Canzone di Benedizione     introduzione

 

 

 ザックスは上機嫌で八番街に出てきていた。

 久しぶりのオフ。楽しまない手はない。

「さーて、どこに行くかな…ん?」

 大きく伸びをして休暇を過ごす場所を考えていたザックスの目にふと、気になる人物が飛び込んできた。

 視線の先は噴水の縁に座るボーイッシュな服装に身を包んだ少女。

 一見するだけではミッドガルの一住民に見えるが、キャスケットから出ている月光色の髪を見て、ザックスは少女に近づいていった。

 少女の顔にはメガネやなにやらのアクセサリが付いていないにもかかわらず、町行く人々の動きは変わらない。

 確かに、メディアには一切出ていない彼女だが、それでもライブやらに行っている人間なら解るだろうに。

「帽子もそんなに深く被ってるわけじゃないのに、ちょっとでも雰囲気が違うと解らなくなるもんなのかねぇ」

 堂々と噴水に座っている少女こそが、多くの人々の心を掴み始めている歌姫だと言う事に。

「俺にはすぐに解ったぞ」

 解るという事はつまり、彼女と親しいと言う証拠なのだろう。

 ザックスはそれを嬉しく思いながら、少女に近づく。

 近づいていく度に見えてくる少女の表情は、とても困っているように見えた。

「ディア」

 ザックスが声をかける。しかし返事がない。

 ナディアは困り顔のまま何かを考えているようだった。

「おーい、ディア。ナディア」

 愛称ではなく、本名を少し小さく言う――さすがに大声で彼女の名前を言うのは心象的に憚れたのだ――とようやく声をかけられている事にナディアは気付き顔を上げた。

「ザックス」

「よっ」

 目を丸めたナディアに、軽く手を上げて挨拶をするザックス。

「こんなところでなにしてるんだ?」

 パチパチと、目を瞬かせるナディアの隣に腰を下ろす。

 ナディアはしばらく呆然としていたが、何かを悟ったのか、口を開いた。

「ザックス、お休みなんですか?」

「ああ、ひっさびさのオフ!」

 ニカリ、とザックスは笑うと、ナディアもにこりと笑みを返した。

「元気そうですね」

「まあな。元気が取り柄だし。ディアもオフか?」

「ええ…」

 こくりと頷くナディアを見て、ザックスは話を進める。

「これから何しようかなって思ってたところに、お前見つけてさ。なんか困ってたみたいだから声かけちまったんだ」

 迷惑だったか? と視線で問えば、ナディアは首を横に振った。

「まさか! むしろ助かりました」

「やっぱり何か困ってたんだな。どうした?」

 じっと、ナディアの目をしっかりと見つめると、ナディアは一瞬戸惑ったように口を噤み、ザックスから目をそらす。

 しかし、それは本当に一瞬の事だった。

「ザックス」

「ん?」

 ザックスの視線を正面から受け止めると、ナディアはおもむろに口を開いた。

「クラウドの誕生日プレゼント、何にしました?」

「………へ?」

 真剣な表情から出た言葉に、ザックスは言葉を忘れた。

 ぽかんとしたザックスにナディアは気付いていないのか、早口に理由をたてまくした。

 彼女の頬はほんのりと染まっていた。

「ほら、もうすぐクラウドの誕生日でしょう? プレゼント、贈りたくて…でも何が良いか全然解らなくて」

 しかし、頬を染めていた朱はだんだんと褪せていき、最後にはザックスから視線を離し俯いてしまった。

 一連の動作と言葉を聴いているうちにザックスは我を取り戻し、

「ああ」

 そう、呟き頷いていた。

「まだ決まってなかったのか」

「………はい」

 俯いたまま、頷くナディア。

「オフの度に色々お店を見て回ってたんですけど、どうしてもいいものが浮かんでこなくて…だから、参考までにザックスの話を聞こうと思ったんです」

「そっかぁ…」

 ナディアの話を聞いて、ザックスは腕を組み、

「俺はグローブにしたんだ」

 明るい声で楽しげに答えた。

「グローブ?」

 ナディアは顔を上げて、きょとんとした表情を浮かべる。

 ザックスは大きく頷いた。

「そう、ソルジャー御用達のレザーグローブ! パッと見は神羅兵の使ってるのと変わらないからさ、ちょうど良いかと思って」

 銃やら剣やらを扱う者にとってグローブは必需品である。

 ソルジャー愛用品ならきっとご利益があるだろうと、ザックスなりに考えた結果である。

 ザックスの言葉に、ナディアは安堵の表情を浮かべた。

「良かった」

「なにが?」

 ホッと息を吐くナディアは小さく笑った。

「実はグローブも考えていたんです。でも、きっと誰かがプレゼントするだろうなって思って止めておいたんです」

 被ってしまうのは忍びないですから、と言うナディアの言葉にザックスは嫌な予感がするなか、ナディアの言葉が続く。

「タグは神羅から支給されているIDタグがあるから無理だろうと思ったし。シルバーアクセサリーもきっと友人から貰うだろうし。

ピアスは初めてのお給料で買ったってクラウド、凄く喜んでいたし…」

 ふぅ。

 ナディアは小さく息を吐いて苦笑を浮かべた。

「いろいろ余計な事まで考えたら、雁字搦めになってしまって。どうしていいのか本当に解らなくなってしまったんです。我ながらちょっと情けないですね」

 苦笑を浮かべている裏側で、ナディアはとても焦っていた。

 どうしよう、どうしよう。

 何が言いか、何を贈れば喜んでくれるのか。

 ずっと考えていても見つからない。

 焦りは不安となり、ますますナディアの思考を惑わす。

 ザックスは、ナディアの不安を感じ取っていた。

 普段余り見れない、親友の感情を察知してザックスは呆れたように笑った。

「ディアは周りに気を使いすぎっつーか、考えすぎ!」

 そして、にやりと意地悪くナディアに笑って見せた。

「まあ、他の人と違う何かを贈りたいっつー気持ちも解らないでもないけどさ」

 好きな人相手なら、その気持ちもひとしおだろう。

 ザックスの笑みの意図を理解したのか。

 ナディアはボッと顔を赤くした。

「ザックス!」

「そんなディアにひとつアドバイス!」

 顔を真っ赤にして詰め寄ろうとするナディアにあえて顔を近付けて、ザックスはこう告げた。

「お前が欲しいもん、または好きなもんで良いんじゃないか?」

 至近距離で見つめるナディアのアクアマリンの瞳が見開いた。

「実は俺も凄く迷ってさ。そんとき考えたんだよ。自分なら何がいいだろうって。なにが欲しいだろうって」

 ザックスは白い歯をこぼした。

「で、今の俺が欲しかったもの、グローブにしたんだ。まあ、これならクラウドも喜んでくれるだろうって思ったのもあるんだけどさ」

 未だに目を見開くナディアを見つつ、ザックスは彼女から顔を離す。

「だからディアも肩肘張らないで、もうちょっと気軽に考えて見ればいいんじゃね?」

 パチパチとナディアが瞬きをしながら唖然としている姿にザックスは笑みを消さなかった。

 沈黙が二人の間に降りかかる。

「――――――――あ」

 しばらくしてようやく、ナディアは小さな声を出した。

 我を取り戻したナディアは小さく俯き、これまた小さく呟いた。

「む、難しいけど…考えてみます…」

 そして、再び顔を上げたときのナディアの表情は。

「ありがとうザックス。参考になりました」

 迷いの欠片が残っていたものの、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

 その笑顔を見てザックスも満足そうに笑った。

「頑張れよ」

「はい」

 

 

 

 

 久しぶりに教会に訪れた親友はジッと、自分が育てている花を見つめていた。

 エアリスは花の世話をしつつ、真剣に花を見るナディアをちらりと見る。

 キャスケットを被り、ボーイッシュな服装。

 歌姫とは想像も付かない服装は、下手な変装よりも彼女の姿を上手に隠す。

「何か、悩んでる?」

 花に触れる手を止めて、エアリスはナディアに声をかけた。

 ジッと花を見ていたので、聞こえないかと思われていたエアリスの声は、きちんとナディアに届いていたらしい。

 ナディアは花から目を離しエアリスを見て、小さく笑った。

「かなり悩んでます」

 はっきり言って頷くナディアをエアリスは小首を傾げて見つめた。

「相談に、乗る?」

 一瞬の間の後。

「…お願いします」

 ナディアはほど良い深さで頭を下げた。

 

 エアリスは、ナディアの話を聞くたびに頬を緩ませる。

 最後には、満面の笑顔を咲かせていた。

「好きな人の誕生日プレゼント、かぁ。素敵だね」

 ナディアの好きな人の話は何度も聞いていて、その都度お互いに頑張ろうと激励し合っていたエアリスとしてはぜひとも成功して欲しいと思う。

 しかし、なかなか上手くは行かないようだ。

 苦笑を浮かべてナディアはこう答えた。

「ザックスに相談したら自分の好きなものでも良いんじゃないかって、言われてそっちの方でも考えて見たんですけど…ヤッパリなかなか上手く行かなくて」

 ザックス、その言葉にエアリスの胸がほのりと暖かくなる。

「ザックスらしいね」

「ええ。お陰で何とか突破口が出来たんですけど…」

「一難去って、また一難?」

「そんな感じです」

 首を縦に振るとナディアはエアリスから目を離し、またしても彼女が育てている花を見つめる。

 うーんと、思考をめぐらすナディア。

「ディアの好きなものって、なに?」

 エアリスが問いかけると、

「いろいろ、考えたんです」

 小さく、答えるナディアの声。

「で、また考えすぎてどうしようもなくなったので、ここに来たんですけど…」

「まだ、見つからない?」

 そう聞くエアリスだが、なぜかエアリス自身ナディアが答えを見つけているように感じた。

 答えを見つけて、果たしてそれでいいのか迷っているような。

 今ひとつ決意の着かぬように感じるのは、ナディア自身が浮かべている表情にあるのだろうか。

 果たして、エアリスの予感は当たった。

 ナディアが首を横に振ったのだ。

「いえ。ここに来て落ち着いてもう一度考えたんです。今度はシンプルに、一番好きで大切なものを思い浮かべたんです」

 そして見つけた、自分の願いと心。

「エアリス」

「なあに?」

 親友の名を呼び、ナディアはエアリスを見つめた。

 親友に名を呼ばれ、エアリスはナディアを見つめた。

「形のないモノでも、贈り物って言えるんでしょうか?」

 まるで、決意を形にするための儀式のようにナディアはエアリスに問いかけた。

 答えが決まっているはずなのに、あえて他者に聞く辺り、本当にその人の事が好きなのだろう。

 誰かに背を押してもらわなくては進めないほどに不安で、それでも喜んで欲しいと思う。

 恋をする親友の姿にエアリスは微笑ましくなりながら、はっきりと頷いた。

「言えるよ。だって贈りたいって思う気持ちに、嘘はないんだから」

 それに。

「ディアが贈るモノが形のないものだなんて、私、思ってないもの」

 エアリスの言葉にナディアは目を丸めた。

 気付いていたのだ、この親友は。

 自分が何をしようとしているのかを。

 ナディアは満面の笑顔を見せた。

「ありがとう、エアリス」

「頑張ってね」

「はい!」

 

 

 

 

 

To be continued…


あとがき

一ヶ月遅れましたが、クラウド誕生日話の裏話と言うか下準備編と言うか。

本編には長くて入れなかったのですが、ナディア誕生日話を載せるにあたって、これないと解らなくなりそうだなと言う管理人の独断で今回載せる事に相成りました(爆)

ナディアの衣装とキャスケットはなんとなくです。

余りにも変装! って言う感じよりもちょっとだけ雰囲気を変えるだけの方が案外バレないものかもしれないと思ってナディアにこんな格好をさせて見ました。

…実際はどうなんでしょうかね?

 

2009.8.10 脱稿

2009.9.14 掲載

 

 

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