「あー、ん!」

 語尾にハートマークが付いているのが解るくらいの大変嬉しそうな声色で、維は口を大きく開けると手にしていたシュークリームにパク付いた。

 中のクリームが出ないように上手に食べる維の表情は、まさしく喜色満面。大変満たされている。

「んー、おいしぃ!」

「そうかよ」

 満面の笑顔に応えるのは、何故か維とは間逆の表情を浮かべている一護だった。

 そこはかとなく嫌そうな顔で、一護はシュークリームを食べる維を見つめている。

 一護の表情が優れなくなったのは、学校の帰りに維がコンビニに入ってとあるモノを買ってからだ。

 今までは何とか突っ込むことはしなかった。何故か突っ込んだら負けだと、心のどこかで思っていたからだ。

 しかし、もう限界である。

 鼻歌を歌わんばかりの上機嫌でシュークリームを食べている維に、一護はとうとう声をかけた。

「おい」

「んー?」

 一護の声色が低くなっているのは解っているだろうに、維の表情は先ほどといっさい変わっていない。

 むしろ。

「あ、イッチーこれ食べない? この間食べたら美味しかったんだ」

 腕に通していたコンビニのビニール袋の中をごそごそ漁り、買ってきた商品を一護に手渡して来る始末。

 一護の機嫌が悪い理由など、彼女にはお見通しなのかも知れないが、それでも今突っ込まなくていつ突っ込めるか。

 差し出されたものを律儀に受け取りながらも、一護はもう一度口を開いた。

「お前、それいつまで続ける気だよ」

 一護の言葉に、維はキョトンと目を丸くして、首を傾げた。

 それとは何の事だと言わんばかりの視線に、一護のこめかみに小さく青筋が走る。

「だから、いつまで苺の商品食い続けるつもりなんだよって聞いてんの!」

 人通りの少ない住宅街の往生で、一護は近所迷惑にならない程度で声を荒げた。

 苺クリームの入ったシュークリームを頬張る維に向かって。

 

 

 事の発端はいつだっただろうか?

 多分10日ほど前だと一護は記憶しているが、その日から維の食べるものが微妙に変化していた。

 苺である。

 維は毎日苺が使われている商品を食べるようになった。

 季節柄か、果物その物の苺は口にしていなかったが、それでもコンビニで買ってくるのだろう。

 苺を使った菓子を良く買っては口にしていた。

 苺が入っているロールケーキ、苺が乗っているプリンアラモード、苺のムース、苺のケーキなど。

 苺と名の付くモノはなんでも食べていたような気がする。

 良く飽きないものだと思っていたが、調理法が変われば味にも変化は出る。10日間食べ続けられたのもそのせいだろう。

 一護は苺という果物が少々苦手である。

 味は嫌いではない。

 黒崎家の台所を預かる妹が誕生日とあればよく苺の乗ったケーキを作ってくれたりするし、味が好みじゃないと言うわけでもない。

 ただ、名前が。

 どうしても自分の名前と被る為、これをネタにからかわれた事は一度や二度ではない。

 時と場合と相手にによってはからかった相手を沈めることも多々あったが、何度も似たような事をされると流石に疲れる。

 そのせいか、苺の話となると妙に構えてしまうのが癖となってしまっていた。

 苺に罪は無いし、一護も自分の名前には誇りを持っている。

 しかし、長年の積み重ねは大きい。

 維だって嫌がらせで苺を食べ続けているわけでは無いだろうが、それでも何でそんなに長い間苺を食べ続けているのか気になってしょうが

ないのだ。

 維に手渡された苺クリームが乗っているエクレア――苺チョコなのだろうか、普段チョコが乗っている部分がピンク色になっている――

を潰さない程度に握り締めながら、一護は維に詰め寄る。

 維は一護を見上げ二、三回目を瞬かせると、もごもごと一気にシュークリームを平らげて。

「苺週間は今日でお終いでーす!」

 にっこりと笑って見せた。

 

 

「10日くらい前にコンビニに寄った時にね…」

 くすくすと笑いながら、維は事の発端を説明する。

「お菓子コーナーにこういうポップがあったんだよ」

 

《1月5日と1月15日は苺の日!!》

 

「それ見て思わず納得しちゃってさぁ。苺系のお菓子がたくさんあったからついつい手が伸びちゃって」

 維の表情は実に楽しそうに緩んでいる。

「こう言う時に出るのって期間限定じゃん? 今のうちに食べなきゃ損だって思って…でも一度に全部食べたら太っちゃうし」

「だから、毎日ちょびちょび食ってたってか?」

「そゆこと。1月5日から1月15日まで自分の中で苺週間って名前付けて、好きそうなの食べてたの」

 シッカリと首を縦に振る維を見て、一護は渡された苺エクレアに視線を落とすと、知らずのうちに溜め息を吐き出していた。

「どしたの、イッチー?」

 小首を傾ける維の目を見て、一護は気の抜けた笑顔を浮かべた。

「いや、お前らしいと思ってさ。全部食えたのか?」

 一護の言葉に維はにっこりと笑った。

「自分が食べたいって思ったのは完食済みです。今日のシュークリームでお終い」

「…これは?」

 手にしていたエクレアを維に見せれば、

「それはいっちーにプレゼント。美味しかったから」

 笑顔を止める事無く維は声を弾ませる。

 嘘のない笑顔に、一護もようやく釣られて笑った。

「サンキュ」

「どういたしまして。…あ、そうそう」

 維は笑っていた顔を真顔に変化させて一護を見つめる。

 急に真剣な表情になった維を見て一護は一瞬たじろいたが、

「別に嫌がらせに苺を食べ続けてたわけじゃないから、安心してね!」

 その言葉に一護は眉間に皺を寄せた。

 はやり、彼女は自分の機嫌の悪さとその理由に気付いていた。

 維らしいと、一護は半ば諦めたように納得したその時。

「あのポップ見て、イッチーのコト思い出したのも確かだけどね!」

 あえて言わなくても良いようなことを言ったと言う事は、それは挑戦だと受け取って間違いない。

 一護がブチリと何処かを切ったような音を鳴らしながらそう思っても、罪は無いだろう。

「ゆーいー………!」

 地を這うような声を一護が発した瞬間にはすでに、維は猛ダッシュで走り出していた。

 しかし、運動神経がほぼ皆無に近い維に追いつく事ほど容易な事は無い。

「テメェ、待ちやがれ!」

 一護は本気で維の後を追いかけ始めていた。

 ふと、手にしていたピンクが一護の視界に入った。

 食べ物には罪は無いのは解っている。

 渡してきた好意も偽りではないと解っている。

 一護は一瞬目を柔らかく緩ませると、すばやく維から手渡されたエクレアを鞄に入れていた。

 

 数秒後。

 

 閑静な住宅街の往生で、維の近所迷惑にならない程度の悲鳴が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

ネタが生まれたのはこの間行ったコンビニでのこと。

お菓子コーナーで作中、維が発見したのと同じポップを見たのがきっかけ。

《1月5日と1月15日は苺の日!!》

つかむしろ、このポップのお陰でネタの破片が出来上がったと言うのは言うまでもない(笑)

苺商品を食べる維とそれを複雑そうに見つめる一護。

漢字とアクセントの違いはあれど、イチゴですからねぇ(笑)

からかわれたのも一度や二度で済むはずもないと。

 

1月5日はまだいいけど、1月15日は苦しくないかと思わなくは無いけど…良いんじゃないかなとかとも思います。

あと、10日間なのに週間って言うのは間違ってるんじゃね? って言うのも重々承知なんだけど…。

良い言葉が浮かんでこなかったんだ…(爆)

 

 

 

2009.1.15

 

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