ありがとうのうた

 

 

 携帯電話が震える。

 それと同時に着信音にしている歌も流れ始めた。

 昔から贔屓にしている歌姫の歌を耳にし、クラウドは携帯電話に手を伸ばす。

 この着信音にしているのは、一人しかいない。

 何かあったのだろうか。

 電話を耳に当てクラウドが通話ボタンを押す。

「もしもし」

「クラウド! こんにちは…いった!!」

 先程携帯電話から流れてきた声と同じ声――正確には微妙に違うが――がクラウドの鼓膜を振るわせる。

 と同時にガツンと何かがぶつかった音と、悲鳴が聞こえた。

「………ディア?」

 普段滅多に聞けない焦ったような声とおそらくゴミ箱か何かにぶつかった音を聞いてクラウドは目を丸めた。

「どうしたんだ?」

 そう聞いた瞬間ゴンとまた何かの衝撃音が聞こえてきた。

「………ディア、大丈夫か?」

 今度は何にぶつかったんだと心配になりつつ、クラウドはもう一度声を掛ける。

「大丈夫です、ちょっと椅子に足を引っ掛けちゃって」

(大丈夫じゃないよ、それは…)

 いつもでは考えられないくらいの慌てぶりにクラウドは心配になる間にも、ガッとかゴッとかの音が聞こえてくる。

 ますますクラウドが心配になっていると、ガタタッと慌しく椅子を引いた音がした。

 そして、電話口の向こうからホッと小さく溜息が漏れるのを聞いた。

 どうやら、ぶつかりながらもきちんと椅子に座れたらしい。

 暫く二人の間に沈黙が流れた後、向こうからの声が聞こえてきた。

「……あの、クラウド。今、時間ありますか?」

 やっと落ち着いた彼女から聞こえてきた言葉に、クラウドは首を縦に振っていた。

「ああ。でもディア。今はそっちの方が忙しいだろ?」

 ディア…ナディア・ディマンドは現在ライブツアーの真っ只中だ。

 8月に入ってからツアーの予定や新曲の製作などもあって、なかなか顔を合わせる機会がなかった。

 そんな多忙な歌姫からの電話。

 やはり何かあったのだろうかと不安になるクラウドを察したのか、

「大丈夫ですよ。今は休憩中なんです」

 ナディアは平気だと答えを返した。

「そっか」

(でも、その割には…)

 そわそわしている様に感じる。

 焦りと言うよりも、どこか浮きだっている感じだ。

(どうしたんだろう?)

 クラウドは携帯電話を少し持ち直して声を掛ける。

「それで、どうしたんだ? なにかあったのか?」

 ナディアを落ち着かせるように柔らかく声を掛けると、

「えっと…」

「ディア?」

 名前を呼ぶが、ナディアは掛ける言葉を探すように言葉を濁す。

 クラウドは彼女が言葉を見つけるまで待った。

 先程とはまた違った沈黙が暫く続いた後、向こう側の空気が動いた音がした。

「クラウド」

「うん?」

 クラウドが促すとナディアがその言葉を伝えてきた。

「誕生日、おめでとうございます」

 

 8月11日。

 クラウド・ストライフが生まれた日。

 

 こんな日でも仕事があったクラウドはそれを終わらせてエッジに帰る途中だった。

 家に帰れば家族が、仲間が、自分の誕生祝を準備しているのは明らかでそれをとても楽しみにしていた。

 休憩も兼ねてガソリンの補給と簡単なメンテナンスをしていたクラウドの元に掛かってきたナディアからの電話。

 浮き立つ心持ちで電話に出た相手はかなり慌てていて、どうしたのかと問いかければ、誕生日の祝いの言葉をくれた。

 祝いの言葉はとても暖かい。

「プレゼントを送りました。多分エッジに届いてると思います」

 ライブツアーが8月に入ってしまい、クラウドの誕生日祝いに出席する事が出来なくなってしまった。

『当日は絶対に会えないから、せめて贈り物だけでも送らせて貰いますね』

 しかし、大切な人の祝いの日。

 せめてプレゼントだけでもと思い、ナディアはクラウドの誕生日祝い、なにが良いのかを聞いていたのだ。

「そっか…ありがとう」

 その話を聞いた時、クラウドは楽しみにしていると確かに言っていた。

 実際、今日届いている筈だと楽しみにしていた部分はある。

「今配達の途中なんだ。帰るまでの楽しみにしてる」

「ティファたちとのお祝い、楽しんでくださいね」

「解ってる。ディアもツアー頑張って」

「13日はエッジでツアーのラストライブやりますから是非来てください」

「もちろん」

 一通り話した後、小さな沈黙が二人の間に流れる。

 しかし、どこかとても暖かい。

「クラウド」

 暖かい沈黙に浸っていると、ナディアが穏やかな口調で声を掛けてきた。

「なに?」

「プレゼント贈って、それで十分だと思ってたんです。でもやっぱり、クラウドの生まれた大切な日だから、やっぱり何か当日にお祝いしたくて…」

 どこか落ち着かないナディアの言葉の続きをクラウドは待つ。

「ありきたりでなんですが、ぜひ贈らせてください。すぐに終わるのでそのまま聞いててくださいね」

 一体何をと思った瞬間。

 携帯電話から、歌が聞こえてきた。

 着信恩ではない、電話越しに直接ナディアが歌っているのだ。

 歌詞はありきたりな誕生日祝いの歌だ。

 とても短い誕生日の歌の定番。

 しかし、沢山の想いが込められている歌は確かに心を揺さぶった。

『ハッピーバースデイ トゥー ユー』

 ナディアが歌い終る。

 クラウドは何も言わない。

 そしてナディアもクラウドが何かを言い出すまで言葉を出すつもりはないのか、言葉を発する事はない。

 優しい暖かい歌。

 自分を想って歌ってくれた、喜びの歌。

 その余韻をしっかりと噛み締めて、クラウドは小さく息を吸うと空を見上げた。

「ありがとう、ディア」

 空の向こうに確かにいるナディアへと感謝を伝えれば、彼女は嬉しそうに声を震わせた。

「お誕生日、おめでとう。クラウド」

 

 

 

HAPPY BIRTHDAY!!

 

 

 

 

Back


クラウドの誕生日じゃん! と言う事で何か出来ないかと考えた結果こうなりますた。

ライブツアーが重なって直接クラウドの誕生日プレゼントが贈れないナディア。

郵送でプレゼントは贈ったけど、でも直接本人に何かを贈りたいと言う事で歌を歌うナディアと相成りました。

…前の誕生日の時も歌でしたが、まあ今回は歌はおまけと言う方向性で(爆)

椅子に引っかかってたりしたのは、急な思い付きでもリアルタイムで好きな人のお祝い出来ると言う恋する乙女の浮き足立った喜び状態を表してみました(爆)

 

 

2011/08/11