アイスと猿と龍

 

 

 

「うわ……っ」

 部屋に入ったとき、思わず悟空は目を丸めた。

 部屋の窓は全開に開かれているが、風が吹く気配は無い。

 しかし、空気の循環は出来ているらしく、予想していたよりは蒸した空気が悟空の肌に触れる事はなかった。

 旅をする三蔵一行が本日借りた宿。

 その部屋のベッドの上に、だらりと眠っている――否、倒れていると表現するべきか――青い髪の娘。

「静夜…」

 悟空は聞えないように小さくそっと、部屋の主の名を呟く。

 普通ならベッドに対して並行に寝ているはずなのに、彼女は垂直に倒れていた。

 当然ベッドの長さが足りないので、膝から下がだらりとベッドの外に放り出されている。

 呼吸も心なし浅いように感じられ、頬も何時もよりも熱を帯びているのか、かすかに赤い。

 いかにもしんどいですという姿を見て、思わず悟空は溜め息を吐いた。

 悟空の溜め息が聞えてきたのか。

 静夜が今まで閉じていた瞼を開き、悟空の方に顔を向けた。

「お帰り、悟空」

 いつも浮かべる優しくも強い笑顔とは打って変わって、どこか弱々しい笑みを浮かべる静夜を見て、これは重症だと正直に思った。

 不安になったのだろうか、悟空は少し早足になりながら静夜に近付くと、手に持っていた袋に手を突っ込む。

「はい」

 ひやりと、静夜の頬の近くが冷たくなった。

「アイス…」

「買ってきた、これで少しは良くなる?」

 不安に揺れる金晴眼を持つ少年を見て、目の前に差し出されたものを見て、静夜はゆっくりとだがそれを受け取った。

「ありがと」

 再び浮かべた笑顔は、いつもの彼女が浮かべる物に近くなっていた。

 

 

 アイスを渡された静夜は、起き上がったことで空いたベッドのスペースをポンと軽く叩いた。

 彼女の隣を示す意図を理解した悟空はシッカリと頷くと。

 静夜が示した場所に座り、二人は隣り合ってアイスを食べ始めた。

「大丈夫?」

 食べながら悟空が静夜へ視線を向けると、

「いつもの事だからな、大丈夫」

 静夜もまた悟空の方へ視線を向けて頷いて見せた。

 静夜は暑さに弱い。

 妖怪が襲っていたなどの命の危機に関する時は当たり前だが、いつも通りに動く。

 しかし、それ以外の時。

 本当に暑い時は彼女は動こうともしない。

 一応話しかければ返事はしてくれるが、暑さで参っているのかよく解るくらい、傍から見ていてもかなりキツそうだ。

 暑さに弱いのなら、寒さには強いかといえば、そうでもなく。

 むしろ苦手。

 極端な気候がどうにも駄目なのか、寒さが酷い時も暖かい部屋から出ようとしない。 

 目の前でアイスを食べる青髪の娘は、暑さにも寒さにも弱かった。

「そういえば」

「なに?」

 食べていたアイスから口を離し、何を思い出したのか。

 静夜は口の端を緩ませ、悟空の顔を見た。

「悟空、昔こう言ってたよな」

 

『なんか静夜って変温動物みたいだよな。寒いのも暑いのも駄目ってさー。そいえば龍ってなんか爬虫類っぽいし、やっぱり変温なのかな?』

 

 その昔、悟空は巫女である静夜の一応祭っている龍を思い出しながらそう言った事があった。

 夏の暑い日で、今みたいに静夜がダウンしていた時のことだ。

 新月の娘は龍をその身に宿すと聞いていた悟空は、八戒に教えてもらったことを静夜と龍に当てはめ首を傾げていた。

「……あー」

 思い出したのか、悟空は気まずげに静夜から視線を外す。

 当時の悟空自身にしてみれば、凄く真剣に考えていたのだが、どうにも静夜の機嫌を損ねたらしい。

「あれ言った後、俺抓られたんだよな、ほっぺ。思いっきり」

 思わず、抓られた頬に手を当てる。

「あん時は悪かった」

 頬をさする悟空に、静夜は苦笑いを浮かべて謝る。

「すんごい痛かったんだぞ、ビックリしたし」

 抓られてから少しして、静夜が正気に戻ったあと凄い勢いで謝られて悟空も許したが。

 あれは今でも少しトラウマだ。

 普段なら丁寧に違うと答えてくれていただろう彼女の行動の違いに驚き、少し怖かったが今ならその理由が解る。

「暑さでバテてる静夜ってさ、ほんっとーに沸点低いよな」

 冗談ではなく本当に。

 本当に沸点が低い。

 どれくらい低くなるかといえば、三蔵並みに低くなる。

 そして、少し凶暴にもなる。

 暑さで思うように体が動かなくてイライラしているせいなのだろうが、とにかくなにをしでかすか解らない。

 そのため、暑さバテしている静夜の近くでは不用意なことはしないと言う暗黙の了解が出来上がっていた。

「そんなコトになってんの?」

 目を丸める静夜に今まで話していた悟空はハッとする。

 明らかに、本人を前にして言うことではなかった。

「気ィ悪くした?」

 しおしおと小さく項垂れて、上目で静夜を見ると、

「ううん、そういうんじゃないんだけど…」

 静夜ははにかんだ。

「なんだかんだ言いつつ、傍に居てくれるんだなとか思ったらさ、なんか嬉しくて」

 傍に近寄らないのではない、近くにいても不用意なことはしないだけ。

 もちろん、何かの弾みで沸点が低くなった静夜を怒らせたとしても、彼らはしょうがないと笑ってくれるんだろう。

 離れていくことは無い。

 どうしてか、その事が凄く嬉しい。

 穏やかに笑う静夜を見ると、悟空は当たり前だろ、と返した。

「静夜だって、なんだかんだ言って俺たちと一緒に来てくれてるじゃん。それと同じだって」

 仲間だからとか、友人だからとか。

 そんな言葉で言いたくない関係だけど、それでも共にあることが心地良い。

 おそらく、それで良いのだろう。

「そういうもん?」

「そういうもん」

 静夜と悟空は顔を見合わせると、互いの瞳に満足げな表情が映っているのを知り、図らずも同じタイミングで笑顔を浮かべた。

「さて、八戒たちが戻ってくるまでにさっさと食べちゃおうぜ」

「そうだな」

 笑みを交わした後二人は残っていたアイスを再び食べ始めた。

「静夜」

 アイスがあと一口で終わるという時、悟空の声が静夜の耳に入ってきた。

「なに?」

「体調…」

 体調の事をもう一度聞きたいのだろうが、先程大丈夫と答えてしまったから、もう一度聞くのを躊躇ってしまったに違いない。

 もごもごと口篭る悟空の姿に静夜は小さく笑って答えた。

「もう平気。日も沈んできて涼しくなってきたし」

 大きく開けた窓から差し込む光は藍色を帯び始めている。

 もう少しで、日も沈むことだろう。

「そっか、なら良いんだ」

 ホッと安堵の笑みを浮かべる悟空はアイスの最後一口を食べ終えていた。

 静夜も食べ終えると、立ち上がって大きく伸びをした。

「アイス、ご馳走様。本当にありがとな、悟空」

 悟空に向かって見せた静夜の笑顔は、いつもどおりの強くて優しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

8月上旬の暑い時に思い付きました。

静夜は暑いのも寒いのも駄目で、悟空に変温動物とか言われてそうだなぁとか思ったのがはじまり。

あと、悟空と静夜のほのぼの擬似姉弟が書きたくなって。

というよりも、アイスを買ってきてあげて一緒に食べれるのなんて、あの4人の中じゃ悟空しかいないというね(笑)

しかしお盆終わってから急に涼しくなって、書く気が失せたというかなんと言うかで知らない間に8月も終わるという事態に(爆)

最初は拍手用に書こうと思ってプロット立ててたんですが、これじゃあ拍手に出来ないと思って急遽コッチに。

物事は計画的に(爆)

 

久しぶりに書いたから、なんだかガタガタしてる気がしてならないι

何時ものことか(自爆)

 

 

 

2008.8.30

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