大勢の人の足音。
金属音。
ヘリの音。
彼を背負う貴方。
小高い丘から見えるミッドガル。
銃声。
真っ赤な…貴方の…………
「――――――イヤァァァァァ!!!!!」
悪夢
ベッドの上の方に置いておいた携帯から歌が流れ始めた。
変声期に入りかけている幼い声。
しかしとても伸びやかに美しく歌う声は、自分が世話になった姉妹の運営している芸能事務所にいる秘蔵っ子のモノ。
この着信音にしている相手は一人しかいない。
ザックスは手を伸ばし携帯を取ると通話ボタンを押した。
「…どうした、ディア?」
『………………』
電話をかけてきた相手に声をかけるが、相手からの返答はない。
「珍しいな、お前がこんな時間にケータイかけてくるなんて」
ザックスの言うとおり、時間は零時を越えていた。
まだ未成年である相手の起きている時間ではない。
『………………』
しかし相手は起きていて現にこうしてサックスに電話をかけている。
応答は、まだないが。
普通なら悪戯だと思い、一声かけて通話ボタンを切るのだが。
ザックスは確かに聞いていた。
相手の、明らかにおかしい呼吸音と。
決して、音には聞こえない叫びを。
これは何かあったと悟った彼はしっかりとした口調で相手に告げた。
「いいかディア。これからお前んちの近くにある広場まで行くから、何とか抜け出して来い」
『……………』
「広場に着いたら連絡する。それまでは家を出るなよ。お前になんかあったらオレが怒られるんだからな」
『………………はい』
ようやく、小さい声ではあるが相手からの返答を聞き、ザックスは笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ電話かけるまで待ってろよ。絶対にオレより先に広場に居るんじゃないぞ」
『…………はい』
もう一度、相手からの返答を聞いてからザックスはまたあとでと声をかけて通話ボタンを切った。
広場には夜も遅いと言うのに煌々と灯りが着いている。
ザックスは広場の中心に位置する噴水の前に立ち先ほど電話をかけてきた相手を呼び出した。
しばらくして。
小さい足音が走って自分の方に近づいてきたのを聞くと、ザックスはその方を向いた。
広場の灯りに照らされて月光色の髪がきらきら光っている。
ザックスは軽く手を上げた。
「よっ! ディ……うおっ?!」
月光色の相手はザックスの挨拶を無視する形で彼に抱き付いた。
あまりにらしくない相手の行動にザックスは目を丸めていたが、相手の体の震えを肌で感じると、安心させるようにポンポンと背中を叩いた。
「一体どうしたんだよ。そんなに怖がんなくたって、オレはきちんとここに居るよ。大丈夫だ、ナディア。大丈夫だから」
相手の震えと自分を抱き締める腕の力が弱まるまで。
ザックスは優しい動作でナディアの背を叩き続けた。
「落ち着いたか?」
噴水の縁に腰掛け、ザックスは隣に座っているナディアに声をかけた。
ナディアは俯いたまま顔を上げようとしない。
「………ごめんなさい、ザックス。私…」
らしくない行動ばかりを起こしていた自分を責めているのだろう彼女にザックスは笑った。
「気にすんなよ。オレまだ起きてたし。いきなりディアに抱き付いてもらってラッキー…って違う違う。そうじゃない。
それを言うならオレの方も悪かったな。いきなりこんな時間にお前の事呼んじまったんだし」
「いえ…それは良いんです。むしろ、会えてホッとしましたから」
俯いたまま首を横に振るナディアを見て、ザックスは敢えて彼女の顔を見る事なく口を開いた。
「で、どうしたんだよ?」
瞬間、噴水の水が噴出し始めた。
水の流れる音のする中。
「夢を、見ました」
小さい声。
「夢?」
ザックスが聞き返すと、ナディアは頷いた。
「内容は、覚えてないんです。でも、とても、とても怖かった…!
自分の悲鳴で目が覚めて、夢の中身を覚えてなかったにも拘らず、どうしてか貴方の声と、姿が見たくなって…」
「オレに電話をした、と?」
ナディアはこくりと首を縦に動かした。
「…ごめんなさい」
「謝んなって」
ポンと、今度はナディアの頭を撫でる。
「自分の悲鳴で起きるなんてよっぽど怖い夢だったんだろ? しかもそれはなんだか解らないけどオレ関連」
おそらく自分が死ぬ夢でも見たんだろう。
ザックスはそう見当を付けていたが、それをナディアに言うつもりはない。
言って彼女の夢を思い出させて泣かせるのは不本意だし、自分が死ぬ夢なんて気持ちの良いモノでもない。
悪夢は、忘れるに限る。
「でもよ、それって結局は夢だったワケだろ? 現実のオレはきちんとディアの傍にいて、こうやって頭撫でてるんだからさ」
「……ザックス」
ナディアが顔を上げた。
「お、ようやく顔を上げたな」
ザックスは嬉しそうに笑うが、ナディアのアクアマリンの瞳はまだ少し、曇っている。
「でも…」
「大丈夫だって! ディアが悲鳴を上げるほどの出来事が現実に起こる事はないって、心配するなよ」
安心させるように笑うザックスを見て。
ナディアは恐る恐ると言った態で自分の頭に乗っている彼の手を自分の出て頭から離し、ぎゅっと握り締めた。
まだ少し小刻みに震えているのが肌に伝わる。
ザックスは自分の手を必死に握り締める少女を見て、穏やかに言った。
「ディア、悪い夢だ。悪夢なんてもんは早く忘れた方が良いぜ」
大丈夫、お前が見てくれたんだ。現実になんて絶対にならないよ。
手の震えが少し治まった気がした。
ナディアを家の前まで送るとザックスはそういえばと彼女に問うた。
「そういやよ、ちょっと今疑問に思ったんだけど」
「はい?」
自分を見上げてくるナディアの瞳はいつもの輝きを取り戻していて心なしか安堵する。
しかし、そんな安堵は胸の奥に仕舞ってザックスはニヤリと笑った。
「なんでクラウドに電話しなかったんだ?」
「ッ!」
彼女の片思いの君の名前を出せば彼女は瞬時に顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
予想通りの反応を返してくれて、ザックスのニヤケ顔は酷くなるばかりだ。
「アイツならお前の一大事にすっ飛んでくるだろ? なんたってお前の大ファンだし」
楽しそうに言うザックスの前でナディアは先ほどとは違う意味で震え始めている。
耳まで真っ赤になりながら、手を口元にあてながら。
「…………迷惑を、かけたくなかったんです」
そうか細い声で答えて、ザックスは彼女に勘付かれないように小さく笑った。
「あーあー、そうかいそうかい。オレには迷惑をかけられて片思いの君には迷惑をかけられないってか。
まあ当たり前だよなぁ。それが恋ってもんだ」
ナディアにはさぞかし、不貞腐れたかのように拗ねているように聞こえただろう。
「ザックス!」
講義しようと上げた顔は未だに真っ赤で。
そんなつもりは、と声を出そうとしたナディアはザックスの表情が笑っているのに気づいて、ますます顔を赤くする。
「〜〜〜〜〜ッ! ザックス!」
からかったのかと声を荒げて言おうとする彼女にザックスは自分の唇に人差し指を立てる。
「そんなに騒ぐなよ。親御さん起きるぞ」
笑うザックスの言葉にナディアは今の時間を思い出したのだろう小声で、しかし怒気をハッキリと表してザックスに詰め寄る。
「誰のせいだと…!」
「悪かったって、悪かった。頼むからそんなに怒るなよ、な?」
全然悪びれないザックスをナディアはしばらく睨んでいたが。
ふと、怒気を消すとそっとザックスの手を握った。
「ディア?」
急なナディアの行動に面食らったザックスだったが、すぐに彼女の手を握り返した。
「あったかいだろ?」
「はい」
「大丈夫、オレは強いから」
「はい」
ザックスの声を目を閉じて聞くナディア。
その表情は不安が残っているがとても穏やかで。
ザックスは一度だけ強くナディアの手を握り込むと、スッと放した。
「お休み、ナディア。また明日」
ザックスの言葉にナディアは目を開けると、微笑んだ。
「おやすみなさい、ザックス。今日は本当にありがとう。…また、明日」
夢の内容は本当に覚えてないの。
でも、貴方が居なくなると言う不安と恐怖。
これだけは何故かハッキリと覚えていたから。
だから貴方に会いに来たの。
血の通った、暖かい貴方に。
触れて、それがただの悪夢だってことを確認したかった。
そう、あれは悪夢。
………ただの、夢。
Fin
あとがき
FF7、35のお題ナンバー9《悪夢》でした。
今まで持ってたザックス像をLast OrderとCRISIS COREの映像を見た後に再構築して見ました。
実際、ザックスと言う人はどういう人なんだろうか…CRISIS CORE早くやりたいなぁ。
ナディアが住んでいるのはプレートの上なんできっと広場くらいあるでしょう…多分。
彼女が見た悪夢はゲームの方を使わせていただきました。
Last Orderも少し組み込んで居ますが、ミッドガル目前と言うところで命を落としてしまうと言う方が悪夢と言うのにふさわしいと言うかなんと言うか…ι
まあ、この時点ではザックスはまだ生きていてナディアはホッとするわけです。
しかし、皮肉な事にナディアが見た夢は正夢になってしまうわけですが。
2006.12.06