「ディア! こっちこっち!!」
おおはしゃぎするエアリスに手を引かれて、ナディアは村を横切っていく。
引かれていると言うよりも半ば引っ張られていると言った感じで、走っているエアリスに釣られてナディアも殆ど駆け足の状態である。
ああ、ここにティファも一緒にいてくれたら。
ナディアは脳裏に浮かんできた、現在クラウドと共に村で情報を集めている黒髪の美女に助けを求めてみた。
しかし、脳内で発するSOSなどティファには届くはずも無く――届いたらそれはそれで恐ろしい――ナディアはエアリスに手を取られ進んでいく。
何も無い小さな村。
この村の何がエアリスの心を惹き込んだのだろうと内心小首を傾げながら、ナディアは走る。
建っている家々が無くなり、あたりは何一つ無い大地が続くばかりとなっていく。
村の外れだろうかと、ナディアがエアリスに声をかけようとした瞬間。
「見て! ディア!!」
エアリスの足が急に止まった。
今まで走っていた足を急に止められ、後ろを走っていたナディアはエアリスの背中にぶつかりそうになったが、何とかとどまる。
「エアリス…!」
危ないじゃないかと声をかけようとしたが、それは叶わなかった。
自分たちが立っているのは、少し高い丘。
その目下に広がる、黄色い花の軍勢に目を奪われてしまったから。
白い雲がたなびく、青い空。
青い空に向かって咲き誇る、黄色い花。
水平線までとはいかないが、それでも広範囲に広がる黄色い花畑の雄大さに、思わず言いかけた言葉も忘れてしまい
ナディアは目の前の光景を見ることしか出来なくなっていた。
「凄い」
「でしょ?」
呆然と呟くナディアの言葉に嬉しそうにエアリスが応えてくる。
「さっき見つけたの。凄かったから誰かに見せたくて」
エアリスは体ごとナディアに向き直った。
青い空と黄色の花々を背負い、両手を広げて笑う彼女の緑の目はキラキラと輝いてとても綺麗だった。
心の奥底から感動している気持ちが伝わってくるのを感じながら、ナディアはもう一度黄色い花畑に目を向ける。
「向日葵ですね」
「向日葵? あの花の名前?」
エアリスももう一度、花に目を向ける。
「ええ。もう少し近くで見てみませんか? 手入れがしてあるみたいですし、あそこまで下りれる道があると思いますよ」
にこりと笑って誘いをかけると、エアリスはすぐに頷いてくれた。
「行こう!」
道を見つけて、二人は進んで行く。
「ディアは、向日葵知ってたの?」
道すがら、エアリスが聞いてきたので、ナディアは首を縦に振った。
「はい。よく外に出ますから」
職業柄、ミッドガルの外で仕事をすることも多いナディアは全部とは言い難いが、外の世界を知っている。
「じゃあ、いろんな事、知ってるんだね。良いなぁ」
外の世界をおそらく初めて見るのだろうエアリスは、羨ましいのか軽く口を尖らせてる。
そんなエアリスを見つめて、ナディアはくすくすと笑い出した。
「エアリスだって、今こうして外に出てるんですから、これから知っていけば良いんですよ」
知らないことは知っていけば良い、それだけのことだ。
ナディアの言葉にエアリスは小さく目を見開いてナディアを見たが、
「それもそうだね」
にっこりと笑みを浮かべているうちに。
二人は向日葵畑の前に立っていた。
「大きいね」
目の前に立つ向日葵を見上げるエアリスの目は大きく丸くなっている。
ぽかんと、言う音が聞こえてきそうなほどに向日葵を見入る彼女の表情はどこか幼くて。
ナディアは微笑ましくなって声を立てずに微笑んでいた。
「向日葵は初めてですか?」
「うん」
向日葵を見上げたまま、エアリスは頷いた。
「ミッドガルでも花は咲いてたけど、こんなに大きいのは初めて」
すっ、と黄色い花に手を伸ばす。
「こういう花も、あるんだね」
軽く、エアリスの指先が花弁に触れる。
今までミッドガルを出ることが出来なかったエアリスにとって、外の世界は初めての事が多い。
緑が広がる草原も、どこまでも続く海も、地平線に沈む夕日も。
白い雲がたなびく青空も。
彼女にとっては何もかもが初めてだ。
目の前に咲く、黄色い花も。
「何か、似てるね」
向日葵に触れながらエアリスの眼差しは向日葵ではなくどこか、違うものを見つめているように見えるのは。
気のせいだろうか?
「エアリス?」
何に似ていると言うのだろう。
エアリスの名を呼び首を傾げるナディアへ、彼女は顔を向けた。
「おっきくて、明るくて、真っ直ぐで、見てるだけで元気になれる」
エアリスにとって、外の世界を、空を恐れなくさせた人。
ああ、確かに。
ナディアはエアリスの後ろにある花を見つめた。
バカみたいに明るくて、バカみたいに真っ直ぐで。
大切な、友。
彼は今、何をしているのだろうか?
帰ってきたら思う存分、問い詰めてやろう。
そして、お帰りを言いたい。
ナディアは向日葵を眩しそうに見上げながら、頷いた。
あえて、その名を呼ぶことをしないで。
「確かに、嫌って程ソックリですよね。でも、エアリスにも似てると思いますよ」
「私にも?」
きょとんとするエアリスにナディアはにこりと笑う。
「似てますよ。明るくて、真っ直ぐで、一生懸命なところ」
ハッキリ言えば、エアリスは暫くきょとんとしていたが、だんだんと表情が和らぎ。
柔らかい笑顔を咲かせた。
「そう? なら嬉しいな。ありがと」
「思った事言っただけですから、お礼を言われることも無いんですけどね」
エアリスに釣られて優しくナディアが笑みを返す。
二人は暫く、目前に広がる大きな向日葵を見つめていた。
「これ、持っていっちゃ、駄目かな?」
「流石に駄目じゃないですか? 畑の人に聞けばくれるかもしれませんけど」
無断では無理だろうし、自分たちは旅をする身だ。
大きな向日葵は、とてもかさばってしまう。
「そっか、残念」
エアリスが至極沈んだ面持ちで言うのと同時に。
ブルルと、何かが振動を起す音が聞こえてきた。
「あ」
ナディアの携帯だ。
急いで携帯を取り出すと、どうやらクラウドからの電話らしい。
「はい。――はい、解りました。すぐに戻ります」
通話を終えるとエアリスがナディアの携帯を覗き込む。
「行くの?」
「ええ。準備も整ったし出発しようって」
「そう」
エアリスは名残惜しそうに向日葵を見上げる。
別れを惜しむエアリスを見て。
「また、見に来れば良いですよ」
ナディアがゆっくりと言葉を出した。
「今年はもう無理かもしれませんけど、でもまた来年があります。
その時には、もう全部終わってるはずですから、もう一度…今度は皆で見に来ましょう」
ね、と微笑むナディアを見てエアリスはもう一度、向日葵を見上げた。
青い空の許で咲く黄色い花。
今この花を見るのはこれで最後になってしまうだろうけど、それでもその後に続く命はまた花開く。
今度は、その花を皆で。
「そうだね」
明日は楽しい事が多い方が良い。
エアリスはにこっと笑った。
「また来年。今度はクラウドたちも一緒に、ね!」
「はい!」
二人は顔を合わせて、どちらともなく手を合わせる。
向日葵の所へ来た時同様に、エアリスとナディアは手を繋いで、仲間たちの元へと走り出した。
Fin
あとがき
ありきたりと言えばありきたりなんですが。
青空と向日葵の群生をバックに笑っているエアリスが浮かんできまして。
夏も終わるし、向日葵の話でも書いてみようと思って書いてみたんですけど。
どこからザックスが出てきたのか(本編では名前出てきませんでしたが、向日葵を連想して出てきたのは彼です)
ちょっとしんみりしちゃった、失敗(笑)
ミッドガルを出てからのエアリスって、初めての事が多かったと思うんですよ。
CCで怖がってた青い空も、海も緑の大地も。
そういう経験全部ひっくるめて、エアリスは星をもっともっと愛していったんじゃないかなとか思いました。
未来の話はあえて明るく、悲しくないように書いてみたんですけど…どうでしょうか?
まだ、悲劇を知る前なので。
エアリスとナディアの仲良しさが感じ取ってもらえれば、嬉しいです。
2008.8.30