「雨、やまないね」
あたしは雨の降る外を見ながら言った。
「そうですね。明日までには止んでくれると嬉しいんですが」
八戒があたしと同じように外を見る。
その顔はかなりと言っていいほど暗い。
他の連中を見てみると、やっぱ浮かない顔。
悟空は枕を抱えてボケーとしてるし、悟浄も外に行く気にならないらしく珍しくあたしたちが泊る宿にいる。
三蔵はというとものすごくイライラしてて灰皿の上にはマルボロの吸い殻が山積み。
あたしと悟空と悟浄はそんなんでもないんだけど三蔵と八戒は雨が苦手で、いつも浮かない顔してる。
その陰気が残りの3人に移るから、じめじめした雰囲気がもっとじめじめになる。
「あたし、ちょっと部屋に戻ってるわ」
誰に言うでもなく、あたしは暗い雰囲気の部屋を出る。
「……なんでこうかな〜」
部屋に戻るなんてウソ。
あたしは雨の中、傘も差さずに出歩いてる。
確かにあたしじゃあいつらの過去の傷なんて癒せない。
あいつら自身が決着をつけるべきものだから。
でも、だからって何も出来ないのも、なんかイヤ。
「はぁ〜」
ため息が出る。
その時あたしの視界に人影が映る。
「…! 大丈夫ですかっ!」
その影はうずくまっていて苦しそうに肩を震わしている。
「…ええ、だいじょうぶですよ」
あたしが駆け寄って声をかけるとその人はしばらくしてこう言った。
その人は立ちあがってあたしの顔を見る。
「あっ……!」
「どうしました?」
あたしが驚いた声を上げると目の前の人は首を傾げた。
驚くなと言うほうが無理な話。
だって目の前の人は……
白い法衣。肩には経文を纏い、額には真紅のチャクラ。頭の上には金冠。
それは我らが超鬼畜生臭坊主、玄奘三蔵法師と同じ格好なのだから。
「私の顔に何かついてますか?」
「えっ、あっ、そうじゃなくて……」
なに動転してんだ、あたしはっ!
気を落ち着かせようと、私は息を吸って吐く。
「……あたしが一緒に旅をいている僧と格好が似てたものですから」
「ああ、そうなんですか」
その人は大きく頷いた。
「…お坊さんですか?」
「そうです」
そのお坊さんはにこっと笑った。
太陽だ、そう思った。
すべてを優しく包み込む、陽光。
暖かく、人の行く道を指し示す、光明。
そんな、微笑み。
「そうなんですか」
その笑みにつられてあたしも顔が緩んだ。
「すてきな笑顔ですよ、お嬢さん」
「えっ」
思わず、目を見開く。
今のいままでそんなこと言われた事ない。
まして、あの四人と旅してるから、とーぜんと言えば、とーぜんなんだけど。
「さっきまで浮かない顔をしてましたから」
「あ、それで…」
あたしはもう一度笑顔になる。
でも、その顔は少し歪んでるなと自分で分かった。
「仲間の事で、少し考え事してて」
「…何か、悩んでいるのですね。私で良ければ話を聞かせてはもらえませんか?」
「えっ、でも……」
「誰かに話すと、気持ちは和らぐものです」
あったかい笑顔でそう言われ、思わずあたしは頷いてしまった。
「でも、ここではあんまりなので、あちらの方に行きませんか?」
あたしは雨が降っている事を思い出した。
お坊さんの笑顔が暖かくて忘れていた。
「はい」
あたしたちはどこかの軒先で隣合わせに並んだ。
「……あたしの仲間で、お坊さんがいるんです。その人、昔大切な人を亡くしてて……。その人だけじゃない。他にも三人いて彼らはみんな心に
傷を負っているんです。あたし、何も出来なくて……ううん、何も出来ないんです。それは彼ら自身で乗り越え なくちゃならないから。
でもそばにいるとどうしてもいたたまれくて……逃げてきたんです」
お坊さんは何も言わずに聞いてくれる。
…どうしてあたし、こんな見ず知れらずの坊さんにこんな事話てるんだろ?
でも、邪気も悪意も感じられない。本当に眩しい光をたたえている。
なんだか、安心する。だから、だからこんな事話せるんだな。
「貴女は優しいんですね」
お坊さんは優しい口調で言う。
あたしはお坊さんを見て苦笑した。
「仲間にはお節介だって言われますけどね」
「そうですか……」
お坊さんは微笑すると口を開いた。
「でも、その優しさは、貴女の仲間に伝わってますよ。
あの子は少々照れ屋なところがありますからね。他の方々も分かっているはずですよ。多分、貴女の事が心配でお節介だと言うのでしょう」
「え、あの子って?」
あたしは首を傾げた。
しかし、お坊さんはあたしの問いに答えなくて話を続けた。
「何もしなくていいんですよ。見守るだけでいいんです。貴女は彼らを信じているのでしょう? それでいいではありませんか。
でももし貴女がこういう気持ちになってしまうのなら……」
お坊さんは言葉を一旦切るとこう言った。
「一緒に悩んで下さい。悩んで悩んで、考えて考えて、きっと道が見えるはずです。
それがいつになるのかは分かりませんが。でも、少ずつでも先に行けますよ」
あたしは何も言えなかった。
何でだか分からないけど。
「でも、あたしは……」
「あの子はいい仲間を持ちましたね」
お坊さんはあたしの言葉を遮るように言った。
「貴女の様な方があの子の傍にいるということが分かって私は安心しました。
…生きて下さい。率直に言えばその事があの子達を癒す力になるはずです。
私は、あの子に生きて欲しいと願い、この命を御仏に捧げました。
それがあの子を傷つけると分かっていても……。
…私も信じているのです、あの子なら、きっと越えていけると。
貴女もあの子同様に強くなって下さい。私の子、江流と同じように」
「…!! 江流? 貴方、もしかして……」
あたしが言いかけたその時、お坊さんの姿が消え始めた。
「……そろそろ時間ですね。御仏に祈願し、この雨の間だけ下界を下りる事を許していただきました。雨はもうすぐ上がります。
お戻りなさい、貴女の仲間のところへ。
心も身体も彼らと共に強くなって下さい。
江流……いえ、玄奘三蔵の事を頼みます。静夜殿」
消えていく、お坊さんが…!
「待って、待って下さい! ……光明三蔵法師様!!」
あたしが手を伸ばして掴もうとした時には、彼は消えていた。
「光明三蔵様!」
あたしは空を仰ぐ。
雨はもうすぐ止みそうで。
あたしの頬に雫が流れ落ちた。
「静夜! どこに行ってたんですか!」
帰ってくるなり八戒に見つかった。
まあ、あたしの部屋はあいつらの部屋の向かいだから。当たり前、か。
「部屋を見てもいないから心配してたんですよ」
マジで心配してたみたいだな、これは。
声色が、怖い。
「わりぃ、外出てたから」
「そうみたいですね。タオル持ってきますから、そこにいて下さい」
確かに、ずぶぬれの状態で部屋には入れないわな。
八戒達の部屋の戸が開いていたから見つかった。
でも結局、帰ってきたあたしの気配に気づくはずだから三蔵達には顔出そうとは思ってたけど。
「はい、タオル」
「ありがと」
あたしはタオルを受け取り、濡れた体を拭き始めた。
「どこほっつき歩いてたんだ? 傘も差さずに」
悟浄が煙草を吸いながら聞いてきた。
「う〜ん、そこら辺をぶらぶらと」
まさか、光明様に会ったなんて言えるわけないんで適当に言う。
「三蔵がものすごく心配してたんだぜ、なぁ?」
悟浄が悟空に話し掛けると悟空は頷いた。
「うん。もうマジ肌でビシビシ感じたもんな、三蔵のイライラ」
スパーン!!
悟空と悟浄の頭に三蔵のハリセンがとんだ!
「いってー! なにすんだよ、三蔵!」
悟空が頭を押さえながら言う。
「サルはともかく、何でオレまで殴るんだ! この鬼畜坊主」
悟浄が非難の声を上げる。
「うるさい! よけいな事を言うな!」
ハリセン持ったまま三蔵が言った。
ん、よけいな事……? 三蔵、心配してくれたんだ。
なんか嬉しいな。
あたしと三蔵の目が合った。
「えへへへ……」
思わず笑い出してしまった。
「何笑ってる?」
三蔵の眉がピクリと上がる。
あ、怒ってる。 でも、あたしは笑いを止める事が出来なかった。
「べ〜つ〜に〜」
こう言ってまた笑い出す。
何でか分からない。
多分、光明様に会えたからだとは思うんだけど。
三蔵はふんと言ってあたしから目を離した。
笑いが収まると、あたしは八戒に言った。
「ねぇ、八戒。あたしね、綺麗な紫陽花見つけたんだ」
「紫陽花、ですか?」
きょとんとした顔で八戒が言う。
「うん、そう」
あの後光明三蔵様が消えたところに、紫陽花が咲いていた。
雨露に濡れてとても綺麗に。
「明日さ、みんなで見に行こうよ」
あたしは笑って言った。
「…そうですね、この街を出る時に見に行きましょうか」
八戒が笑みを浮かべて言う。
「お前らもいいよな?」
あたしは残りの3人に聞いた。
「俺はいいぜ」
と悟浄。
「紫陽花って旨いのか?」
「紫陽花は花ですよ、悟空」
八戒が笑って勘違いをしてる悟空に言った。
「なぁ〜んだ」
悟空はつまんなそうに言う。
「じゃあ、行かないんだな、悟空は」
「そんな訳ないだろ? 行くよ」
あたしが聞くと悟空はすぐに答えた。
「三蔵は?」
悟空が聞くと三蔵は顎に手を当てて、
「紫陽花か……。別に構わんが」
「じゃあ、決まりっ!」
あたしは微笑んで言う。
光明様、あたし、生きるよ。
みんなと一緒にこの時を。
Fin
あとがき
6月なので…梅雨にちなんで、ね。
静夜「まだ梅雨じゃあない」
いいじゃん!!
でもwordからこっちに移すのって大変。
君を、の時…どうしてたっけな〜〜〜
う〜〜ん
まあいいや。
三蔵「何でお師匠様か出てるんだ」
あたしの趣味vってか、雨に引っ掛けてだからね〜
なんか頭の中にふって浮かんだからでねぇ?
あたしとしてはお気に入りv
静夜「ところで、……あたし、泣いてないわよね?」
さあねv
2001.6.3
改稿 2005.11.5