大切なもの

 

 

 

 

 

 カララン。

「こんにちは」

 セブンスヘヴンのドアを開けると同時に、ナディアは目を丸めた。

 何故なら、何時もいるはずの姿が無く何時もいないはずの姿を見たからだ。

 カウンターの中にいて何時も自分たちを優しく迎えてくれる黒髪の女性の姿は無く。

 代わりに、カウンターに座っていたのはチョコボ頭の青年だった。

「ティファは? いないんですか?」

 目を丸めた状態で瞬きをしながら聞いてくるナディアにチョコボ頭の青年―クラウド―はかすかに頷いた。

「ああ。マリンたちと買い物に行ってる。…ティファに何か用か?」

 カウンターの椅子に座ったままクラウドが問えば、ナディアは首を横に振った。

「いいえ、貴方に運んでもらいたい物があって…その依頼に来たんです。

まさかクラウドがいるなんて思わなかったから、ティファに話して預かってもらおうって」

 ナディアはそう言いながら片腕に抱えてある荷物をクラウドに見せる。

 一見小さな茶封筒に見えるそれを見て、クラウドは椅子から立ち上がりナディアに近付いた。

「荷物の中身は?」

「CDです。リーブさんがバレットにぜひ見せたいって。たぶん新エネルギーについての事じゃないですか? なるべく早く頼むって言ってましたから」

「――――何でディアが持ってくるんだ…」

 明らかに自分に関係ない荷物を持ってくる歌姫を見て、クラウドは溜息を吐いた。

 彼の溜息の理由が解っているのか、ナディアは苦笑いを浮かべる。

「WROの仕事が忙しいみたいですよ。たまたま顔を見に行ったら頼まれてしまって…。

幸い、私は今そんなに忙しくありませんし。久しぶりにティファの顔も見たいと思ったんで来たんです」

 苦笑から一変、微笑むナディアにクラウドはもう一度溜息を吐いてから、彼女の方へと手を出す。

 クラウドの差し出した手の意味を理解したのかナディアは微笑を浮かべたまま、茶封筒を彼の手に渡す。

「よろしくお願いします」

「なるべく早く、だな」

「……あんまりギリギリまで運ばない、なんてことしないでくださいね?」

 なるべく早くと言う言葉を強調したクラウドにナディアは一瞬ものすごい不安に駆られ、念を押すように言うと。

 彼は薄く笑った。

「さあな。星の歌姫を使ったんだ。それくらいの趣向返しは許されるだろ?」

「……私はそんなに大それた存在じゃないんですから」

 クラウドの笑みにナディアはハァと重い溜息を吐いた。

 そんなナディアを十分大それた存在だと思いつつ見ていたクラウドの視界にチラリと何かが光った。

 歌姫の首を飾っているそれに、クラウドは目を丸めた。

「ディナ」

「はい」

 クラウドの声にナディアが顔を上げると彼は目を丸めたままで。

 呟くように自分の名前を言うクラウドの視線は、自分の首元を指している。

 クラウドの視線を追うようにナディアは自分の首元を見ると、納得した。

「ああ、これですか?」

 

 歌姫の首で輝くそれは、青い石。

 丸く研磨されている青い石は、自分たちが生きて立つこの星のようで。

 その星を包み込むかのように飾っているのはピンクのリボン。

 ナディアやクラウドたちが大切にしているそれは、大切な彼女が残していったものだ。

 

「皆は腕とかに付けてますけど、私は基本腕を出さない服が多いし。

体に付けてるとふとした瞬間に無くしてしまいそうだったので、それが怖くてここに一緒に飾ってるんですけど…」

 ペンダントチェーンとトップの間でゆらゆら揺れるリボンを見てクラウドが驚いているのだと思い、ナディアは楽しそうに言葉を発していたが。

「いや、そういうわけじゃなかったんだけど…」

 クラウドの言葉に、ナディアは自分と彼との思っている事に差があることを感じると、

「リボンの事じゃ、無かったんですか?」

 首を傾げた。

 きょとんと、小首を傾けるナディアにクラウドは素直に頷いた。

「ああ。ディアがリボンを付けてるところをなかなか見たことがないとは思ってたんだけど、まさかそれと一緒に持ってたなんて思わなかったから」

 クラウドは懐かしそうに青い石を見つめる。

「まだ、持ってたんだな」

 ナディアはようやく、クラウドが何に驚いていたのかを理解した。

 彼は未だに自分がこのペンダントを持っていた事自体に驚いていたらしい。

 ナディアは唇を尖らせた。

 どういうわけか、少しムッと来たのだ。

「戦役の頃、一回ティファに預けましたけど。貴方が《帰ってきた》時に貴方自身が返しに来てくれたじゃないですか」

 忘れたのか? 睨んだ視線でナディアが問えば、クラウドは慌てて首を横に振った。

「それは覚えてる。だから余計に驚いたんだ。あれから…というよりも、俺があの時買ってから、か? ずっと持ってたんだろ?」

 クラウドの問いかけに、ナディアは実に真っ直ぐに答えを返してきた。

「当たり前じゃないですか。私の大切な宝物なんですよ。それをなんですか。まるで私が物を大切にしない人みたいに…」

 自分の中に起こった苛立ちの理由を少しずつ理解していく。

 要は自分が物を大切に出来ない人だと思われた事が気に入らなかったらしい。

 心外だと怒り、我ながらくだらない事で苛立つものだと少し情けなく思いつつも、つらつらと言葉を告げていたが。

 目の前に居る青年が見る見るうちにうろたえていく様を見て、ナディアは思わず言葉を止めてしまった。

「クラウド?」

 次に出て来ようとしていた言葉が完全に消え去り、口から出たのは彼の名前だけ。

 名を呼ばれた瞬間、クラウドは横を向いてナディアから顔を背けた。

 その仕草に急にどうしたのかさえ聞く事が出来ず、ナディアもクラウドの名前を呼んでから黙ってしまった。

 顔を横に向けたクラウドと、その横顔を見つめるナディア。

 一体どうして良いのか解らず、にこやかに天使が通る事数秒。

「宝物…」

「え?」

 ようやく言葉を発したのは、クラウドだった。

「宝物って…」

 彼の言葉にナディアは一瞬眼を丸め。

 笑った。

「宝物ですよ。貴方に貰った、最初の贈り物ですから」

 ナディアは青い石を両手で包み込んだ。

 表情は満面の笑みである。

 ナディアの笑顔を横目で見て、クラウドは頬を掻いた。

「それ、そんなに高くなかったんだけど」

 少し拗ねたような物言いだが、それが彼の照れ隠しだとナディアは十分理解している。

 だから、声を小さく立てて笑った。

「安い高いは関係ありませんよ。貴方がくれた物、と言うのが重要なんですし」

 両手を開いて青い石を見つめる。

「私はこんなに綺麗な青を見たことがありませんでした。そう考えると、クラウドの審美眼は本物だという事になりますね」

 石から目と手を離し、からかうような口調で言いながら手を後ろで組みつつ、ナディアはクラウドの顔を覗き込む。

「……茶化さないでくれ」

 にやんと笑っているナディアを顔を横向けたまま見て、クラウドは溜め息を吐く。

 きらりと光る、青い石が目に映る。

 その石を抱きしめる、ピンクのリボンも。

 ナディアは、どちらも大切だと言った。

 リボンは自分も大切にしているから、同じ気持ちを分かち合える仲間が居る事をとても喜び。

 その、自分と同じく大切にしている物と、自分がかつて贈った物が同じくらいに大切だと言ってくれる歌姫に。

 クラウドはとても嬉しくなった。

「ありがとう」

 ナディアへと正面を向いて、素直な気持ちを告げると。

 クラウドが正面を向いた事で、彼の顔を覗き込む動作を止めたナディアが一瞬訝しげな表情を浮かべたが。

「それは、私の言葉ですよ」

 幸せそうな淡い笑みを、クラウドに返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

 

ナディアは青い石のペンダントを持っています。

50の質問とお題にも少し出てきていたペンダントです。

贈り主はクラウド。

贈った経緯とかはまた別の機会にでも書けたらと思います。

それにしても、これはちょっと難産でしたι

最初はマリンとの会話にしようと思ってたんですけど…。

エアリスのリボンをどうしても絡めたかったので、青い石を知らないマリンだとどうにも上手くリボンと石を繋げられてなくて…。

力量不足だ(とほほ)

青い石なんですが。

石と言うとターコイズやラピスみたいな宝石か、青い色をしたガラスか。

どちらにしようか悩んでます(笑)

いっそのことサファイアとかアクアマリンでもいいんですけど、それだと高いし(苦笑)

マテリアでもいいかなぁ、とか(笑)

……どれでもいいように石の名前と種類は限定しない事にします(おい)

ちなみに、劇中の天使が通る事数秒にある「天使が通る」とは沈黙の事です。

 

 

 

 

2007.12.9

 

 

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