走る、走る、走る。

 何を求めて?

 何処を目指して?

 

 誰を……さがして?

 

 

 

夢香現花

 

 

 

 

 花見をしようと言い出したのは、一体誰だったのだろう。

 気難しい顔をしている、自分の保護者ではなかった気がする。

 それでも、いつもの調子で話が進んで。

 皆で笑った。

 どこにしようか、何を持って行こうか、そんな他愛無い話。

「お菓子、作って来ますわね」

 ふわりと笑う彼女の隣で、仏頂面の彼も、少し微笑んでいたのは…間違いではないと思う。

 楽しみだった。とてもとても。

 そして、やってきた花見の日。

 くだらない話をして、楽しそうに笑い合いながらやって来たのは、薄紅色の森だった。

 多くの桜が植えられた一帯。

 入ればたちまち、視界一杯に桜が広がった。

 自分たち以外の花見の客も多く、賑わっている様を横目に奥に進む。

 人気は少なくなり、それでも進めばその先にあったのは少し拓けた空間。

 そして青い空の下に立つ、一本の大樹。

 大きな幹に大地に付きそうなほどに枝を伸ばした、桜。

 枝には満遍なく花びらが咲き誇り、美しかった。

 桜に圧倒されて、呆然としていた肩を誰かが叩く。

「ほら、行くぞ」

 見上げれば、火をつけていないタバコを銜えた男が頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜて通り過ぎて行くから、頬を膨らませてその背中を追った。

 大樹の桜の根元に立つ。

 遠くから見ても凄かった桜は、近くで見てもはやり凄かった。

 呆然と、大きく開けたまま見上げていれば。クスクスと楽しげに笑う声と共に、頭を撫でられた。

 手の先を見ると、いつでも白衣を着ている優しい笑顔がボサボサになっていた髪を撫でて元に戻してくれていた。

「ありがとな!」

「いえいえ」

 お互いに笑い合う先で、桜の根元の大地にシートを広げて、花見の準備が続く。

 髪を整えてくれた彼もまた準備の手伝いをしにそちらへ向かって行く。

 その背中を見てから、ふと、後ろを振り返る。

 桜の森。

 準備が終わるのは、まだ少し掛かりそうなのを見て、決めた。

「なあ!」

 声をかけると、一斉に視線がこちらを向く。

「俺ちょっとあっちに行って来る!」

 指差した先は多くの桜が咲き誇る場所。

 彼等は顔を見合わせるた後、頷いた。

 それを見て、走り出す。

「迷子になるなよ!」

 そう言ったのは、いったい誰だったのか。

 きちんと聞かなかったのを、少しだけ後悔した。

 

 迷子になったのだ。

 忠告を忘れていなかったにもかかわらず。

 同じ木は一つもないと言うのに、それでも薄紅は人を惑わすのか。

 行けども行けども桜。そう言う場所なのだからしょうがないのだろうが、それでも。

 悟空はひとり。呆然と立ち止まってしまった。

 

 

「ヤバい…」

 小さく呟くが、こたえてくれる言葉はどこにもない。

 視界一杯に入る桜が物珍しくて歩き回っていたら、自分が今何処にいるのか解らなくなってしまった。

「怒られる。ぜってー怒られる」

 時間にしてはそんなに経っていないだろう。

 しかし、このまま帰るのが遅くなれば、自分の保護者は絶対に怒る。間違いなく怒る。

 その形相を思い出し、悟空は背筋を震わせる。

「行かなくちゃ」

 待ってる。皆が待っている、あの場所へ。

 悟空は、走り出した。

 

 

 桜の木がいくつもいくつも悟空を過ぎていく。

 誰ひとりの姿もない。どうやら森の入り口の方へは向かっていないようだ。

 悟空は走る。

 桜の薄紅が悟空の視線に入る。

 最初はその美しさを楽しんでいたはずなのに、どうしてだろう。

 どうして、だんだんと不安になってくるのだろう。

 どうして、あの場所に誰もいないのでは、と思ってしまっているのだろう。

 

 怖くなった。

 

 そんな筈はないのに。

 あの桜の下には、確かに大切な人たちが悟空が来るのを待っているのに。

 花見の準備をして、悟空の帰りを待っているのに。

 なぜ。

 なぜ。

 誰もいない。

 そう思ってしまうのだろう。

 あの場所に行っても、誰もいない。

 

 自分は独りなのだと。

 

 

「違う!」

 不安を掻き消すように悟空は叫んだ。

「花見をしようって言ったんだ。捲兄ちゃんが場所を見つけてきてくれて、天ちゃんが準備手伝ってくれて」

 駆ける足がますます早くなる。

「太姉ちゃんがお菓子を作ってきてくれて、金蝉が笑って……待っててくれてるんだ!」

 自分は確かにそこにいたのだ。

 あの場所に皆で来たからこそ、悟空はここにいる。

 少し迷子になりかっているだけで、きちんと戻れば彼等はいるのだ。

「皆、いるんだ。桜を見に来た、花見をしに来た。俺はきちんと知ってる。だから大丈夫だ」

 俺は独りじゃない。

 置いて≪逝かれて≫なんか、ないんだ……!

 悟空の意識していない心が叫んだ瞬間、目の前が拓けていた。

 

 

 一本の桜の大樹。

 戻ってきた。

 悟空は駆ける足をそのままに桜へと向かっていく。

 桜の下には、彼等がいた。

 楽しそうに笑い、桜を見上げている。

 そして、悟空の姿を見つけるやいなや、笑顔を見せた。

 悟空はその姿を目にすると、足を止めてしまった。

 走りすぎて心臓がどくどくと煩い。

 しかし、そんな事はどうでも良かった気がする。

 桜の下に大切な4人が、いた。

 それだけで、とても嬉しくて。

 不思議な感覚だった。

 彼等がいるなど、いつもの事で当たり前なのに、なぜこんなにも嬉しく思うのだろう。

 なぜ、彼等と花見が出来る事がこんなにも喜ばしく感じるのだろう。

 なぜ、この光景を寂しく感じるのだろう。

「悟空!?」

 ふと、悟空の頬に誰かが触れた。

 知らずのうちに我を忘れていたのか、悟空はハッと視線を少し上げれば。

 心配そうな表情を浮かべた太真の姿があった。

「どうしたの? なにかあったの?」

 焦りを見せる太真の顔を見て、どうしたのだろうと思った時、悟空は自分の頬に冷たさを感じた。

 泣いて、いる?

「あれ? どうして?」

 俺、泣いてるんだ?

 頬に流れる涙をぬぐって、悟空は自分自身に驚く。

 涙をぬぐった手を見て金色の目を丸める。

「大丈夫、悟空? どこか痛いの?」

 不安そうに声をかける太真に慌てて悟空は首を振った。

「ううん! 全然平気! でも俺、なんで泣いてるんだ?」

 自分でも解らない現象に悟空は首を傾げるばかりだ。

「迷子にでもなって不安だったんじゃねぇの?」

 捲廉が近付いてきて、悟空の顔を覗きこむと、ニヤリと笑った。

「な! そ、そんなことねーよ!」

「ホントかぁ?」

「ホントだって!」

 捲廉と顔を見合わせて憮然とした表情を浮かべる悟空。

「本当になんともないんですか?」

 悟空と視線を同じにして天蓬も問いかけてくる。

「うん。ゴメンな、心配かけて」

 原因が自分でも解らないが、それでも泣けば誰だって心配するだろう。

 少し肩をとしてしまった悟空に、天蓬はぽんと彼の頭を撫でた。

「悟空が大丈夫って言うなら、それでいいんですよ」

 撫でてくれる手は、優しい。

「……ありがと」

 顔を少し下げて呟いた悟空の言葉に近くにいた3人は顔を見合わせホッと気の抜けた笑顔を浮かべた。

「悟空、行きましょう」

 顔を上げると、太真が手を差し伸べていた。

「だな。全員揃ったし、花見やろうぜ」

 捲廉がにんまりと笑う。

「金蝉も待ってますよ」

 天蓬はそう言ったあと、視線を桜の方へと向ける。

 根元には、金蝉が憮然とした表情で立っている。

「もう、心配なら来れば良いでしょうに」

「素直じゃないねぇ、相変わらず」

「全くですねぇ」

 3人3様の笑顔を浮かべたのを見て、悟空も楽しそうに笑うと、差し出されていた太真の手を取り。

 歩き出した。

 

 

 悟空が金蝉の近くに帰ってきた。

 金蝉は悟空を真っ直ぐに見つめている。

 これは、怒っている。

 長い付き合いの悟空にはハッキリと解った。

 思わず、太真と繋いでいる手をギュッと握り締めてしまったが、太真は悟空を元気付けるかのように握り返してくれた。

 それがどこか、どうしようもなく嬉しかった。

 しばらく悟空と金蝉は顔を合わせていたが。

 スッ。

 金蝉の手が悟空の方へと伸びる。

 叩かれるかと、目をつぶったが次に来た衝撃はとても優しいものだった。

 ぽふん。

 頭のてっぺんに手を置いて金蝉はゆるく悟空の髪をくしゃくしゃにした。

「………心配させんな」

 か細い声。だが悟空には十分だった。

 目を開けて、悟空は笑う。

「おう!」

 満面の笑みを浮かべた悟空を見て、金蝉に小さく笑ったかと思えば。

 悟空の額に向けて指を弾いた。

 ぱちん! と良い音が桜に響く。

「いってー!」

「さて、やっと迷子のサルが帰って来たことだし、さっさと始めるぞ」

 弾かれた額をさする悟空を一瞥して金蝉が声を出す。

 湿った感じの空気は払拭され、後にはいつもの空気が流れる。

「ちぇ」

 額に手を当てたまま、悟空は唇を尖らせる。

 だが、悪くない。

 これが当たり前なのだから。

「行きましょう、悟空」

 太真が声をかける。ふわりと笑みを浮かべて。

「おう!」

 ニッカリと悟空も笑みを返せば、手を繋いだまま歩き出す。

 

 

 その後に残るのは、桜を見て笑い合う5人の姿。

 そして、その5人を守るように咲く、桜の木だけ。

 

 

 

 誰一人欠ける事がない、花見の始まり。

 

 

Fin

 

 

 

 

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あとがき

サイト9周年目記念に何を書こうかと言う事で考えたところ、外伝組の花見を思いつきました。

現代パラレルなのは、本編では決して見れなかった彼等の花見を世界が違えど、して欲しかったから。

悟空の感じた孤独感と寂しさと嬉しさは、決して叶わなかった本編の悟空の気持ちを感じ取っているからだと思っていただければ。

といっても、この話の悟空と外伝の悟空は全く持って無関係なんですけどね。

…外伝のパラレルワールドで、原作での悟空の気持ちが何らかの形でシンクロしたって事でひとつ(現代パラだし)

あと、時間軸がかなり悩んだ。

一応外伝メンバーですが悟空はチビでも18歳の悟空のどちらにしよう、とか。

花見はこれが最初なのかそれとも何回かやっているのか、とか。

頑張ってぼかして見た結果が…なんだか良く解らない文章になった、と。

………いつもの事ですかそうですか(爆)

 

2010/04/30