雨が降る。
恵みを与えるもの。
命を与えるもの。
傷を疼かせるもの。
そして…
優しさを与えるもの。
「いつまでふってんだよ、この雨は」
悟浄はイライラしながら煙草の火をつける。
この町に来てはや1週間。
翌日には出る予定だったのに、生憎の雨で出発が延長しているのであった。
「仕方ないよ。この雨はここの地域の風土なんだからさ」
何気なく窓の雨を見ていた静夜は苦笑していた。
この時期、ここの町では1ヶ月にわたり雨が続くらしい。
梅の実が熟す頃に降る雨なので町の人間には《梅雨》と呼ばれている。
「明日あたりには晴れるって言うから、そん時に出ればいいんだし」
あと1日の辛抱だよ、と言う静夜に向かって悟空は辛そうな声で答える。
「三蔵の機嫌も明日まで治んないのか?」
その場にいた3人は一気に黙ってしまった。
雨の日の三蔵はとてつもなく冷たい。
一言一言が凍りの刃と言っても過言ではないほどに冷たく、どこか自嘲めいているのだ。
自分を傷つけている。
泣いている。
でもだからといって余計なことをすれば、三蔵の言葉と態度の痛々しい棘は増すばかりなのは知っているので、
雨の日の三蔵には近づかないというのが、暗黙の了解となっていた。
「子供みたいだ」
静夜はため息を吐いた。
ほしいものが手に入らなくて拗ねている子供のように見えるのは自分だけか?
自分の思いが抑え付けられなくて、他人を傷付ける。
そして、それが自分をも傷つける。
そんな堂々巡りなど、分かっているはずなのに。
「あたしも人のコトいえないからな」
目の前にあって守れなかったもの。
手を伸ばせば届いたのに、伸ばした手は届くことはなく。
その時、嫌でも記憶に紡がれるのは、イメージと、音。
イメージはそれだけでは思い出すことは難しいが、音は違う。
音はそれだけでも記憶を蘇らせる。
雨音は、過去の傷を呼び起こす、厄介なものなのだろう。
傷は、消えないものだから。
「八戒。三蔵どうだった?」
部屋に戻ってきた八戒に声を掛ける悟空の声に静夜は思考の海から浮き上がってきた。
「もう、不機嫌MAXって感じですよ。明日こそは、本当に晴れてほしいんですが」
三蔵の表情を思い浮かべて八戒は苦笑した。
「八戒は、どう?」
静夜が近付いて聞いてくるので、八戒はこの心遣いに感謝しながら答える。
「僕は今のところは平気ですよ。って言うか、もうほとんど平気って感じがするんですよ」
自分自身に決着をつけたからなんでしょうけど、と笑った八戒に静夜も笑って返す。
過去と対峙するのはこの上なく辛い。
それを乗り越えるのは途方もなく時間がかかる。
しかし、乗り越えてしまえば、後はどうにでもなってしまうのだ。
傷痕は残っても、それでも生きていける。
自分もそうだから。
「三蔵は、いつ、乗り越えられるんだろう?」
雨の音がする中、静夜はふと、そんなことを思った。
パシャン、パシャン…
夜
煩わしい雨音の中から水をはじく音が聞こえる。
聞き間違いだと思って再び眠りの中に戻ろうとする。
しかし、音が再び鳴る。
パシャン、パシャン、パシャン…
どうしてか聞こえる音が気になり出して、三蔵は舌打ちをすると法衣を着て外に出た。
正直、寝たくなかったしな。
雨音を聞くとユメを見る。
守りたくて守れなかった人の死。
己の力がないことを思い知らされた。
強くあれと、教え継がれた。
悪夢と呼ぶには、あまりにも、カナシイユメ。
「…ナニやってんだ。お前は…」
「ナニって…雨に当たってるだけじゃん。つれないね」
「どこをどうすれば、つれないなんて言葉が出てくんだよ。バカか貴様」
「聞こえませんよ、三蔵様v」
「…コロスぞ…」
最後の台詞は小さくなる。
言えば、殺していいよ、と答えが返ってくるから。
真っ直ぐな、瑠璃の眼で。
「三蔵だって傘も差さずにくるなんて、頭おかしいんじゃないの?」
「人のコト言えるか」
「さあね」
パシャン、パシャン…
楽しそうに雨の中を踊っていたのは、静夜だった。
随分前からいたらしく、衣服は水分によって体に張り付いて、濃紺の髪は雨露に濡れて艶やかに光っていた。
「よく、こんな雨の中ではしゃぎまわれるな」
三蔵が呆れたように声を掛けると、今まで回っていた静夜は踊るのをやめ、目を伏せた。
「――昔、よくやってたんだ」
三蔵に向きを変えると静夜は泣きそうな、辛そうな、懐かしそうな顔をした。
「〈家〉にいてユメを見たとき、雨が降ってたら皆に内緒で外に出て、雨にあたってた。
あたしのユメは熱かったから。少しでも、冷やしたかった」
ユメであると確かめたかった。
あんな思いは1度きりで十分。
何度もユメに出てきてなんか、欲しくなかった。
捨てたかったユメ。
「雨に濡れると、生きてるって感じがしてさ。今もそう、生きてるって感じがする」
どこか独白じみている静夜の言葉を黙って聞いていた。
三蔵の顔を見て静夜は困ったような表情を浮かべて、笑う。
「雨の音を聞いてると、あたしは安心するんだ。三蔵はイヤそうだけど。あたしは、雨が好き」
気持ちよさそうに顔を上げて雨を浴びる。
「雨の音が好き、雨の匂いが好き、雨の感触が好き。激しい雨は少し苦手だけれど、それでも、雨は好き」
両手を広げてくるりと回る。
その姿が、なぜか。
神楽を舞う巫女のように見えた。
「この世の悲しみを洗い流していくみたいで。この世の憂いを洗い流していくようで」
空を見上げる彼女の顔は穏やかで。
やさしい。
三蔵は暫くその姿を黙ってみていたが、おもむろに声を出す。
「俺は、雨は嫌いだ」
静夜の動きが止まる。
言葉を続ける三蔵の姿を見るために
「命を育む為に必要なものでも、静夜にとってユメを覚まさせるものであっても。俺は雨が嫌いだ」
「…血を洗い落とすものなのに?」
静夜の呟きに自嘲気味に笑う。
雨は血をも洗い落とす。
でも…
「記憶は洗い落とせない」
「うん、そうだね…」
静夜は頷くとにこっと笑った。
「だから、乗り越えるしかない」
三蔵は驚いたように静夜を見詰めた。
静夜は三蔵の前にと足を進めて、目の前でとまった。
「記憶は遥かなるユメの中へと消えていく。ユメは遠い記憶の中に沈んでいく。
でも、決して消えない。だから乗り越えるしかないんだ」
どんなに痛い道のりでも
消して目をそらさずに
自分を責めることなく
真っ直ぐに
にこっと微笑でいる静夜を見て三蔵は大きくため息を吐いた。
「…なんで俺はこんなコトお前に言ったんだろうな」
「雨だからでしょ」
雨の日の夜って頑なに閉じている心を開くことが出来るんだよ。
「だから三蔵は今とっても素直ってコトだね」
からから笑う静夜はそのうちに思い切り黙ることになった。
自分の濡れた髪を一房とって口付けている三蔵の姿を見たから。
「…そうかもな」
髪から唇を離してにっと笑う三蔵を見て静夜は赤くなる。
「……ホントに素直だな!! 雨の日はいっつも機嫌ワルなのに!!」
「静夜がいるからだろ?」
「………………おまえ、ホントに三蔵か?」
どうしてこう、恥ずかしいコトいう言うんだ、いつもの三蔵様じゃないぞ、おい。
雨の日の夜は人の心は素直にする。
母の言葉が思い出される。
今まで分からなかったのに、今になってその意味が分かったような気がする。
この状況で、わかっても、なあ。
「いい加減にもどろっか。風邪引いたら、八戒になに言われるか」
さりげなく髪を三蔵から離して歩き出す。
2、3歩先に言ってからふと悪戯を思い浮かべて静夜はくるりと三蔵のほうを向く。
「雨に濡れると色香が増すって言うけど。本当だね」
「? どういうことだ?」
「三蔵様の色気がupしてるってコトさ」
雨に濡れて三蔵の金の髪は艶やかに光っていたし、紫暗の瞳もどこか色っぽくて。
女の自分が見とれてしまうほど、きれいなヒト。
「な!!」
「わ〜〜い! 赤くなってやんの。ざま〜〜〜みろ!!」
悪戯が成功したのを喜んで静夜は走って帰っていった。
三蔵は頭を押さえていたが、その顔は笑っていた。
「お前のほうがすごいぞ」
誘っているとは欠片にも思っていないのは分かっていたが、どこか女らしかったのは事実で。
暫く薄く笑っていたが、笑うのを止めるといまだに雨が振っている空を仰いだ。
「傷は、乗り越えるもの、か」
出来る出来ないは別として、どうやら道はそれしかないようだ。
己の中でも分かっていたことだが、他人の、静夜の言葉からいわれて、ホントにそれしかないと
覚悟を決められたように感じた。
それでも、乗り越えるには当分時間がかかるわけで。
三蔵は雨の日イライラは続くだろう。
でも、少しずつ変わっていくはずだ。
雨の日に舞っていた巫女の笑顔のおかげで。
Fin
あとがき
さあ!!!逃亡だ〜〜〜!!!
だだだだだだだだ、だ………ずべべべべ〜〜〜〜〜!!!
悟空「あ、こけた!!」
八戒「50mくらい滑っていきましたね〜〜」
悟浄「でも、あれくらいじゃ死なねーぞ」
悟空「anamだもんな。ン、そいえば、三蔵と静夜はどうしたんだ?」
悟浄「起きれないんだろ?」
悟空「何で?」
悟浄「何でってそりゃ…」
ドゴズ!!
静夜「ごめん、昨日寝るの遅かったからさ」
三蔵「おまけに風邪引きそうだ」
静夜「傘差してくればよかったんだって」
三蔵「誰の所為でこうなったんだ」
静夜「三蔵のせいじゃん」
三蔵「……(怒)」
八戒「夫婦漫才組はほっといて。こんなヘボ駄文を読んでくれてありがとうございました」
悟空「最初の予定からすげー離れてるよな」
八戒「anamですからね」
(って皆さん、誰か忘れてる…)
2001.6.17
改稿 2005.11.5