蔵はそう思い、これ以上突っ込むことを止めて、八戒の方を向いた。
「なんでも、二朗神さんが胃潰瘍を起こして今日の明け方、入院してしまったらしいんです。」
コンロの火を止めながら八戒は答える。
二朗神は観世音の叔父で何かの理由があって一緒に暮らしている、観世音の家の家事いっさいを仕切る人だ。
叔父であるのに、観世音の破天荒ぶりに何回も胃を痛めた事があるらしい。
今回の胃潰瘍もはやり観世音の仕業といっていいのかもしれない。
「んで、家事をするやつがいなくなったからお前んちに来たってワケ。わかったか?」
八戒のセリフをつなげるように観世音が新聞を見ながら言った。
「自分で出来ないのか?」
「めんどくせーだろ? それならタダで美味い飯が食えるこっちに来た方が効率的だからな」
確かに八戒の作る飯は美味いが…。
「図々しいと思ってるだろ、ん?」
観世音、的中。三蔵はまたも自分の心を読まれてしまった。
「仕方ねーだろ、俺がやったら家がブッ壊れるかもしれねぇからな」
睨み付けてくる三蔵を横目で見ながら、小声で呟いたとき、小さな足音が聞こえてきた。
この家の兄弟の末っ子が起きたのだ。
「おはよう……あれ、観世音のおばちゃん? どうしたの?」
うさぎのぬいぐるみを持っていない方の手で目覚めきってない目を擦りながら、しかし、しっかりと観世音の姿を見て悟空は首を傾げる。
「悟空、おはようございます。観世音さんはちょっとした理由があって朝ご飯をうちで食べるんですよ」
「りゆう?」
「二朗神さんが胃潰瘍って言う病気で入院したんです」
「え!? 二朗神のおじちゃんが!?」
「心配ねぇよ、チビ。ただの腹痛だからさ。すぐに元気になる」
新聞をたたんで悟空を見ながら観世音は何気なく言う。
ただの腹痛って…。
ちがうと否定したかったが、悟空が安心したように笑ったので何も言わないでおいた。
二朗神には悪いが、悟空の笑顔にはかえられない。
とんだブラコンである。
「ところで、二朗神はいつ退院するんだ?」
八戒が悟空を着替え得させる為に2階に上がっている間に、三蔵は新聞を読みながら観世音に聞いた。
「あー? だいたい1週間だな。それまではここに泊めてもらおうと思ってるけどな」
「ちょっと待て!! なんでここに泊る必要がある! お前のうちは隣だろう!!」
「めんどくせーじゃん、メシん時にちょくちょくこっちにくるなんてさ」
三蔵のもっともらしい言葉に観世音は怠け者が納得するようなセリフを返した。
それに加え、
「それにお前んちの次男はオッケーしてくれたぞ」
「八戒〜〜〜〜〜!!!」
ほのぼの笑顔の次男のお人好しの性格を思い出し、三蔵は2階にいる八戒に向かって叫ぶ。
「何ですか? 三蔵。そんなに大声出して」
八戒は階段を降りながらきょとんとしたように聞いてきた。
三蔵は八戒に詰め寄る。
「お前、こいつを家に泊めるのか!?」
指差した先には、観世音。
「ええ、そうですよ。僕の作るご飯が美味しいって言ってくれましたからね……それに」
「それに?」
「一人は、サビシイでしょ?」
「……」
決して狭いとは言えない家に一人なのだ。今の観世音は。
広い家に1人というのは確かに淋しいし、どこか、悲しくなってくる。
そして、どこか怖い。
1人で留守番をしているときによく感じていた感情を思い出し、三蔵はどう答えていいかわからずに顔をしかめた。
「だから、二朗神さんが退院するまでです。1週間なんて、あっという間ですよ」
「…わかった」
三蔵は暫らく考えて、頷いた。
「んで、この人をどこにとめんだよ、八戒?」
悟浄が赤い髪を掻きながら尋ねてくる。
朝帰りだったが、三蔵の上げる声に目を覚ました悟浄は下に降りてきて、三蔵と同じリアクションをした。
朝食を食べ、とりあえず長男を落ち着かせてから八戒は大まかに説明した。
落ち着きを取り戻した後で、悟浄は観世音の泊る場所の事を聞いた。
「泊るっていっても、寝る場所がなきゃ意味ねぇじゃん」
「大丈夫、場所はありますよ」
「どこよ?」
「悟浄の部屋ですv」
「……マジ?」
「ええ。悟浄の部屋に泊ってもらおうかなって…」
「そいつは止めとけ」
三蔵が手早く突っ込む。
「そいつの部屋なんかに入っても寝る場所なんかないだろう」
「おい、ソレってないでしょ?」
「じゃあ、片付いてるのか?」
「うっ…」
息の詰まった悟浄を見て八戒は笑った。
「冗談ですよ。流石に客人を誰かの部屋に泊めるのはいけませんからね。八百鼡さんの寝室を使ってもらいましょう。
あそこなら綺麗ですし、使いやすいし」
「そうだな…」
「八戒、お前…」
三蔵が頷く隣で悟浄は頭を抱えていた。
「あ! 俺、観世音のおばちゃんと一緒に寝たい!」
「「「はい!?」」」
突然口を開いたかと思えば、悟空がとんでもない事を口にした。
観世音は目を大きくする。
「ねーねーいいでしょ? 八戒にいちゃーん」
八戒の服の袖を掴んで悟空が声を掛ける。
「それは、どうしてですか? 悟空」
今まで怖い夢のなどを見て三蔵や八戒の部屋に来るという事はよくあった。
しかし、それは兄弟にある安心感からくるもので、決して悟空は他人と一緒に寝るという事はなかった。
それなのに、どうしてこんな事を言い出すのだろう。
「だって……」
悟空は袖を掴んでまま観世音を見る。
「観世音のおばちゃん、なんか寂しそうだから」
観世音は驚いて声が出なかった。
泣き叫ぶほどの寂しさではない。むしろ「ああ、しかたないか」と言い頭を掻く程度の、しかし、どこか心に穴が空いたような、
そんな寂しさ。
二朗神が死ぬような事は決してないと断言は出来るが、どこかぽっかりと何かが抜けているように感じていたのは確かだった。
《自分が幸せになる為には、自分のまわりにいる人々が幸せでなくてはならない》
誰かがそう言っていたのを思い出し、苦笑していた。
悟られないようにして三蔵達にはわからなかったのに、このチビすけはチビのくせに観世音の心を見ていたのだ。
「チビのなせる技か…」
1人ごちる。人の感情に揺れに敏感な子供だからこそ気付けた心の深い部分。
観世音はにっと口の端を上げた。
「そーか、チビ。俺と一緒に寝てくれるか?」
「うん! いいでしょ?」
「ああ。俺は構わないぜ」
「わーい!!」
嬉しそうに観世音に抱き付く悟空。
「すみません」
八戒が頭を下げる。
「まーな、気にすんなよ。だったらお前らも俺と一緒に寝るか?」
「…遠慮します」
と、これは悟浄。両手を挙げている。
三蔵も嫌そうに顔を歪めて、八戒はにこっと笑い、否定を現す。
「えー!! 兄ちゃんたちも一緒に寝よーよ!」
悟空が頬をぷうっと膨らます。
観世音は悟空の頭をぽんと叩いて目の高さを同じにする。
「いいじゃねーか。まだ朝なんだし、寝る話なんざしなくとも。ま、1週間あれば一回くらいは一緒に寝れるかもな」
「俺は絶対やだからな」
三蔵がはっきり言う。
観世音は悟空の手を握ったままにっと不適な笑顔を浮かべた。
その手は、暖かかった。
あとがき、
何書きたったんでしょうか? あたしは。
前半はもう頭の中で出来上がってたのに…。
後半がなんか変(〜〜;)
でも、書いてて楽しかった。
観世音とっても好きだから(^^)。これは事実だったりします(^^;)
ぽんず様、こんなもん押し付けてごめんなさい。
さて、三蔵、八戒、悟浄はこの後はたして観世音と悟空と一緒に寝たのでしょうか?
みなさまの、想像にお任せ致します。
最初に他人のHPに贈ったのがこれ。
かなり誉めてくださってちょっと恥ずかしいです。
八戒「社交辞令ですよ」
分かってるわ!!
何で兄弟ネタなんだって疑問に思った方は、ぽんずさんのHPにGO!!
2001.9.15