ずり落ちそうになる親友の体を抱え直しながら、ザックスは薄暗い森の中を歩く。

 ニブルヘイムから出てから、いくつもの月日が流れていた。

 ミッドガルへと帰る、その中で様々な事柄が終わりを告げていった。

 ザックスを取り巻く全てが終わり、後は自分たちを待っていてくれる人がいる場所へ帰るだけ。

「このまま真っ直ぐ行けば森は抜けられる。そしたらヒッチハイクでもしてみるか」

 森を抜けたら、後はミッドガルへ続く広い荒野が視界を映す事になるだろう。

 神羅内部ではお尋ね者である二人ではあるが、一般には殉職扱いされている身。

 自分たちを知らぬ誰かがもしかしたら、車に乗せてくれるかもしれない。

 職を探しに行ったり物資を運んだりと、ミッドガルへ向かう車は沢山ある。

「本当は街にでも行けたら良いんだけどな、もしかしたら待ち伏せってこともあるから。もうちょっと我慢してくれよ、クラウド」

 ザックスは肩に抱えている金色の髪に声をかける。

 高濃度の魔晄に浸けられた彼はザックスの声を聞いているのか、いないのか。

 虚ろな眼を地面に向けている。

 それでも、彼の体温は温かく。

 生きているのだ。

 ザックスはクラウドの横顔を見て笑うと、

「よし!」

 気合を入れて足取りを強くする。

 流れた月日が月日なだけに、多少の不安はあるが、だからこそ生きて帰るのだという気持ちが強く湧き出てくる。

 生きて帰って、その姿を見てもらって、笑って欲しい。

 再びずり落ちそうになる体を直し、ザックスは歩いていった。

 

 ぴくり。

 ザックスの耳に微かな音と、首に回していたクラウドの腕が微かに動いたのは、ほぼ同じ瞬間だった。

 普段、あまり反応を返してこなかったクラウドに驚きつつも、ザックスは立ち止まり精神を研ぎ澄ませて耳をそばたてる。

 聞こえてきた音は追っ手の足音でも、銃声でもなく。

 歌声だった。

 ザックスが、そしてクラウドも愛しているだろう、歌姫の。

「なんで…?」

 辺りは一面の木々である。

 それなのに、この歌声はどこから響いてくるのだろう。

 思いもしなかった事にザックスは思わず眼を丸めたが、そのうちに歌声のする方へと歩き始めた。

「ちょっと寄り道だ。……大丈夫。すぐ終わるし、お前も気になるだろ?」

 隣にいるクラウドを見て、ザックスは森の奥へと足を進み入れていった。 

 

 進んだ先にあったものは、小さく森がひらけた場所に山積みにされていたゴミの山だった。

「うっわ、なんだこれ? 不法投棄かよ、信じらんねぇ」

 鬱蒼とした森の中に突如として現れたゴミ山にザックスはいくらか辟易としたが、歌声はそこから流れている。

 ザックスは辺りを注意深く見渡した後、近くにあった木の幹にクラウドを寄り掛からせた。

「ちょっと待っててくれな」

 クラウドに一声かけてザックスはゴミ山へと足を運び、声が聞える辺りを重点的に見れば。

 少し古ぼけたラジオがそこにあった。

 運が良かったのか、ラジオには電源が入っていて歌声を森に響かせている。

 ラジオを手に持ち、ザックスはクラウドの元へと戻ってくると。

 クラウドの隣に座り、二人の間にラジオが置かれた。

 遠くで聞いていた時には気付かなかったが、歌声は自分たちの知っているものと少し違っていた。

 昔聞いた時とは違う、少し低くなった声。

 それでも間違いなく、彼女の声だった。

 誰かの心の奥底を、ほんの少しだけ。

 しかし、確かに揺らす、歌姫の声。

「女の子にも変声期ってあるんだなぁ」

 幼い少女特有の少し甲高い声ではなく、落ち着いた声になっているのを知り、ザックスはどこか感心したように呟く。

 同時に、流れた月日の長さを思い知らされていた。

 自分たちが捕らえられ、逃げているその間に彼女は――彼女たちは――成長したのだろう。

 

 自分たちの帰りを、待ちながら。

 

 知らぬ間にポケットの中に入っている手紙を握り締めていたザックスの目の端で。

 ふと、揺らぐ影。

 驚いて影の方へ体を向ければ、クラウドが腕を微かに上げていた。

 伸ばした手の先には、ラジオ。

「う……あ………」

 懸命に手を伸ばすクラウドの傍でラジオは歌を奏でていく。

 未だ帰らぬ人を、それでも信じて待つ歌を。

「クラウド」

 伸ばしていた手が、止まる。

 力尽きたように地面に落ちた手は、それきり動く事はなくなってしまった。

 しかし、ザックスはクラウドに近付き、いつもと逆にクラウドの首の後ろに腕を回した。

 バランスを保てず、倒れそうになる体を支えながら、ザックスは視線をラジオに向けたまま言葉を発していく。

「帰ろう、なにがなんでも」

 自分は、約束をしたのだ。

 おそらく、クラウドも。

 あの時は他愛もない、ただの話し言葉だったけれど。

 日常の中に埋もれるはずの言葉は、年月を経て、とても強い約束となった。

 何曲か続けて流れていた彼女の歌が次第に小さく消えていく。

 森に響いていた音が消えていく中で、ザックスはクラウドを抱え上げ、来た道を戻っていった。

 数歩足を進めた時、一瞬だけ振り返った。

 ひらけ、日の光が射す場所に詰まれたゴミ山。

 そこから少し離れた場所に置かれた、ラジオ。

 ラジオから歌はもう、聞えない。

「行こう」

 ザックスは前を向き歩き出した。

「帰ったらラジオじゃなくて、本人に目の前で歌ってもらおうぜ」

 きっと、彼女は喜んで歌ってくれるはずだから。

 

 

 

 ザックスの姿が消え、森は静けさを取り戻していた。

 ラジオは歌姫の歌を歌い終わったその時から、何一つ音を流さなくなった。

 ただ、電波の乱れた音を微かに、小さく響かせていた。

 

 

 

 

 

Fin

 

 


あとがき

 

ふっと思いついたのですよ。

ザックスが逃亡中に歌姫――ナディアの歌を聞くと言うものを。

メディアは森に落ちていたラジオ、と言うのが浮かんできまして書いてみたんですが…。

なかなか上手くいかない(苦笑)

一応逃亡中の身ですし、なるべく人目につかないところを歩いていたんじゃないかと思っているんですが…。

アルマニに逃亡経路って書いてあったっけ? 違ってたらどうしよう(お前)

時間軸的にはジェネシス戦後、エアリスの最後の手紙を貰ってミッドガル近くまで車で送ってもらうその前まで。

いろいろ矛盾もあると思うけど、私のイメージなのであまり突っ込みはナシにしてくれるとありがたいです。

 

 

 

2008.1.8.

 

 

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