「はい、あーん」
意地の悪い笑みが視界一杯に広がった。
いきなり部屋に入ってきたかと思ったら自分が座っている場所のテーブル越し真正面に座り、何かを自分の口元に近付けてきた青髪の娘。
「はい、あーん」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら何かを食べさせようとしている娘――静夜――を三蔵は思い切り睨みつけた。
「テメェ、何のつもりだ」
しかし、睨みつけたぐらいでは静夜の笑みが止まるわけもなく。
彼女は意地の悪い笑顔を浮かべたままにこやかな口調で話しかける。
「別にそんなに警戒しなくても毒なんか入ってないわよ。ほら口開けて、クリーム融けるでしょーが」
ほれほれと今にも口を開けさせんとばかりに言った静夜の言葉にようやく三蔵も目の前にある何かに目を向けた。
柔らかい色のふんわりとしたスポンジに、ふわふわとした真っ白なクリーム。
もしかして、と思い三蔵は静夜の手元を見ると、そこには白い皿の上に乗せられたケーキの定番『いちごのショートケーキ』が鎮座していた。
三蔵はケーキを見て一瞬目を丸めたがすぐにもう一度静夜を睨みつける。
「……静夜、テメェ何のつもりだ」
「さっきと同じ言葉だな…。ボキャブラリーないの?」
「俺が聞きてぇのは何でケーキがここにあるってことだ!」
大声で怒鳴るということをせず持ち前に威圧感を声に出して言い放つ。
が、目の前にいる少女にはどこ吹く風だ。
三蔵の言葉にヤッパリなぁと、かすかな哀れみの視線を送ると静夜はにっこりと笑う。
「誕生日でしょ」
「誰の?」
「三蔵の」
青髪の娘の言葉に三蔵は思い切り後ろを振り返りカレンダーを見る。
日付は11月29日となっていた。
「道理でサルどもがどこかニヤけた表情で買い物に行きやがったんだな」
三蔵の脳裏にいつもよりにこやかに笑って買い出しに出る八戒と、ものすごく楽しそうに八戒の買い物に付いて行った悟空と、心なしかにやけて
彼らに付いて行った悟浄の表情を思い出し、米神に青筋が走る。
そんな三蔵の心境を悟っただろう静夜は何も言わず素直に頷く。
「そういうこと。八戒と悟浄は怪しいとしても悟空は凄く楽しみにしてたからな。帰ってきたら凄いことになるとは思う」
きっとドンチャン騒ぎの宴会になるだろうと互いの頭で浮かび上がったものは奇しくも同じであった。
お互い、何も言わなかったが。
暫く二人は悟空たちが帰ってきた後のことを思い複雑な気分になっていたが、静夜が手に持っている物を思い出し、再び三蔵に迫ったのは時間に
してかなりすぐのことであった。
「ほら、あいつらが帰ってきたら煩くて味わえないんだから早く食べる!」
「…お前が作ったのか?」
昨日の晩から厨房を借りていたのを思い出し問うとコクリと頷いた。
「当然。市販品より低コストで豪勢に美味しく作れる自信はあったもんね。甘党の三蔵のためにたっぷり甘くしてあるんだから、ほら食べる!」
「テメッ…誰が甘党だって…」
確かに自分はひそかに甘党だが…と目を見張る三蔵に静夜は口の端を上げる。
「長い付き合いだからね、みんなの嗜好は熟知しております」
再びニヤリと笑みを浮かべる静夜に今度こそ三蔵は大きな溜息を吐いた。
「今日の日付は…本当に俺が生を受けた日じゃないだろうに…」
細々と口に出された言葉に静夜は笑みを浮かべるのをやめる。
目の前にはテーブルに肘を着いて手で俯いてしまった顔を隠している一人の男。
川流れの江流。
頭によぎるのは、その言の葉。
静夜は持っていたフォークをさらに戻し真っ直ぐに三蔵を見つめた。
「確かに今日は三蔵の生まれた日じゃないかも知れないけどな…」
静夜の言葉に三蔵は自分の手をどける。
「でも、自分を愛して育ててくれた人から《生》を受けた、確かな日であることに…変わりはない」
三蔵は俯いていた顔をあげて静夜を見る。
顔を上げた金髪の男に静夜は微笑んだ。
「だから、今日が貴方の生まれた日。それで充分だろ」
にこりと笑って言い切る娘に三蔵は目を丸めたが、ふっと口元を緩めた。
「確かにな」
暗い川の中から引き上げてくれた光。
落としかけた命に再び生きる権利を与えてくれたのは、まさしく彼だから。
だから、彼に命を与えられた今日と言う日が自分の生まれた日であってもいいのだと。
緩く笑みを浮かべる三蔵に静夜は嬉しそうに微笑んだまま頷いたのだが…。
「だろ、だから…」
先ほどまでの微笑みは一体どこへ。
静夜はニヤリと笑うと再びケーキが刺さっているフォークを持ち三蔵の口元へと持っていく。
「食え」
既に命令形である。
にーっと笑う静夜といい加減に食べないと形が崩れかかっているケーキをと見て三蔵は呆れたようにフォークの先に刺さったケーキを口に入れた。
数回噛んで飲み込むと目の前で嬉しそうに笑っている静夜を見て一言。
「甘めぇ」
「丁度いいでしょ?」
満足そうに笑い断言する静夜に三蔵は軽い溜息を吐くがコクリと頷いた。
癪だろうと思いつつも頷いてくれた三蔵にますます静夜は満足そうに笑って彼の前にケーキの乗った白い皿とフォークと差し出す。
「後は自分で食べてね」
「当たり前だ」
静夜の楽しそうな言葉に三蔵は引っ手繰るようにしてフォークを奪いつつ言うと再びケーキを口に運んでいた。
「しかし、出来上がったもんからわざわざ切り取ったんだろ? 中途半端な形になってるな」
「まあ一切れ分欠けてる形だから変っちゃ変だけど…ま、いいだろ三蔵のケーキなんだし」
「悟空が怒りそうだな」
「悟空は三蔵大好きだから、そんくらいじゃあ怒らないって」
互いに顔を見合わせて頷きあう二人。
悟空たちが帰ってくるまで久しぶりにのんびりとした、自分の生まれた日のひと時を過ごした三蔵の姿は…。
彼の目の前にいる嬉しそうに笑っている少女が誰よりも知っている。
彼女の作った甘すぎるケーキと一緒に。
Happy Birthday! Genzyousanzo!
あとがき
最初の年が悟空。
次が八戒。
三年目が悟浄で。
四年目が静夜と…そして三蔵。
ようやく三蔵一行誕生日コンプリートです(パフパフ!)
しかし最後で三蔵が別人に……(怯)
書いてて本人が一番怖かった(爆)
三蔵「テメェの文章力の無さだろうが………!」
ぎゃー! 銃で撃つのは止めてくれ(倒)
しかし、本当は銃弾をプレゼントしたかったんだけどなぁ(なりきり参照)
Web拍手専用にするか!
三蔵「できればいいな」
やろうと思えばいくらでも出来るよ。
まだ29日じゃないしね。
ちなみに三蔵のひそかに甘党はいつかのアニ○ディアの別冊に載っていましたのでここで採用(笑)
確かこう書かれていたと思うんですよ。
他のメンバーのことすっかり忘れてますが、コレだけはものすごく印象に残ってて(笑)
間違ってたらごめんなさい。
まあ、とはいえ。
三蔵、お誕生日おめでとう!
三蔵「……フン」
2004.11.28